転生したらアーサー王だった男がモルガンに王位を譲る話   作:飴玉鉛

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『裏切りの騎士』が忠義の騎士として生きていくお話

 

 

 

 

 思えば、数奇な話だ。

 

 我が父はベンウィックのバン王だ。

 彼はクラウダスとの戦に敗れて、兄弟のボールス王共々戦死してしまったという。

 そして我が母の名はエレイン――彼女は赤子の私を抱え逃亡していたが、湖の畔で休んでいた折、湖の乙女ニミュエと出会い私を預けたという。

 なぜ我が母は乙女に私を預けたのかは不明だが、何かやむにやまれぬ理由があるのだろう。

 ともあれ私はニミュエに育てられた。彼女の下で私は騎士道のなんたるかを学び、武芸の腕を磨いて、婦女子との接し方を教えられたのだ。そうして成長した私は、成人するとニミュエに武者修行のため外界を見たいと申し出て、湖の乙女の領域から飛び出したのだった。

 私に運命の導きがあるのだとすれば、まさに彼の王こそ我が運命だ。

 武者修行のためブリテン島へ渡った私の耳に、アーサー王の名が入ったのである。騎士王という最新の英雄譚を聞いた私の胸は踊り、私も王の騎士として戦いたいと思ったのだ。

 当時の私は若く傲慢で、自らの腕を過信する余り、私が仕官を申し出れば断られるわけがないと盲信していた。アーサー王は一目で私を気に入ってくれ、円卓に加えてくださった時も、表面上は謙虚に取り繕いながらも内心では当然だと自惚れていたものである。

 

 だが私はアーサー王の傍で、その働きを目にする内に己の矮小さを思い知ってしまう。

 

 彼の王には功名心や我欲はなく、淡々と自らの考えに沿う『王』を演じているようだった。

 公の場で私情を出さず、戦に於いては誉れを捨て合理性のみを尊び、かと思えば治世に於いては人情を表に出して騎士道を謳う。世に蔑まれることの多い女性を上位者としていながら、冷酷な女王の非情極まる決定にも怯まず諌め、能う限りに人道を唱えた。

 私がブリテンにしがらみを持たない、外様の騎士であったからだろう。俯瞰した立場で物事を見ることができた故に、何よりアーサー王の公私両面の顔を知ったが故に気づくことができた。彼が副王として振る舞う時と、私人として私に見せる穏やかな顔をする時。この差異がなければアーサー王が副王としての職責を、無感動どころか忌避しながら果たしているのを悟れなかった。

 

『――不敬と弁えながらも問う無礼をお許しください。我が王よ、貴方はなにゆえに副王として立っておられる。私の目には、貴方はまるで……王としての矜持をお持ちでないように見えます』

 

 私の出身がブリテンではないことは、アーサー王にとって都合がよかったのだろう。外様である私は良い意味で余所者であり、余計なしがらみに囚われていない私だからこそ、アーサー王は私個人の力を頼りやすかったのだと思う。そしてそれを察して増長していたから、私は王を試すような不敬を犯してまで、このような愚問を投げかけてしまった。

 言い訳が赦されるなら、私は自制と共に告白しよう。

 私はこの時、王に失望していた。幾ら聖人君子そのもので、立派な主であっても、そこに自らの意思を持って在れないこの御方が己の主君に相応しいのか疑念を持っていたのだ。

 私は自らの主とするなら、清廉でありながらも己の欲望をしっかりと持ち、その向き先に共感できる御方が良いと考えていた。その欲望とは、他者の幸福にこそ満たされるような在り方である。

 だがアーサー王にはそれを感じられない。故に己の去就を懸けて問うた。

 

 ――そして知ったのだ。そして、恥じ入った。私は恥を知ったのである。

 

『王としての矜持? ははは、おかしなことを言うな、ランスロット卿。そんなものになんの価値があるんだい?』

 

 周りに他者の目や耳がない、一対一の場になるのを見計らったからだろう。アーサー王は私の問いに嘲笑を露わにした。嘲笑ったのは、私に対してではない。おそらく時代そのものを蔑んだ。

 

『私は王者たりえない。この国のトップはモルガン陛下だ。副王でしかない私に王の矜持を問うなんてナンセンスだろう? だけど、貴公が聞きたいのはそんな誤魔化しじゃない……たぶんブリテンを支配する騎士王と妖精王(二人の王様)の一人に聞きたいんじゃないか?』

 

 その通りだ。たとえ彼自身が否定しようとも、客観的な事実として、ブリテンを二分して女王モルガンを打倒し、ブリテン唯一の王たりえる御方である。その力と名声を有していながら、ナンセンスの一言で片付けるような愚か者なら私はこの国を去っている。

 だが彼は私の真意を知りながらもあけすけに言った。

 

『ならば答えよう。私の考える王とは、国という組織を運営し、よりよい未来へ舵を切る者だ。故に王は国を栄えさせ、民の暮らしを豊かにし、外敵の脅威を打ち払う力を具えていなければならない。以上のことを成せない者を私は王だと認めないだろう。――つまりそういうことだよ、ランスロット卿。私は、私の考える王たりえないのさ』

 

 ――それは、ランスロットに驚きを与えた。アーサー王ならその条件を満たせる、稀代の英傑であると感じていたからだ。しかし彼は続ける。

 

『故に私は女王モルガンを上位者として盛り立てている。彼女は私にない能力を有しているからだ。そしてその能力を、誤った方に向けさせないために私がいる』

 

 王とは誰よりも無欲に、誰よりも冷淡に、誰よりも冷静に、あらゆる汚濁を払いのけられる者でなければならない。アーサー王はそう言った。強欲な王など無能な王よりも害悪であると。

 故に、王とは孤高なのだ。孤独なのだ。そうでなければならないのである。

 彼の唱える王道に、私は共感してその通りだと思った。だがアーサー王は鼻を鳴らす。

 

『いいかい、ランスロット卿。王が如何なる欲望を抱えていようと、民草にはなんら関心がない。栄える時には褒め称えても、一度の失政があれば平気で掌を返し陰口を叩くのが民衆だ。私はそんな人々のために命を投げ出すほど無私の精神を持てないし、彼らを見殺しにして己の幸福だけを追求する卑劣漢にもなれない。私は半端者だ……だから私は王の職務を全て【義務】と定め、そこに下らない私欲を挟むことをしないんだ。王は私情を持つべきではないし、強い誇りを持つべきでもない。誇りは責任感と使命感を与え得るけど、同時に危険な欲望と傲慢さを育てる可能性があるからね。そういう人間らしさを王の在り方に組み込んじゃいけないと思っている。誇りやら欲望やら、そういう心の贅肉は女王陛下が持っていればいい』

 

 ――私は過ちを正すために副王の座にいるだけだ。

 そう言葉を結んだアーサー王に、私は重ねて、そして最後の問いを投げた。

 

『ではアーサー王。貴方はなんのために戦っているのですか?』

 

 ――決まっている。そんなもの――

 

『私は私の大切な人と、私自身の幸福のために戦っている。自らを救えもしない者に、他者を救えるわけもない。私や私の大切な人達が幸福になり、そのおこぼれでこの国の人々が幸福になるのが理想かな。――だって自分達が幸せでも、目に見える範囲、手の届くところで涙を流されていたんじゃ、いくらなんでも寝覚めが悪いだろう?』

 

 そう言って笑うアーサー王に、私はいつの間にか笑っていた。

 

 なんという傲慢さだ。なんという夢想家だ。自分達のおこぼれで、あくまでついでで、国と民を幸せで満たしたいなどと――これほど強欲なことがあろうか?

 なんたる大器なのだろう。私はこの御方の無自覚な傲慢さに、王の威風を感じた。そして身勝手な理想を押し付けようとしていた己自身の矮小さが、余りに馬鹿馬鹿しく感じてしまう。

 比べることすら鳥滸がましい。こんな愚かな夢想を掲げ、半端な思想で王の職務を遂行する御方を試すなど、自分自身が恥ずかしくて仕方がない。私などの尺度で測れる御方ではなかった。

 

 器の差を思い知る。理想の次元が違い過ぎて、いっそ心地よかった。

 

 故に、私はアーサー王に心の底から忠誠を誓ったのだ。友のように遇してくださるこの御方の夢を叶えて、()()()()()私自身や、国や民を幸福で満たすために。たとえそれが成せずとも、そんな妄想に等しい理想を追い求めたくなったのである。きっとそれは、この御方と女王陛下でなければ、成し遂げられない大望であろう。そのために生き、そのために死のうと思った。

 そうして幾年もの歳月を経ても、我が王はブレなかった。

 表面上は淡々と王の職務をこなしながらも、自らの幸せのお裾分けだと言わんばかりに、身近な者達から個人の幸せをお与えになった。私もその幸福に与った者の一人だ。

 

 エレイン姫。我が母と同じ名を持つ女性。

 

 失礼を承知で言うと、彼女ははっきり言って私の趣味ではなかったのだが、恋と愛には決定的な違いがあるように、恋人ではなく妻としては素晴らしい女性だったのだろう。縁談を組まれた時は困っていたものだが、いざ結婚してみるとそれを痛感した。

 彼女は温かな家庭を作り、夫である私を立て、目に見える形ではっきりと好意を伝え続けてくれる。私から愛される努力を怠らず、故に私も彼女を愛する努力が積めた。やがて努力が実を結び本当の愛となり、彼女以外を妻にするなど考えられないようになった。彼女は私のようなだらしない男には勿体ない、実に素晴らしい女性だったのである。

 

 ――愛が重すぎて、かつ自分本位で、思い込みも激しいのが玉に瑕ではあったが、そうした欠点も含めて魅力的に見えてきた時には静かに驚いたものである。人の愛に応えられた満足感は、どこまでも自分を肯定できる自信を与えてくれるものなのだと知って。

 

 

 

「――よく言うものだね。ギネヴィアに迫られて満更でもなさそうにしていたくせに」

 

 

 

 ………。

 

 …………。

 

 ……………いや。その。それに関しては、本当にすまない。

 

 誓って言うが、不貞は働いていないぞ。

 我が剣、我が王、我が妻に誓う。断じて、断じて不義はなしていない。

 たしかに彼女は私の好みだった。美しく可憐で色気がある。

 しかし彼女の名誉のためにも言うが、私へ無理に迫ってきたり、愛や恋を告げて来ていない。

 私もとりとめもない話をしただけだ。

 

「ふぅーん。ならなんでドライグ……もとい、アーサー王陛下に私が報告した時、彼は君やギネヴィアに過剰に反応したんだろうね? 浮気防止のためとはいえ、去勢や不妊の呪いをチラつかせるような人じゃないように見えるけど」

 

 そ、それは……お、おそらく当時、生まれたばかりの我が子ギャラハッドのことを想って……。

 いや、過ぎたことをいつまでも引きずるものじゃない。メリュジーヌ、君は私の従卒だろう? いずれ騎士になる者として、過去のことを無為に蒸し返すものではない。

 それよりメリュジーヌ。聞いたぞ、君は私の名を騙ったそうだな。なぜそんなことをした。

 

()はエレインのために、エレインが愛している君の名声を高めようとしただけさ。それに困っている人を助けるのは騎士の本懐だって、他ならぬ君自身から聞いているんだけど?」

 

 ……そういうことなら見逃すが、自らの実績のためにもメリュジーヌという名を出しておきなさい。ギャラハッドやパーシヴァルの姉らしく、騎士としてのお手本になりたいのならな。

 

「ふふ、分かったよ、()()()()()?」

 

 からかうな。全く……メリュジーヌは一度、ガレスの謙虚さを見習った方がいいな。

 ともかくだ。よく聞いておきなさい。メリュジーヌ、君も騎士として我が王に仕えるのなら、弁えておくことだ。――幸せになれ。今が幸せなら、この先も更に幸せになれるように努力せよ。

 己の心を満たし、その上で他者を救える者が真の騎士である。ギャラハッドやパーシヴァルの手本に成り得る者とは、そういう騎士であるべきだろう。なぜなら――

 

「あの子達にも幸せになってほしいから、だろう? 分かっているさ」

 

 ……行ったか。相変わらず読めない子だな。

 しかし私も年寄り臭くなったものだ。子を持つと老け込むものなのか?

 まあ、いい。どうせ歳を取るのなら、息子の言う『格好良い父さん』として恥ずかしくない老人になろう。願わくば、息子にも私のような歳の取り方をしたいと思ってもらえるように。

 

 アーサー王。

 

 我が生涯、唯一の王よ。

 

 貴方もきっと、私と同じ気持ちなのでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 


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