転生したらアーサー王だった男がモルガンに王位を譲る話   作:飴玉鉛

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お待たせ♡



聖杯王女なお話

 

 

 

 

 

 ――そういえば。お父様とお母様の結婚記念日、明後日じゃん――

 

 唐突に、天啓の如く脳裏を過ぎった事実に、今年14歳になる第一王女は愕然とした。

 雷鳴に打たれたかのような衝撃が全身に流れる。麗しの第一王女は「あわわ……」と動揺を露わにし、木剣を担いで練兵場に向かう第二王女を捕まえた。

 

「あ? なんだよ。今からクソガキ(ギャラハッド)をボコしに行くんだ、下らねぇ用だったら承知――」

「いいから聞けよ愚妹! あ、明後日がお母様達の結婚記念日なのよ――!」

「――なん、だと……?」

 

 どうやら颯爽たる第二王女も忘れていたらしい。

 というより、毎年第一王女が早期に声を掛けていたものだから、すっかり姉任せにしてしまう習慣が身に染み付いていたようだ。どうせ時期が来れば向こうから言ってくんだろと、気楽に構えていたものだから、第二王女は予想外の事態に驚愕してしまっていた。

 

「ど、どど、どどどどどうすんだよ姉貴! オレなんも準備してねぇよ!」

「私だってしてない! どうしたらいいかアンタも一緒に考えなさいよ!」

 

 敬愛する父母への恩返しとして、一年に一度催されるホームパーティーで、今年はサプライズプレゼントをしようと画策していた。……していたのだ。過去形である。

 サプライズプレゼントをしようと話したのは半年前、まだ時間に余裕はあるからと何も用意をせずにいた。思春期なのに反抗期に突入する気配すらない、良い子ちゃん極まる二人の王女は、互いの不手際からくる緊急事態に際して団結することを選択した。

 

「おおお落ち着けバー子、こ、こここういう時は落ち着いてだな……」

「落ち着くのはアンタよっ! いい、モー子。こういう時は抜かりのないウッドワスか、アル子に事情を話して協力――」

 

 動転する余り吃り続ける第二王女に一喝し、そこまで言いかけた第一王女であったが。

 彼女の脳裏に、二人の顔が思い浮かんで台詞を飲み込んでしまう。

 

『ハァ……普段から落ち着き、事前にスケジュールを立てて行動していれば、そんな無様に慌てることもなかっただろうに。……いいか、協力してやるのは吝かではないが、今後はワタシの言うことをしっかりと聞いて、淑女として恥ずかしくないように振る舞え。だいたい父上も母上もお前達に甘すぎるのだ、長兄たるワタシがお前たちを一廉の淑女へ鍛え上げてやろう』

『へぇー? 普段あんなによくしてもらっておいて、なーんにも準備してないんだ? 私? 私はしてるよ? 【アルトリア・キャスター】として、諸国を遍歴してる私ですら忘れてないのに、傍にいるお前達が忘れるだなんて……お姉ちゃん情けなくって涙が出そう。ぷくくく……昔からなんにも成長してないね。助けてほしいなら助けてあげるけど? どうするぅー?』

 

「――アイツらに頼むぐらいなら舌噛んで死んでやるわ。モー子、私達でなんとかするわよ!」

「お、おう……」

 

 グチグチとうるさい円卓の騎士である長兄と、嫌味ったらしく馬鹿にしてくる遍歴騎士として武者修行している長姉。二人の反応が目に見えるようで、自分達でなんとかしようと意を決した。

 こうなったらもう、意地である。意地でも今日と明日で全ての問題を解決するのだ。

 それはそれとして、

 

「モー子、アンタはあのクソガキとチャンバラの約束してたんじゃないの? 急用ができたから今日から明後日は相手にできないって断って来なさいよ」

「……そうだな。ちょっと待ってろ、すぐ行ってくる」

 

 根っから良い子な第一王女は、人との約束事にも敏感だった。他人同士のものであってもだ。

 第二王女が駆け去っていくのを尻目に赤髪の王女は思案する。

 

 ――ワンちゃんは頼りたくない。

 

 ワンちゃんとはウッドワスのことである。彼女的には猟犬(ワンコロ)騎士という異名、長兄(1)という部分を掛けた中々のネーミングセンスと自画自賛しているのだが、お母様以外は良い顔をしてくれないので、第二王女とお母様以外の前では口にしない渾名である。

 

 ――アル子はムカつくから嫌。

 

 アルトリア。長姉面するヤツ。

 敬愛するお父様のクローンなのもあって、どう接したものかよく分からなくて苦手な存在。

 不思議とウマは合う気がするのだが、なぜか一々煽ってくるので第一王女は彼女を敬遠していた。

 

 ――だったらどうしたら……あ、そうだ。あの子犬(ガレス)なら使えるわね。

 

 悩みながら思い至ったのは、最年少で円卓入りした才気溢れる少女騎士だ。

 ガレスは今年で18歳。異父姉妹ということで姉貴風を吹かせてくるのを、第二王女共々鬱陶しいと感じてはいるが、別に嫌っているわけではない。単にウザいだけである。

 狼騎士の異名で知られるガレスは、若輩の身とはいえ円卓の名に恥じない武力と、騎士としての清廉さを有している。他にも料理上手な太陽野郎を遥かに超える料理の腕前も持ち――料理?

 

『ここだけの話、ご飯が不味いのが不満かな。いつかバーヴァンシーにも美味しいご飯を食べさせてあげたいものだけど――』

 

「――これよ」

 

 いつだったか、自分や第二王女にだけ漏らしたお父様の不満。

 それを思い出した第一王女はサプライズプレゼントとして料理を選択する。

 自分達の手で美味しいご飯を作ればいい。そのために、ガレスは心強い味方になる。

 第一王女は出されたご飯を残したことはない。不味いと思ったこともない。なのでお父様に共感はできないが、きっと自分達が腕によりをかけたら美味しいと思わせられる。

 根拠はないが、第一王女は自信満々だった。

 お父様が喜べばお母様も喜ぶという打算も加わり、彼女のやる気は一瞬で最高潮に達する。

 

「あー……すまん、バー子。コイツら付いて来ちまった」

「はぁ?」

 

 第一王女は第二王女が連れて来た少年達を見て、鼻頭に皺を寄せて不機嫌そうな声を発する。

 第二王女が連れて来たのは、チャンバラの約束をしていたらしい白髪の少年ギャラハッド。おまけに同じ白髪の少年パーシヴァル。片方はランスロットの息子で、もう片方はとある森でランスロットに保護された養子だ。二人は小生意気な竜騎士を共通の義姉としている。

 竜騎士メリュジーヌ。彼女はランスロットの従卒を務め、騎士爵を得ると円卓の会合に加えられて円卓の騎士の一人となった。次世代の円卓の騎士として将来を嘱望されており、既に純粋な剣技でもランスロットに次ぐと評されるまでになっている。そんな彼女を、第一王女と第二王女は疎ましく思っていた。だってあの澄ました面がナチュラルにムカつくから……。

 

 とはいえそんな姉を持つからと、ギャラハッド達にまで隔意を持つ王女姉妹でもない。なんせこの白髪小僧共はまだまだ子供、9歳程度のガキにまで目くじらを立てるのは大人のレディーのすることではないだろう。一人前を自認する第一王女は、寛大に許してやることにした。小間使いには持ってこいじゃんと前向きに捉えて。麗しの第一王女は懐が深いのである。

 

「私は気にしてねぇけど、一応聞かせろよ。なんで付いてきたの、お前ら」

「第二王女殿下がお困りのようだったので……」

「僕は第一王女殿下の筆頭騎士候補ですから。殿下がお困りなら力になるのは当然です」

「へぇ……殊勝な心がけじゃん。感心感心、褒めてやるわ」

 

 流石は女誑しのランスロット、子供にも教育が行き届いている。パーシヴァルの子供らしい曖昧な理由の善意と異なり、優等生めいた返事をするギャラハッドに第一王女は笑顔になった。

 全然子供らしくない台詞だが、都合がいいので使ってやろう。第一王女は鏡のように透き通り、我を示さないギャラハッドを気に入っているのである。これまでも散々便利使いをしているのに、素直で従順なところが可愛いと感じているのだ。

 第一王女はにんまりと破顔し、まだ自分より背が低い少年に目線の高さを合わせるために屈むと、ワシャワシャとその癖のある頭髪を撫でた。

 白皙の整った容貌を、微かに赤くするギャラハッド。全く気にも留めない第一王女。そんな様子を第二王女は呆れたように眺めていた。あーあー……どうなっても知らねぇぞと内心呟いて。

 勘のいい第二王女は少年の内心を察しているのだ。ガキのくせして無欲で、無駄に才能豊かな騎士候補が、同じくアホみたいなお人好しで個人的な欲を持たない第一王女に懐いているのを。それこそ実の両親に対してよりも、この坊やは第一王女を慕っているのだ。そしてそうであるからこそ彼は王女付きの騎士になるべく鍛錬を重ね、第二王女にも稽古を付けてもらっている。

 

 ――ギャラハッドこそ当代一の【聖人】である。比喩ではない、彼は()()、魔術王ソロモンと同じく願いを叶える権利を与えられる存在であり、同時に何も望まないであろう聖者なのだ。

 

 まだ幼いとはいえそんな聖人に慕われる。

 それが意味することを露知らず、第一王女はさも当然のように言い放った。

 

「ま、ギャラハッドは私のだから当然だけど。それよりモー子、アンタがいない内に名案を思いついたわ」

「マジか? だったら勿体ぶらずにその名案とかいうのを教えろ」

「聞いて驚け。料理をすんのよ」

「……はぁ? りょうりぃ? オレ達で?」

 

 忘れてるなら思い出せと第一王女は言う。敬愛するお父様が愚痴っていたことを、と。

 ハッとした後に第二王女は賛意を示した。異論などあろうはずもない、全力で成し遂げよう。

 

「――そのためにはガレスを探さないといけないでしょ。悔しいけどアイツより料理上手いやつなんて知らないし……アイツには特別に、私に料理を教えさせてやんの。というわけでモー子、アンタ達で手分けしてガレスを探してきなさい」

「おう! お前はどうすんだ?」

「私は厨房に行って使えそうな食材を探す。どうせアンタらに料理なんて繊細な作業はできっこないし、私の方が上手いに決まってるじゃん? 適材適所ってヤツね、分かったらさっさと行け」

「うわ、うっざ……一々煽らねぇと気が済まない病気か何かなのか? これだから母上に甘やかされてるガキの相手は疲れるぜ……」

「は?」

「へっ、凄んでも迫力ねぇよ、テメェは。でも安心しろよ、オレの方が大人だからな、言う通りにガレスの野郎を探してきてやる。感謝しろよモヤシっ子。おら、さっさと行くぞチビ共」

「ちょ、待ちなさい! 私がガキならアンタはクソガキでしょうが――!」

 

 言いたい放題してさっさと去っていく第二王女の背に、第一王女はこめかみに青筋を浮かべながら追い縋ろうとするも、笑いながら駆ける妹の健脚にはまるで敵わず置き去りにされた。

 申し訳なさそうなパーシヴァルやギャラハッドのことは視界にも入らず、憎たらしげに舌打ちした第一王女は悪態を吐く。お父様に言いつけてやる、と。お父様の宝具『プリドゥエン』を密かに持ち出し、海で遊んでいたのを密告してやるのだ。プリドゥエンは船にして盾にもなる貴重な宝具、そんな代物を妹が遊具にした過去を彼女は覚えていた。叱られろバーカ、と口の中で呟く。

 

「フン……」

 

 鼻を鳴らして踵を返し、真紅のドレスの裾を翻す。料理のことは詳しくないが、とりあえず厨房に備蓄されている食材が何かを把握しないことには献立も決められない。ガレスが来るまでに食材を把握し、そして自分なりに何が作れるか検討しておくことにしよう。

 なんならお母様直伝の魔術(へっぽこ・マジック)で味付けを変えてしまえば、どんなに不出来でも不味くはならないはずである。根拠はなくても自信だけは山嶺の如く聳え立っていた。

 

 そうして城の厨房にやって来た第一王女は、厨房がたまたま無人だったのを見てにんまりと笑い、我が物顔で侵入していく。しかし、

 

「うわっ、汚なっ……!」

 

 黴が生え、埃が溜まり、空気もジメッとしている。衛生的ではない有様だった。堪らず顔をしかめてしまった第一王女は、衛生という概念を知らずとも、汚いのは嫌だと思って掃除を始めた。

 どうせなら綺麗なところで料理をするべきだろうと、この時代にあっては極めて開明的で先進的な感覚で清掃する。当代のブリテンは騎士の国とはいえ、大陸の世界帝国ローマからすれば蛮族の国であるが、第一王女は『食事処は清潔であるべき』という感覚を、ローマと同等のレベルで具えていたのだ。貧しいブリテンで料理は下級労働者の仕事であり、故に極めて質の低い料理人しかいないからこそ、綺麗好きな第一王女と同じ感覚を有していないのである。

 一旦厨房から撤退して掃除道具を持ち出すと、戻って来るなり窓を開けて換気して、埃を払い黴を取り除く。黴は道具では取り除けなかったので、洗浄魔術で綺麗にしていった。

 第一王女は戦闘や研究、道具作成などに適性がないへっぽこだったが、洗浄魔術のような生活に密接したものだけは得意だった。お母様曰く、性格が出ているらしい。――愛娘に魔術を教えている最中のお母様は、非常に微笑ましそうにしていたという。

 

 そうして気持ちのいい汗を流して、厨房は綺麗になった。

 さあ食材をチェックするぞと蔵を開放する。が、しかし。

 

「えぇ……」

 

 ――第一王女と第二王女は王族である。そうであるが故に、一応は他者と比べてまともな物を食べられる立場にいた。

 しかし、ここは円卓(上級)未満、つまり下級から中級の騎士が利用する食堂である。その厨房に王族基準でまともな食材などあるはずもない。ローマと比較すれば、ブリテンの王族の食事も平民の食べ物ですか? と言わんばかりの粗末さだが、それよりも酷い。

 第一王女は唖然として、ジャガ芋やジャガ芋やジャガ芋、黴が少し生えている黒パン、極僅かな日干しされた野菜、肉などを見つめる。こんなの、どう頑張ってもまともなスープも作れない。

 

「も、もしかして……騎士ってこんな酷いもん食ってんの……?」

 

 自分が食べているものも充分酷いが、これまで当たり前に食べていたものだから不満はない。それよりも更にランクが下の食材しか口に出来ておらず、庶民は更に酷いとは想像もしていなかった第一王女である。貧しい国の王女ではあっても、一応は箱入り娘なのだ。

 

「うわぁ……キッツいわ、これ。こんなのお母様達に食べてもらうわけにはいかないじゃん……」

 

 どうしたものかと悩む。円卓用の蔵に行けば、これよりはまともな食材も出てくるだろう。しかしそんなことをしたら自分達の行動が露見してしまう。それではサプライズの意味がない。

 それに、今まで想像もしていなかった、庶民や下級騎士達の食事事情を垣間見て、第一王女は自分の国が貧しいのではないかと思い至ってしまった。気が重い……勝手に食材を使ってはいけないのではないかと気づいてしまう。王族ゆえに許されるのに、自身の身分なら許されるとは考えない第一王女だった。いけないことは、いけないのである。ただそれだけしか頭にないのだ。

 お父様が言っていた。衣食足りて礼節を知る、と。衣は後回しでいいにしても、食はどうにかしないといけない。なんとかしないと、なんて第一王女は使命感を持った。お父様やお母様に美味しいものを食べてほしいのだ。自分が、食べさせてあげたいのである。

 

 そのためには国が豊かでないといけないのだが――

 

(私に国を豊かにすることなんかできるわけないじゃん)

 

 何年も前からお母様が土壌改造計画(プロジェクト・アヴァロン)を推進し、現在では国内の餓死者を半減させるほどの偉業を達成しているとはいえ、ブリテンはまだまだ貧しい。その成果のことも知らない第一王女は、ほんのりと自分が温室育ちのお姫様なのではないかと気づきはじめた。

 だからといって彼女にできることなどない。お父様の軍事的な才覚も、お母様の知性や魔術の才能も引き継いでおらず、実は第二王女が姉で第一王女は出がらしなのではと陰口を叩かれているような少女に、国を改革するほどの名案なんて思いつくはずがなかった。

 しかし、なんとかしたい。その気持ちに嘘はなかった。

 ――両親に、大事な人達に、美味しいご飯を食べてもらいたい。でもそのためには、まず身分が下の連中から豊かにしていかないと、両親は自分達に贅沢を許さないだろう。娘は別枠として。

 ちょっと思考が飛躍しているかもしれないが、第一王女の思考は単純だ。

 何より家族に美味しいものを食べさせてあげたくて、その家族が国を優先するだろうから国から豊かにしたいと思った。ただそれだけ。それだけなのである。

 

「……ん? なにこれ」

 

 故に、彼女は目を瞬かせた。

 

 ふと第一王女が気がつくと、台所の上に一つの杯が現れていたのだ。

 

 黄金に輝き、浮遊する杯。神聖なオーラと、桁外れの魔力を内包している。

 幾ら第一王女がへっぽこでも、こんな目立つものがあれば掃除中に気づいている。

 訝しみながら、第一王女はそれに――()()に触れた。

 

 

 

【      】

 

 

 

「え?」

 

 瞬間、脳裏に響く声……のような何か。

 第一王女バーヴァンシーは間の抜けた声を漏らす。

 だって、彼女は聞いたのだ。

 

 願いを叶える権利を与えよう、なんて声を。

 

 やがてそれを理解した第一王女は、ゆっくりと――

 

 

 

 

 

 

 

 




本作だと聖杯に選ばれたのはギャラハッドではなくバーヴァンシー。

このまま(抑止力によって勝手に)天に召され、激怒したお父様とお母様(+円卓やモードレッド)がバーヴァンシーを取り戻そうとする、BADEND一直線な話を書こうとしていたんですが、「そういや本作はハッピーエンドを書きたくてやってたんだ」と思い出したのでバーヴァンシーは天に召されません。やったね! ハッピーエンドだ!

バー子「お母様ー! なんかすっごいの手に入れちゃった!」

ぶっちゃけると聖杯探索は全カットです(無慈悲)

そろそろ終わりやね。

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