こちらはコミックマーケット100で頒布された『Run With YOU ~ウマ娘百合合同誌~』に寄稿したSSになります。メロンブックス様にて通販もしていますのでぜひ!→ https://www.melonbooks.co.jp/detail/detail.php?product_id=1557389
白い蛍光灯が照らすアパートの一室。温かくはなってきたけどまだ虫は鳴いてない、そんな夜だった。
「じゃあ改めて……」
正座で折れ脚テーブルの前、ボクの向かいに座る見知ったウマ娘が円錐状の物を取り出す。それを素早くこちらに向けると同時に、こう言い放った……。
「テイオーちゃんお誕生日おめでとーー!!」
パンっ!と手にしたクラッカーが鳴った。あまりに至近距離での破裂音に思わず耳を伏せてしまう。
「えへへ……ありがと!」
そう!今日四月二十日はボク、トウカイテイオー二十回目の誕生日!大学生になってから季節が一巡してやってきた春。桜並木に葉っぱが目立ってくるこの時期は昔ほどではないにしろ、いつだって楽しみだった。
「オトナになった気分はどお!?」
久しぶりの再会ではあった。かつてのルームメイト、マヤノトップガンの変わらない天真爛漫な姿に安心を覚えずにはいられない。
「うーん、実感なくてわかんないや……」
祝ってくれるということでマヤノが一人暮らしをするアパートに招かれ、なんと手料理を振舞ってもらった後。
ここからがメインイベントであるといわんばかりに、テーブルに置かれる二つの缶。それは今日までは禁じられていたお酒の缶。
「さぁテイオーちゃん、オトナになったんだから飲も飲も!」
「ははっ、なんでマヤノの方が待ちきれない感じなのさ?」
缶を受け取りながらふと浮かんだ疑問をぶつけてみる。
「え~、だってマヤもまだ飲んだことないから……」
「なんでさ!?マヤノは先月ハタチになったじゃん、『テイオーちゃんより一足先にオトナだね!』って言ってたよね!?」
あの頃よりだいぶ成長した姿でも、悪戯がバレた子供のようにもじもじするマヤノ。
「お酒デビューはテイオーちゃんと一緒が良かったの!ほら、これ以上マヤを待たせちゃダメ!」
なぜか急かされながら、ボクらの初めての飲酒がスタートした。
*一杯目【ほ〇よい はちみー味】
「よぉし!それじゃあカンパイだね!」
「うん!乾杯っ♪」
プルタブを引いて、プシュッという小気味いい音が部屋に響いた。そしてぐいっと……は危ないから、ちょびっとだけ中身を口に含んだ。
「ん〜、アルコール三%だとこんな感じなんだ」
「甘いけど、なんだかピリっとくるものがあるよね……」
ちょっとだけ舌に刺激が来る感じ……これがアルコールの味なのかな?
ソフトドリンクの何が「ソフト」なのか、この時わかった気がした。
「そういえばマーベラスとはまだ連絡取ってるの?」
お酒を飲みながらマヤノと話しているといつもより少し、口数が多くなっているような気がした。会話のテンポが速まるような感覚はちょっと楽しいかも。
「取ってるよ〜、たしか……今南米のどこかに居るって聞いたっけ」
「南米!?」
「『まだ見ぬ遺跡を探してくる★』だって!スゴイよね!」
「ひゃ〜……」
予想通りに予想外なマーベラスの近況を聞いて、もう一口。飲み下すごとにただのはちみーでは得られない、不思議な充足感がやってくる。
「会ちょ……ルドルフさんは今なにやってるの?」
「えーっと、カイチョーは政治家の秘書だってさ。議員になるための下積みかな」
「わ~!それってカッコイイ……! 」
「だよね!いつかカイチョーじゃなくて『総理』って呼ぶ時が来るかもね!」
そうだ、今度カイチョーとも一緒に飲みたいな!でも忙しいかな……。
「テイオーちゃんはどうなの~?大学を出た後の事とか」
「あんまり考えてないんだよね、あはは……大学は楽しいけど、正直レースを引退した後の事なんてなんにも考えてなかったしさ……」
毎日顔を合わせていたのが離れ離れになった、その会えなかった分を取り返すかのようにボクたちは語り合う。
気づけば、手元の缶はすっかり軽くなっていた。
*二杯目【定番缶チューハイ】
「ねえ、次はこれ飲も!」
ガサゴソとコンビニ袋から取り出した缶はテーブルを勢いよく滑り、落ちる前になんとかキャッチできた。見かけることの多い、さっきよりは度数の高い缶チューハイだった。アルコール度数七%で、レモン味らしい。
「じゃあ乾杯ぃ〜」
例によってプルタブを引き、さっきよりは積極的に中身を喉に流し込んだ。味は甘味より酸味が強調されてるといった印象で、舌で味わうよりもゴクゴク飲むと喉を通る炭酸と後味が心地いい。
「ん~、さっきのやつの方が良かったかも」
「じゃあボクが飲んだげよっか?」
「ダメ!飲まないとは言ってませーん」
もう何度かチューハイを口にして、うんうん唸りながら美味しさを見出そうとしてるようだった。
しばらくやれ甘味が足りないとか、いやこれこそがオトナの味だと言い合った後、マヤノが懐かしい話題を口にした。
「結局オトナってさ、なんだったんだろうね」
大人。あの頃のボクたちがなりたくて仕方がなかったもの。どんなに背伸びをしたってなれなかったそれは、時間が経てば勝手になってしまうもので。
「昔は、オトナってもっと絶対的なものだと思ってた。マヤたち子供には見えない何かが見えてて、間違いなんてぜったい犯さないって」
哀愁を帯びた表情をして、マヤノはお酒を一口飲み下す。
「でも……」
両手で缶を持って俯くその姿からは生々しい切なさが感じ取れるように思えた。ぽやりとし始めた頭でも、そのくらい察することができるという自信はある。
「今周りを見るとぜんぜん違う。みんな何が何だかわからないまま毎日をやりくりして、物事はなんとなく決定されて。なんていうか……」
「期待と違った……?」
「そうかも……」
両肘をついて顔を下げるマヤノがどこか痛ましくて、その頭にそっと、撫でるように手を添えた。
「……こっち来る?」
「うん……」
立ち上がったマヤノがボクの隣に座って肩に頭を預けてくる。
密着した体が仄かに熱く感じるのも、アルコールのせいなのだろうか。
*三杯目【ウイスキー】
「あ〜〜っ!!もう!!」
しばらく黙りこくっていたのに突然そう言って立ち上がるものだからさすがにボクも驚いた。
「せっかくテイオーちゃんの誕生日なのになんか暗くなっちゃた!!」
「ま、まあ落ち着いて、気にしてないよボク……」
「ね、パパにもらったウイスキーがあるの!試してみる?」
ボクの返事を待たずに「ふんす!」と気合を入れた様子で押し入れへと向け闊歩するマヤノ。さっきとは打って変わってハイにでもなっているかのようだった。
「えーと、あった!これ!」
目当ての品は思いの外すぐ見つかり、ドンっとテーブルに角ばった瓶が置かれた。いかにもという見た目のそれに威圧されるボクを他所に、マヤノは容赦なく琥珀色の液体をコップに注いでゆく……!
「え、待って待って、これ飲めるのボクら!?」
「だいじょーぶだいじょーぶ!ちょっとだけなら問題ないって!」
ちょっと!?コップの水深もう二センチくらいあるけど!?
「じゃあ行くよ……」
「う、うん……」
なんだかんだでグラスをもつボクら。その中でゆらめくウイスキー。一抹の不安とともに手に持ったそれを掲げる。
「え~っと、チアーズ!」
どっかの映画で見たであろう英語での乾杯、そして直後、グラスに同時に口をつける。
「んっ」
「むっ」
見た目だけなら麦茶とそう変わらない。それでもコップを傾けると目を、鼻をふわりと刺すアルコール。危機感を抱いたってもう遅い。劇物と言ってもいいそれは唇の間をすり抜け口内に到達する。
マヤノの顔を見るに、ボクと同じ感想を抱いたようだった。
「「うぇ〜〜!!」」
鼻を抜ける消毒液っぽい匂いに思わず顔をしかめる。味はホコリっぽいというか、燃えカスっぽいといか……「これを美味しいと思って飲む人が信じられない」というのが正直な所。
「なにこれっ!キャンプファイヤーの消化に使ったみたいな味がする〜!」
「わかる、消し炭になったキャンプファイヤーのジュースみたいな味!」
視線が交差し、同時にニヤリと笑うボクら。ここでもお互いおんなじ事を思ったみたいだ。
「あ、あとちょっとバナナ風味かも!」
「あははっ!バナナを放り込んだキャンプファイヤー水!」
とても飲み物の評価とは思えない、それでいてやたら的確な表現が飛び出し笑いが込み上げてくる。ちょっとしたトラブルもこうやってマヤノと一緒に笑い飛ばせるのが本当に楽しかった。
*四杯目【コークハイ】
こりゃ全部飲めない、ということでウイスキーにはコーラを混ぜてコークハイにした。ただのコーラにもう一層味が加わり飲みやすさもあって嫌いじゃない。
でも、それはつまりたくさん飲めてしまうという事で……
「ね~テイオーちゃんはさぁ、観たことある?『サムライ・コップ』って映画ぁ~」
もうマヤノは座ているだけでも精一杯といった感じでゆらゆら揺れていて、いよいよ「酔っ払い」のステレオタイプに近づいて来たようだった。すっかり「出来上がった」マヤノは一方的に映画の話をしたがるタイプらしい。
「なにそれ~ロボコップのサムライ版~?」
まあ、テーブルに突っ伏して話を聞くボクも同じくらいアルコールが回っているんだろうけど。
「そうじゃなくてね、警察官の二人組なんだけど……んふふ、ははっ」
肩を揺らして笑うマヤノ。
笑いのツボが水たまり程に浅くなったのか、笑いが伝染しボクも噴き出してしまう。
「もうほんっとにヒドイ出来で、あのシーンなんか……あっはっはっ!!」
「わははっ!説明になってないよぉ~!」
「ごめんごめん!でもホントに笑えて……ぷふぅ!」
結局笑いに阻まれ、解説がそこから先に進むことはなかった。ちょっと気になるので後で聞こう……そう割り切り、いつしか話題は思い出話へとズレていった。
「覚えてるぅ?一緒に幽霊探しに行った時の事……ふふ、すごく怖がっちゃってさぁ」
「もう恥ずかしいからやめてよぉ~」
「えぇ〜、でもあの時のテイオーちゃん可愛かったよ?」
あの頃の記憶が頭上に浮かんでは消えてゆく。すっかりぼやけた頭でも、いやむしろ普段よりも昔の事を思い出せるような気がする。
「なんだよぉ、マヤノだってボクがレースでしばらく居なかったからって、帰ってきた時真っ先に『寂しかったぁ〜』って飛びついてきたじゃんか!」
顔が熱くなるのを感じながら、負けじとマヤノに言い返す。
「マヤを放っておくのが悪いんですぅ〜」
「レースなんだからしょうがないじゃんっ!」
ちょっとした失敗の話や他の生徒のエピソード。些細なはずのお話が世界一の喜劇になったみたいで、息ができなくなるほど笑い合った。
みるみるうちに減ってゆくウイスキー。やたら多いコーラのストックでそれを薄めてはゴクゴク飲んでしまって、正直止め時が見つからない。でもこの楽しさが続くならいいじゃん。頭のどこかではいつか習ったアルコール依存症の危険がチラつきながらも、欲するままに次の一杯を注いだ。
*?杯目【???】
……一体何杯飲んだんだっけ。目の前の瓶はほとんど空になっている。じっと座っているのにジェットコースターにでも乗っているかのような、妙な疾走感を平衡感覚が訴えてくる。
たぶん、飲みすぎだ。
「んふふっ……えへ……」
姿勢を維持できないのか、ボクに完全に寄りかかっているマヤノ。流石に少し落ち着いたようではあるけど、時折変な笑いが口端から漏れてくる。
「んもぅ、マヤをこんなに酔わせてどうする気~ぃ?」
「どうって、どうもしないよぉ……」
「酔わせて」と言う割にもっと飲もうと自分からグラスを掴もうとするので、それを遠ざけようとボクも手を伸ばす。
……結局どちらもいまいち届かず、乗り出した身を引くと。
「わ……」
うまく力が入らず二人して後ろに倒れこんでしまった。起き上がれない。いや、その気にならないだけなのか。そのまま脱力して、なにをするでもなくぼーっと白い蛍光灯を見つめる。硬い床に頭を預けても疾走感は止まらない。
するともぞもぞとマヤノが寄ってきて、頭を胸にのっけてきた。
「テイオーちゃん息してるぅ……ふひっ……」
耳をピタリとくっつけてそう言うマヤノ。ボクの呼吸がそんなに面白いのかな?くつくつと笑う頭に手をのっけて、ボクはしばらく天井をただ眺めていた。
「ね……テイオーちゃん」
しばらく沈黙が続いたのち、不意にマヤノが口を開いた。
「なあに?」
聞き返すとマヤノは少し起き上がって、蛍光灯の光を遮りながらこっちを見る。
「マヤたち、これから別々の道を行くかもだけど……」
お酒で緩んだ、けれども真面目な顔をしていた。
「テイオーちゃんが良ければ……この先も……ずっと……ずうっと……!」
言葉を絞り出す顔の目尻には少しだけ涙が滲んでいて。
何を思ったのかは、ボクにはわからない。でも辛そうなマヤノにそれ以上は言わせたくなかった。
「大丈夫、大丈夫だよ」
ほら、そんな顔しないで。口には出さず、ただ頬を撫でる。
「ボクもマヤノとずっと一緒がいい」
変な事言っちゃったかなという心配はすぐに杞憂だと気づかされた。一瞬の驚きを経て、ぱっと花開く笑顔。ボクが好きな顔だ。
「……うん!ずーっと一緒!」
ボクはマヤノに笑いかけ、頭を軽く抱き寄せた。額同士をくっつけると、少しの重みと体温が伝わってくる。
「えへ……大好き」
返事の代わりにボクは背中に手を回す。
相変わらず疾走感は消えないけど、マヤノの確かな温もりはボクたちがこの瞬間、たしかに此処にいるということを教えてくれる。大人になるのはあっという間で、これから先もきっとあっという間。こんな振り落とされそうなほど速い時間の中にも、一緒の時間を過ごせる相手がいて本当によかった。
「「ふわぁ……」」
ほぼ同時にあくびが二つ上がる。
抵抗する理由も無いや。
大好きなマヤノをきゅっと抱き寄せる。身も心も温まってゆく中でボクは酔いを忘れ、自然と睡魔の虜となっていた。