燃え尽きるまで、君の隣で   作:ペンギン13

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パンクロッカー。God Save the Queen。

 中川さんから着信があったのは、トラブルだらけのライブの日から数日が経った週の真ん中あたりのこと。

 

『大変ご迷惑をおかけしました』

 

 まだ風邪を引きずっているのだろうか、中川さんの声は心なしか声が普段よりも低く感じる。

 

「体調はもう大丈夫なの?」

 

『はい、お陰様で。熱が下がったので明日から学校に通うつもりです』

 

「そっか、無理しないでね」そう言って、はたと思い出すのは自室の片隅に置かれた中川さんの、衣装もろもろが入ったスクールバッグの存在。

 

「……ごめん。中川さんのカバン、不注意で持って帰ってきちゃったんだけど、無いと不便だよね?」

 

『いえいえ母から聞いてましたから。そのことでもご迷惑をおかけしてしまったようで……』

 

「迷惑なんて。それよりお母さん、僕のこと何か言ってなかった? 気が抜けてて思い切り会話しちゃったんだけど」

 

『特に不振がっている様子はありませんでしたよ? 親切な友達だねって。出来れば直接お礼を言いたいと言ってましたが』

 

「それは丁重にお断りしたいです」

 

「ですよね」と、くすくす笑う声が耳にくすぐったい。でも良かった、思っていたよりも元気そう。

 

「カバンだけど、よかったら明日の放課後にでも持って行こうか?」

 

『……お願いしても良いでしょうか? すみません、本当なら自分から取りに行かなければならないのに』

 

「気にしないで。勝手に持って帰ったのは僕なんだから。放課後、到着したら連絡するよ」

 

『はい、ありがとうございます』

 

 また明日、と言い合って通話は終わった。なんだか友達同士みたいだ、また明日なんて。ライブ以前に比べて随分と柔らかくなった関係性は不思議と心地良いものだった。

 

 

*****

 

 

 翌日の放課後。一度下校してから、虹ヶ咲学園の制服に着替え、化粧など身なりを整えてお台場へ向かうと、到着する頃には冬の短い陽は随分と傾いてしまっていた。

 東京湾から吹きつける風がしんと冷たい。最初の頃こそスカートの中に冷風が入り込む男子には未知の感覚に辟易したものだけど、今ではすっかり慣れてしまってそれが良いことなのか悪いことなのか。

 学園前駅の改札を出て少し歩くとすぐに、未だに校舎とはとても思えない建物の威容が見えてくる。校門を潜って中川さんに到着したことを伝えようとスマートフォンを取り出そうとすると「御崎さん」と、声が聞こえて中川さんがこちらに小走りにやってきた。

 頬と鼻の頭がほんのり赤く色付いていて『外で待ってたの?』下校途中の生徒が多く見えるから、スマートフォンに入力して画面を見せると中川さんは「そろそろ来られる頃かと思いましたので」

 

『病み上がりなんだから、無理はしないでよ』

 

「大丈夫ですよ。もうすっかり元気ですからご心配なく」

 

 改めて先日は本当にありがとうございました。そう小さく笑って言う中川さんは、先日の電話でも感じた通りまだ声が幾分低く感じられるけれど、確かに元気そうで安心する。

 ……だけども安心するのも束の間。中川さんのスクールバッグ。その中身についてどう説明をしたものか。

 しかし、うじうじ考えていても仕方ないので『中川さんのカバンのことなんだけど』と切り出す。

 

「はい、わざわざ持ってきてくださってありがとうございます」

 

 差し出された手にスクールバックと、それとは別にブーツが入った紙袋を手渡した。

 

『一応クリーニングに出したから汚れとかは大丈夫だと思うけど、後で確認しておいてね』

 

「……お心遣いありがとうございます。かかった代金は必ずお返ししますから」

 

 大切な物なんですと、衣装が入ったスクールバッグを愛おしそうに胸に抱く中川さんの姿に良心がしくしく痛む。

 

『それで、衣装以外のやつなんだけどさ……』

 

「衣装以外?」

 

『うん。……えっと、洗濯とかカバンに詰めるのとかは全部ケイコさんにやってもらったから、僕はほとんど触っても見てもいなくて、だからもうほとんど記憶にないから』

 

 ……本当はばっちり覚えている。普段洗濯してるケイコさんのものに比べてやたらと立体的な形状の赤い布切れ。そう簡単に忘れられるわけがない。こんなふざけた格好をしていても一応は年頃の男子なわけなんだし。内心で醜い言い訳を重ねる。

 画面を見た中川さんは、なんのことか合点がいってないらしい。首を傾げて思案気な表情を浮かべていたのだけど、ハッと何かを思い出した様子で慌ててその場にしゃがみ込み、スクールバックを開き中身を改めて、そして硬直した。

 もともと寒さで赤くなっていた頬がさらに濃く色づいて、黒髪に覗く形の良い耳までが朱に染まる。それは寒さのせいではないだろう。

 

「ち、違うんです!」中川さんはカバンを閉じると、隠すようにそれを胸に抱いて「これはライブのときだけで、気合いを入れるためで!」

 

『大丈夫なにも覚えてない! だから落ち着こう?』

 

「本当に普段はもっと地味なのを着けてますから! せつ菜のときだけですから!」

 

『わかったから声、声抑えてっ』

 

 騒いでいると優木せつ菜だってバレちゃうよ。耳打ちすると中川さんはハッとして辺りを見回して口を噤んだ。

 冷静沈着な生徒会長で通っているであろう中川さんが慌てふためく姿というのはきっと珍しいもので、下校途中の生徒の注目を集めてしまっていた。

 

「……ともかく、届けてくださってありがとうございました」

 

 中川さんは深呼吸をひとつして普段の落ち着いた低い声音で言う。

 だけれど、頬に差した朱色は未だそのままで「……できれば、このことは忘れてもらえると」例のブツが入ったスクールバッグを抱いて伏し目がちに言う様子は、見ていてなんだか心臓によろしくない。

 あまりにも居た堪れない。さっさと退散しよう。そう思って『本当に何も覚えてないから心配しないで、それじゃまたライブの時に』と立ち去ろうとすると「あ、待ってください!」制服の裾を掴まれてしまう。

 裾を掴んだままで何事か言い淀む中川さん。

 傍から見たらどんな光景なんだろうこれ、すれ違う下校途中の生徒たちがこちらを横目に何かコソコソ言い合いながら通り過ぎて行く。

 中川さんもそれに気が付いたらしく慌てて袖から手を離して、酷く申し訳なさそうに言う。

 

「この後、お時間よろしいでしょうか? 岡峰さんが私たちに話があるそうなんです」

 

 

*****

 

 

 中川さんに着いて通されたのは生徒会室だった。

 閑散とした室内。誰もいないのかと思ったのだけどドアに鍵をかけた中川さんが「岡峰さん、お待たせしました」と言うと「やー待ったよ。ロックンローラーたち」聞きなれた声が返ってきた。

 以前に来た時に中川さんが腰掛けていた革張りのチェアがくるりと回って、現れたのはリカさんの姿。

 彼女は悠然と脚を組みなおして「いやーどちらかというと、パンクロッカーだね」普段の柔和な表情で言う。

 

「僕らが楽器で人を殴りつけそうに見えますか?」

 

「テムズ川に船浮かべて、その上で勝手にライブでも始めそうには見えるかな」

 

 リカさんは椅子をくるりくるりと回転させて、Sex PistolsのGod Save the Queenの歌詞を鼻歌交じりに諳んじる。先日のライブの件を揶揄しているのだとすぐにわかった。

 

「ライブのことなら、ちゃんと電話で謝ったじゃないですか」

 

「そうだねー。菜々ちゃんも朝一で音楽科まで来て謝ってくれたしねー。……だけどね、ごめんなさいしてお終いってわけにもいかないんだ今回のことはさ」

 

 突然の重苦しい口調に「それは、どういう……」中川さんが訊ねようとしたのだけど、それよりも先にキュッと音を立てて椅子の回転を止めたリカさんが、勢いよく立ち上がって伸びをする「バンドの娘達と話し合ったんだけどさー」背中の骨が鳴る小気味好い音。それから溜息をひとつ。

 

「悪いけどわたしたちはもう、せつ菜ちゃんのライブには出ない」

 

 えっ、と僕と中川さんはほとんど同時に声を上げる。

 

「当日までには作曲クラスの娘に音源を用意させるから、残りのライブはカラオケで頑張って」

 

「待って! ちょっと待ってくださいって」どんどん話を進めていくリカさんを僕は慌てて制して「そんなの聞いてないんですけどっ?」

 

「そりゃー言ってないし?」

 

「どうして」

 

「だって岬ちゃん、厳密には音楽科じゃないでしょ?」

 

 そう言われてしまうとぐうの音も出ない。音楽科どころか虹ヶ咲の生徒ですらないんだ。だけど、どうしたってそんな急に。

 

「皆さん、朝は謝罪を受け入れてくださったのに……」と中川さんも困惑。

 

「菜々ちゃんだけが謝ってもねー。肝心のせつ菜ちゃんはだんまりだしー?」

 

「そ、それは、せつ菜の姿で校内を歩き回ることが出来ないから……。次のライブのときに直接謝罪するつもりだったんです。もしお時間を頂けるならいまからでも……」

 

 食い下がる中川さんだけど「あー、いーからそういうの」とリカさんは、面倒臭そうに手を振る。

 

「だいたいさー、ライブやりたくても出来ないんだよ」

 

「出来ないって、どういうことです?」ほとんど涙目になりつつある中川さんに代わって訊ねると「楽器なしでどーやってライブやるの?」リカさんは肩をすくめて言った。

 

「わたしとギターの娘の楽器修理中なんだよ。誰かさんが雨の中で無茶してライブなんてやるからー」

 

 それを聞いた中川さんは「申し訳ありませんっ」眼鏡が飛んで行ってしまいそうな勢いで頭を下げる。

 

「修理にかかった費用は全額必ずお支払いします。……ですが楽器でしたら音楽科の備品を使えばいいのではないでしょうか?」

 

「いやー、やっぱり手に馴染んだ楽器じゃないとさ。ていうか、菜々ちゃん。修理代金を全額持つって軽々しく言っちゃっていいのー?」

 

「それは、もちろんです」

 

「あー生徒会の予算使うんだ? ずっこいなー」

 

「まさか。私の責任ですから必ず自費で支払います」

 

「へーそうかそうか」リカさんは腕組みをして頷くと、小悪魔というよりは悪魔そのものみたいな笑みを浮かべて「よかったねー岬ちゃん」楽し気に言った。

 中川さんがこちらを振り向くのを見ないふりして僕は「なんのことですか?」しらばくれる。

 

「とぼけなくてもいいのにー。ケイコちゃんから聞いたよ? ギターもエフェクターも全滅だったんだってね」

 

 あーもう……どうして余計なことを言うのさ。

 本当なんですか、恐る恐る聞いてくる中川さんに、まぁうん、言葉を濁す。

 楽器が壊れたのは本当のことだ。

 雨天のライブの後、中川さんを探し回ったり、見つけた後は駅まで送ったりで濡れた楽器の手入れをする時間はなかった。

 そして家に帰ってからは例の衣装騒動。

 状態を確かめられたのは翌日になってからで、雨水が内部にまで浸透したのだろう。ギターもエフェクターも、アンプに繋いでもノイズを吐き出すだけの木屑鉄屑に成り果てていた。

 

「だけど大丈夫だから。ギターは父さんのおさがりで元からボロボロだったし、エフェクターも骨董品みたいなものでいつ壊れてもおかしくなかったっていうか」

 

 何故か必死に言い訳をする僕だけど「いやいやいや」リカさんが遮る。「スラブボードのミュージックマスターなんて4・5年くらいしか生産してない希少品でしょー。ファズフェイスは60年代のゲルマニウムだっけ?」

 

「なんでそんな詳しいんですか……」

 

 よほどの機材オタクでもなければついてこれないような専門用語だらけの会話。目を白黒させる中川さんに、リカさんは近づいてするりと肩を組んで、この日一番の笑顔。

 

「二つ合わせて100万ちょっとかー。あーあ、とんでもないことしちゃったねー菜々ちゃん」

 

「ひゃっ、100万円!?」

 

「全額自費で支払うんだっけ? ちゃんと払えるのかなー」

 

 そうだこんな立派なのがついてるんだからお金が無理ならこっちで払えばいいんだ。リカさんは肩に回した手でいつかのように胸を鷲掴みにしたのだけど中川さんは呆然自失、全くの無反応。

 すると何を考えているのか、リカさんはジャケットのボタンの隙間に手を突っ込んで、形容するのが憚られるような手つきで中川さんの胸を揉みしだく。

 その光景に先日の赤いぶらじゃあのことを思い出しかけてしまって僕は「いい加減にしてくだい」リカさんを中川さんから引き剥がした。

 

「岬ちゃんも揉んで見なって、凄いから」

 

「誰が揉むか」確かに凄いんだろうけど。

 

「お小遣いを……貯金を崩して……あぁ」と虚空を見ながら呟く中川さんの肩を揺さぶって「大丈夫。大丈夫だから戻ってきて」と正気に戻るよう促す。

 それからリカさんに向き直って「あんまり意地悪するのやめてあげてくださいよ。だいたいリカさんの使ってたベースって音楽科の備品ですよね?」

 

「あーバレてた?」

 

「ヘッドの裏に備品のシールが貼ってあるのが見えました」

 

「よく見てるねー」悪びれずに笑うリカさんに僕は深く嘆息した。 

 

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