転生したらアーサー王だった男がモルガンに王位を譲る話 作:飴玉鉛
この世で一番強くてかっこいい人はだーれだ。
「父上だろ」
「お父様よ」
じゃあ、この世で一番綺麗な人はだーれだ。
「んー……エレインじゃねぇの? 顔面だけはいいからなあのオバサン。母上はアレだし」
「はぁ? 一番綺麗なのはお母様に決まってんだろ愚妹。アンタ頭に蛆でも湧いてんのぉ?」
「……なんだテメェ。誰が愚妹で頭に蛆が湧いてるって? 泣き虫の妹のくせに突っかかってくんじゃねぇよ、めんどくせぇ。また泣かされてぇのか?」
「泣かされっ……!? って、何年前の話してんのよ! 調子に乗ってると
はいはい喧嘩しないの。感じ方は人それぞれだって騎士王様も言ってたじゃん。
騎士王様が言ってたんだから、どっちも正しいってことにしておこうよ。
オッケー? オッケーだね。それじゃ、次で最後の質問だ。
騎士王様と妖精王様の子供達の中で、一番上の子はだーれだ。
「
「一番年上って意味じゃ、あのワンちゃんでしょ。けどアイツ、色々口煩いのよね。やれダンスの勉強をしろ、人付き合いは考えてやれ、淑女らしくお淑やかにしろ……ほんっとウザったいわ」
はいブッブー、不正解でーす。
「は?」
「あ?」
正解はこの私! アルトリア・ペンドラゴン!
何を隠そう、私は騎士王様の子供なんだ。そしてウッドワスよりも先に生まれてる。
つまりはこの私こそがお前たち兄妹の頂点に君臨しているのだ!
「はぁ?」
「あぁん?」
「……何言ってんだお前。アタマ大丈夫か? いきなり絡んできたと思ったら訳分からんこと言いやがってよ。挙げ句の果てにはオレの姉貴だぁ? ははは……ぶっ殺されてぇのか?」
「なーにがアルトリア・ペンドラゴンよ! アンタみたいな奴がいるなんてはじめて聞いたわ! 勝手に姉妹面、おまけに姉貴面してんじゃないわよ! このチンチクリン!」
どぅどぅ、落ち着いて落ち着いて。人の話は最後まで聞きましょう!
まずは自己紹介。
はじめまして、口汚いのが地になっちゃったってお父さんに嘆かれてるモードレッド。はじめまして、モードレッドに感化されて口が悪くなって、お母さんに悲しまれてるバーヴァンシー。
ウッドワスの出生は聞いてる? 聞いてるよね? ならよし!
私はウッドワスの前に製造されたホムンクルス。ずばりお父さん、アーサーのクローンとしてお母さんに生み出された存在なんだ。諸事情あって今まで眠らされてたけど、お父さんのお蔭で最近起きることができたんだよ。そんなわけで、二人が兄だって認めてるウッドワスより年上の私は、間違いなく二人のお姉ちゃんなのだ。ふふん。
「は……? お、お前が……お父様のクローン……?」
「……クローンってなんだ?」
「アンタってほんとばかね! ちょっとは勉強しなさいよ! いい? クローンっていうのはオリジナルの分け身みたいなもの! つまりコイツはお父様と同じ遺伝子を持ったヤツってわけ!」
「……ウソだろ? え、じゃあ……なんで女なんだよ……?」
さあ? お母さんが私を作る過程で、何かをミスったんじゃないかな。
そんなわけで、性別が違う以外は、二人が大好きなお父さんとほぼ同一人物の私がお姉ちゃんだってことに異論はないよね? あっても聞かないけど。
さあお姉ちゃんを敬え、妹たち! 私はお姉ちゃんだぞー!
――という遣り取りを遠目に眺める
わんぱく盛りの愛娘たちと、新しく出来た娘のファーストコンタクトにハラハラとドキドキが止まらない。特にアルトリアは遺伝子上、ほとんど僕と同じ人間だ。そんな子が愛娘と接するとなれば僕の抱える複雑な感情も理解できると思う。理解できるよね、モルガン。
おや。返事が聞こえないな。何黙ってるんだい? 早く理解できるって言ってくれないか。
――言え。
「り、理解はできています……おそらく……一応……」
それにしても驚いたよ。
アルトリアは起きたばかりなのに言葉を話せたし、たくさん知識も持っていたからね。
魔術も拙いながら使えるし、そこそこ剣の腕もある。生まれたての子供には有り得ないけど、あれは一体全体どういうことなのかな? 予想はつくけど説明してもらえるかい?
「は、はい……アルトリアは、対アーサーを意識して製造――いえ、生み出しました。その過程で可能な限り早く実戦に投入できるようにするため、あらかじめ最低限の知識をインプットし、直感的に知識をアウトプットできるように調整しました。それにより知識として知っていることを、実際に体験しているように扱える、画期的な機能を搭載したわけです……」
そんなことをしていたんじゃあ、確かにどんなに頑張っても寿命は伸びないか。赤ん坊の頃に外部から膨大な知識とかを埋め込まれてたんじゃ、体に歪みが出来ていても不思議はない。
ただでさえ僕の体は特別製だ。
赤ん坊の頃はきっと、かなりシビアなバランスで生きていたんだと思うよ。
竜の因子が組み込まれている人造生命なんだ、余程に優れた母胎に宿っていなかったら死産していてもおかしくない。で、モルガン? 君はその優れた母胎でアルトリアを育てたのかい?
「……我が夫はこの私の母から生まれました。我が母は比類なき才を有した赤子を宿し得る、極めて優れた母胎でしたが……そんな母に並ぶような母胎を、用意することはできず……そ、その……」
つまりアルトリアは、劣悪な環境で生育されたわけだね。
うん……まさかとは思うけど、他にアルトリアやウッドワスみたいな子を隠してたりしないよね。
もし居たら、いくら君でも怒らないわけにはいかなくなる。
「い、いません! 本当です! 信じてください!」
あ、そう。ならいいんだけど。
……そんな泣きそうな顔をしないでくれ。別に嫌いになったりはしないよ。
「ほ、ほんとうですか……?」
本当だ。僕が嘘を吐いたことがあるかい?
「……ありません」
なら安心してくれ。大丈夫、君が嘘を言っていてもおしりペンペン百回で許してあげるさ。
「――――っ!?」
――頭の中でおしりペンペンしている光景を思い描くと、モルガンは顔を真っ赤にして俯いてしまった。それはモルガンみたいな気位の高い女性には、きっと受け入れ難い屈辱的な罰だろう。
そうでなければ困る。忌避されない罰なんて罰にはならないからね。
と、そんなことより娘達の方で進展があったようだ。
彼女たちにはなんとかしてファーストコンタクトを無事に乗り切ってほしいものである。
主にアルトリア。
遺伝子的にはほぼ同一人物ってことだけど、彼女と僕とでは精神の方はまるで別物だ。まだ起きたてのまっさらな状態ということもあり、色々不安が尽きない。私に任せてください! なんて力強く言ってきたから任せてみたけど、やらかさないか心配だ。
「――お前が父上のクローンで、オレの姉貴だっつーんなら証拠を見せろよ、証拠を」
すっかり粗野な物言いが板についたモードレッドだけど、アルトリアの発言を受けて腰が引けてしまっている。うーん……お父さん大好きっ子に育ってくれて嬉しいけど、僕とアルトリアを同一視するのはやめてほしいかな……。というか意外とすんなりアルトリアの言っていることを信じてるね。僕譲りの勘の良さで嘘の気配でも感じ取っているのだろうか。
それはそれとして、やっぱりケイは許せない。言葉遣いが乱暴なモードレッドも可愛いけど、ケイは今度会ったら顔面パンチしてやろう。口を開かれたら煙に巻かれそうだから問答無用だ。
「証拠? うーん……証拠かぁ……」
「はっ、証拠はないの? それでよくお父様の娘だなんて名乗れたものね」
対し、バーヴァンシー。僕が言えた口じゃないけど、モルガンにこれでもかと甘やかされて育った彼女は、滅茶苦茶に良い子なんだけど純粋すぎて、簡単に他者からの影響を受けてしまう。
特に近しい間柄の、双子の妹のモードレッドから受けた影響は大きく、言葉遣いがかなり乱暴になってきていた。
高飛車っぽく振る舞うのは、モルガンの真似でもしているのだろうか。だとしたら可愛い。可愛いけど心配だ。モードレッドはあれで、言葉遣い以外は結構しっかりしているし、公の場と僕の前だと礼儀正しい言葉遣いと態度が取れる。けどバーヴァンシーは色んな意味で抜けていて、色んな意味で隙だらけだし、人のことを信じ過ぎてしまう。モードレッドが姉に見えて仕方ない。
何年か前のことだ。バーヴァンシーに嫌がらせをしていた子が居た。ガウェインの子である。
その子はバーヴァンシーを無邪気な悪意で騙し虐めていた。モードレッドはそれに気づいてその子を叩きのめし追い払ったのだが、バーヴァンシーはその子を友達だと思っていたらしく、それはもう怒り散らした。だがモードレッドは甘んじてバーヴァンシーの癇癪を受け止めて、覚えたての杜撰な魔術で風邪を引かされたのに怒っていなかったのだ。
まあバーヴァンシーはその態度を見て、モードレッドが自分を助けてくれたと気づいてくれたから良いけど。モードレッドの方が姉っぽく見えたのには内心苦笑いを禁じ得なかったものだ。
なおガウェインの子に関しては、親であるガウェインとバーゲストに注意だけしておいた。気になる異性の注意を引きたがる、お年頃のアレな態度だったから見逃したけど、流石に次があれば僕も我慢できそうにはなかったし、何よりモルガンが暴走しかねなかったから。
そんな具合に、モードレッドとバーヴァンシーは、しっかり者の妹とどこか抜けてる姉という関係性である。喧嘩ばかりしているように見えるけど、ちゃんと仲良しだ。バーヴァンシーも内心だとこのままじゃいけないと思って、妹が苦手にしている座学や魔術の勉強面でとても頑張っている。自慢の娘達だ。
「ふーんだ。証拠ならあるもんね。そんなに疑うなら見せてあげるよ」
アルトリア。自慢の娘達の姉になる子供。
この子がモードレッド達と上手く付き合っていけるか、非常に心配だけど見守っていこう。
もしかしたらモードレッド達に足りないものを、アルトリアは持っているかもしれないから。
そう思って遠くから見守っていると、アルトリアは自分の胸に手を当てて、「抜刀」と呟いた。
……おいおい。気軽に取り出すなって注意したばっかりだろうに……。
アルトリアが証拠として取り出したのは、聖剣エクスカリバーだった。
今のアルトリアの肉体は、ほとんど聖剣の鞘アヴァロンである。彼女の肉体は14歳ほど。けどこれ以上成長したら暴発してしまう。だから聖剣で肉体の老化を停止させ、万が一不慮の事態が起こった場合に死んでしまわないように鞘で不死性を付与してある状態だ。
不老不死。アルトリアはそれだ。けど、いつかそれも要らなくなる。彼女は僕とモルガンが一足先に向かう妖精郷に、いずれ流れ着いてくる運命にあるのだ。聖剣と鞘はその時に返してもらう。
聖剣とその鞘はヴィヴィアンからの借り物だったはずだけど、湖の貴婦人は返さないでいいと言っていたし……もしかしたら遠い未来、僕が聖剣を使う機会が訪れるのかもしれない。
と、そんなことは今はどうでもいい。
「これが証拠。お父さんはこれを私に貸してくれたんだ! つまり、私はこの剣を貸してもらえるぐらい信用されてるってわけ! どうだ、まいったか!」
「す、すげぇ……それ父上の剣じゃねぇか。くっそ、いつかオレが貰おうと思ってたのに……!」
「ほ、ほんとにお父様の剣だ……な、ならアンタって、ほんとに私達の姉ってこと……?」
……末子の来年の誕生日プレゼントは、クラレントでもあげよう。それで満足してほしい。
ともあれ、あの様子を見る限り、なんとか仲良くやっていけそうだ。
あの中だとバーヴァンシーと並んで、アルトリアの情緒とかは幼いだろうから、慎重に教育していく必要はありそうだけど。なーに、アルトリアもきっと良い子に育ってくれる。
そうだろう? モルガン。
「……バーヴァンシー。ああ、バーヴァンシー、なぜいつもお前はそうなのだ……!」
……何が?
「バーヴァンシーが長女なのに……! なぜすんなりアルトリアを姉と認めているのですか! 我が夫、貴方は悔しくないのですか!?」
……いや、君にそれを言う資格はないと思うよ。子供達が納得してるならそれでいいだろう。
ともかく、彼女達の関係がよからぬ方向に転がらない限り、余計な手出しはしないこと。妙な真似をしたら、分かるね。おしりペンペンだ。
「………!」
それよりウッドワスだよ。妹ばっかり増えて、そろそろ弟でも欲しくなる頃合いじゃないかな?
君も、そう思わないかい?
「そ、そうですね……」
――モルガンは、微かに頬を染めて頷いた。