「ねぇマヤノ。ボクにどうしてほしいか、言ってごらん?」
寮の部屋、ベッドの上。ボクはマヤノに天蓋みたいに覆いかぶさっている。
見下されているマヤノは顔を赤くして、ただ押し黙っていて。
ふわりと広がった、艶やかな栗毛の髪がきれいだな、と思った。
「......答えてくれないんだ」
揺れ動く瞳がかわいい。
得られなかった回答の代わりに、ボクは浅い呼吸で上下する胸に手を置いた。
マヤノが生きていることを示すリズムが伝わってくる。
そしてお互いの息がかかるほど近くまで顔を寄せて、なるべく柔らかい声で――
「こんなにドキドキしてちゃ隠せないよ......ねぇ?」
もうすっかり夕方だった。
電気の点いてない部屋には闇が満ちてきて、ボクたちの輪郭を曖昧にした。
マヤノは驚いているような、うっとりしているような、どっちともつかない表情をしている。
それでもまだ口を開く気はないらしい。
ボクは強情なルームメイトに笑いかけると、こんどは制服のリボンに手をやる。
スッとそれを外し襟を緩めて、細い首筋を露わにする。
「答えてくれないなら......」
マヤノが目を見開く。
「カラダに訊かなくちゃね」
やあ。ボクはトウカイテイオー改め、イーヴィル・テイオー。
ボクがこうしてマヤノに迫っているのは他でもない、昨晩の出来事から全ては始まった。
――なんでもない、金曜日の夜だった。
土日はお休みだったし、ボクとマヤノは映画を観ていた。
テレビで放送されてた、ア〇ンジャーズの映画。紫色の悪いおじさんが出てくるやつ。
すごく面白かったものだから見終わった後、寝る準備をしながら感想を語り合っていた時だった。
「ヴィランって、ちょっとカッコイイかも~」
マヤノがそんなことを言うので詳しく理由を聞いてみた。
曰く、目的の達成のために手段を選ばない姿勢とか、その目的と良心の間で揺れ動く姿が良いらしい。
「なんだかダークでアブナイ魅力があるよね♪」
「ふ、ふ~ん?ダークでアブナイ......ね。つまりテイオー様のような?」
「うーん、テイオーちゃんはその逆ってカンジじゃない?」
......ボクは焦った。
ヴィランはかっこいい。ボクはヴィランの逆。
――つまりボクより紫おじさんの方が魅力的!?
どうしよう、ボクってもしかしてマヤノの眼中にない?ぜんぜんダサい?
マヤノがワルと付き合うからって、ボクと別れるなんて言い出したらどうしよう......!
いや、別にボクらが今付き合ってるとかではないけど。
ボクの頭上をこんな心配事がぐるぐると付きまとって、それはベッドに入っても離れなかった。
その夜はなんだか嫌な夢を見た気がする。
翌朝、居心地が悪くなったボクはあてもなく学園内をうろついていた。
ひどく気を病んでいて、お昼前だというのに薄暗い曇り空を見上げては『まるでボクの心みたい......』と溜め息ばかり。
キミは笑うかもしれないけど、本気で破局は時間の問題だと思っていたんだよ。
さて、上ばかり見て歩いてるとどうなると思う?当然なにかにぶつかる。
その時ボクがぶつかったのは幸いにも壁とか電柱じゃなくて、もっと柔らかいものだった。
「あぁ?......なんだお前か」
「あ......」
なにかとカイチョーにつっかかる、あのシリウスシンボリだった。
いつもの取り巻きはなぜかいない。
「どうした?朝メシに嫌いなおかずでもあったか?」
あの目。そんなに話したことはないけど、人をからかう時の目だというのはすぐにわかった。
今日もボクをお子様扱いするんだろうから、さっさと立ち去ろうと思っていた。
「なんだよ!ボクは今悩むのに忙しいんだっ!」
「ほう?待て、聞かせろよ」
行く手に立ちふさがるシリウスの目がまた悪く光った。
――それを見て、電撃のような思考がボクの脳天から脊椎を駆け抜けた。
シリウスは本当にワルで......ワル......つまり、ヴィラン。
そうだ、正義のカイチョーと相対する、まさにヴィランなんだ!
気の迷いだったのか、それともチャンスだとボクの本能が確信したのか。
「......あのね」
普段なら絶対しないであろう相手にこの相談を持ち掛けたのだった。
この人のようなワルにしかできないような相談を。
「なるほど。気になる女の気を引きたいから、私のようになりたい、と」
「うん......」
思いの外話を聞いてくれたものだから驚いた。
今思えば、面白がられただけなのかもしれないけどね。
「そうだな。私もヒマだ、教えてやってもいい」
「ホントに!?」
「ただな......頼み方っていうのがあるんじゃないのか?え?」
まあそう簡単に行くとは思ってはいなかったけど。
「お、おねがいシリウス......」
「そうじゃない。『ボクをあなたのようにしてください、シリウス様』だろ?」
「うぐっ......ぼ、ボクを......」
こうしてボクはさんざんシリウスの言うとおりの言葉を復唱させられて、時には笑われて。
でもマヤノの気を引くためだと心を決めて、何度だって諦めずにお願いした。
......カイチョーに見られなくてよかったな。
「いいだろう、ついてきな」
「あ、ありがとうございますぅ......」
ようやくボクの要求が認められたところで、案内されるままに体育館裏へとボクは向かう。
そこで教わったのは心構え、姿勢、声の出し方、言葉遣い......鳥肌が立つようなワルの極意。
課される練習を終える度に、ボクの心は鋭利に鍛えられていった。
マヤノは当然ボクの物になるし、なんならカイチョーだってボクに惚れるんじゃない?って感じ。
練習を終える頃にはだいぶ時間が経っていたらしく、お昼も食べずに日が傾いていた。
最後にシリウスは手鏡を取り出してボクに渡した。
「見ろ。そこには誰が映っている?」
とても自分とは思えない程、鋭い目がそこにはあった。
「......最強無敵の、ワルのテイオー」
「お前の生きる目的は?」
「欲しい女をモノにしてやる事......」
「ククッ......その意気だ。さあ、行ってこい」
肩をポンと叩かれ、夕日を背にボクは目的を果たさんと歩き出す。
すっかり自分色に染めたボクを見送るシリウスの顔は、どこかニヤついて見えた。
できないと思ってるんでしょ?見てなって。
* * *
悪のテイオー、『イーヴィル・テイオー』になってからのボクは破竹の勢いで進軍した。
「な、なにやってるのテイオーちゃん!?」
「何って、自分の部屋に戻ってきただけだよ......?」
ベッドに寝転がって、スマホを触っていたマヤノは驚きで飛び起きた。
ドアからじゃなくて、ワルらしく窓から部屋に帰る事で最大限ターゲットの気を引く作戦は成功だった......!
「で、でもここ3階だよ......?」
「いーじゃんそんな事。ねぇ、ボクマヤノに会いたくて仕方なかったんだよ?」
窓際にあるテレビやらなんやらをどけて、部屋に転がり込んだボクはマヤノのいるベッドに上がり、落ち着く暇も与えず壁際に追い込む。
そして音を立て手を軽く壁に叩きつける。
距離を一気に縮め、腕で逃げ場をなくす。
「ふぇ......」
教わった通りの壁ドン。すっかり大人しくなってしまったルームメイトを見るに、効果は抜群だった。
「て、テイオーちゃん顔ちかい......」
「近いのはイヤ?」
「......っ」
......すごかった。こんなに上手くいくなんて。
「キミのかわいい顔をもっとよく見せてよ......?」
顔が反らせないように、顎を指でクイっとこっちに向ける。
前からかわいいとは思ってたけど、普段マヤノが見せない顔にボクは見惚れた。
「大好きなマヤノのためならなんでもするよ?どうしてほしい?言ってごらん」
「べ、べつになにも......」
「嘘。しっぽ、マヤノが嘘を言う時の動きだよ」
ぶんぶんと揺れ動くから本当にわかりやすい。
それにそんな震えた声で否定しても説得力ないよ。
もう一押し、とボクはマヤノの耳に口を近づけて――
「ハグでもキスでも......も~っとすごい事だってしてあげるよ?」
そう、ゆっくりと囁いた。
ほとんど密着するボクたちの体。
それを押しのけるようにマヤノの手が抵抗を示すけれど、力がまったく入っていない。
あまりにもそれが愛おしくて、ボクはもう限界だった。
頭がクラっとして、耳の先っぽまで血管が脈打つ感覚。
「きゃっ!?」
気づけば肩を掴んで、最愛の人を乱暴に押し倒していた。
......まあ、事のいきさつはこんな感じ。
「答えてくれないなら......」
ボクはマヤノの、白くて細い首筋に口をゆっくりと近づける。
「カラダに訊かなくちゃね」
かぷっと噛みついたらどんな反応をしてくれるのだろう。
どんな声で鳴いてくれるのだろう。
「まって、ていおーちゃ......」
呂律も回らないんだね、かわいいなぁ。
「こんなのだめ......」
もうちょっとで口が触れる、もう少し。
あとはこのテイオー様に全部委ねちゃいなよ......さあ......
「ダメ~~~ッ!!!!」
――感じたのは上方向への加速。
ぱっと目を開くと、見たことないような角度から部屋が見えて......そう、部屋全体を俯瞰しているような視点だった。
泥のようにスローになる視界、変に冷静なボクは『あの棚、上がホコリだらけじゃん』とか思ってた。
そのちょっと後、頭が何かに打ち付けられた。視界は真っ黒になる。
「こっ、こういうのは順番があって!いきなりは......って、テイオーちゃん!?」
......何が起きたのかって?
要するに、フルパワーでマヤノに押しのけられたわけ。
直上に吹っ飛ばされたボクはそのまま漫画みたいに天井に突き刺さってしまったのさ。
「うわ~~ん!!!!テイオーちゃんごめ~~ん!!!!」
泣きながら謝るマヤノに引っこ抜かれる。
しきりに大丈夫かと聞かれるけど、頭がクラクラして声が出ない。
「すぐ保健室に運ぶから!死なないでテイオーちゃん!!」
ボクをおぶるとマヤノはけっこうなスピードで走り出した。
ああ、マヤノの背中があったかいな。
* * *
草の匂いに目を開けると、ボクたちは外にいた。知らないうちに意識を手放していたらしい。
日はもうすっかり沈んで、たぶんもうすぐ夕飯の時間だと思う。
ボクを背負っているというのもあるだろうけど、マヤノの上がった息から察するに相当焦ってるみたいだ。
まだぼんやりする頭でボクは考える。
天井の大穴についてはあとでフジに問い詰められるだろう。
ボクが無事だとわかれば、マヤノに迫ったワケを説明しなくちゃならないだろう。
あと、シリウスにはめちゃめちゃ笑われるだろうな。
めんどくさいことが一杯待ってるけど......ごめんねマヤノ。今こうなってるのがボク嫌じゃないんだ。
好きな子に心配されて、こんなに密着して。思った通りにはいかなかったけど、こういうのも悪くないのかもって。
もうワルはやめるから......今は、この瞬間をただ味わうのを許してほしい。
マヤノの豊かな髪に顔をうずめて、ボクは一層強く抱き着いた。
もふりとした感触と、シャンプーの匂いに身を任せて。