夜、だれも居ないトレセン学園の中庭。
ベンチに腰掛けたマヤノトップガンははぁ、とため息をついた。
遠方からはゆったりとしたワルツが聞こえてくる。先程彼女が抜け出したクリスマスパーティの会場からだ。
パーティに行きたくなかったのか――違う。マヤノは一か月も前からこの日を楽しみに待っていたし、張り切ってドレスも用意した。
途中で嫌になったのか――これも違う。料理もダンスも去年と比べて格段に豪華になっていて、嫌がる理由は1つもない。
会場から染みて出る、建物に反響してわずかに歪んだ音楽に耳を澄ませ、マヤノは目を閉じる。
「テイオーちゃん......」
脳裏には、ついさっきまで一緒に社交ダンスを踊っていたトウカイテイオーの姿が浮かぶ。
タキシードがすごく似合っていた事。ダンスの作法を知っていて、ビシっとリードしてくれた事。
「踊りませんか、お姫様」なんて誘われて、ちょっとドキッとした事。
一緒に過ごした時間も、テイオー自身も、すべてが輝いていた。しかしその一方で、募っていた整理のつかない気持ちが彼女を中庭へと向かわせた。
目を開けて、マヤノは胸いっぱいに空気を吸い込む。冬の乾燥した空気には、草が燃えたような匂いが微かに漂っている。
自分の心を苛む物の正体はわかっている、わかってはいても解決の手段がまったく見えないことにマヤノはうんざりし始めていた。
吐いた息は再びため息となる。もうお手上げ、という風に。
「あ、ここにいた」
耳に馴染んだ声がした。
「テイオーちゃんっ......!」
そこに立っていたのは自分が会場に置いてきたトウカイテイオーその人だった。
マヤノの心に、罪悪感が滲む。
「どうしたの?こんなところで」
「えと、会場がちょっと暑くって......うん」
実際に会場の暖房は強かった。本心を守るために出た、嘘ではない嘘。
隠し事が耳と尻尾に現れないよう、マヤノは必死に力をこめる。
「たしかに、風が涼しいね」
やさしい向かい風に身を任せるように顔を上げ、月を見つめるテイオー。
会話の途切れた気まずさを遠ざけようと、マヤノも並んで風に吹かれる。
そうやってしばらくの間、中庭は風の音とワルツに再び支配された。
「ね、マヤノはさ」
彼女らしくない、遠慮がちな声。
「もしかしてさ......ボクと踊るの嫌だった?」
予想していなかった言葉に思わず隣を見ると、その横顔は寂しさの色を孕んでいるように見えた。
「やっぱり他の子と一緒がよかったとか......」
「ちっ、違う!」
これはただ自分の問題なのに、そのせいで友達が傷つくなんて絶対に間違っている。
口に出たの言葉は思ったよりずっと大きな声量で飛び出した。
「テイオーちゃんはすごく上手にリードしてくれて踊りやすかったし、タキシードだってすごく似合ってたし、一緒にいて楽しかったっ!!」
顔が熱い。でも止まるわけにはいかない。
「ただ......テイオーちゃんはこんなにステキなのに、マヤはそれに見合うかなって、心配になっちゃって......それで......!」
顔を上げると少し驚いたような表情をしたテイオーが見え、マヤノは逸る心を体に引き戻された。
「だから怖くなっちゃって抜け出したの......」
曲の変わり目なのかワルツは止まっていて、辺りは静寂に包まれる。
本心をすべてさらけ出したマヤノは次の言葉が出てこなくて、目を伏せて押し黙ることしかできなかった。
しかしそんな彼女の頬に白い手袋をした手が添えられる。
「大丈夫、マヤノは今日誰よりも可愛い。もっと自信を持っていいんだよ」
視線を戻せば、履いているヒールのおかげで同じ高さに来た、まっすぐな青い瞳と目が合った。
今宵の月よりもくっきりと見据えて、お世辞や偽りでは決してないと知らせているようで。
「ドレス姿もステキだし、ダンスの呑み込みだって早くて、ボクはすごく楽しかったよ」
「......ほんとに?」
「もちろん」
テイオーの笑顔を見れば、これ以上の質問は無意味だとわかる。
マヤノはさっきまで自分が悩みを抱えていたことだって、その瞬間忘れていた。
「実はさ」
少し間をおいてテイオーは切り出した。
「ボクもおんなじこと考えてたんだよね......」
「へっ?」
目を反らし、一歩引いたその姿。
ついさっきまでの堂々とした彼女との落差に、マヤノは思わず目を丸くした。
「自信なくってさ。ボクはファン感謝祭で使ったタキシード引っ張り出しただけだし......マヤノに見合うボクじゃないかもって、そう思ってたんだ」
そんな告白に2人は無言で見つめ合い......そして同時に笑い出した。
お互いが勝手に悩んで、でも打ち明ければなんて簡単なことだったのだろう。
そんな自分たちがおかしくて、笑いが止まらなかった。
「じゃあ、改めて」
ひとしきり笑った後、テイオーはマヤノの手を取って言う。
「ボクと踊ってくれませんか、お姫様」
「......っ!はい、王子様♪」
いつのまにか途絶えていたワルツが再び空気に満ちる。
手を引かれステップを踏み始めると自然と笑みがこぼれる。
石畳に響くタタンと子気味のいい音につられるように、マヤノの胸も高鳴ってゆく。
そうやってパーティがお開きになる時間を過ぎても、2人は踊り続けるのだった。