転生したらアーサー王だった男がモルガンに王位を譲る話 作:飴玉鉛
遠坂凛は、渾身の手応えを感じていた。
「よしッ! 間違いなく最強のサーヴァントを引き当てたわ!」
午前二時。自らの魔力が最高潮となる時間に英霊召喚へと踏み切り、万全の態勢で成したのだ。
触媒は用意していない。そんなものがなくとも、自分が喚ぶのだから強い英霊が来るのは確実だと自負していたし、どんなサーヴァントが来ても従えられる自信が彼女にはあった。
そしてその自信に恥じぬだけの力量が凛にはあり、果たして最高の
だが――先代遠坂家当主、時臣の遺した仕掛けにより、遠坂邸の時計に一時間の狂いがあることに気が付かなかった凛は、午前二時ではなく午前三時に英霊召喚を行なってしまっていた。
時臣は『こんな身近な異変に気づかないようではまだまだ未熟だ』という、ある種の親心による警告とも言えるのかもしれない。しかしこれが結果として凛の運命を決定づけた。
「は?」
召喚サークルの中に召喚したはずのサーヴァントの姿はなく、唖然とする凛をよそに、上の階から
「あぁもうっ! なんなのよーっ!」
動転しながらも怒りを露わにし、急いで階段を駆け上がっていた凛は、目的の部屋の扉が壊れ開かなくなっていることに逆上して蹴り破った。
果たして中は、見るも無惨な有様になっている。
天井には穴が空き、部屋の中は瓦礫の山と化していたのだ。
だがこの惨状を生んだ下手人が、瓦礫の上に座り込んでいる。脚を組んで瓦礫に背を凭れ、こちらを見遣るその男に気づいた凛は、なんとか呼吸を整えると苛立ち紛れに問いかけた。
「で――アンタ、誰?」
「……開口一番それか。全く、とんでもないマスターに呼び出されてしまったものだな」
男は赤い外套を纏った長身の偉丈夫だった。内包する神秘は人の身には有り得ず、凛は緊張で密かに身を強張らせている。それを押し隠して強気に問い掛けたのが滑稽だったのか男は失笑した。
黒いアーマーを装備し、高位の騎士が羽織る物に近い、高貴な赤い外套を羽織る白髪の男。褐色の肌と鋭い双眸が相俟って、王室に仕える峻厳な近衛騎士をイメージさせられる。だが既視感を覚えながら男の顔を見詰める凛の顔が、次第に驚愕の色を帯びていった。
「ウソ……よ、よく見たらアンタ、まさか……え、
男の容貌は凛も知る青年と瓜二つだったのだ。いや声まで同じに聞こえる。
肌と髪の色は違う。しかしその背丈と顔は紛れもなく――実の妹の義兄、衛宮士郎のもの。驚愕の余り言葉を失う凛に、衛宮と呼ばれた男は眉を顰めた。
凛は無意識の内にマスターの特権、サーヴァントの能力を透視する権限を行使してその男を視る。
『筋力:B 耐久:C 敏捷:C 魔力:B 幸運:C』
それがその男のカタログスペックだ。悪くない、寧ろ良い。突出して優れている訳ではないが隙のない性能だ。頭の片隅でそう思うも、マスターである少女は男の顔から目を背けられない。
凛が固まっているのに、男は深々と嘆息して立ち上がる。
思ったより穏健な態度のお蔭で、凛はその男に対し余計なことは言わなかった。
問うまでもなく彼がサーヴァントだと分かっているのだ。更に知り合いと瓜二つの顔を見て驚き、毒気を抜かれてしまったのもある。凛は部屋を破壊された事への蟠りを忘れてしまった。
男は思案するようにこめかみを揉む。
「エミヤ。エミヤ……か。その問いには是とも否とも言えんな。乱暴な召喚のせいで、少々記憶が混乱しているらしい。出来るだけ早く思い出すように努力はするが、今は真名を答えられない」
「え……ほ、ホントに?」
「嘘を吐いてどうする。君の失態だ、私に文句は言わないでくれよ」
「……最悪。真名が分かんないんじゃ、宝具がどんなものかも分かんないじゃない。じゃあ、アンタのクラスは? もしかしてセイバーだったりする?」
「生憎、セイバーではないな。というより、基本クラスのどれにも該当していない」
「……はあ? つまり……どういうこと?」
男の申告に、凛は困惑する。基本クラスではないとはどういう意味だと。
彼女はまだ自覚していなかったのだ。
自分が、この聖杯戦争で――
「私は『
――最たるイレギュラーを召喚したのだということを。
センタービルの屋上から、ウォッチャーは新都の街並みを見渡す。
傍らにはマスターである凛もいるが、彼は懐かしさを覚えたような顔で目を細めていた。
(――全く、奇縁という他にないな)
よもや死後に英霊となった後、こうして故郷に戻って来ることがあるとは。
赤い外套の番人、真名はエミヤシロウ。彼は生前の記憶をほとんど失っていない。名前も一夜を明かせば自然と思い出せた。だが、ウォッチャーは凛にそのことをまだ告げていなかった。
詮索されてもエミヤの名は伏せ、彼の祖先だと偽るつもりだ。必要だからである。理由は誰にも明かせないが、決してこの身がエミヤシロウであると暴かれてはならないだろう。
(英霊召喚に作用し、オレを引き当てるに至った触媒は――多分、これだろうな)
表面からは見えない。しかし彼の懐には、
それは彼の義妹、衛宮桜が、遠坂から間桐へ養子に出される際、凛と交換したというリボンだ。彼はある時にそれを桜から渡され、生涯手放さなかったのである。
――
触媒としての縁は薄い。だがそれでもこの身が召喚されたのには幾つか理由があるのだろう。凛自身とも少なからず縁があるし、何より、この聖杯戦争に自分が喚ばれたことには意味がある。
生前の記憶はある。しかし全てを完璧に覚えているわけでもなかった。自分が経験した第五次聖杯戦争で、遠坂凛に召喚されたサーヴァントは――さて、誰だったか。ウォッチャーは瞑目し、記憶を洗い出しながら凛を見る。
「どう? 地形は把握できた?」
今日一日、冬木の至るところを連れ回された挙げ句に、最後に連れて来られたのがこの場所だ。
最初からここに連れて来てくれたら問題なかったが、それは言わぬが華というものだろう。
「ああ。お蔭様で戦場にしても問題ない場所と、してはならない所の選定も済んだ。街の状況もな」
「街の? それってどういう……」
「気づかないか? 街に
「……それは気づいてるわ。けど、それが?」
まだ夜になったばかりだというのに、新都の人通りは少ない。不自然なほどに。ウォッチャーがそれを指摘すると、凛も違和感と警戒心は懐いていたのかウォッチャーの意見を聞いてくる。
確か……この時期、第五次聖杯戦争の開催に合わせて、養父の切嗣や体術の師である綺礼、魔術の師ケイネスが暗躍して魔術協会と聖堂教会に密約を取り付け、数年前から計画的に人を減らしていっていたはずだ。一般人を転勤させたり、旅行に行かせたり、田舎に帰省させたり……他にも休校、店の改装と銘打っての休業などをさせて。神秘の漏洩を防ぐための措置だ。
それから新都の街のど真ん中に、戦時の地雷やらミサイルやらの不発弾が埋まっていたとか、ガス会社の不備で爆発の恐れがあるだのといった噂を流したり、冬木大橋の大規模工事の為に通行を規制したりとかしている。そうして人を可能な限り少なくして、サーヴァント同士が戦闘しても隠蔽しやすい区画を整備していた覚えがあった。
その為に捻出された費用は目玉が飛び出るほど高く、聖堂教会や魔術協会も聖杯戦争に嫌気が差している者が多くなって来たと聞いた。当時はそうした視点を持っていなかったから然程気にならなかったが、今のウォッチャーは街の異様な雰囲気をつぶさに感じ取れた。
だからこそ――彼の鷹の目は、
自然体のまま戦闘態勢に移る。無形の構えのまま、投影の準備をしながら番人は主人に答えた。
「……気の短い輩なら、この時間からでも仕掛けてくる可能性があるということだ」
「ああ……確かにそうかもね」
「凛、油断するなよ。後ろから刺すことを躊躇う者ばかりでもあるまい」
「油断はしてないわ。それより地形を把握できたんならさっさと帰るわよ。これからどう動くか決めなくちゃなんないしね」
「そうしよう。こんな見晴らしの良すぎる場所にいては、弓兵からのいい的にされかねん」
納得した様子の凛をそれとなく急かし、さっさとセンタービルから離れる。特に異論はないらしく、凛はウォッチャーを伴ってさっさと帰還していった。
――ウォッチャーと目が合った者は、それを見届けて視線を切る。
「どうかした、
鈴を転がしたような、可憐な声で自らのサーヴァントに声を掛けたのは、麗しき美貌の少女だ。
タイトなパンツと革靴、ドレスシャツを纏った姿は、さながら乗馬服に身を包んだお姫様のようであり、銀髪に赤い瞳の姫に傅く弓兵との体格差も相俟って、触れたら折れそうな華奢な体躯に見えるだろう。
だが彼女の肢体は引き締まり、見る者が見ればよく鍛えられているのが分かる。その手脚はバレエダンサーの如くしなやかで、力強い躍動感を秘めているのだ。
「いや、何。遠目に敵サーヴァントを見つけた故、少しばかり牽制していたまでだ、マスター」
少女――衛宮イリヤスフィールに仕えるサーヴァントは、人間離れした巨躯の持ち主だった。
健康的に日焼けした肌は凄まじい筋肉量で隆起し、二メートルと半ばもある巨体と、身に纏う獅子の毛皮が特徴的な巨漢だ。一目で懐く印象は『大英雄』の他になく、圧倒的な覇気に溢れ、天災を凌駕する暴力を無比の理性で制御する破格の武威を放っていた。
霊基は弓兵の英霊、規格は神話、其の真名は――ギリシャ最大にして最強の英雄、ヘラクレス。
『衛宮』陣営における『聖杯の破壊』の為の本命がアーサー王であるなら、他の陣営を一掃する為の暴力装置としての本命が彼である。単純な戦闘力ならアーサー王以上かもしれないとすら、実際に彼の騎士王を目にしたケイネスに言わしめる武人であった。
実際に戦えばどうなるかなど――もはや人間の尺度で測れる存在ではない。
「ふぅん……?」
イリヤ以外にはまともに現界を維持することも困難で、全力戦闘の支援を単独で熟せる者はいない。ヘラクレスという大英雄を一目で気に入り、僅かな時間で全幅の信頼を置いているイリヤは、見た目に反して紳士的なアーチャーに意地悪な笑みを向けた。
「どうしたの? 昂ぶってるじゃない。そんなにいい獲物だったのかしら」
「――そうだな」
彼女達は今、聖杯戦争最大のイレギュラーと目している、英雄王ギルガメッシュを探していた。
彼ならギルガメッシュにも勝てる。イリヤはそう確信しているし、実際に戦闘に移れば士郎や桜がサーヴァントを連れ、援軍に駆けつける手筈なのだ。負けるわけがないと彼女は思っていた。
故に今はギルガメッシュ以外に用は無い。イリヤはそう考えていたし、彼の存在を聞かされている弓兵も、マスターの意向を汲んで同意していた。侮るつもりはないが、イリヤほどのマスターに恵まれた自分なら、早々に遅れを取るはずはないと自負していたからだ。
故に、アーチャーは笑った。武人らしい爽やかさの滲む、猛々しい笑みを浮かべたのである。
「あの赤いサーヴァントは
「……へぇ。でも、アーチャーに弓矢で勝てるわけないでしょ?」
「無論だ。しかし――」
イリヤの確認に、絶対の自負を乗せて返す。
だがアーチャーに油断はない。彼の武人としての勘が言うのだ。腕を競い合うに不足はないと。
あれほど練り上げられた武の持ち主は、あのアルゴノーツにもそうはいなかった。
「――楽しみだ。名も知らぬサーヴァントよ、お前と戦う時が」
アーチャーは、ただただ不敵に、英雄的な闘志を燃やした。
ある意味本作最大のイレギュラーのエントリー。
感想欄にて騎ニキの知名度への誤解がある方もいらっしゃったので解説しておくと、本作のケルト勢はアーサーのお蔭で(せいで)グレートブリテン建国神話に組み込まれ、知名度が跳ね上がっております。アイルランド以外でもクー・フーリンを知っている人は多いのです。
感想評価宜しくお願い致す。冬木崩壊RTAも皆様に楽しんで頂けるように頑張るので……!!(起源:傍迷惑)