怠け心の面探し   作:vs どんぐり

1 / 2
怠け心の面探し~捜索開始

 この時期の雨、梅雨というのは北の冷たい空気と南の温かい空気が日本列島の覇権を争うようにぶつかり合い、その中間で泣く泣く不愉快な相手と相撲を取っている空気の涙なのだと外の世界に詳しい巫女が言っていた。米焼酎をちびちび舐めていた私は随分スケールの大きな相撲だと関心した。しかしこうして窓の外をぼんやり眺めていると、降り続く雨は涙ではなく相撲取りの汗なんじゃないかと思えてきた。肌にべっとりと纏わりつく不快感はまさに暑苦しく組み合う男たちから発せられる蒸気そのものではないか。窓からの景色もこの部屋の中も怪しげに昏い灰色なのはそういうわけだろう。

 仰向けに寝転んだまま天井を見上げて、雨に打たれる屋根のさらに上空、曇り空に思いを馳せた。もう何日も前からずっと青空をたくさんの力士雲が覆い隠している。これ以上男臭い汗を撒き散らすのは、毎年の事とはいえ迷惑だからやめてほしい。仕方なく空気と空気の覇権争いをやっていると言われても、幻想郷狭しといえど空は広い。広いんだからせめて場所は選んでほしい。金に五月蝿い河童の住む山の上空など決戦の場に相応しいではないか。相撲であれば暇を持て余した天狗にとってはよい見世物になり、河童は潤沢な水に喜び(うっかり流されてしまえ)、私に梅雨について語っていた巫女は水の流れから雷を発生させて生活を豊かにできるとか言っていた、ような覚えが微かにある。いい事だらけじゃないか。頑張れ力士たち、今は妖怪の山の上空土俵が最も熱い場所ぞ!

「えい」

 どうにか暑苦しい男たちに私の頭上から移動してもらおうと、ものは試しに活力の面を天井に放り投げてみた。けれど寝っ転がった姿勢では思いのほか力が入らず、投げた面は天井まで届かず私の鼻頭目掛けて落ちてきた。

「あうっ!」

 鼻がツンと痛み涙が出て、しばらく部屋を転げ回った。

 さすがはずっと太古から毎年飽きもせず戦い続けてきた力士たちだと恨みつつも賞賛した。きっとあまりにも長い間覇権争いを続けたせいで、その戦いに感情の入り込む余地なんてなくなってしまったんだ。ならば私にはどうしようもない。感情を操ろうにもその操る感情が無いのだから、無力な私は今日も今日とて鬱陶しい湿気に包まれ脱力させられる。

 有り体に言えば私、秦こころはずっと鬱々としていた。恐らく特に深い理由はない。その活力の面を被れ? そんなものは「ええじゃないか」

 

 

**

 

 

「やっぱりこういうことか――おい起きろ!」

 突然、顔に何かガサガサしたものが強くぶつかった。本日二度目の鼻クリティカルダメージを食らって私は再び転げ回った。

 目を開けると、魔理沙が箒を大上段に構えていた。振り下ろされたそれをすんでのところで躱した。

 私は鼻を押えながら立ち上がった。「にゃにをするっ!」

「ちゃんと言えてないぞ」

「何をする!」

 魔理沙は箒を肩に担いだ。「いつまでも五月病を引きずってる奴の目を覚ましに来たんだ」

「意味が分からない。今は六月よ」

「だから、この異変を解決しにきたんだ、よっ!」

 今度は横薙ぎで私の胴を狙ってきた。後ろに下がって辛うじて避けると、勢いに乗った箒の先が障子紙を突き破った。狭い部屋で振り回すから!

「やめろ! これ以上暴れると許さないぞ! そうでなくても許さないがな!」

「どうだ。少しはやる気が出たろう」

「なに?」

「こうもジメジメムシムシしていちゃやる気も出ないだろうと思っていたがな、今年は異常なんだ。梅雨のほうじゃないぜ、人々の気分の問題だ。里全体が病気にかかったようなあの雰囲気をお前は何とも思わないのか?」

「知らない。だって外に出てないもの」

「あっそ……」魔理沙は大きなとんがり帽子を脱いでポリポリ頭をかいた。

「よく分かった。まずお面を被れ。何でもいいから元気が出そうなやつはないのか? せめてちゃんと服を着ようと思えるくらいの」

 突然そんな事を言われてもと思ったが、つい先程、天井に向かって活力の面を投げたことを思い出した。あったあったそんなものもありましたね、と畳の上に落ちていた活力の面を拾い上げると、面にはヒビが入ってしまっていた。秘めていた活力はいつの間にかすっかり霧散してしまっていた。

「そのお面か。どんなやつ……おい、ヒビが入ってるけど大丈夫なんだろうな」

 駄目ですね、とは言えない。言ったらきっと面倒なことになる。私個人の問題としても放ってはおけない事態だけれど、別に今更こんなことで暴走したり消滅してしまうでもなし、幻想郷中を飛び回って活力を集めなければならないほどの急場でもなかった。

 私は口から出るに任せた。

「そんなっ、いったい誰が私の面を!」

「外に出てないんだろ。だったらお前以外の誰が壊せるんだ」

 そうだった。えーと……。

「あ、あれは確か私が最後に出掛けた日、舞台の帰り道に誰かに呼び止められて――られて……気づいたら活力を失っちゃった、ような気が……いや、うん、そう! あいつだ! あいつに活力の面を壊されたんだ!」

 魔理沙の目がねっとりと私を見つめてくる。頑張れ私。今こそ学んだ表情が試される時だ。

「……その『あいつ』ってのは誰だ?」

「さ、さあ。影になっててよく見えなかったし、もうずっと前の事だから」

「お面を壊されても今の今まで気づかなかったって? 希望の面の時はあれだけ騒がせておいて」

「そうですねー。妖怪って不思議ですねー」

「いい加減な奴だなあ。兎にも角にもお前にはやる気を取り戻してもらわなくちゃ困るんだ。そのお面を一体全体誰が」魔理沙はジロリと私を見た「壊したのかは分からないが、そいつを捕まえたところで壊れたお面が返って来るわけじゃない。こりゃ新しいお面を探すしかないな」

 なんという僥倖! 希望の面をなくしてしまった時もこんなふうに誰かが助けに来てくれたらよかったのに! まあ、あの一件があったからこそ今があるわけだけれど。幻想郷の因果の小車は見ていて飽きない。できれば私は外側から見ていたい。

「ファイトー。幻想郷の命運は霧雨魔理沙に委ねられたぞー」

「お前、その格好のまま箒に吊るして飛んでやろうか」

「お願いします魔理沙様。あなた様しか頼れる方がいないんです」

 魔理沙は大きなため息をついて「やれやれだぜ」と帽子をかぶり直した。

「元気だかやる気だか何だかがありそうなお面を適当に見繕ってくるから、お前も何か分かったら教えろよ。あと服くらい着とけ」

 そう言って部屋を後にしていった。破いた障子紙、修繕してから行けよ。

 こうして私の人任せな活力の面探しが始まった。後々になって面倒でも自分でやっときゃあよかったと後悔することになるのだけれど、外に出よう(せめて服くらい着よう)とする私の心を降り続ける雨にへし折られてしまってはどうしようもなかった。

 




ようやっと東方心綺楼のストーリーをクリアすることができました。
なぜ今更か?
それは以前まで使用していたパソコンのスペックがあまりに低く、
新しいものを導入してようやく十全にプレイできるようになったからです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。