転生したらアーサー王だった男がモルガンに王位を譲る話 作:飴玉鉛
英霊。過去の偉人、あるいは創作された伝説の擬人化。魔術師である以上、神秘の塊である最高位の使い魔として、サーヴァントという存在については既知ではあった。
まして冬木の聖杯戦争に深く関わる一族である。サーヴァントに対して外部の誰よりも理解しているつもりでいたし、遠坂の家門に生まれたからには義務として聖杯を掴むつもりでいた。
だが認識が甘かった。サーヴァントという戦力を正しく把握できていなかった。サーヴァントはまさしく人型の兵器であり、内包する神秘の桁も天と地ほど開いていると痛感している。
それほどまでに、サーヴァント同士の戦闘は想像を絶していたのだ。
実際に交戦していた時間は短い。しかしその濃密さは八極拳を修めている凛から見ても――離れていたのに目で追えないシーンは何箇所もあったが――人智を超えていると実感させられた。
特に高い性能を誇るセイバーを相手に、主導権を握って殆ど何もさせずに追い込んだウォッチャーの手腕は、凛からしても期待以上の強さだった。最後に宝具による射撃でセイバーへ浅くない手傷を与えた時は、思わず勝ったと内心ガッツポーズを取ったほどである。
認めよう。援護もせず見ていただけだが、ウォッチャーは強い。アイツとならこの聖杯戦争で勝ち抜けると、素直に心強いと思えたのだ。だというのに、コイツは何を考えている?
「何やってんのよこのバカ――!」
こともあろうに武装を解除し、両手を上げて降参の意を示す番人に、凛は口から火を吹くかの如く怒声を発してしまった。優雅じゃないがこれは違う、正当な怒りなのだから別に良い。
凛はウォッチャーの強さを認めた。だがセイバーはそんなウォッチャーよりも強いのだと肌で感じている。ステータスも全ての面でウォッチャーを凌駕しているのだ、倒せる時に倒さなくてどうするというのか。そんな真っ当で正当な怒りをぶつける前に、赤い外套の騎士は皆まで言うなとばかりに冷めた目を向けた。猛る猪を宥めるかのような、冷静な狩人の視線である。
ウォッチャーはふざけていない、至って冷静なままだ。真剣に降参の意を表して、休戦のムードを作り上げている。だがそれを感じても、凛は納得できずにいた。
「待て、凛。君の言いたいことは分かる、セイバーは強敵だ、ここまで追い詰めたのなら倒し切れと言いたいのだろう」
「そうよ! ソイツは手負いなの、手痛い反撃を食らう前に、徹底的に、完全に倒し切らなくてどうすんのよ!? 痛い目を見てからじゃ遅いんだから!」
「道理だ。だが冷静になれ、それは愚策だぞ」
「愚策ですって? どういうことよっ」
憤懣遣る方無い少女を横目に、しかしウォッチャーはセイバー達から視線を切らずにいた。隙を見せた瞬間に、猛攻を掛けてくる思い切りの良さがあると知っているからだ。
今はウォッチャーが圧倒的優位を捨てたように見える、意図の読めない行動に毒気を抜かれ、困惑しているが故に手出しされていないだけで、もしも精神的に持ち直されたら流れが悪くなる。
マスター相手とはいえ丁寧に説明している暇はない。特に今の凛は冷静ではなかった。セイバー側のマスターが駆けつけてきたというのに、そのマスターの姿に気づいていないあたり、本格的に抜けているとしか言えない。目的に達する為にセイバー陣営に話をして、ついでにマスターへの説明を終わらせてしまおう。ウォッチャーは密かに緊張しつつ言った。
「凛、我々は何をしに此処へ来た? セイバーを倒す為か?」
「む……」
「セイバーとそのマスターもよく聞け。お前達の当初の目的は私達と戦う事ではあるまい。お前達もまた我々と同じくキャスターを討ちに来たのだろう?」
「………」
セイバーとマスターの衛宮士郎は臨戦態勢を崩していない。しかし番人が何を言わんとするか一応聞く耳は立てているようだ。番人が戦闘を中断したのが余程に慮外のことだったからである。
視線を交わし、小さく頷いたセイバーが一歩前に出て応じた。
「そうだ。キャスターは時を経るごとに力を蓄え、落とし難い堅牢な陣地を築く。故に時を与えず速攻を仕掛け、迅速に斃すべきだと判断した。ここはこの地の要衝だ、だからこそキャスターがいると踏んで来ただけに過ぎない」
「奇しくも同じ目的があったわけだな。私もマスターに、ここにキャスターが陣取れば厄介になると判断し、危険の芽は早々に摘むべきだと進言してやって来たところだ」
両者、挨拶代わりの欺瞞を言う。ウォッチャーはしたり顔で言う。だが頭脳はフルに回転していた。
些細な違和感すら与えてはならない、相手は剣を執れば聖剣王、政治を回せば豪腕の鉄血女王だ。論理的な瑕疵が少しでもあれば、こちらの虚偽に気取られてしまう。
己の生涯に後悔はない。やり直したいと願うこともなく、未練や悔恨、怒りも哀しみもない。だがこうして在りし日に現界した以上、平行世界に過ぎないと分かっていても望んでしまうのだ。
「だがお前達に先んじて到着した私も、キャスターと出会うことはなかった。しかし収穫が何もなかったわけではない。ここにいたキャスターの真名が私には分かったのだ」
「え? なにそれ、私は何も聞いてないんだけど……まさか私に話す前にセイバーが来たの?」
「ああ。間が悪かったな、凛」
冷静になったらしい凛は、今更士郎に気づいて目を見開いていたが、今は士郎へ呑気に話し掛ける場面ではない。ウォッチャーの話に意識を向け直した彼女を見たまま、彼は言い切った。
実際、その通りではある。しかしそんな手掛かりなど彼は得ていない。凛と危機感を共有する為に話したいところだったが、思っていたよりもセイバーの到着が早すぎただけのことである。
セイバーは協力者からキャスターの正体に関して、憶測に等しい情報を得ている。しかし確証はないから確かめる意味もあって柳洞寺に来たはずだ。そのことを思い出しながら、ウォッチャーはセイバーの反応を待つ。彼女の性格なら、情報を得ようとするはずだ。
案の定、セイバーは探るように問いを投げてくる。
「キャスターの真名が分かっただと? 本気で言っているのか、貴公が来た時には既にキャスターはいなかったのだろう。それでどうしてキャスターの真名が分かる?」
「そう難しい話ではない。生前、少しばかり縁があってな、魔術王の使い魔を見たことがある」
「………!」
さて、全くの嘘と決めつけられるか、信憑性を少しでも感じてもらえるか。正直、分の悪い賭けではない。なんせこちらはセイバー側の情報を知り得ているのに対し、セイバー側はこちらの情報を全く知らないのである。対等な論戦ではないのだ、説き伏せる自信はある。
あくまで自然に、事実だけを述べるような語調でウォッチャーは言った。反論はさせない、少しばかりの欺瞞を混ぜるだけでいい。後は何が事実で、何が偽りかを悟らせず、舌を回すだけだ。あの性悪神父の真似事だが、人様の
「私の真名に関わる故、詳しくは省かせてもらうが、アレは確かに魔術王の使役する魔神だった。アレは自らの拠点を移転させた痕跡を消していたのだろう、私に見つかったと見るやすぐさま姿を消してしまったが……ここまで言えば分かるだろう? キャスターは、あの魔術王ソロモンだと。私が何を求めているか、君には分かるはずだ」
「………」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよウォッチャー! 魔術王? あのソロモンが現界してるの!?」
「そうだ。故に私はセイバーと相争っている場合ではないと判断した。率直に言おう、私達は途方もなく凶悪な戦術を取り得る、魔術王ソロモンを早期に打倒する為にセイバーと手を組むべきだと考えている。君はどう思う、凛?」
「そ、それは……でも……!」
凛も魔術師だ。性根はあんまりにも善良で、彼女の言い方を真似るなら心の贅肉塗れである。しかしその才能は本物で、魔術の腕と知見は歳の割に深い。ソロモンなんてビッグネームが飛び出したら動転してしまっても無理はない。なにせソロモンが出てきてしまえば、それだけで聖杯戦争を終わらせられたも同然だからだ。――セイバーは沈思し、口を開く。
「こちらで得ている情報でも、魔術王がいるかもしれないとは想定していた。しかしウォッチャー、貴方が言う情報を鵜呑みにするわけにはいかない。私を納得させたければ今少し判断材料を出してもらおう」
「それは無理な相談だ。先にも言ったが私の真名にも関わるからな。だがそちらが魔術王がいるかもしれないと、想定するに足る情報を入手していたなら、それを知り得る立場でない私の情報と符合している時点で、ある程度の信憑性は担保されていると思わないか?」
「……胸の裡を明かそう。敵対していた者の言葉を、素直に信じるのは馬鹿らしいと私は思う。はっきり言おうか、ウォッチャー、貴方は強い。仮に魔術王が現界していたとしても、敵対していた貴方に背中を預けるのは恐ろしい。信じられる根拠を提示してもらわねば、とても同盟を結ぶことはできない。いつ後ろから斬られるか分からないからだ」
「魔術王と縁があると言った私が、その魔術王の支配下にある可能性を恐れているわけだ」
「そうだ」
貴方は強い。そう言われ、頬が緩みそうになるのを咄嗟に抑えた。衒いのない賛辞は、特に彼女のものとなれば高揚してしまいそうになる。ウォッチャーはなんとか鉄面皮を維持し、誤魔化すようにして凛を見た。
「凛。勝手に話を進めてすまないと思うが、ここで確認しておこう。私の独断だが、この同盟の提案自体に君は反対か?」
問われ、凛は渋面を作った。
彼女は聡明だ、そして素直である。合理的で、魔術師的な判断も下せる。故に、至極読み易い。
凛は苦々しく言った。
「……一応確認なんだけど、あんた……ホントに魔神を見たの?」
「ああ、私の知る魔神で間違いなかった」
「……なら認めるしかないじゃない。あんたは正しいわ、ウォッチャー。魔術王がいると分かってるんなら、他の何を置いてでも真っ先に脱落させないといけない。さもないと私達は全滅する。癪だけど追認してあげる、あんたの思うようにセイバーを説得して、同盟を組んでちょうだい」
「承知した。話の分かるマスターで助かったよ」
向こうもウォッチャーに誘導されているのは察したのだろう、苛立ちが見て取れるが、やり場のない怒りというほどでもない。むしろウォッチャーの言い分を信じ、微かに恐怖している。
気丈だが、やはり少女なのだ。魔術王の手に掛かって、有象無象のようになんの意味もなく死んでしまうのは恐ろしいのだろう。そして面映ゆいことに、凛はウォッチャーを信じてくれている。
この信頼は、裏切りたくない。いや――裏切ってでも、生きていてもらいたいと思う。
凛だけではない。確定した自分の過去はどうにもならずとも、
ウォッチャーは改めてセイバーに向き直った。すると必然的にその隣にいる愚者も、視界に入ってしまい不愉快な念に駆られるが、努めて無視してセイバーへと語り掛ける。
「マスターの許しも得た。君の求める確たる根拠を提示しよう」
言いながら背中に手を回すと、セイバーと士郎が身構える。堪らず士郎だけ半殺し程度に殴る蹴るの暴行を加えたくなるが、理性を総動員して想定していた通りの工程を終えた。
誰の視界にも入らない死角で、宝具を投影する。出処は明かせないが、この身は確かにその担い手と出会ったことがあった。だからこそそれは英霊エミヤの固有結界に貯蔵されている。
「そう構えずに、これを受け取れ」
そう言ってセイバーに放って渡したのは、歪曲した刃を持つ短剣だ。
咄嗟に掴み取ったセイバーが検分するのに、傍らで士郎が目を見開く。まあ今のあの未熟者でも、アレがどういうものかは分かるだろう。生憎、本来の持ち主のような技量は再現できない故、十全に繊細な扱いなどできないが、乱暴な使い方ならできなくもない。
「……これは?」
「それの真名は
「………!」
セイバーはちらりと士郎を見た。彼の能力を知っているセイバーは、士郎に確認を取ったのだ。
すると彼も驚愕しながらも、事実だというように小さく頷いている。
「……あらかじめマスターに令呪を使ってもらい、現界に差し触らないように魔力を
「そうだ。契約さえ絶ってしまえば、マスター権を奪われる恐れも、令呪で自害を命じられる可能性もなくなり、相手側にマスターを殺すメリットがなくなるだろう。速攻で実力勝負を押し付け、迅速に倒してしまえばマスターと再契約を結べばいい。――そら、魔術王を斃すための手札を見せたのだ、これでも私は信頼に値しないか?」
尤も、その策にはマスターとの間に、契約がなくとも大丈夫だと信じられる信頼関係がなければならない。そちらに信頼関係はあるのかと、暗に皮肉げに問うと、セイバーは意を決したように歩み寄りウォッチャーへと手を差し伸べた。
握手だ。ウォッチャーは目を瞬き、眩しそうに目を細めて、その小さな手を握り返す。
「……同盟は締結された、そう受け取っても?」
「ええ。一時の盟ですが、これより我らは盟友だ。貴方ほどの強者と共に戦えるなら、これほど心強いことはないでしょう。……先にキャスターをこちらで捕捉しなければならない、という面倒な前提条件はありますが……それも踏まえてよろしく頼みます、ウォッチャー」
「――ああ。――こちらこそ、よろしく頼む。セイバー」
ウォッチャーは、万感の想いを秘めたまま、その手を確かに取った。
――こうして番人と剣士は手を結んだ。
されど、そのような光景もまた――
だがなおも、番人は視られていることなど百も承知していた。
むしろ視られていなければ困るとすら思っている。
なぜなら。
(すまない。だが……私の目的の為。死んでからやっと見つけたエゴを貫く為……私は――)
エミヤは、心の中で詫びた。
お待たせしました。
矛盾がないように考えながら書いてるとどうにも時間が掛かる。
面白い、続きが気になると思っていただけたなら、感想評価等よろしく頼んます。