燃え尽きるまで、君の隣で   作:ペンギン13

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パンクロッカー。God Save the Queen。②

「……どうしてウソを吐くんですか」

 

 正体を取り戻した中川さんが恨めしそうに言った。

 散々なセクハラを受けたためか、対面に座るリカさんから一番遠いソファの隅で自身の身体を抱く様子がなんとも痛々しい。

 そんな姿を見てもリカさんは「菜々ちゃんって弄りがいがあるよねー」あっけらかんしていて「もちろん二重の意味で」と手をワキワキさせるのだから、中川さんはますますソファの隅で小さくなる。おっさんか。

 

「だけど真剣な話、大事にならなかったのは運が良かっただけだよ。向こうの先生方が良い人じゃなかったら学校同士の問題に発展していたかもしれない。だいたいあんな間に合わせのステージで対策もしないで雨の中ライブなんて、感電でもして当たりどころが悪かったら即死だよ即死」

 

 即死だなんてそんな大げさな、などと楽観することは出来ない。

 機材トラブルによる事故死は、技術が進歩した昨今ではほとんど聞かなくなったものの、過去を振り返ると枚挙にいとまがない。

 有名どころだとヤードバーズのキース・レルフの感電死とか。

 先日のステージはボーカルのマイクを含めて全てが有線で繋がった環境で、多くが雨風に晒されて濡れていた。

 リカさんの言う通り、本当に万が一があったかもしれないのだ。

 

「すみません。軽率でした」

 

「そんな、御崎さんが謝ることじゃ……」中川さんが庇ってくれるけれど僕は首を振る。 

 確かにあのとき真っ先にライブを敢行しようとしたのは中川さんだった。でも機材をセッティングしたのは他でもない僕自身だ。

 中川さんやバンドメンバーを危険に晒していたことを今になってようやく思い知った。

 

「ふたりとも優等生然としてるくせに変なとこで羽目を外すんだから。折角ここまで頑張ってきたのに仕様もないことで同好会がポシャったらイヤでしょー?」

 

「はい」「……おっしゃる通りです」

 

「わかったら今後はもう少し考えて行動すること。それじゃーこの話はもうおしまいっ」

 

 リカさんはぱちんと手を叩くと、勢いよく立ち上がって「お疲れー」と有無を言わさずさっさとこの場を後にしようとするから僕は「いやいや、待ってくださいって」慌てて前に立ち塞がる。

 

「なにー? もっとお説教されたいの?」

 

「違います」

 

「でもほら、菜々ちゃんが見てるから……あっむしろその方がイイのかな」

 

「なんの話をしてるんですか」

 

「岬ちゃんの歪んだ性癖」

 

「そんな性癖持ち合わせてないです」

 

 このままリカさんのペースで話していると、煙に巻かれてしまいそうだから、僕はさっさと本題を切り出す。

 

「楽器は壊れたけど学校の備品。向こうの学校とのいざこざもなかった。それなら残りのライブもバンドで演れるんじゃないですか?」

 

「確かに、そうですよね」ぱっと中川さんの表情が明るくなる。対照的に気まずそうなリカさんは「いやー本当ならそうだったんだけどねー」頬を掻いて「えっとね、わたしとアキコに仕事が入っちゃってー」

 

「その仕事を、もともと決まっていた優木さんのライブよりも優先したと?」

 

「仕方ないんだってー。お世話になってる人からの依頼で断れなくて」

 

 先程までの余裕は何処へやら平身低頭で「ごめんねー」と、手を合わせるリカさん。

 よくもまぁそれでさっきは散々やってくれたものだなと、僕は内心に沸々としたものがあったのだけど、一番酷い目に遭った中川さんが「残念ですが、お仕事なら仕方がないですね」と頷くから何も言えない。

 

「でもそれなら代役を立ててればいいのでは? もちろん岡峰さんたちが音楽科でも特に優秀なのは聞き及んでいますが……」

 

「それは無理だと思う」「無理だねー」僕とリカさんの声が重なる。

 

 リカさんともう一人の、仕事が入ってしまったというアキコさんはドラムスを担当している生徒で、実はこのふたりが優木せつ菜バンドを支える要なのだ。

 バンドというとボーカルやギターといった花形に目が行くのは当然のことなのだけど、その実、最も重要な役割を担うのはフロントマンに比較するとやや地味な印象がある、リズムセクションのドラムスとベースで、それは歴史が証明している。

 

 ロバート・プラント、ジミー・ペイジというカリスマを擁したレッドツェッペリンには、ビートを自由自在に操るジョン・ボーナムとジョン・ポール・ジョーンズの二人がいた。

 ギターの神様と称されるエリック・クラプトンにも、クリーム時代にはジンジャー・ベイカー、ジャック・ブルースがいて、クラプトンのギターと真っ向からぶつかり合える彼らが存在がなければクリームは歴史的なバンドにはなり得なかった。

 ソロに移行してからもスティーヴ・ガッドやネイザンイーストを始めとした強力なリズムセクションを従えていることから重要さが見て取れる。

 ジャンルを超えてジャズでは、ビル・エヴァンストリオのポール・モチアンとスコットラファロ。マイルス・デイビスのポール・チェンバースとフィリー・ジョー・ジョーンズ。

 

 良いバンドには必ず良いリズムセクションが存在する。

 優木せつ菜バンドもその例に漏れず、優木さんの圧倒的な歌声とパフォーマンスが会場中を魅了、支配しているように見えて、鳴っている音楽そのものを掌握しているのはリカさんとアキコさんが生み出す高校生離れしたグルーヴなのだ。

 女性ミュージシャンのプレイには、男性にはない柔軟さがあると評されることがあるのだけれど、リカさんとアキコさんは柔軟さを通り越して最早、変幻自在といった様子だ。

 文化祭のライブでこそ、優木さんの意外にも強烈な歌声に引き摺られかけたアキコさんだったけれどあれ以降、彼女の刻むビートには一切の揺らぎが見られず、演奏に熱が入ると暴走しがちな優木さんと僕を、リードを着けた犬みたいに完全に飼いならし、それどころか気まぐれに尻を蹴っ飛ばすようにしてわざと暴走させたりして、バンドサウンドに完全に支配下に置いている。

 

「代役も考えたんだけどさー、君たちふたりが嚙み合ったときの爆発力は私達でもちょっとヒヤヒヤする時があるから。……それに菜々ちゃん、まだ喉の方はまだ本調子じゃないでしょ?」

 

「それは……はい」

 

「そんなんじゃー、生のバンドの音圧には負けちゃうって。残りのライブはカラオケで頑張ろう? カラオケって言っても打ち込みのショボいやつじゃない、ちゃんとした音源用意させるから」

 

 諭すように言うリカさんだけど、中川さんの反応は芳しくない。ぐっと押し黙る様子は玩具を買ってもらえない子供のようで。

 僕の方まで辛くなってくる。先日の電車の中での会話で、中川さんがバンドとステージに立つことを心から楽しんでいることを知っているから。

 しかし中川さんの希望をそのまま通すのは難しい。

 リカさんとアキコさんの不在はもちろんとして、中川さん自身の体調が万全ではないのが大きな問題だ。

 生のバンドで歌うことは、実は結構難しいことで相応の技術が必要とされる。

 しかもスクールアイドルのステージでは歌だけではなく、ダンスにも意識を向けなければならないのだ。

 ドラムスがクリックを聴いて演奏しているといっても、人間が生み出すリズムは生もの同然で、集中力を欠くと簡単に振り落とされてしまうし、枯れた喉の歌声ではバンドの音圧に耐えられない。

 恐ろしいまでの順応力でバンド演奏に対応してきた中川さんだけど、今回ばかりは流石に厳しい。

 現状ではリカさんの言う通り、カラオケ音源でのパフォーマンスが最もリスクが少ない選択肢なのだ。

 きっと中川さん自身も理解しているはずなのだけど「本番までに体調は戻します。パフォーマンスも独りよがりにならないようこれまで以上に気を配ります。ですから代役の方を紹介していただけませんか?」と頑なで。

 

「いやーそう言われてもねー。……あっほら、岬ちゃんからもなんか言ってあげてよ」

 

 珍しく押され気味のリカさんがこちらに助け舟を求める。

 

「まぁ、リカさんが言うことももっともだと思うけど」と言うと、中川さんが酷く哀しそうな表情をするものだから「思う、思うけど、やっぱり中川さんの気持ちも理解できるというか……」慌てて取り繕うとリカさんの視線がスッと鋭くなって、なんだこれ、どちらの側に立っても角が立つじゃん。

 最後通牒を突きつけろというリカさんからの無言の圧力をひしひしと感じる。けれど中川さんのあんな表情を見てそれは酷な話だ。

 なにか気の利いた折衷案がないものかと、ふたりの顔色を窺いながら必死に考えを巡らせてそうすると、ふと脳裏に浮かぶ光景があった。

 

 雨粒が地面を打つ音。ギターの鈴鳴り。優木さんの溜息のような歌声。小さな鳥の歌。音楽の魔法。……あぁそうか。

 

「優木さんと僕のふたりで演ればいいんだ」

 

「……ふたりで、ですか?」

 

 首を傾げる中川さんに僕はうなずいてみせる。

 

「このあいだのライブのときさ、リカさんたちが合流する前に少しだけふたりで演奏したでしょ? あれ思い返すと結構手応えがあったなって。それにほら僕のギター一本が相手ならバンドで歌うよりも中川さんの負担も少ないと思うし」

 

「ふたりでって、簡単に言うけどねー」と最初は渋面を浮かべたリカさんだけど「いやー、でも……もしかして、ふたりだけなら案外?」ぶつぶつ何事か呟きながらしばらく黙考して「菜々ちゃんはどう? 演れる?」

 

「は、はい!」

 

「音数が圧倒的に減るんだから菜々ちゃんの出来次第では、穴だらけのスカスカのステージになるけど、そのへん理解してる?」

 

「もちろんです。必ず最高のステージにしてみせます!」

 

「で、岬ちゃんは色々調子のいいこと言ってるけど、ギター一本用に編曲って自分でやれるの?」

 

「そ、それは……」やればできないことはないだろうけれど、次のライブっていつだったっけ? 慣れない作業だから間違いなく時間はかかると思う。

 返事に窮する僕に「まー、それくらいは音楽科で請け負ってあげるよ」リカさんは呆れたように言ってから「……それにしてもねー」

 

「なんですか?」

 

「ううん、べつにー。残りのライブも『ふたりで』仲良く頑張ってね」

 

 揶揄うみたいに笑って、楽譜はメールで送るから、と言い残してリカさんは生徒会室を出ていった。

 リカさんがいなくなった途端に室には静寂が訪れて、なんだか身体から力が抜けた僕はソファに身を沈める。

 とりあえずどうにかなった。

 編曲された曲を、次のライブまでに覚えなければならないという面倒ごとが眼前に控えているけれど、今は忘れよう。

 

 あれ……そういえばギターどうしよう。僕の手持ちのギターは、あの父のお下がりのボロボロのミュージックマスターだけだ。

 

 壊れたギターは、ライブハウスを経営する父の友人が、ヴィンテージ機材の愛好家で、楽器を粗末に扱ったことに対する罰の拳骨ひとつと引き換えに修理を引き受けてくれたのだけど、断線したピックアップは同じ年代のワイヤーをアメリカの知人に探させてリワインドするとか、入手困難なはずエフェクターの内部部品はなぜかロット単位で所有しているらしくその中から良いものを選定するとか 、フレットもこの際だから打ちなおすかとか、やたらと張り切っていたから、まず間違いなく年内には戻ってはこないと思う。 

 ていうか、ふたりで演るならアコギの方が見栄えするかな。

 そういう演出面も中川さんと相談して決めてしまわないと。

 

「あの……どうしてですか?」

 

 変わらず立ち尽くしたままの中川さんが言って、僕は慌てて漏らしかけた溜息を飲み込んだ。

 

「え?」

 

「どうして、ふたりで演ろうなんて……」

 

「あ、ごめん。……もしかして迷惑だった?」

 

「い、いえ! 迷惑だなんてそんな。とても嬉しいです!」

 

 でも……と中川さんは目を伏せる。

 

「ここでバンドが解散になれば御崎さんは女装をしてステージに立つことから解放されるわけじゃないですか。それなのに、どうして一緒にステージに立つことを提案してくださったのかと……」

 

 ほんとだ。

 中川さんの言葉に僕は唖然とする。その通りだ。あぁ、リカさんの去り際のニヤニヤ顔はこれを揶揄していたのか。言ってよ! ……いや言われたところで、嬉しそうにする中川さんを前に撤回なんて出来なかっただろうけれど。

 

 どうして僕はこのふざけた女装生活から解放される機会を自ら手放したのか。

 内心では女装がクセになり始めてるとか? 馬鹿を言え。誰が好き好んでこんな格好をするか。

 特に冷え込む最近の季節はズボンが酷く恋しいし、化粧をするのだって面倒だ。やむを得ず女性用トイレに入るのは未だに良心が痛む。ムダ毛の処理なんて毎日のルーチンになってしまった。

 出来ることなら一刻も早くこの状況から解放されたい。

 だというのに、どうして僕はあんな自身の首を締めるような提案をしたのか。

 

 どうして、と問われると答えることは何故だか難しかった。

 

 ほんの少しでも仲良くなれた中川さんの、悲しそうな顔を見るのが心苦しかったからというのは理由の一つなのだろうけれど、それは本質ではないように思えた。

 かと言って、他に女装を許容してステージに立つ理由があるかというと、これがさっぱり思い当たらなくて。

 何故だ、どうしてだと首を捻っていると「……もしかして、なのですが」と声が至近で聞こえて驚いて顔を上げると、いつの間にか傍らに中川さんの姿。

 

「な、なに?」

 

「前々から、そうなんじゃないかって思っていたんです」

 

 ずいと一歩こちらに寄る中川さんの表情はソファに埋まった僕からだと、ちょうど陰になって上手く窺うことが出来なくて、蛍光灯の灯が逆行する眼鏡には名状し難い迫力があって、僕は思わず後退りするのだけど、中川さんはどんどんにじり寄って来て、また後退りして、すると背中がソファのひじ掛けにぶつかって、あぁ、逃げ場がなくなった。

 

「御崎さん……実はお好きですよね?」

 

「なんのこと?」

 

 まさか女装のこと言ってる? いやいやいや、どうにも馴染んできてしまってきている実感はあるけれど、違う。断じて好きなんかじゃない。

 

「恥ずかしがらなくても大丈夫ですよ」優しい声音で中川さんは言って、伸びてきた小さな両の手が僕の手をそっと取って包んだ。

 

「お好きなんですよねっ、スクールアイドルが……!」

 

「……へ?」思わず呆けた声が漏れる。

 

 中川さんはずいと顔を寄せてきて、銀縁のアンダーリムの奥の大粒の瞳はちょっと怖いくらいに爛々と輝いていて、もう逃げ場のない僕はほとんど押し倒されたみたいな状態でソファからずり落ちそうで、腰が悲鳴を上げているのだけど、中川さんは止まらない。

 

「薄々感づいてはいたんです。せつ菜のステージでギターを弾く姿がいつも楽しそうですし、イベントのときなんて他のスクールアイドルのライブを食い入るように見ていて、あっこの間のイベントでご一緒したグループを覚えていますか!? 実は私もあのグループには以前から注目していて、外見の可愛らしさからは想像できない熱いパフォーマンスは見習うべき点が多くあって、そういえば! 可愛らしいといえば……」

 

「待って、お願いだからちょっと落ち着いて!」

 

 吐息すら感じられる距離まで迫る中川さんを、近い、近いって、どうにか押し戻すと彼女は「すみません、つい興奮してしまって」照れくさそうにはにかむ

 

「この姿だと大っぴらにスクールアイドルが好きだと明かせませんから、こうして同じものを好きな人と話せることが嬉しくって……」

 

 スクールアイドルが好きかと言われると、好きでも嫌いでも無いというのが正直なところで。

 大体にして音楽自体、父とその友人たちが愛好する音楽をなぞっているだけで、僕自身には音楽に対して取り立てて強いこだわりや情熱は無いのだ。

 だけど「スクールアイドルを愛するもの同士、これからもよろしくお願いしますねっ!」と新品の電球みたいに眩しい笑顔で言われてしまっては、とても否定なんて出来なくって、僕はただただ曖昧に笑って頷くばかりだった。

 

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