天井を、見ていた。いや、見たくて見ていたわけじゃない。床に置いた「人をダメにするソファ」(ホントはビーズクッションって言うらしい)に体も頭も預けると、顔が上を向くってだけ。家具屋さんに行ってテイオーちゃんと選んだこれ、結局クローゼットにしまったきりだった。マヤがこれだけ疲れて、やっと出番がやってきたのだ。
両脚が重い。外からウエイトを付けた時とは違って、骨の芯からじわ〜っと重みが滲み出て、マヤを地球にピン度めしょうとする感じ。プライベートを削って全身を仕上げて挑んだレース。一着で勝ち取って、ライブでセンターを貰ったら、マヤじゃなくてもこうなっちゃう。はりきってアンコールもしたから、楽屋についた頃には一歩も歩けなかったなぁ。トレーナーちゃんには「やりすぎ」って注意されちゃった。レースの振替休日がなかったら、きっと教室にすらたどり着けなかったと思う。
天井はあんまり好きな色をしていない。朝の太陽がさんさんと輝いてる時は、もっと新鮮なみかん色を反射して元気な気分になるんだけどな。曇りの冬日じゃ、暗くて無機質なだけ。テレビでも見ようかな……でも起き上がりたくないな……スマホもベッドに置いてきちゃった。
結局身動せず、マヤはフローリングと一体化しそうなほど平らにひっくり返っていた。あ……そろそろお掃除もしなきゃだっけ。前はテイオーちゃんがやったし、マヤの番かぁ……ガーン。
当然、月曜日の寮はトレーニングの終わりまでは誰も居ない。だからトタトタ階段を上がる足音にはいち早く気づける。脚の重みにつられて降下してた気持ちが、ちょっとだけ機首を上げ始めた。
「ただいまぁ〜」
開くドア。聞きたかった声。暖房でぬるいだけの部屋にぬくもりが満ちるみたい。首だけ動かしてルームメイトを見る。
「ぉかえり〜……」
力が入らなくて、ぜんぜん可愛いくない「おかえり」になっちゃった。もこもこ厚着のテイオーちゃんは上着も脱がずに持ってた茶色い紙袋を差し出す。
「マヤノ殿のためにファストフードをお届けに参ったぞよ」
マ◯ドナルドの袋が、100%のジャンクの重みでカサっと鳴る。匂いで思い出す……今はちょうどお昼で、マヤはお腹が空いている。空きすぎて痛いくらい。
「あ、マヤノは寝てて! 勝者には休息が必要だよ」
折りたたみテーブルを用意しようと、体を起こした所でテイオーちゃんストップ。
「ふふ、やさしいんだ……」
「これくらいトーゼン」
手際よくテーブルを出してジャンクたちを並べていくテイオーちゃん。
思いやってもらえてる。並べてくれる事だけじゃなくて、寒い中、マヤのリクエストした物を買ってきてくれたのも。そう思うとニヤけちゃいそう。なんたって、半分はマヤのためにズル休みしてくれているんだから。ちょっとそれは、嬉しい。
なぜテイオーちゃんがここにいるのか?そう、短い答えはズル休み。でも、レースじゃなくても疲れてるんだよ。昨日、テイオーちゃんは別のレース場でファン向けのトークショーをやっていた。一時間くらいのやつ。動画で見たけど、たくさんのファンの前での、一時間。昨夜マヤより先にぐっすりだった所を見るに、すごく疲れたんだと思う。
「さ、食べよ」
テーブルいっぱいに並んだバーガー、ポテト、ナゲット……。
「いただきま~す」
お互いのお疲れを記念して、ささやかなパーティ。食事制限の後のジャンクフードは格別だね。
†
「ところで」
二人してすっかり空腹だったみたいで、お昼は無言で黙々と食べていた。テイオーちゃんの次の一言は、食べ終わるタイミングと同時に来た。
「なんでそのシャツ一枚なの?」
自分の体……を覆う服に目を落とす。力強い字で「ふとんがふっとんだ」と書かれたオーバーサイズ白Tシャツ。会長さんの気持ちを知ろうと、これまたテイオーちゃんと選んだ品。まあ、サイズを間違えてXLを買っちゃったんだけど。
「まず、シワになっても平気」
「うん」
「コーデとか考えたくなかったし」
「髪はいつも通りセットしたのに?」
「これは最低限のコダワリ。いくらダラダラするにしたって、譲っちゃダメなエリアもあるのっ」
自慢のツーサイドアップをぱさぱさ触ってアピール。マヤのトレードマークだからね。
「ユーコピー?」
「うん、アイコピー」
わかったならよろしい。
「あとはね、体を締め付けるカンジがなくて楽だし」
「ふむふむ……」
よく見ると、相槌を打つテイオーちゃんの目線が下がっていた。座ったマヤの、脚のあたりまで。
「あ、ちゃんと履いてるよ〜?」
わざと足を組み直しながらそう言うと、そそくさとそっぽを向いちゃった。
「……それは、心配してない」
今更恥ずかしがるような仲じゃない。マヤはべつに気にしないのにね?
それはそうと、お腹がジャンクで満ちると、やっぱり眠気が戻ってくる。
「「ふぁ〜ぁ」」
丁度あくびも二つ上がる。
「じゃ、ボクもマヤノを見習おうかな」
テイオーちゃんは立ち上がると、引き出しからマヤのとおんなじようなシャツを取り出して、着替え始めた。こっちには「ストーブがすっ飛ぶ」って書いてある。
マヤはどうしよっかな。もちろん休むんだけど……そうだ、ダメソファをベッドに置いて、そこに寝転がったら鬼に金棒、空母に艦載機……つまり、最強なんじゃないかな?
ならば、とマヤはベッドをアップグレードして、テイオーちゃんは外行きの服を脱いでダラダラモードに。また仰向けになっても、天井はもう飽きた。テイオーちゃんを見ると、着替え終わって髪を解く所だった。結んでるとわかりにくいけど、じつはテイオーちゃんの方が髪長いんだよね。ふぁさ、と広がるサラサラな髪、相変わらずおしゃれな流星。そして、目が合った。
「おいで〜」
考えるよりも前に口から出たお誘いを、テイオーちゃんは受け取ってくれる。どうせ同じ休むなら、一緒がいい。
マヤが隣を開けようとすると、またテイオーちゃんのストップがかかった。
「場所ならここにあるじゃん」
覆いかぶさるようにテイオーちゃんは手をついて、マヤを見下す位置に。腕を髪がくすぐって、思わず身じろぎ。
顔が近づく。そのままやってくる、と思って目をつむったら、体にどっしりと重みがのしかかる。次にマヤが目にしたのは、マヤの胸で眠るテイオーちゃんだった。嫌な重みじゃないよ。ずっと感じていたいくらい。
きっとマヤが思ったよりだいぶ疲れていたんだ。買い物させちゃったな。頭を軽く抱いて、長い髪の感触を撫でて確かめる。お礼になるかはわからないけど、しばらく撫でてあげるね。
「ありがと」
聞こえたかはわからないけど、耳はぴくって動いた。とってもカワイイ眺めだけど、意識の世界に一人残されたマヤの心には、休まらない部分が目立ち始めた。
慣れない仕事で大変だった、と言っていたトークショー。動画でマヤもちょっと観た。その時、楽しそうにファンのみんなを前に、司会者とノリノリで話すテイオーちゃんを見たとき、マヤはもやっとしたものを感じた。
マヤもそんなに初心じゃないし、正体はだいたいわかる。妬いちゃってるんだ、アタシ。わからないのは、テイオーちゃんの無防備な姿を今こうやって独り占めしてるマヤが、どうしてこれくらいで妬いちゃうのか。あのトウカイテイオーがシャツ一枚で寝る姿なんて、恋人であるマヤくらいしか見られない! あ、でもご両親なら、見られるのか。それこそマヤの知らない姿まで。
結局、マヤの恋人のテイオーちゃんは、実のところテイオーちゃんの持つ一面でしかない。あぁ、こんな事考えても良い事ないのに。このまま寝ちゃいたかったけど、もう昨晩たっぷり寝たから難しそう。
目の前の人たらしの頭を撫でて待っていると、運良くテイオーちゃんはすぐ起きた。マヤの気持ちが地面まで落ちる前に。
「ふぁ」
気の抜けた声がして、抱いていた頭がもぞっと動く。少し顔を上げて、つぶれた流星がぴょこんと元の位置に跳ねると同時に、見知った青い瞳と再開した。
「もう起きる?」
お眠さんをもう一撫でして、聞いてみる。
「ん〜」
目を閉じたのは考えているからなのか。でも、すぐ顔をまたマヤにのっけた。
「まだ。これ気持ちいいから」
「んもう……」
テイオーちゃんのかわいい面に触れると、心の悪いものが溶かされていくみたい。何かが解決したわけじゃない。けど、今心配することじゃない。なんたって、せっかくの二人時間なんだから。
録画しておいた番組がある。いつもなんとなく観てた、動物のやつ。リモコンは手の届く距離に置いといたから、テイオーちゃんを退けずに済んだ。
『オオカミは高度に社会的で、表現力が豊かと言われています』
いつものナレーターさんの声がすると、テイオーちゃんの半分手放していた意識はまた浮上してきたように見えた。とくにやる事のない手は、自然と鹿毛の髪を触っていた。
『今回はカナダの森に暮らすシンリンオオカミの生態に迫ります』
さらさら、ふわふわ。髪ケアのアドバイスをした身としての誇らしさ半分、好きな人の無防備な姿でキュンキュンするのがもう半分。
『オオカミの群れには縄張りがあり、こちらの州立公園では……』
テレビに映るオオカミの耳を見ると、触りたくなった。テイオーちゃんの耳で代用したけど。えいえい。
「んん……」
くすぐったいのに観念したのか、マヤ布団に飽きたのか。テイオーちゃんはごろっと回転して、マヤと壁の間のスペースに入り込んだ。少しスペースを開けて、半々にダメソファに沈み込む。
ずっとは飽きちゃいそうだけど、たまに過ごす緩い時間って好き。明日から元の日々に戻る。その隙間で、何かに追われるわけでもなく、目的があるわけでもなく、ただ底のほうに寝っ転がってる。あったかな紅茶一杯に沈む、茶葉みたいに。
テレビ番組はそろそろ終盤。オオカミの赤ちゃんが写ってるし、音楽がそんな雰囲気だから。実のところ髪を触りっこして、指を絡ませてみたりしていたせいで、番組はあんまりちゃんと観ていない。
「ねえ」
そんな中テイオーちゃんはこんな事を聞いてきた。
「くっついてるのが心地よすぎて、離れられなくなっちゃったらさ。どうする?」
マヤのツーサイドアップの片方に触れながら、薄い笑みを浮かべながら。
「どうって……どうしたらいいんだろうね」
実際心地いいし、今だって離れたいとは思わないけど。でもずーっと、一生? 困ることが出てくるのは間違いない。
「クラスは別だし」
「先生に相談するよ、離れられないんだし」
「ご飯の時は?」
「食べさせ合えばなんとかなる」
マヤの投げかける疑問一つ一つに答えが出てくる。素直にすごい。
「まって、どれくらい体が離れるルール?」
「わかんない……体が50%くっついてればオッケーってことで」
「あは、すごい具体的」
くだらない想像なのは間違いなくても、そうやってちゃんと考えてくれるのって、幸せな事。
「走れなくなるのは嫌だよ。でも相手がマヤノなら『じゃあ仕方ないか〜』って、受け入れると思う」
しっかりマヤの目を見て。まっすぐにそう言う。ただの冗談でも、隙があればそうやってマヤの事をドキドキさせるんだ。ニヤニヤしちゃうのは、もう我慢しなかった。
「……でもトイレの時くらいは離れたいかも」
「あ、それはマヤも賛成……」
そう考えると、本当にくっついちゃいたいような気がしてきた。変かもだけど、それこそテイオーちゃんを独り占めできるんだもん。
「マヤノ?」
あぁ、そっか。
「どしたの?」
「ううん、大丈夫」
わかっちゃった。キミを繋ぎ止めて、離れられなくする方法。
「そうだ、マヤのライブ見てくれた?」
ちょっとズルいかもしれないけど。悪いのはテイオーちゃん……なんだから。
「レースは見たけど、そういえばライブはまだだったや」
謝ろうとするのを止めて、「映像あるよ」とテレビに映すためにスマホを手に取る。便利だよね。
映し出されるのはよく覚えている、昨日のライブ映像。マヤがセンターで、それをただ見てもらいたかった気持ちもあるけど。体を起こして、座る姿勢でテレビに向かう。
テイオーちゃんは「ここの動きがいい」とか「いっぱい練習してたもんね」と素直に感想を行ってくれるものだから、ちょっぴり気持ちがザワザワする。罪悪感……それとも背徳感、なのかな。行き場のない緊張感を逸らすために、キミの手を少し強めに握った。握り返してくれた。やっぱりテイオーちゃんが悪いよ。
最後の音符がマヤの口から離れて、お客さんの歓声。消えるライト。本来ならここで終わり。でも。
『はーい、みんなありがと〜!』
しばらく歓声と手拍子、マヤを呼ぶ声が続いた後。スポットライトが一筋、マヤをもう一回照らす。アンコール。テイオーちゃんも驚いたみたいだった。
「二曲やるの!? さすがっ」
マヤは何も言わない。『ときめきスクランブル』が始まると、テイオーちゃんも何も言わなくなった。
というのも、この日マヤが披露したアンコールは、とびきりあざといとネットでも評判になったステージ。
『走ってもっとキラめいて、あこがれにテイクオフ♪』
勝負服のジャケットを脱ぎ去って、お肌を見せつつ流し目でアピール。マヤなりに考えて編み出したダンスは、今やキミを狙う誘導弾。
「……」
わかるよ。見入っているだけじゃない。歓声が急に気になって、もやもやするんだよね。今テイオーちゃんが感じてる事、マヤとおんなじ気持ちだ。
独り占めしたいんだよね。
「あのさ、テイオーちゃん」
よく知る温もりを持つ腰に、手をすべらせる。寄りかかって、膝立ちになって。
「マヤが、ファンの誰かに盗られちゃったら……」
キミのお耳に吐息がかかるくらいの距離で、わる~い声で。
「どうする?」
キミを惑わせるための毒。胸の奥で暴れる心臓が、走ったレースを思い出させる。
眼の前でマヤたちの部屋がひっくり返る。そして、マヤを見下ろすキミとまた目が合った。
「そんな事言って」
きゅ、ってなる胸の奥。テイオーちゃんの、積極的な面に触れるとこうなっちゃう。
「……どうなっても、知らないから」
押さえつけたような声だった。押し倒したマヤのほっぺを、細い指が撫でる。
マヤ、悪い子だ。自分も休まなきゃいけないのに、テイオーちゃんも疲れてるのに。
『まだまだ盛り上がって行くよ〜っ!』
キスされる。マヤはそれを受け入れる。脳みそが沸騰しそう。何度経ても、慣れられる訳がない。
「マヤノ」
「テイオーちゃん……」
名前を呼ばれて、呼び返す。何度も、こだまみたいに。
月曜日の寮には誰もいない。テイオーちゃんもそれをわかっている。
テレビに映る「みんなのマヤ」と、今ここにいる「テイオーちゃんのマヤ」。二つが混ざってどうにかなりそうな意識も、すぐにキミが塗りつぶしてくれるに違いない。
ウマ娘同室合同『あすもあさっても』に寄稿した小説になります。メロンブックス通販で取り扱っています→ https://www.melonbooks.co.jp/detail/detail.php?product_id=2533665
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