本書は加筆修正した過去作もありますので、ご興味がありましたらぜひ手にとってみてください!
メロンブックス: https://www.melonbooks.co.jp/detail/detail.php?product_id=2037427
DLsite: https://www.dlsite.com/home/work/=/product_id/RJ01084956.html
『眠れない夜、キミのせいだよ』
そんな歌の一節を思い出した。たしかにステキな歌だけど。今マヤが寝れないのを誰かのせいにしようとしても、結局マヤ自身の顔しか浮かばない。ああ、こんな時間にコーヒーなんて飲もうとするんじゃなかった……!
ふわふわなはずの枕は、カバーのごわごわばっかり気になって。毛布も位置が違う気がして落ち着かない。
右にごそごそ、左にごそごそ。眠いのに、疲れてるのに、あと一押しで意識を手放せそうなのに。薄暗い天井を見つめて、恨み言は口の中に溜まるばかり。マヤ焦ってるのかな。あと何時間このままなんだろう。
「寝れない?」
むこうでもゴソゴソが聞こえると、テイオーちゃんの声。
「うん。ごめん……起こしちゃった?」
右に目を向けると、暗くても首を振るのが見えた。でも、きっとマヤが大人しくしてたらそのまま寝てたよね。悪いことしちゃったかな。
「ホットミルクとか、持ってこようか?」
「ありがと、でも歯磨いちゃったし……」
どんな時でもマヤの事を気にしてくれる。テイオーちゃんって優しいや。
「じゃあ子守唄でもどう?」
「テイオーちゃ〜ん?」
「わわ、ごめん冗談……」
だから、ちょっとからかうくらいなら許しちゃう。
どうするか二人で話し合えば、一人で考えるよりも胸は軽くなる。けど、まだ底の方で心配事がこっちを見てる。
明日の元気とか、過ぎてゆくお肌のゴールデンタイムとか。女の子には、気にしなきゃいけないことがたくさんあるのだっ。
「あっ、そうだ」
ぎぃ、と隣のベッドから起き上がる音。
「マヤノってさ、耳掃除いつやった?」
お話を遮って、急に飛び出た質問。
「いつって……おとといとか」
マヤたちのお耳。もふもふしてて、ぴこぴこ動く、ヒトにはいとってもカワイイアイコン。だけど、実はカワイイだけじゃない。聴覚とバランス感覚を維持するための大事な器官で、定期的なケアは欠かせないんだよ。
「今日はボクがやったげようか?」
「え、なんで?」
「ほら……ASMRとか、安眠音声だっけ?流行ってるみたいじゃん」
言うが早いか、引き出しを漁るテイオーちゃん。たしかにそういうのを聴いて寝る子はいるみたいだけど……。
「えー?いいよそんな、自分でできるし」
「いいから、いいから。自分でやるのと他人にやってもらうのじゃ違うしさ。電気つけるよ」
真っ暗だった部屋にオレンジの薄明かりが差すと、小さなブラシを手に持ってるのが見えた。
「今夜はさ、テイオー様にお任せあれ?」
* * *
また寝転がった姿勢。天井はいつもと変わらない色。それでも世界が違って見えるのは。
「はい、大人しくしててね〜」
テイオーちゃんのお膝で、テイオーちゃんの顔を見上げているから。膝枕、悪くないかも。
当然だけど、普段は前を向いているお耳。それを掃除してもらうとなると、こうやって逆さに向き合うことになる。
視線がぶつかると、むず痒くって目をそらしちゃう。天井に向き直ると、また視線がごっつん。そんな事を繰り返していると、次に合うテイオーちゃんの目元はニヤっと歪んでいて。なんだかくやしくて、抱いていたクマのぬいぐるみ(名前はアイスマン)で口元を隠すと、「ふんっ」って抗議してみせた。
水の中の魚をすくい上げるように、左耳が包まれる。最初は手始めのブラッシング。順番なんてわかるし、目でも来るのはわかってた。わかってたけど。
「んひゃっ!?」
どうしようもなくって、変な声が出た。
「あっごめん、痛かった?」
「や、大丈夫、くすぐったかっただけ……」
止まった手が動きだすと、こし、こし、と優しい音。ブラシがキューティクル撫でて、毛先が整えられていく。
「かゆいところはございませんか〜?」
「ふふ、じゃあもっと内側おねがい」
ブラシの音が大きくなって、的確にかゆみまで癒やしてくれる。けっこう上手なんだ。ちょっと……意外。驚きの方じゃなくて、もやっとする方の。
「……だれかにやってあげたこと、あるの?」
どうしてもしまっておけなくて、疑問は口から飛び出た。
「え?ないけど」
よかった。いや、何がよかったのかわかんないけど。もしテイオーちゃんが誰にでもこれをやってあげてたら、それはちょっと……嫌だなって思う。
ちゃぷ、と桶から音がした。乾いたベッドの中で聞くと、変な感じ。
「拭いてくよ」
濡らしたタオルがお耳に近づく。ここまでするのって、すごく丁寧にやる時だけだよ。
「あったかい……」
思ってたよりも、ずっと柔らかい感触。
「冷たかったら目が覚めちゃうでしょ?」
どこか遊んでるみたいなのに、しっかり気遣ってくれてる。口元がなんだか緩んじゃって、またアイスマンで隠した。
じゅわ、じゅわぁ。マッサージみたいな指圧。体温よりちょっぴり高いぬくもり、それが耳を伝って体に流れ込んで、足の先まで巡るみたい。
「これ好き?」
「わかるんだ」
テイオーちゃんに隠し事なんてそんなにない。けど、隠そうとしてもたぶん、通じないんだろうな。
「マヤノがわかりやすいんだよ~、ほら、こことかどう?」
「ん~、いいカンジ……」
「じゃあ、続けるね」
根元の方から先っぽに向けて、ぎゅっぎゅっと。普通より長くやってくれたおかげで、耳周りの筋肉もほぐれていったみたい。それでも、ぬくもりが離れるのはちょっと名残惜しかった。
次はちょっと硬いタッチ。ごわごわした、乾いたタオルで、隅々から残った水気が取り除かれていく。
タオルから解放された耳をくるって動かすと、いつものふんわり感が帰ってくる。新鮮な気持ち。
「マヤノの耳ってさ、ちょっと平ための形だよね」
指が二本、スルッとふちを撫でた。同じウマ娘でも、大きさとか形には個性がある。
「変かな?」
気にしている訳じゃないけど――。
「そんなわけないじゃん」
キミにそう言ってもらいたくて、つい。
「えへへ」
来る言葉がなんとなくわかってても、嬉しいものはうれしい。そして、面と向かって言われるとはずかしい。
「なに笑ってるのさ?」
「なんでもないっ」
沈黙がやってくる。その間マヤは目を閉じて、ただ撫でられる耳に意識を集中させていた。この時間がずっと続けばいいのに、なんて、思ったり。
「……そろそろ、する?」
いけない、すっかり忘れてた。
「んぁ……そうだね、耳かき……」
正直このまま寝れちゃいそうだったけど、ここまでしてもらってるんだもん。途中で止めるのも違うよね。
ヒト用のよりも長い、ウマ娘用の綿棒。テイオーちゃんが取り出したそれをぼんやりと見てると、マヤたちの耳ってけっこう深いんだなって思った。
「入れるよ」
本当に、その時までぼんやりしていた。この時思い出した。さっきの『自分でやるのと他人にやってもらうのじゃ違うしさ』という言葉を。
電流、って言えばいいのかな。痛みの代わりに、もっと甘くて刺激的なビリビリを伝える電流。
「あはっ、それどーいう顔?」
あまりに急で、あまりに「良く」て。普段なら出てたような声も、出なかった。
どれくらい見透かされてる?たぶん、痛くなかったっていうのは、バレてる。だって、綿棒を動かす手はまったくためらってない。
「気持ちいい?」
返答できない。ぜったい変な声になっちゃう。
こんなの知らない、わけわかんない。ぞくぞくとざわざわが強すぎる。
「あれ、お耳動いちゃってるよ〜?」
アイスマンにギュッと掴まって、全身に力を入れて耐えてたのに。どんな嘘も、こんなのじゃ崩れちゃう。
はずかしいのと気持ちいいので、目を閉じたら。
「ふむふむ、これは効いてるようですなぁ」
さっきよりずーっと近く、耳元で声がした。濃いシロップみたいな、とろぉっとした囁き声。
このいたずらっぽい感じ、ぜったい楽しんでやってる……!
力が抜けてく。だめ、止めてもらわなきゃ。
「まってぇ……」
どうにか出た声は、あんまりにも弱々しくて。
「なにか言った?」
届かなかったのか、聞こえないフリなのか。
もう関係なかった。バーン・アウト。燃料が尽きたマヤに残された道は、気持ちいいの海に堕ちるだけ。
「ふーっ」
温かい吐息、綿棒、されるがまま。
「もう寝ちゃった?」
意識が沈んでいく中、ほんのちょっと開いた目でテイオーちゃんが見えた。顔が……近い。
目をまた閉じる。最後に感じる、額への柔らかい一押し。そこでマヤの意識は完全になくなった。
「おやすみ」