転生したらアーサー王だった男がモルガンに王位を譲る話   作:飴玉鉛

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ちなみにウォッチャーはFGOのエミヤ(第三再臨)の姿です。


されど番人は竜と踊る話

 

 

 

 

 

 

「お、おいセイバー、本当に皆に黙って行っていいのかよ……!」

 

 衛宮士郎は決して短絡的な馬鹿ではない。

 若さ故の向こう見ずさや未熟な部分はあるが、生粋のエリートである魔術師に師事し、厳しい師匠達に苛烈に鍛えられているのだ。実戦経験こそ無いが、余計な甘さを見せることはない。

 魔術に纏わるあらゆる分野で、卓越した研究成果を残す天才魔術師ケイネスの教え子であり。死徒と徒手空拳で殴り合い、正面から討ち果たせる代行者、言峰綺礼の弟子であり。魔術界の現代火器軽視の風潮を荒々しく拭い取り、専用の対策案を練られて尚、魔術使いの界隈で伝説的な傭兵として知られる衛宮切嗣の薫陶を受けているのに、彼の師匠は故人さえも含まれているのである。

 古刀のみならず、江戸時代末期からの剣豪達が振るった刀を、博物館や闇市場で視認し、固有結界に貯蔵している士郎は、卓越した剣技を有する剣豪達の技を生の感覚で追憶している。ケイネスの提案によりそうした異形の修行を経ている今、ケイネス以外の師はもう教えることはないと放任を決め込むまでになっているのだ。恐らく同年代で、士郎に敵う者などいないと言っていい。

 

 そんな士郎だからこそ、一見短絡的な行動に打って出たセイバーに慌てているのである。

 

 夜、キャスターが神殿化している柳洞寺への案内役に駆り出された士郎は、自身を急かすセイバーの真意を聞き出し、場合によってはなんとかして思い留まらせようとしていた。

 だがセイバーの足取りに一切の迷いはない。純白の衣を翻し颯爽と歩むセイバーは、既に確定した路線を進む豪腕ぶりを発揮している。一先ず士郎に先導を半強制していながら、マスターである彼には納得していてもらわないと困ると判断して説明する。

 

「寧ろ他の者は邪魔です。足手纏いという意味ではありません、いてもらっては困るという意味で邪魔になる為、こうしてシロウと私だけで急行しているのです」

「どういう意味だ?」

 

 もし切嗣に話せば、彼は大胆に方針転換してでもセイバーに協力しようとするかもしれない。

 だがそれをされては困る。なら目の前に集中してもらった方が良かった。

 なぜならば。

 

「……警告しておきましょう。あなた方はソロモンを舐めている。自らの常識の範疇に押し込み、矮小化させた危機意識しか持ち合わせていない。これは非常に危険な状態だと断言できます」

「俺達が舐めてる? そんなことは」

 

 ない、と断言しそうな士郎を、セイバーは横目に見た視線で制した。

 

 令呪を奪われ自害を命じられる、マスター権を奪われる――それは正しい。しかしそれはサーヴァント側に関する危険であり、切嗣達は大きな陥穽を見落としているのだ。

 すなわち、マスター側に関する危険だ。ソロモン王は召喚魔術の祖として有名だが、それ以外の魔術に関しても最高峰に位置している。たかが人間程度、容易く料理してしまえるのだ。

 

「マスター権、令呪、極論になりますがこれらは無視してもいい。しかしソロモンの魔術でマスターが殺害される危険性は認知していますか?」

「……それは」

「していない。しているつもりでしょうが、私からして見ればしているようには全く見えません。たとえばソロモンの陣地に侵入した途端、マスターだけ別地点に強制転移させ直接殺害することは容易いでしょう。陣地外でも視線が合うか、特定の動作を視認させるかするだけで、呪い殺すのも朝飯前です。空気を猛毒に変えるだけで人間(マスター)は簡単に殺せる」

 

 モルガンなら可能なのだ。ならば同様のことがソロモンに出来ないはずがない。故に対ソロモンに於いて勝機が最も高いのは、高い対魔力を有し、単独行動が可能で、瞬時に白兵戦に持ち込み打倒できる者――アーチャーをおいて他にいないだろう。そのアーチャー・ヘラクレスですら、逃げの一手を打ったソロモン王を仕留められるかは疑問だ。

 故に今なのだ。まだ聖杯戦争が始まって間がなく、陣地が完成していない可能性が高く、自らの居場所がまだ割れていないと判断し、襲撃を受ける状況を想定していないであろう今しかない。どれほどの賢者でもアサシンのマスターとこちらが繋がっており、アサシンにより自らの居場所が暴かれているとは思うまい。だから速攻を仕掛ける。兵は神速をこそ尊ぶのだ。

 

「だからキャスターが本当にソロモンだった場合、最善の策は何もさせずに討つことです。いいですかシロウ、覚えていてください。この聖杯戦争というルールに於いて、魔術王ソロモンは紛れもなく無敵です。絶対に直接対決をしてはいけません。マスターがソロモンの手が届く位置に入った瞬間、敗北が確定してしまうからです」

「そんなにヤバいのか……?」

「ええ。むしろまだ想定が甘い恐れすらあります。妖精王陛下に出来ることを言っているだけで、即席でそれ以上のことが可能なら……はっきり言って私にも打てる手がありません。しかし今だけはまだなんとか倒せる可能性が高い。何せ、()()()()()()()()()()()()()

 

 どういうことだ? と士郎は素直に訊ねる。セイバーは完全に想像だけで話しているような口振りだが、感じさせる説得力には疑問を挟む余地がない。王としては勘だけでなく、理詰めで事に臨むセイバーのスタンスや物言いが、他者を不快にさせることはあるが――有事に於いてセイバーの判断や意見に、異論を唱えた者などいないのである。

 いっそ反感を抱かれることもある、確固たる自信と鋼鉄の論理。セイバーは機械の如く正確に、相手のキャスターが本当にソロモン王だった場合の状況を読み解いていた。

 

「ソロモンは()()()()()()()()()()()()()()()()のです。なにせ相手マスターさえ捕捉すれば勝利は確実なのですから。そのソロモンがわざわざ陣地を作り身を隠している――即ちソロモンはこの聖杯戦争で、なにがしかの目的……もしくは条件のいずれかを達成していないのでしょう。このことから逆説的に言えるのは――」

「――そうか、()()()()()()()()()()()()()()なら、マスターやサーヴァントを積極的に脱落させようとはしない!」

「ええ、その通りです。その端的な理解は美点ですよ、シロウ」

 

 セイバーは納得したように言った士郎に微笑む。

 それに照れてしまいそうになりながら、士郎はセイバーの意図を理解した。

 

「……だから俺達だけなんだな」

「そうです」

「他の皆で襲い掛かれば、流石に相手もなりふり構わなくなる可能性がある。だからセイバーだけで仕掛けて斃す必要がある訳だ。なら俺がすべきことは、即座に令呪を使うこと……だな?」

「理解していただけましたか。柳洞寺は確か、冬木の霊脈の中心地で霊体へ強力に作用する結界があるのでしたね。正面の山門から入らないとステータスが大幅に下がるという……なら最初から全力で山門まで駆け上がり、突破した瞬間に聖剣の最大火力を叩き込みましょう」

「分かった」

 

 柳洞寺は友人の家でもあるが、()()()()()()()()()()()。柳洞寺の人達は今、よその寺の人達との交流という形で修行しているのだ。聖堂教会と魔術協会がなんとかして人払いをしたから。

 というのも柳洞寺はセイバーの言った通り、冬木市の霊的な心臓とも言える要衝である。サーヴァントならここを本拠地にしようとする可能性は充分に想定できるのだ。

 だから士郎に躊躇はない。友人の家を破壊するのは気が引けるが、そんなことに躊躇っていてはより多くの人に犠牲が出るかもしれないのだ。人的損耗がないのなら果断になれる。

 

 覚悟を決めた様子の士郎に、セイバーはひそかに安堵する。

 

(よかったぁ……なぜか私が意見を言う度に反感を募らせる人達がいたけど、シロウはそうじゃないみたい。……ほんと意味不明だよね、私の言ってることそんなにおかしいの? ねぇ、オマエに言ってるんだけどコンスタンティン。聖人面した俺様野郎、密かに反乱しようとしてたの私は許してないからな? もしまた会ったら絶対去勢だけじゃ済まさないから覚悟しろー?)

 

 士郎が素直だから対比して思い出してしまう。現役時代、矢鱈と反抗的だった同世代の嫌な奴を。

 仄かに負のオーラを纏ってしまうも、目敏く感づいた士郎に気づき嫌な奴を頭の中から追い払う。

 嫌な気分になりかけたのを、セイバーは改めて士郎を見ることで払拭した。

 

(――その点、シロウは好青年だよね。背は高いし声はいいし顔も悪くない。見た目で私を侮らないし素直に話を聞いてくれるし納得したら迷わない。おまけに努力家の気を感じるし、才能ないくせに強くなろうとしてる。うーん、シロウ! 私の現役時代なら執事にしてあげてましたよ! なんで私が王様だった時に生まれてないんですかコンチクショー!)

 

 理不尽に怒り出すセイバーは、間違いなく情緒不安定だった。聖剣王としての彼女は鉄壁の法の鉄人であるが、個人としては感覚で生きている直感型の人間なのだ。うじうじと昔の怨恨を引き摺り続けるし、ナチュラルに辛辣で辛口評価もする上に、勝負事になると極度の負けず嫌いを発揮もする。故に彼女の内心を知った者は安定感に欠けていると思うだろう。

 だがセイバーの安定感、バランス感覚は絶妙だ。緊張感がまるで無いように見えるのは、自身の能力に大きな自信があるからで。言動に迷いがないのは、貫いた信念に自負があるからだ。

 余所事を考えているように見えても――実際に考えてはいるが――彼女の思考をよくよく覗き込んでみたら、味方の美点(取り柄)と能力を分析し、査定を下して立ち回りを考察しているのが分かる。

 セイバーは今の士郎に対し、ほとんど期待していないのだ。足を引っ張ることはないなと評価しているだけで、人柄への好意は仄かに懐いても戦力としては半人前だと辛辣に見ていた。

 

 そしてセイバーは良い意味でも悪い意味でも公平だ。いや、寧ろ自分自身にこそ辛口である。

 

(……あのクソ親父なら、モルガンなら、他に策を思いついていたかな)

 

 セイバーは騎士王直伝の脳筋殺法を使うが、アーサー王ほど軍事能力に特化していたわけではない。そして女王として政治力学を理解し、人間関係を操作して、防ぎ得ぬ策謀の刃を潜ませられるモルガンほど知略に秀でているわけでもなかった。政戦両略のどちらかに特化しているあの二人は、自分と同じ立場にいて同じ状況に置かれたら、どうやって対応していたかを考えてしまう。

 感覚的に分かるのだ。直感で、あの二人ならセイバーよりも上手く対応していたと。――騎士王なら言うだろう、()()している時点で負け腰だ、相手の意表を突きたいならもっと割り切り果断になれと。妖精王なら言うだろう、そもそも前提がおかしい、対ソロモンを企図するのなら脇目も振らずにやることがあるだろうと。セイバーには、それが分からないのだ。

 経験が足りない。実力が足りない。劣等感が彼女の心の中でチクチクと背中を刺している。自分には他に何が足りないのか見通せないのが歯痒い。情緒不安定気味に雑念を湧かせ、ごちゃごちゃ余所事を考えてみているのも、そうした劣等感から目を逸らす為だった。

 

「着いたぞ、セイバー。ここが柳洞寺だ」

「――ここが、ですか」

 

 長い長い階段を見上げ、遠くにある山門を目視する。

 士郎の道案内を受けてやって来たセイバーは、ここで士郎を待たせるべきか連れて行くべきかを思案した。令呪を切るタイミングはどうするかも。だが、セイバーはふと気づいて目を凝らした。

 そして――()()()と汗を吹き出させる。

 想像もしていなかった光景を見て、度肝を抜かれてしまったのである。

 

「……シロウ」

「なんだ?」

「柳洞寺には……結界があると聞いていたのですが?」

「? ああ、あるぞ。それがどうかし――ッ!?」

 

 士郎は遅れて悟り、目を見開いた。キャスターでもあるセイバーだからこそ一早く気づけたが、士郎も固有結界を宿す身である故に世界の異常へ敏い。だから士郎も気づいたのである。

 柳洞寺には、強力な結界がある。遥か昔に日本の高位の術師が張った、サーヴァントにすら効力を発揮するものだ。当然士郎たちはその存在を知っていたし、サーヴァントとの情報共有で伏せる意味がない為、セイバーにもきちんと話してあった。

 だが――()()()()()()()。完全に失くなっている。それだけではなかった。士郎は気づかなかったが、高位の魔術師でもあるセイバーは見て取っている。山門の向こう側にあるはずの、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことを。

 

「――先行します。続いてください」

「あ、ああ!」

 

 飛び出したセイバーの後を追って士郎も駆け出した。

 嫌な予感がする。何かを致命的に間違ったような、取り返しのつかない失態を犯したかのような。

 挽回する為にも状況を掴まねばならない。急ぎ階段を駆け抜けていき、山門の先へ突撃した。

 

 想定通りなら本来ここは敵地だ。迷いなく全てを破壊し尽くし、敵マスターごと聖剣で吹き飛ばすはずだった。だが、柳洞寺の敷地内には静寂が満ちているばかりで、とても魔術王はおろか魔術師の英霊が拠点を築いている痕跡はなかった。

 

 そして、セイバーは発見する。直線上の先に()()()()()()()

 

「っ――ウォッチャー!」

 

 赤いコートを羽織った少女だった。マスターの、魔女だ。

 そして彼女はセイバーに気づくなり警戒し、跳び退きながら自らのサーヴァントを呼び出す。

 実体化する赤い外套の英霊。その顔を目にしたセイバーは瞠目する。

 

「ほう。まさかキャスター狙いの者と出くわ(バッティング)してしまうとはな」

 

 ふてぶてしく、ぬけぬけと言い放つその男は、両手に()()()()()()を握る。

 それはフィオナ騎士団の一番槍が用いた得物、赤の魔剣モラ・ルタ、黄の魔剣ベガ・ルタだ。

 セイバーは無言でヘラクレスの宝剣を模して作り出した聖大剣、マルミアドワーズを取り出す。

 

「貴公達は……いや、キャスターはどうした?」

 

 情報だ。今は目の前のサーヴァントよりも、そちらを優先する。果たしてセイバーの問いに、ウォッチャーと呼ばれていた赤い英霊は肩を竦めた。

 

「残念ながら()()()()()()()()()。どうやら空の陣地をそれっぽく見せ掛け、自分達は別の拠点に移動していたようだ。――そちらの問いに答えてやったのだ。こちらからも聞きたいことがあるのだが、構わないかね?」

 

 いない、のではなく。最初からいなかっただと? アサシンの目を欺き、移動していた? 

 冷や汗が浮かぶ。それは、何か……致命的だ。なぜなら――いや、今はそれはいい。目の前の者に集中しよう。セイバーは様子を窺ってくるウォッチャーを睨み、厚かましく告げた。

 

「答える気はない。ウォッチャーといったか、キャスターがいないならまずは貴公から斃れろ」

「やれやれ……凛、やるぞ。構わないな?」

「あぁもうっ! 仕方ないわね、やるわよ! 貴方の力、此処で見せて!」

 

 不測の事態なのは向こうも同じだったらしいが、特に動揺していないウォッチャーに笑われ、凛と呼ばれた少女もやる気になったらしい。一気に場の空気が張り詰め、そして。

 剣士の少女と、番人の男が激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――危ないところだったね、キャスター」

 

 男は全く危機感を感じさせない、冷静な声音で言った。

 キャスターはそれに対し淡々と応じる。

 

「私は特に危ないとは思わなかった。それよりマリスビリー、私のマスター。あんまり消極的なようだと、()に不審に思われてしまう。私達もそれとなく舞台に立つべきだと思うよ」

 

 キャスターの声音は穏やかだ。だが――どこかが欠落している。

 機械のようだと、心がないようだと感じてしまう佇まいである。

 マリスビリーはキャスターの意見に苦笑した。

 

「君がそう言うならその通りなんだろう。だが、今はまだ早い。もう少し、見極めないとね」

 

 キャスターは無敵だ。聖杯戦争で敵う者などいない。

 だから本音で言えばマリスビリーも、引き篭もっているつもりなど毛頭ないのだが――

 一つ、例外がある。キャスターですら敗れかねない者がいるのだ。

 

 それは、前回の聖杯戦争の生き残り。キャスターの持つアドバンテージがまるで通用しない、受肉した英霊、すなわち英雄王ギルガメッシュだ。

 盟友ではある。条件付きだが、不可侵条約を結んではいた。だが最終盤、聖杯を手に入れる段階になるとギルガメッシュとの対決は避けられない。故に、だ。マリスビリーは結論している。

 

()()()()()()()()まで、出来るなら隠れていたいものだ」

 

 ギルガメッシュの脱落。あるいは退去。キャスターと同格の敵が――キャスターの天敵が敗れる状況を、なんとしても作り出さねばならない。

 彼が今、目をつけているのは、アーチャーと、そしてセイバーだった。

 どちらかがギルガメッシュを討つまで、マリスビリーは大手を振って出陣する気がない。討てはせずとも消耗させるその時まで、彼らは待ち続けるのみ。

 

 彼らは策を練っていた。

 慢心を懐いたまま、聖杯戦争の終わりまで傍観に徹するつもりの英雄王を引き摺りだす策を。

 

 ――果たして、その策を成就させる要因を、キャスターは既に見い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 


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