寮長の仕事というのは大変だろうとアタシにもわかる。だから普段からなるべきフジさんの手伝いはやっていた。
『ネイチャ、今日もありがとう!そうだ、いい子のポニーちゃんにはご褒美をあげなくちゃね……』
この日キッチン用品の買い出しを手伝ったアタシに、フジさんはどこからともなく取り出したチケットを手渡してきた。五枚も。
『期限が近くってね、私はまだ忙しいし良ければ行って来なよ。友達を誘ってさ』
受け取ったそれに目を落とすと「ケーキバイキング」の文字が目に入る。ほほう、因果応報というやつですな?思わぬ見返りにすっかり気を良くしたアタシは使い忘れぬよう、今日空いている友人たちを誘ってさっそく街へと繰り出した。しかし……
「ねぇねぇ、マヤ、テイオーちゃんの抹茶ケーキ食べたいな~?」
「いいよ~。はいマヤノ、あ~ん♡」
「あ~~ん♡……ん~おいし~♡」
ボックス席の向かい側、日も暮れぬうちにケーキを食べさせるテイオーと、頬を押さえてあざといリアクションをするマヤノ。とんでもないバカップルを連れてきてしまった……!
油断した……アタシとしたことが、寮でも珍しくないこの光景を誘う段階で思い出せなかったとは……!
「じゃあテイオーちゃんも、あ~ん♡」
「え~なら貰っちゃおうかなぁ~」
こんどはチーズケーキがテイオーの口に運ばれる。すっかり二人の世界に浸っていて、アタシらなど眼中にないといったご様子。
『いやいやネイチャさんや、若い衆の色恋なんて見守ってりゃいいでしょうが』なんて思うかもしれないけど、アタシの言い分も聞いてほしい。まず第一に、公共の場でこうもイチャつかれると周りの人々の視線がキツイんですね……落ち着いて食事って雰囲気じゃなくなるし、なぜかアタシが申し訳ない気分になるんですよ。
そしてこの甘~いやりとりを見せつけられてると胸やけしそうになる!まだケーキ半分も食べてないのに胃が限界だって訴えてくる!こんなのあんまりですよ!
とにかくアタシは決意した、なんとかしてこの場での露骨な行為は控えてもらおうと。まずは協力してくれそうな人を探して……右に座ってるマーベラスに目をやる。
「ネイチャ食べないの~?」
こちらも向かいの事情など特に気にせずバクバク食べている。さては無敵か?左を向けば、目の前の睦み合いに口を押さえて言葉も出ないといった様子のタンホイザ。まだ常識ありそうで助かる!
「ひゃあ……わ、私たちもやる……?」
そうはならんでしょおマチ……ええい、この状況をなんとかできるのはアタシ一人だけだ!
「あまーい♡何味かわからないけどおいしいや!」
「でしょでしょ!食べさせ合った方がもっとおいしいね~」
余韻を楽しんでいるのか、互いに寄りかかって緩い表情のお二人。こっちはもうケーキどころじゃないんですけど!考えろネイチャ……このままじゃせっかくのバイキングで食べずに帰る事になるぞ……ん?そうだ!
「ねぇテイオーさ」
正直かわいそうだからこの手は使いたくなかったんだけどね。
「会長さんがね」
「えっ、カイチョーが?」
そう、いくら恋人ができたとはいえ、会長さんの話となると飛びつくのは今でも変わらないとアタシは知っている。幸い話題のストックならたんまりある、あとは商店街のおばちゃんたち相手に鍛えたトークテクで引き延ばせばこっちの物!
「むぅ……」
すっかり頭を会長さん一色にされた帝王様に、恨めしそうにこっちを見るお姫さま。許してねマヤノ、あたしゃ目立つことなくフツーにケーキを食したいのですよ。
そんなこんなで、アタシは場の空気を完全に掌握できた。というか完全なワンサイドゲームでちょっと申し訳なかったくらいで……テイオーもこういう所はお子様なんだな。ケーキは二個目を食べ始めることができたし、視線を投げかける人も今はいない。話が会長さんオンリーになるのは味気ないけど、平穏には代えられないというもの。
……ここでアタシは気がついた。元気よく話に乗るテイオーの頬にクリームが付着してる事に。その瞬間はまあ、何も思わなかったわけです。
「あ、テイオーちゃんほっぺにクリームついてるよ」
この瞬間ミスったと確信しました。思わず「まって」なんて言いそうになったけど、もう全部手遅れだって本能が告げるんですよ……。
「ちゅっ……」
そう来たかァ~~!拭くとかじゃなくてキスでクリーム食べちゃうとかっ!んなベタな事を……。
「わっ、急になにさ~!」
「ついてたのはホントだし」
「ふ~ん?じゃあ、マヤノもついてるよ?」
「なにそれ……んっ……」
もう建て前など放棄して勃発するキスの応報。え、ちょっ、本格的なヤツはダメだって!下手に手出ししたばかりに状況は一層ヒートアップしてしまった……。
一瞬だけ、マヤノの目がこっちを向いた。半開きの流し目から、アタシは「負けないから」という声を聞いたような気がした。……恋は人を変えると言いますけど、マヤノもすっかり変わったというか、もうアタシの知るチョロい子ではないらしい。
こうなったら打つ手無し、ですな。アタシは降参だと言うように両手を上げてみせて、背もたれに深く倒れ込む。あぁ、こうも甘い景色を見せられるとしょっぱい物が食べたくなりますな。
「……帰ったらナチョスでも作るかぁ」
なぜか食いつくマーベラスとタンホイザにせがまれ、この日は多めに作ることになったのでした。はいはい、ナチョスネイチャの完敗ですよ……