怠け心の面探し   作:vs どんぐり

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『最強の暗殺者(アサシン)』エツィオ・アウディトーレ・ダ・フィレンツェ
彼が使った道具も幻想郷へ舶来していた……たぶん。


おいでませ紅魔館

「参った。いざ探そうとすると見つからないものなんだな、お面ってのは」

 一声もかけずに戸を開いた魔理沙は「こんなものしかなかった」と夢想の世界の探求で忙しい私に軽いものを放り投げた。

 薄汚れた面だった。私の知らない……なんだろうこれ生き物? を象っている。バッタを銀色にして大きな目は鮮やかな黄色で塗って、触覚をもぎ取った代わりに鼻から頭頂部にかけて伸びる角を生やしている。外の世界で作られたもののようだけれど、こんな生き物が生存しているのだろうか。それともこんな顔をしたひょうきん者がいるとか? 汚れているところを見るに、趣味が悪すぎて製作者自身が捨てたとか? 何にせよ外の世界の人間が考えることはよく分からない。

 面はあまりに薄っぺらすぎて、活力どころか小物妖怪が宿る容積すら物理的になさそう。一応、人が被るための紐がぶら下がっていて面といえば面ではあるけれど、これを被るくらいなら桶を頭から被って「行灯」と一発芸を(酒の席限定で)決めたほうがマシだと思う。

「なんでこんな役に立たないもの持ってきたの?」

「誰のせいだ、誰の」箒の先でつつかれた。

「地味に痛っ、ごめんなさい冗談ですやめて」

「お面なんて腐るほどあると思ってたんだがなあ。本当に腐ったものしかなかった」

 腐ったものを持ってこないでほしい。

「人間の里には売ってないの?」

「能面とか狐のお面とか、既にお前が持ってそうなものばかりだ。仮にあったとしても金で異変解決なんて専門家としてどうだ」

「河童なら言いそう。『金で解決できるならそうする』」

「あー。――いや異変であっても、お前のために金を使おうとする奴なんていない。私だって問題がなけりゃ、こんなぐうたら妖怪のために貴重な時間を使うもんか」

 部屋にちょっと置きっぱなしにしていた寝間着や団子が抜けた串やらを見て、魔理沙は大きなため息をついた。勝手に上がってきておいて酷い態度だ。見たくないなら早く出ていけ。

「出たのか?」

「あ、いやいやそんなつもりじゃ」

「は? ここ最近外には出たのかって聞いたんだが」

「出たよ。ついさっき団子屋まで」

「……つまりお前は自分の活力を取り戻すための行動を何ら取ってないってことなんだな」

 ズシンと一歩、畳を踏み締めて魔理沙は近づいてきた。

「だ、だってほら、私も忙しいし。えっと、えーと……ほら能楽! 霊夢から今年も頼まれてて、そろそろ『心綺楼』以外の新作も考えないといけないし」

「活力のないお前にそんな殊勝な心掛けが残ってるのか?」

「ははは。あるわけないですよねえ」

「今日はお前が自分で探しに行け。ついでに体を虫干ししてこい」

 魔理沙は箒にまたがると、私の服の首根っこを掴んだ。

「ちょ、ちょっと冗談でしょ!?」

「今日はちゃんと服を着ててよかったな。でなけりゃお前は『能楽師』から『空飛ぶ痴女』に格落ちしてたぜ」

「自分で飛ぶ! 自分で飛ぶから!」

「当たり前だ。私はお前を逃がさないために掴んでるだけだ。じゃあ行くぞ」

 開けていた窓から私たち二人は飛び立った。といっても私は巾着袋のように摘まれて空に引きずられるような格好だったけれど。

 

 

**

 

 

 人間の里が見えてきた辺りで手を離され、油断していた私は墜落気味に着地して転がった。

「お面のひとつでも見つけるまで帰るなよ」

 浮いたままそう言い残して魔理沙は東の方へ飛び去ってしまった。薄情な人間だ。よし、能楽の新作は魔法使いの間抜けっぷりを語るやつでいこう。感情を司る私を捨て逃げしたことを後悔させてやる!

 せっかくなので歩いてみた人間の里は、確かに聞いていた通り活気がまるでなく、しんと静まり返っていた。営業している商店や荷物を抱えて歩いている人間もいるにはいるけれど表情に生気はなく、何のために寝床から起きたのか理解していないような顔をしていた。

 井戸の隣に集まっている子供のままごとですら暗かった。

「もう店を畳むしか……済まねぇな、お前には惨めな思いをさせたくなかったんだがよぅ」

「不景気には勝てませんもの。あたしはどこまでも付いて行きますよ。たとえあの世でも……」

「母ちゃん、お腹空いたよぅ」

 これがすべて私の影響かと思うと胃が痛んだ。私の怠けが流行病の如く感染している中、里の中を堂々と闊歩できるはずがない。ごめんなさい皆様、私が不景気の原因なんです。でもやる気が出ないのでもう暫くそのままでいてください。悪気はないんです。

 引き返そうと回れ右すると、鼻先がぶつかりそうなほど近くに人が立っていた。

「ふおっ!?」と変な声を出して飛び退いた私に、気配を消して背中を取ったメイドは短いスカートの両端をつまんでお辞儀をした。

「こんにちは。能楽師さま」

 

 

**

 

 

「お嬢様。能楽師さまをお連れしました」

「んぁー?」

 やる気のない人力車に揺られて連れて来られた、幻想郷にはまるで似合わない洋風の大きな館、紅魔館。ここの主であり宴会で度々見かけることもある小さな吸血鬼は、たいへん寝心地の良さそうなベッド(のようにしつらえた棺桶?)の中で思う存分だらけていた。

「まさかご気分が優れないのですか」

「さっきまでは元気だった、ような気が……すぅ」

「お休みにはまだ早いですよ」

 吸血鬼も里の人間と同じような表情をしていた。彼女の言う通りさっきまでは元気だったのだろう。私がここに来るまでは。

 しかし吸血鬼にまで影響している私の怠惰が、どうして人間のメイドには影響がないのだろう。

「お嬢様が『暗黒能楽』を見たいとおっしゃったから能楽師さまをお連れしたんですよ」

「言ったっけ、そんなこと?」

「はい。確かに」

「そう。じゃもういいや。土産渡しといてー」

 なんて失礼で我儘なお子様だろう、ここは一つ懲らしめて世間の厳しさを教えてやるべきだ。と言いたいところだけど、私もメイドに説得されて渋々やってきた身だった。日が暮れる前に帰りたい。

「それなら土産は約束した物を寄越してください」

 私が催促の手を出すとメイドは考えこんでしまった。

「お嬢様。能楽師さまは来て下さる代わりに珍しい面をご所望されているんです」

「麺? あートマトソース」

「パスタではありません。仮面です。顔に被るもの」

「仮面? いいんじゃない、好きなのあげれば」と吸血鬼は投げやり気味に言った。

「ですが仮面などお嬢様のコレクションくらいしかありませんよ。ほら、あの暗殺者が使ったという」

 それを聞いて吸血鬼はのそりと起き上がり、背と羽を伸ばした。そしてベッドの側の洋箪笥をごそごそやって、金色の仮面を取り出して私に自慢気に見せびらかした。

 その仮面は顔の上半分だけを隠すもので、特に何かを模しているわけではなかった。私が知る面とは全く意味合いが違う。けれど手に取るまでもなく、その仮面が曰く付きであることが感じ取れた。

「これはね。外の世界で『最強の暗殺者』と呼ばれた男が使った仮面なんだ」

 吸血鬼は自慢気に語った。

「暗殺者がこれを被っていた時、ターゲットは祭り騒ぎの中にいてね。仮面そのものが祭りのチケットになっていたんだ。人が多いから仕事は簡単だと思うだろう? けれどもターゲットは船の上の特等席にいたんだ。当然普通の人間は近づけない。おまけに船に近い陸には鎧で全身を固めた警備兵がうようよいて、少しでも船に近づこうとする者はとっ捕まってしまう。けれども暗殺者は見事、自分の仕事をやり遂げて姿を消したのさ。『眠れ安らかに』と手向けの言葉まで残してね。この暗殺者はどうやってターゲットを殺害したと思う?」

 いきなり問いかけが飛んできた。外の世界の出来事なのに見てきたように話すなあと、そのことに感心していたので内容はあまり頭に入っていなかった。

「ええと……普通に飛んでいってサクッと?」

 吸血鬼はケラケラ笑った。

「外の世界の人間は飛べないよ。いや空を飛んで警備を突破したって話もあったかな? ――まあ、その男はだ。花火の炸裂音を隠れ蓑にして暗殺したのさ。仕事のためなら何だって利用する。祭りさえも『最強の暗殺者』にとっては道具に過ぎないのさ。そしてこの仮面はその道具の中の一つだった」

「はあ」と生返事をしてしまうほど、音に隠れる方法が想像つかなかった。花火を同時にたくさん打ち上げまくって人々の耳を塞がせるとか……だったら仮面の意味はないか。

 黄金の仮面を自分の顔にあてがった吸血鬼は、丁度開いた口元からニヤリと牙を見せた。

「こんなに珍しいものをそう安々とは譲れないねえ。どうしても欲しければ奪い取ってみな、おまえの『暗黒能楽(モンキーポゼッション)』とやらで!」

 

 

**

 

 

 最初の威勢だけは良かったのだけど、失った活力を取り戻すまでは至らなかったようで、私と吸血鬼は庭の上で、花壇の花弁一枚すら散らすことのないグダグダな勝負を繰り広げた。いや観客だったメイドや妖精からすると勝負にすら見えなかったかもしれない。あんまりにも互いにやる気がなかったので、私が扇子を手から落としてしまった横で吸血鬼は風に飛ばされた日傘を追いかけていた。

 何をやっているんだか分からないまま空をフワフワ飛び合っていると吸血鬼は唐突に「はいお終い。引き分け」と地に降りてしまった。私もその横に降り立った。

「咲夜」と吸血鬼が手を伸ばすと、メイドはその手に仮面を置いた。吸血鬼は「はい」とあっさり仮面を私にくれた。手に取った仮面から複雑な信念が伝わってくる。

「いいの?」あんなので?

「動いたらお腹すいた。あんたも食べていきなよ」

 その後、私はナイフとフォークを使う贅沢な夕食に招待され、食べ終えた頃には外はすっかり暗くなっていたのでレミリアに泊まっていけばと勧められた。好意に甘えて私は客室を借り、紅魔館全体から活力を奪ってしまった。勤めている妖精は妖精のくせに遊ぼうともせず皆だらけきっていた。咲夜が一人で館の中を奔走する中、私は申し訳ないなと思いつつもフカフカのベッドを気に入ってしまい、べつに追い出されるでもなかったので、気が付けば何日か過ごしてしまっていた。

 廊下を通りがかった咲夜に、気怠くないのか聞いてみた。

「ええ、確かに休みたくなりますけど、お仕事がありますから」

 咲夜は朗らかに答えた。私の感情操作すらはね除けるとはメイドの鑑だ。

 魔理沙のようにやかましい輩もいない館で存分にだらけていたある日、勢い良く客室の扉が開かれて、死ぬほど驚いた私はベッドから転げ落ちた。

「レミィったら面霊気なんてコレクションに加えて、この館を潰す気?」

 寝間着姿のような魔法使いは問答無用で襲い掛かってきた。火を出し水を出し刃を出し、逃げ惑う私に容赦なく弾幕を撒き散らす魔法使い。私は紅魔館の門の外から、さらにその前にだだっ広く溜まっている湖の向こう岸まで追いかけ回された。

「ゼェ、ゼェ……に、二度と来るな!」

 湖を渡り終えたところで魔法使いはやっと踵を返した。私は賓客から一転して服もボロボロの負け犬妖怪へと成り下がってしまった。レミリアに貰った仮面も部屋に置いたままだった。

 そういえば紅魔館へは人間の里から人力車で来たのだった。私の寝床は遥か遠い。私は復讐を燃料として空へ飛び上がった。魔法使いという種族は私の能楽で幻想郷中の笑い者にしてやる!

 




あの黄金の仮面、エツィオ装着時はどー見ても金色じゃなく銀色に見えたんですがね。
イベントのオッサンが掲げてた時は確かに黄金だった……ような?
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