階段をくだると開口部には重厚な金属製の扉があった。
おそらく指紋認証によって開閉する扉だ。ドアノブに手をかけると電子音と共にロックが開く。
俺には彼が当時なにをしていたのか、そしてこれからどんな事を起こそうとしていたのかはわからない。
それでもこの憤りを、哀しみを解放してくれる何かがそこにはある気がする。
扉を開けると蛍光灯がつき、中の様子は簡単にわかった。
部屋は広く埃が隅に溜まっていて、どこに繋がっているのかもわからないほど夥しい量のケーブルやメーターの付いた機械にデスクトップ。
スタンドライトの下には手術台があり、なにがなんなのかという状態だった。
彼は医者かなにかだったのだろうか、科学者とも言えるかもしれない。
ナニかになった自分にはそれが何なのかわからなかったし、俺の感情としては知りたいというよりは知らなければならないに近しいものだ。
ただそれを知覚することはできない。
理解することもできない。
それに対する強迫観念に支配されながら部屋を物色する俺の足は軽く、微かな幸福感すらあった。
散らばったパズルを一つずつ填めていく感覚。
デスクトップに貼られたたくさんのメモには何かの設計図や誰かの名前が書かれていて、部屋を抜ければもう一つ部屋があり、そこにはまた手術台と心電図や血圧計が並んでいる。
手術台に横たわると腕にあたる場所には直径3cmほどもある針が設置されているのがわかった。
こちらの部屋はある程度清潔に保たれているようで排水溝や水場も確認。
その時なんとなしに覗いた側の机の上にあった写真を見て彼の情報が俺の脳内に雪崩れのように流れ込んだ。
なるほど。これか。
その時の俺のココロは冷静で、心地良さすら感じた。
そいつの顔は初めて見たのにもかかわらず、あらゆる憎悪や唾棄、嫌忌の感情が溢れ出しそれに流された俺の口角は自然と上がっていた。
頭髪や眉毛は禿げ上がり、頭には数本のチューブが刺さり人工呼吸器に繋がれたその顔面に、短く揃えられた前髪にサングラスがトレードマークだった彼の面影は残っておらず、残ったアイデンティティといえば彼の背面から伸びる金属製のアームのみ。
死にかけだ。
奴は俺が直接手をかけなくとも、直に死ぬ。
それでも俺はやつを殺さなければならない。
強く握り締めた掌からは血が滴り落ちていた。
これはふたつの闘いの物語である。
ひとつは「アメリカンコミック」と呼ばれている「外の世界」から男が身を守ろうとする闘い。もうひとつは、その反面なんとか空虚な目的を果たそうとする闘い。
どちらも心の内側の「男の世界」の中で繰り広げられる。
さまざまな戦線があり、数々の作戦が試みられる。
傷つき、倒れながら。
そんな闘いはもう終戦にしたくて、彼は歩き続ける。
もちろん『彼』の目的を完遂することが終戦の条件だ。
男は、自分を自分としてではなく遥か遠い存在の『彼』としてしか捉えることができない人間であった。それが他者に対するこの内なる闘いを通じて、次第に『彼』から「男」に、「男」から【ウッド】に、そしてついに〔●●●〕に、なることができるのか。
この物語の中では、『彼』も「男」も【ウッド】も〔●●●〕も皆、折々のありのまま、ありのまま語る。
だがもしかしたら、あなたにとっては現実味のない話かもしれない。
そう感じるのが当たり前かもしれない。
しかしそれでも、「男」にとっては、すべてが鮮烈な現実だった。
生きる意味が見つけた「男」はどこに向かうのか。
見届けよう、