翌日。前日に決めていた通り俺たちは斎藤さんの家を張り込んでいた。依頼者の部屋はアパートの二階部分にある。
浮気やストーカーの捜査と言えば張り込みだし、捜査の手段はと聞かれたら誰でも答えられるくらい定番のものだろう。牛乳とあんぱんを揃えれば一気に刑事ドラマになるのもポイントが高いと言えるし、怪しい人を見つけるシーンなんかはロマンがある。しかし、いざ実行する側になると一つ問題があるのだ。
そう、暇だ。こんな事をうだうだ考え続けるくらいには何もない。藤崎さんの車の中で涼めずに外で立つことになっていたらさらに不味かっただろう。既に4時間ほど経ち、太陽は真上から光と熱を注いでいる。
「そろそろ12時か……昼食を食べたら少し聞き込みに行くから、マミゾウは1人で張り込みしといてくれ」
「うぇ……分かりました」
気だるげに朝渡された弁当箱を開けてみると、中には白米に加えタコの形にされたウィンナーに玉子焼きなど、いかにも愛妻弁当といった物が詰まっていた。
「それ、自分で作ってきたの?」
「桐子が作ってくれたんです」
「へー? ずいぶん愛されてるねぇ」
「いやいや、そんなこと……」
もごもごと口を動かしていると笑いながら藤崎さんは行ってしまって、残されたのは熱さのせいか顔が真っ赤になった自分だけだった。
しばらくして聞き込みから戻ってはきたが気になる情報も無いらしく、そして俺も怪しい人を見ることもなく、依頼者である齋藤さんが家に帰るまで何もないまま過ぎていった。
『はい。そうです。……そうですか、分かりました。では失礼します』
依頼者と電話越しに話す藤崎さんが、スマホの画面をタップし電話を切って、はぁ…と溜息をついた。
「どうしたんですか?」
「いやね……どうやら家が少し荒らされていたそうだよ」
え? 張り込み中に何か見逃していた? いや、確かに暇で暇でしょうがないと心の中で愚痴を零してはいたがサボってはいないし、家の方……正確には正面玄関が見える位置で監視していた。入退室の2回も見逃したとは考えにくい。
「一応窓から入ったという可能性もある。こちらから見えなかったなら明日は反対側から見てみよう」
「分かりました。今日はもう……他にすることは無いですか?」
「無いな。君の同居人も待ちかねているだろうし、帰って大丈夫だぞ?」
そう言ってこちらに笑顔を向けられる。
「えぇ、そんなに待ってますかね」
「探偵の私が保証しよう」
「おーそーいーよー!」
家に帰るといきなり突撃をかませられた俺は、リビングにて正座をさせられていた。
「ご飯も一緒に食べる為に待ってたんだから」
「ごめんって……うひぃ!」
「お詫びにしっぽ、モフらせてよね!」
そう言って、というより言いながらしっぽの付け根を……ふぁ……掴んで、ん……!
「ちょちょちょっと、待って待って!」
はぁ……はぁ……
危ない、未知の感覚過ぎておかしくなるところだった。
「付け根はちょっと……変だから、真ん中の方を触って…くれない?」
「はーい……可愛すぎでしょ」
ようやく落ち着いた後、今度はお昼の話になった。
「張り込みは何か証拠とか見つかった?」
「ううん、怪しいのは何も……明日も今日と同じような感じに見張りかな」
「じゃあまたお弁当作んなきゃだね!」
そういって桐子が力こぶを作る。
「ありがとう、今日のお弁当もすごく美味しかったよ」
「まったく、褒めても衣食住しか出ないよ?」
そういって冗談を言われるが、お世話になってる立場としてはひたすら感謝の言葉しか出てこなかった。
―――――
翌日。今回は窓の方から張り込みを続けていたが午前中は特に何も起きず、午後に入ると藤崎さんは用事があるとかで私に任せて何処かに行ってしまった。
ボーッと窓を眺めていると、ふと何かもやが見えた。気の所為かと思ってよく注視してみても消えることはない。慌てて藤崎さんに電話をかける。
『どうした?』
「すみません藤崎さん、窓から前に話したもやが見えて」
『それは……怨霊が居るってことかい?』
「見間違いかもしれないですが、近付いて確認してみます。本物だったら危険でしょうし」
『分かった。私も今からそちらに向かうよ』
そうして電話を終えた後でも、まだそのもやは見えていた。
私は小さく変化と唱えると小さな鳥になり、そのままアパートの2階……斎藤さんの部屋の窓まで近付きベランダに着地した。
そこからはハッキリと見えた。肌は青白く、生気を感じない女性の姿が。黒い髪も床に着きそうなほど長く顔を覆っているが……髪の隙間からこちらを見ているような気がした。
あのいたずら小僧よりももやは強い。もしかしたら、斎藤さんの被害はこの怨霊によるものなのかもしれない。
鳥への変化を解き、窓を少し触ってみると鍵はかかってないようで開けることが出来る。怨霊を警戒しながら恐る恐る、少しづつ部屋に入って見てみるが、こちらを見ているだけで攻撃をしてくることは無い。
お互いに何も声を発さず構えていると、ふとその怨霊がこちらから視線を外し、タンスの方を向いた。
そのままずっとそこを向いて、此方には向き直さない。そのタンスに何かあるのか……?
ゆっくりと歩を進めタンスを開けてみると、そこには女性用の服や下着が入っていた。
「なんだこれ……斎藤さんは一人暮らしだよな?」
左右上下、何回確認しても男物では無い。ふと後ろを振り返って怨霊を見てみると、明らかにタンスではなく、自分の手に持っていた服を見ていた。
「怨霊はこれを伝えたかったのか……?」
そうして頭の中で考えを巡らしていると、玄関の鍵が開く音がした。
つい衝動的に物陰に隠れる。藤崎さんだって合鍵は持ってないはずだし、恐らく斎藤さんが帰ってきてしまったんだ。見つかったら不法侵入で通報されてしまう。
「疲れた〜」
そう言ってドサドサと荷物を置く音と男の声が聞こえてくる。やはり斎藤さんだ。どうにかバレないように変化しなくては……
ドス、ドス、ドス、ドス
そう考えているとこちらに足音が近付いてくるのが聞こえた。心臓をバクバクと鳴らしながら、必死に物音を立てないように息を潜める。
ドス、ドス
その音は先ほどまで見ていたタンスの前で止まった。
「疲れたよぉアキちゃん。今日も癒してくれるよねぇ」
その光景に思わず鳥肌が立つ。斎藤さんが例の服を何着か手に取って、顔を埋めて、猫なで声で喋っている。
あまりの衝撃からか、不意に足の力が抜けて、隠れていた物に身体がぶつかってしまった。
当然、その物音に斎藤さんも気付く。
「誰だ!?」
「す、すみません探偵助手の二ッ岩です!」
ここまで来たら隠しきれないと悟り物陰を飛び出す。
「……何故居るんですか」
さっきの猫なで声とは違い、低い声で話しかけられる。
「気になることがあって……」
「さっきの聞いてたんですか」
「はい……えっと、アキちゃんって言うのは……?」
思わず疑問を口にしてしまうと、斎藤さんはおもむろに立ち上がり、そして笑いだした。
「あの……?」
「ハハ…ハハハハハハ!!」
突然大声で笑いだし、こちらに近づいてくる。
「何を笑って……ガッ、カッ!?」
突然の事態に考えが追いつかない。気付けば斎藤さんが馬乗りになり、首を絞められていた。
「部屋に勝手に入ってきた二ッ岩ちゃんが悪いんだよ……アキちゃんと同じく愛してあげるしかないじゃん」
「クッ……ギッ!」
やばい、息が出来ない、力、強すぎ……!
ジタバタと身体を動かし、必死に手を叩くも何も効果はない。
次第に意識が遠くなっていったその時、視界の端でもやが動いた。
「いっ……!?」
男の頭に勢い良く写真立てが飛んできて、その衝撃で首を絞めていた手が離れる。
「くっ……変化!」
とにかく固いものをと想像すると、右手で葉っぱを変化させそのまま力いっぱい振り抜く。
ゴンっと小気味良い音を立てたそれ……フライパンは男の頭にクリーンヒットし、フラついたところで距離を取る。
「ゲホっゲホっ……なんでこんなことを! 斎藤さん!」
「うるせえ! このクソアマ!」
頭を抑えたまま突進してくるのを見て、再びフライパンを構えたところで……背後からやってきた影によって男は転ばされ、地面に抑えられた。
「……っ! 藤崎さん!」
「すまない、物音が聞こえてきたから無理矢理入ってきたが……正解だったみたいだね」
下で男が必死に暴れているが抑え方が良いのかまったく解けないようだ。
「紐を探してくれないか。依頼人を拘束してから詳しく話を聞こう」
―――――
「ふむ。怨霊の通りにしたらそんな物が見つかったと……斎藤さん、何故タンスに女性物の服を? 二ッ岩を襲った理由は?」
「…………」
「返事は無しか……それなら警察に」
そう藤崎さんが言いかけたところで、また写真立てが飛んで3人の間に落ちた。
「さっき飛んできた写真立て……中に写真が入ってますね」
「依頼人と女性のツーショットか。彼女との関係は?」
質問が飛ばされると、震えながら斎藤さんは答えた。
「アキちゃんとは……交際してたんだ。お互いに愛しあってると思ってたのに……でも告白したら! あいつ振りやがって!」
「それで、殺したのか?」
「…………」
「はぁ……二ッ岩、警察に通報してくれ。この依頼もここで終了だ」
「そんなことがあったのね……」
「うん、警察にも色々聞かれたし、藤崎さんにも勝手な行動しないようにってキツく怒られちゃった」
確かに、1人で色々やりすぎちゃったし……襲われたときの感触がまだ残っててぞわぞわする。
「そういえば、その怨霊はどうなったの?」
「それがあの写真立てが飛んできた後から居なくなっちゃって……藤崎さんが言うには男が捕まったことで満足したんじゃないかって事だったけど」
「ふーん……」
まだまだ怨霊にあったことは少ないから分からない。でも、無闇矢鱈に人を襲うだけじゃないんだと今回の件でひとつ知ることが出来た。
「食欲はある?」
「無いかも……」
昼からまだ何も食べてないが、今は食べ物が喉を通る気はしない。
「それなら疲れてることだろうし……一緒に寝ましょうか」
「うん。……えっ一緒に?」
一緒に寝るのは流石に恥ずかしくて何時もは自分で変化させた寝床で寝てたんだんだけど……
「駄目かしら?」
「ハッハイワカリマシタ」
寝る前は緊張していたけど、疲れが溜まっていたからかベッドに入り目を瞑るとすぐに意識が沈んでいってしまった。
投稿遅れて申し訳ありません!
この作品についてはこの回で未完となります。
普段ハーメルンで小説を読む中で自分でも書いてみたい欲が高まった結果だったのですが、自分の想像通りの文章を書くのはとても難しく、他の投稿されている方々には尊敬の念を抱くばかりです。
この作品を評価してくれた方、コメントを残してくれた方、そして読んでくださった方々、誠にありがとうございました。