転生したらアーサー王だった男がモルガンに王位を譲る話   作:飴玉鉛

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渇望した死闘の果てを見る話

 

 

 

 

 グレートブリテン建国神話『エリン(ケルト)物語群』に於いて、第一部に登場する最強の戦士。当時の最高存在、万能の光神ルーの御子として生を受けた者。それがクー・フーリンだ。

 エリンの歴史がブリテン王国に編纂された際、妖精女王に『エリンのヘラクレス』と称されたというその武勇と、国に尽くして死んだ在り方を指して、騎士王に騎士の手本と絶賛されている。

 現存するペンドラゴン王室を擁する国が持つ、建国神話の最高存在に等しい両王から惜しみない賛辞を受けたことで、彼の知名度は西洋文化圏全体に行き渡り、西洋文化に傾倒しているとも言える極東の島国でも一度はクー・フーリンの名を耳にする機会があるほどだ。

 往年の統治者から言わせてみれば、被支配国の伝承の英雄を持ち上げることで、自国側へ完全に取り込む方策の一つに過ぎなかったわけだが。種々様々な政策の結果として、アイルランドはブリテン王国の一部になり、ブリテン島勢力は一枚岩に成ったと言える。

 

 故に、マスターである女、バゼットの出生が割れて。更に実際にランサーと交戦した際に明らかになった情報――魔槍、魔剣、戦車、ルーン、戦闘スタイルなど――から、彼の真名を推測するのは然程難しい話ではなく。確信を得る為に、一度交戦してみようと結論が出るのは自然な流れだったと言えよう。そしてその威力偵察を買って出たのが、最強の英霊を従えるイリヤだった。

 ライダーの真名がクー・フーリンかどうかを確かめ、事実なら余りに有名な弱点を突く為に一旦退いて、後日改めて罠にかけて始末してしまおうという話になっている。

 だがイリヤスフィールから言わせてみれば、そんな小細工は必要ないのだ。

 何も父や師達の姿勢を臆病だのなんだのとバカにしているわけではない、単に下手に慎重になり過ぎるよりも、大胆に攻めた方が結果として上手く回ると考えているだけだった。

 だってアーチャーは強い、シンプルに強い。()()のだ。

 策を練るのはいい、しかしそれに拘泥すれば破綻してしまう。なら純粋な戦力で押し潰す王道の戦術を推し進め、手堅く、そして迅速に、万が一がないように倒してしまえ。

 

 聖杯戦争なんてものに興味はない。あるのは自分の弟妹(きょうだい)が、こんな下らない戦争で危険に身を晒しているという事実だけ。――父はいいのだ、どうせ死なない。どんな鉄火場に放り込まれようと、どうせ帰ってくるし放っておけばいい。だから心配はしていないが、血の繋がらない弟達は違う。どうにも危なっかしいあの二人は、出来る限り危険から遠ざけてやりたいと思う。

 それが全てだ。前に出るのにそれ以外の理由なんていらない。だって私はお姉ちゃんなんだから。お姉ちゃんは弟妹を守るものでしょ、とイリヤスフィールは思う。

 

 だから。

 

「アーチャー。いいわよ、加減なんてしなくて。()()()殺しなさい」

 

 酷薄に命令する。それに、サーヴァントとして従順に大英雄は従った。

 サーヴァントである以上、マスターが悪しき者でない限り、尽くす気は元々あった。マスターである少女の戦う動機も理解できる、家族の為に災害でしかない聖杯を駆逐する思想も納得できる。父からのアドバイスとして、積極的に話をしてくれる姿勢も好ましい。

 性根は善良、動機は善性、能力も申し分ない。ならば何を厭うことがある。幸い戦士として戦うに足る敵手にすら恵まれ、挙げ句の果てには己が全力を出しても支え切れる魔力量もあった。

 イリヤスフィールは世界で唯一、全英霊中最高位の霊格の持ち主であるヘラクレスを、個人で使役できる規格外のマスターだ。現界だけに注力するなら聖杯戦争後でも能うだろう。いや――弓兵というクラスが持つ、単独行動スキルを考慮すれば、短時間限りで全力戦闘もこなせるかもしれない。それほどのマスターに恵まれたアーチャーは、惜しみなくオーダーに力を注ぎ込む。

 

「その心臓、貰い受ける――!」

 

 様子見などしない、最初からクライマックスだと言わんばかりの全力。

 今聖杯戦争最速の英霊が、否、歴代聖杯戦争中最速の騎兵が地面を蹴る。

 慮外の力で蹴りつけられた地面が陥没する。アスファルトが豆腐のように砕け散る。初動から音速を超える桁外れの機動に、しかしアーチャーの目は当たり前のように追随した。

 たとえどれほどの速さで動かれようと、アーチャーが目標を見失うことなどない。一直線に間合いを詰めてくるライダーへ、瞬時に大弓を構え大矢を放った。空間を貫き余波だけで環境を破壊する大矢、瞬きの間に放たれるは宝具に匹敵する威力の矢の弾幕。都合五発、悉くがライダーの『矢避けの加護』を貫通する大矢を、全て回避後の軌道も読んで直撃コースに据える絶技である。

 だが加護が効かずともライダーは超絶の戦士だ。被弾タイミングすら絶妙に調整され、防ぐのが困難な大矢を魔槍を振るって容易く弾き、疾走する脚を一瞬たりとも緩めはしなかった。

 

 ――ライダーに弾かれた五発の砲弾が、新都のビルに無作為に直撃する。轟音と共に砕け、瓦礫を四散させる光景を見もせずに、生じる物的被害をこの時ばかりは忘却する。

 

 ライダーは駿足だ。太陽を運ぶ馬車より速い、自らの戦車を悠々と追い越せるほどである。それこそ彼より明白に速い英霊など、全英霊中トップの脚を誇るアキレウスぐらいのものだが、それとてほとんど差はないと云えた。だが歴戦の経験値、好敵手との交戦経験、そして純粋な走行技術を総合すれば、初速と最高速度こそ劣っても、機動力の一点ではライダーが上を行く。

 影の国への入り口を越えるのに必要とされるのに、女王から伝授されなくては身に着けられないとも言われる『鮭跳びの跳躍法』を、ライダーは誰に教えられるでもなく自然と発揮していた。その粗削りな技法を師に練磨され、磨き上げた技は身に染み付いている。

 そんなライダーが、極めた槍の一撃を見舞わんと迫っているのだ。並の弓兵なら――否、戦う術を知らぬ戦士や騎士以外のサーヴァントでは、たとえ最高位の英霊でも確殺不可避の間合いに恐怖するだろう。だが無論アーチャーは並ではなく、弓兵であるのに逆に自ら間合いを詰めた。大弓を空中に放り投げるや、精製した大矢を短い槍代わりに握り締めたのだ。

 蒼い騎兵が目を細め、嘲笑うかのように挑発した。

 

「ハッ、弓兵風情が槍兵の真似事とはな――!」

「真似事か否かはその身で確かめるがいい」

 

 気を吐く騎兵に、絶対の自負を懐いて弓兵が告げる。突いて引く槍の動作を互いがコンマ数秒未満に打ち合う。それは、さながら至近距離で速射砲を撃ち合うに等しい暴挙。交わされた朱光と銀光の交錯は、たったの一秒で十合を超えた。全てが相手の肉体に致命的な傷を負わせる槍の軌跡、必殺の殺意が狙い穿たんとする戦士の名刺。様子見などではない、しかしこれは腕試しだ。

 この程度も防げぬようならさっさと死ね、そう告げる槍の饗宴に両者は没頭する。都合五秒、百合に迫る応酬に新都全域の建造物が軋みを上げ、発される衝撃波だけで人は死ぬだろう。現に二人のマスターは魔術で自らの身を守っている。そうしなければ負傷していた。

 

 やがて騎兵が歓喜の歓声を上げた。

 

「――やる。やるねェッ! ()()()()()()()()()()とでも言っておこうかァ――!」

 

 獅子の皮鎧、巨大な弓とその威力、振るう技の練度、そして桁外れの怪力と勇猛な戦いぶり。ここまで来ればアーチャーの真名など明らかだ。

 対し、次第に戦の狂熱にあてられてきたのか、ヘラクレスもまた微かに笑いながら応じる。

 

「お前こそ、だ。アルゴナウタイの並み居る英雄を一撃で沈めたこの私が、此処に至るまで傷一つ付けられぬとは。流石はエリン随一の勇者、クー・フーリンだと讃えよう」

 

 槍を振るいながらの遣り取りは、殺意と戦闘の気配がなく、まるで長年の親友のように気安い。

 

 アーチャーはライダーの真名を看破している。宝具など見るまでもない。事前情報と照らし合わせればそんなものは不要だ。故に、作戦目標は達成したと言える。だが――アーチャーのマスターから出されたオーダーは打倒。退く気は全くない。なぜなら、()()()()()()()()()()()()()()()()など、怪物以外に出会った試しがなく、人中にて好敵手だと感じた相手はいなかった。

 この邂逅は戦士ヘラクレスの血潮を滾らせる。生まれながらの最強が最高の師を得て、なおも力を研ぎ澄ませた最強の体と最高の技の融合体が、だ。心眼――戦闘時に於いて擬似的な未来予知に近い感覚を持つ先天的なものと、弛まぬ鍛錬の末に身に着ける後天的な戦闘論理の双方を、高次元で融合させているヘラクレスに、一度見せた技は通用しない。たとえ魔法の域にあろうとも。

 だというのにライダーの槍撃は、同一の技であっても豊富なバリエーションを組み合わせ、巧みに操る技法を確立しヘラクレスの心眼を慣れさせない。しかもライダーはまだ真骨頂を見せていないのである。なにせこの腕試しで、ライダーは()()()()()()()のだから。

 このまま足を止めて戦えば、確実にヘラクレスに軍配が上がるだろう。力は上で、技もほとんど互角なのだ、ならば足を止めての近接戦闘に於いてヘラクレスが敗れる道理はない。だが腕試しは間もなく終わる。挨拶が終わる。渡した技の名刺など打ち捨てる。

 さあ来るぞ。殺気が膨張している――本番はここからだ。

 

「ヌンッ――!」

 

 豪撃一閃。柱の如き腕を引き絞り、解き放った大拳をクー・フーリンはひらりと躱した。

 後方にジグザクに跳び退き、足と接地した地面に火花を散らしながら地表を滑って、自慢の脚に魔力を帯びた。それを見届けることなく落下してきた大弓を掴み取り、今度はヘラクレスが自ら距離を取りながら大矢を連射する。必中の狙いだ、標的を外したことなどない弓兵の照準を――蒼い影は当然の如く回避する。標的を外したヘラクレスは悔しがることなく歓喜して大矢を射った。

 神速で駆ける騎兵を狙った大矢の雨百発は、無作為に放たれているようで、その実全てがクー・フーリンを射殺す軌跡を辿っている。英雄王の自動防御宝具の盾を、初見で掻い潜り直撃させられるだけの技量だ。だというのに一発も当たらない。この時、ヘラクレスは生涯を通して最強だった故に、本人も無自覚なまま持っていた()()()の文字を完全に脳裏から忘却した。

 速い、だけではない。疾く、捷く、何より巧い。

 狩りの女神が欲した牝鹿を射殺すよりも、当てるだけに専念してなお遥かに難儀する好敵手の出現に奮い立つ。ヘラクレスは猛々しく笑い――瞬時に警戒の念を呼び覚ました。

 

 クー・フーリンが宝具に魔力を充填している。本気も本気、全力も全力、全身全霊。ならば宝具を使うことになんの躊躇いがあろうか。クー・フーリンは最初から本気だった。ヘラクレスとは違い無意識の手加減など微塵もしていない。無論、手加減と言っても力や技ではなく意識に関してのものに過ぎなかったわけだが、それでもクー・フーリンにとっては格好の隙だった。

 

「――貰ったぜ」

「………!」

 

 光の御子クー・フーリンの宝具。著名な槍は二本。その内の一本こそが切り札。ヘラクレスほどの大英雄に出し惜しむ馬鹿ではない、クー・フーリンは他の何者でも詰めるのに命を懸けるヘラクレスの間合いに、迷わず踏み込んで朱槍の真名を開帳した。

 

刺し穿つ(ゲイ)――死棘の槍(ボルク)ッ!」

 

 穿つは心臓、狙いは必中。心臓に当たったという結果を先に作り、過程を後から追う因果逆転。アイルランドの象徴的英雄クー・フーリンが誇る、まさに必殺の名に値する半権能の一撃だ。

 対等の敵だった親友、成長していれば間違いなく己より強くなっていたはずの息子、運命を共にした親友と、愛馬、最後には自身を貫いた呪いの槍。その穂先が今、ヘラクレスに向けられた。

 果たしてヘラクレスに避ける手立てはなかった。咄嗟に振るった大弓を魔槍は掻い潜り、自慢の鎧の隙間を縫うようにして奔った魔槍が皮膚を破り、肉を掻き分け、心臓に食らいつく。

 通常の状態なら如何な魔槍といえど、ヘラクレスを貫くには至らなかっただろう。しかし発動している()()()――クラスの縛りがある故に『捻れ痙攣』という変身宝具には成り得ない――の恩恵を受けたクー・フーリンの筋力は最高値に達していた。加えてルーンによる強化も加えた身体能力と、魔槍そのものに付与された属性を加味した場合、彼の肉体を穿くには充分なものだ。

 

 着弾した瞬間、ヘラクレスの体内で魔槍が炸裂する。無数の棘を吐き出し、大英雄の体内を情け容赦なく殲滅した。凄まじい威力――()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「終いだな」

 

 仕留めた。確実に霊核を破壊し、霊基を潰し、殺した。騎兵はそう確信して脚を止め。彼が残心を解いて完全な不意を突くのをよしとしなかったヘラクレスが、()()の意を秘めて駆動した。

 

「なにッ!?」

 

 理性なき狂戦士だったならば、傷の修復を待たなければ動き出さなかっただろう。だがこのヘラクレスは人間の忍耐の窮極といえる精神力の持ち主だ、超越的な戦闘続行の闘志を燃やせる。致命傷を負った程度で鈍る男ではなく、瞬時に間合いを零にすると拳を振るった。

 残心を解く直前だった事が功を奏する。クー・フーリンは回避は能わなかったものの、なんとか腕を交差させて防御に成功した。だがヘラクレスの大拳による理外の衝撃をまともに食らい、藁のように吹き飛ばされてしまう。ガードの上からですら意識が薄れる激痛――なんとか体勢を整えて、驚愕の念を込めて睨みつけてくるクー・フーリンにヘラクレスは言った。

 

無意識(知らず)に、手を緩めてしまったか。私としたことが驕っていたらしい。途方もない非礼だと認め、心から謝罪しよう。故にこれより先、一切の弛みは失くすと我が名に誓う。仕切り直しだ、槍を構えるといい、アイルランドの光の御子クー・フーリン」

「テメェ……」

「よもや一突きで()()()殺されるとは想像もしていなかった。さあ、()()()()でいい。見事この私を殺し切ってみせろ。これより先は、私も掛け値なしの全力を振り絞る」

 

 非礼を詫びるついでに、宝具の一つを開帳する。切り札とも言える『十二の試練(ゴッドハンド)』を。とはいえこうして自らが健在なのだ、すでに看破されていただろうから問題ない。

 命をストックする擬似的な不死。死因に対して耐性を有する伝承型宝具。その真髄を目の当たりにした光の御子は、余りに理不尽な宝具に怒り、呆れ、次いで苦笑した。一瞬の油断、それを見せた己の無礼を詫びた大英雄に、なんともまあ律儀な奴だと感心したのだ。

 自分が殺したと油断し切った瞬間を狙われていたら、最悪そのまま殺し返されていた。ヘラクレスほどの大敵を前に、それは致命的な隙だろう。笑うしかなくて笑い、そして憤怒を燃やす。

 

「ハッ……舐めてくれたな、オッサン。だがいいぜ、お望み通り……殺し尽くしてやるよ」

「やってみせろ。ただし次はないぞ」

 

 蒼い騎兵が憤怒を双眸に秘め、魔槍を構えるなり大地を蹴る。同時に栄光の巨雄はたかだかと跳躍した。瞬間的に大弓から放たれる無数の矢。正に雨の如く降り注ぐ矢玉を、赫怒を燃やす光の御子は悉く弾き飛ばし、ヘラクレスに再び接近せんと地面を駆ける。

 だがヘラクレスが狙ったのは好敵手クー・フーリンではなかった。彼に弾き飛ばされることも計算に含め、大矢は特定の位置に撃ち込まれる楔となったのだ。果たしてクー・フーリンに弾かれた大矢の九割が、ヘラクレスの計算通りの地点に着弾する。

 

「ライダー!」

「ッ……!?」

 

 マスターの女が何事かに気づき警告の声を上げる。するとすぐさま異変を察知したクー・フーリンは半ば無意識に跳躍していた。ヘラクレスの大矢が穿ったのは、これまでに刻まれたクレーターや地面の罅。威力の殆どが殺されたとはいえ、それでも放ったのはヘラクレス。僅かに残った破壊力ですら戦車の榴弾に等しく、それを受けた地面は砕かれ、そして――()()()

 崩壊する地響きの振動。地盤沈下だ。環境をも変えるヘラクレスの破滅的な力と知恵。激変する戦場に呑まれそうになったクー・フーリンだったが、跳躍したことでなんとか離脱しようとする。

 だが()()()()()以上、この僅かな間のみクー・フーリンに逃げ場はない。彼よりも先に高く跳んでいたヘラクレスは不敵に笑い、自慢の弓に渾身の力を装填する。獣を狩るが如き戦術だ。

 

「さあ、どう凌ぐ?」

 

 莫大な魔力と共に放たれるは、純粋な技を宝具の域にまで押し上げたヘラクレスの奥義。

 上空を見上げたクー・フーリンが危険を察知し、迷う素振りもなく手持ちのルーンの殆どを放る。

 

射殺す百頭(ナインライブズ)――!」

「しゃらくせぇッ!」

 

 ドラゴンを象ったホーミング弾。九つの魔弾は全てが対軍宝具に匹敵する破壊力を秘めていた。どれだけ逃げようと、どこまで去ろうと、決して直撃を諦めぬ必殺の九連射。

 それに対するは上級宝具の一撃すら防ぎ切るルーンの結界。クー・フーリンのルーン魔術の粋。空気の壁を貫き飛翔する魔弾を悉く阻み、しかし貫通を諦めない魔弾を、騎兵は魔槍に魔力を充填して赤熱させるや、結界を破り襲い来る三発の魔弾を高速で旋回させた槍で引き裂いた。だがしてやったりと得意になる暇など無い。歴戦の英雄たるクー・フーリンは感じていたのだ。

 ここまでに至る全ての射撃が布石に過ぎないのだと。奥義すらも詰みに入る為の前戯なのだ。

 新都の中心に空いた奈落のような大穴の底に、難なく着地したクー・フーリンは瞬時に駆け出した。ヘラクレスの殺し間から離脱する為である。だが手遅れだ、ヘラクレスが僅かに遅れて着地するや獲物の走行経路を先読みし放っていた大矢が四方に雨の如く着弾して、騎兵の疾走を事前に潰してしまった。そして自ら弓兵の名をかなぐり捨てるかのように弓を消し、ヘラクレスが迫る。

 

「舐めてんのか、テメェは!」

「いいや。舐めてなどいない」

 

 堪らず血管を浮き上がらせ、激怒のまま吼えたクー・フーリンに、ヘラクレスは冷静に返す。

 接近戦に特化した装備のクー・フーリンに、無手のまま挑むなど正気の沙汰ではない。それを舐めていると受け取ったクー・フーリンがさらなる怒りを燃やし、ならばそのまま殺してやると槍を振るうのを――()()()()()()()()()()()()()()

 

「なッ――にぃッ!?」

 

 掛け値なしの本気で振るった朱槍が、棒切れのように弾かれる。ただ鎧の護りに身を任せた特攻。それだけで強引に間を詰めたヘラクレスの肉体を、魔槍が穿くことはなかった。

 そう。ヘラクレスの鎧は、人理に属する物に対して無敵となる防具である。すなわち、人の手で作製された武具では傷一つ負わぬということ。ヘラクレスの鎧を破りたくば、神造兵装を持ち出すしか術がない。――凶悪な性能の防具と、不死の肉体と、隔絶した技量を併せ持つ大怪物。それこそがヘラクレスの真骨頂、彼は自らの武具防具の力を惜しみなく投入したまでだ。

 だが初見でそれをされたクー・フーリンの驚愕は余りに大きい。必殺のつもりで見舞った槍撃が、無力な子供が棒切れで城壁を叩いたかのような感触しか得なかったのだ。しかし唖然とするその隙を、見逃すヘラクレスではない。無手のまま迫った栄光の巨雄が宣言する。

 

射殺す百頭(ナインライブズ)!」

 

 たとえ得物が剣でも、槍でも、棍棒でも、弓でも。それこそ素手であろうとヘラクレスの武の密度に偏りはない。満遍なく、穴なく、完全に十全。拳に収束した魔力が光り輝き、超高速の九連撃が心眼の捉えた相手の隙を撃ち抜く。クー・フーリンは槍を弾かれた動揺と、物理的な隙を突かれてなお反応し、なんとか捌こうと足掻くが手が足りない。

 一手防げば二手食らう。次々と直撃を許すが、生存に特化した本能が致命傷だけは辛うじて避けようと体が勝手に最適の反応を示した。だがそれでも撲殺寸前の打撃を受け、血反吐を溢しながら地面を蹴り奈落の底から脱出しようとする。だが刹那の間に交わされる駆け引きでも、ヘラクレスは連撃の合間に生じた好機を見逃しはしなかった。

 最後の一撃は渾身のアッパーカット、なんとか顎と拳の間に腕を挟むも衝撃を逃し切れはしない。舞い上げられたクー・フーリンを追い跳躍したヘラクレスは見た。猛き蒼騎兵が一瞬、気絶した瞬間を。ほぼ同時に繰り出した膝蹴りが、クー・フーリンの背中を撃ち抜く。まともに捉えた全力の打撃を受けて、クー・フーリンは意識を戻しながら喀血した。

 

「ガ、ァ、あッ……」

 

 再び地上に戻ったクー・フーリンが、ビルの壁に激突する。被害は甚大、神性の活性化した変身形態となり耐久値が評価規格外になっていなければ、この時点で五度は即死していただろう。

 次々とビルを貫通していくクー・フーリンは、途中で霊体化し物質への激突によるダメージを回避する。霊体化したまま瀕死になった己を自覚しつつ、なおも戦闘を続行しようと舞い戻る。

 たとえどれほどの傷を負おうと、霊核が無事で即死さえしていなければ戦い続けられる規格外の戦闘本能だ。クー・フーリンは死に瀕している己の不覚を悟りながらも、心の底から笑った。

 

「――まだまだァッ!」

「来るか! 我が宿敵!」

 

 実体化して左後方の死角から魔槍を突き出すクー・フーリンに反応し、ヘラクレスは大弓を取り出して穂先を捌く。完全に沈んだ日輪の姿はなく、夜の闇の中で繚乱する火の花。幻想的な激烈の戦火を目に焼き付けながら、クランの猛犬は狂喜するまま吼える。

 

 これだ!

 これなんだ!

 こんな戦いを求めて、こんな戦争に参加した!

 聖杯への願い? サーヴァントとしての使命? 現世の事情? そんなものは知らん。

 死力を尽くす。何もかもを出し切る。得難い強敵と戦い、闘い、戰い、死ぬまで死闘(たたか)う!

 全力を尽くして、死力を振り絞って、なおも立ち塞がる大敵のなんと喜ばしいことか!

 

 親友との気の進まぬ闘い。敵味方に分かれた叔父との八百長の勝ち負けの繰り返し。息子と知らぬままとはいえ、幾ら強かったとはいえガキ相手には望んでいなかった殺し合い。それらからは決して得ることが出来なかった、生前のどんな戦場からも得られなかった、なんのしがらみも遠慮もない、純粋な意味での戦い! 死闘! これだ、これが欲しかった! これだけを望んだ!

 今まさに死にかけている。必殺の槍も繰り出してなお殺せていない、技も力も己を超える敵! 技では互角だと? そんなまさか! 技でも己より上手の大敵ではないか! 唯一勝っている速さを武器にして、後は己の存在全てを叩きつけることでしか勝てない!

 

刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)!」

「それはもう見た!」

「――だからどうしたァ!」

 

 必殺の一撃はクー・フーリンを以てしても唯一の構えから繰り出さざるを得ない。その構えを見る前から動き出しを潰しに掛かるヘラクレスに、クー・フーリンは一切構わず強引に放った。

 果たして魔槍は再びヘラクレスの心臓を穿つ。魔槍への耐性があろうとお構いなしに、ルーンにより先程とは異なる概念を乗せた一撃で喰い破った。ヘラクレスの逸話から、一度乗り越えた試練に耐性が出来ることなど考察するまでもなく悟っている。だからこその小細工だが有効であるのに変わりはない。だが再び二つの命を削った代償に、ヘラクレスの大拳がクー・フーリンの鳩尾を深く抉った。生き返りながら追撃の足刀を脇腹に食らい、弾き飛ばされた騎兵は地面を転がり建造物に直撃するまで止まらなかった。

 瓦礫の山が降り積もる。それを蹴散らして進み出るも、クー・フーリンの脚は情けないほど震えている。これでは自慢の機動力を発揮できない。実質死んだも同然。だが、まだまだこれからだ。

 

「――感謝するぜ、アーチャー」

 

 視界が霞む。足腰が立たず、骨も何本も逝った。それでもクー・フーリンは言う。

 莫大な感謝を。ヘラクレスに、そしてここまで邪魔せず好き勝手戦わせてくれたマスターに。

 相対するヘラクレスを向こうに回して、倒壊していく新都という廃墟の街の只中で彼は言った。

 

「正直、期待以上だ……ハハ、愉しかったぜ」

「遺言か?」

「バカ言うなよ、そんなもんじゃねぇさ。ただ、()()として、オレはアンタみてぇな戦士に心の底から敬意を払いたくなっちまっただけだ」

「……そうか。つまり、()()()()()という訳だな?」

 

 ヘラクレスの確認するかのような問い掛け。それに、クー・フーリンは可笑しそうに相好を緩める。

 

「応よ。一介の戦士として、満足しちまった。こんなボコボコにされたのなんざ、ガキの頃、師匠にしごかれた時以来だ。だがよ……オレはこんなでもサーヴァントなもんでね。おまけと言っちゃアレだが、最強の看板背負(しょ)っちまってる。んなもんで、負けるワケにはいかねぇんだ」

「フ……それは、私も同じだ。私を最強と呼ぶ者がいた。私を最強の英雄だと讃えた友がいた。そして私の力を恃む者達に願われた。無意味なこの戦争を終わらせる――私も負けるわけにはいかん」

「だろうな。だが、だからこそ、こっから先は()()()()()として、()りにいかせてもらう。テメェもまだまだ底があるんだろ? 折角だ、全部出してみろよ。オレはその上をいくぜ」

「……いいだろう。ならば、私も後のことは何も考えん。今この瞬間にお前を凌駕する為に、生涯最大の試練である猛犬殺しを成し遂げよう!」

「よく言った。なら魅せてやるぜ、このオレの全てをッ!」

 

 打てば響く。生まれた時から死ぬその時まで、片時も離れず添い遂げた半身の友に等しい共感。

 クー・フーリンは笑った。ヘラクレスも、笑った。

 互いに何を考えているのか手に取るように分かる。

 決着を。ただただ決着を。

 己が勝つ。勝つのは己だ。勝利するのだ。絶対に勝つのである。

 燃え滾り沸騰する戦意。高揚。感動。感謝。

 殺気は透明に、殺意は友情に、戦場は極楽に。変遷する心の色彩を懐いたまま、殺す。

 

 クー・フーリンは魔剣を抜刀した。その上で、朱槍の柄頭で地面を叩く。

 

 最大展開される、クー・フーリンが有する()()の宝具。新都全域を包み込んでいく膨大極まる魔力の波濤。広がる光の渦の中、クー・フーリンは高らかに唱えた。

 

「蒸発するまでアゲていこうぜ。祭りの時間だァ!」

 

 現存するアイルランドの都市の元となった、クー・フーリンの居城。

 彼の、本拠地。

 光の御子のホームグラウンドが展開された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




クー・フーリンの城の名前忘れちゃった☆

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