燃え尽きるまで、君の隣で   作:ペンギン13

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私服。男の子。父さん。

 中川さんとの待ち合わせは僕の実家のある中央線の最寄り駅で、約束の時間の五分前に到着した。

 今年の春先からケイコさんの家に住まうようになって以来、全く帰ってなかったのだけど、何かと濃い毎日を送っているせいか半年余りという月日以上に、見慣れたはずの景色が随分と久しく感じられる。

 駅前は土日ということもあってか人が溢れていて、中川さんの姿を見つけ出すのには少し苦労した。

 この町は小さなライブハウスが軒を連ねていることもあってか、地元民と思しき老人に混じって、一目見てそれとわかるギターケースを背負った人や、尋常ではない髪色の人が行きかい混沌とした様相。

 ごった返す改札前を離れた南口の方、人波に隠れて壁面にもたれる小柄な姿をようやく見つけることが出来た。

普段と違う格好をしているのも、見つけるのに時間がかかった理由のひとつだった。

その日の中川さんは休日なのだから当たり前といえばその通りなのだけど、普段の制服姿ではなく私服だった。

明るい赤色のプルオーバーパーカーの上に、光沢の強い白い厚手のダウンを羽織っている。ベージュのハーフパンツから伸びる脚は厚手のタイツに包まれていて、足下は機能性に優れていそうなスポーツブランドのロゴが入ったスニーカー。斜めがけしたショルダーバッグにはなにやらキーホルダー類がじゃらじゃら付いていて、そして相変わらずの銀縁眼鏡と三つ編みのお下げ。

カジュアルを通り越して少々子供っぽい、そんな印象の姿格好で、いや僕の方もシャツの上に安物のモッズコートを羽織っただけで、他人の服装をとやかく言える立場ではないのだけど、スクールアイドルなんて煌びやかなことをしている中川さんだから、きっと私服はキメキメなんだろうと勝手に想像していたものだから、その姿は意外だった。

 おおい、と手を振って見せるけれど、眼鏡の視線は手元の文庫本に一心に注がれていて、こちらに気が付いている様子はない。

 

「ごめん、お待たせ」

 

 近づいて、声を掛ける。視線が文庫から持ち上がって目が合ったのだけど、少しの間をおいて瞳に浮かんだのは困惑の色で、中川さんは余所行きの笑みを作って「人違いじゃありませんか?」

 

「いや、間違ってないけど」

 

「……すみません、人と会う用事がありますので」

 

 失礼しますと頭を下げて、中川さんは文庫をバッグに仕舞って、足早に改札の雑踏に向かおうとするものだから、待って待ってよ、僕は慌てて引き留めるのだけど中川さんは、あの困ります人を呼びますよ、と毅然と言って、あれもしかしてこれ、僕だって気づかれてない?

そういえば、制服以外の格好で中川さんに会うのは初めてだけど、まさか、そんな。

 

「僕なんだけどわからない?」恐る恐る訊ねる。

 

「申し訳ありませんが全く心当たりがありません」中川さんはピシャリと言う。

 

僕はちょっとだけ泣きそうになりながら「……御崎なんだけど」

 

 えっ、と身体ごと振り向いた中川さんは、僕の頭の先から爪先まで、何度も視線を巡らせてから「……御崎さん、なんですか?」と唖然とした様子で言って、僕はうなだれるみたいに頷く。

 

「す、すみません! 女の子の姿じゃない御崎さんを見慣れていないものでっ」

 

「大丈夫。大丈夫だから。だからあんまり女の子の姿とか大きな声で言わないで」

 

 一応ここ地元だから。知人に聞かれようものなら社会的に死んでしまうから。

 

 

*****

 

 あの、本当にすみませんでした。商店街を並んで歩いていると、中川さんが申し訳なさそうに言った。

 

「……それにしても御崎さん、本当に男の子だったんですね」

 

 そんな感心したように言われてしまうと困ってしまって、僕は曖昧に笑って、まぁ一応ね。

 

「それよりも今日は遠くまでありがとう」

 

「いえいえ、こちらこそせっかくの休日に時間をつくっていただいてありがとうございます」

 

 それにしても、と中川さんは辺りをキョロキョロと見回して「初めてきましたが、なんだか楽しそうな街ですね」落ち着きなく言った。

 あぁ、そうかも。僕は頷く。

 同じ中央線沿いの中野や吉祥寺に比較すると見劣りするものの、この町も先述したライブハウスをはじめ、個人経営の古着屋や、ホビーショップ、レコード店、喫茶店などが点在していて、それらのサブカルチャーと古くからそこに在る商店らが混ざり合ったこの通りは統一感がなく、混沌とした様は初めて訪れる人には確かに面白おかしく映るのかもしれない。

 ふらふらとホビーショップに引き寄せられようとする中川さんを、そっちじゃないよ、苦笑まじりに制して、僕らは商店街をまっすぐに歩く。

 

 今日の目的である父の経営するレコーディングスタジオは、商店街を抜けた宅地との境い目あたりの、古ぼけた三階建のビルの二階にある。

 ……ここですか? と一階に整体院の入ったビルを見て中川さんが呆けたように言って、虹ヶ咲学園の設備に慣れていると、こんなところにスタジオがあると言っても信じられないだろうな。そうだよ、僕は頷いて人がすれ違うのもやっとな細くて急な階段を、先導して上がっていく。

 

「怪しさ満点だけど、中身はなんてことないありふれたスタジオだから」

 

 僕はそう言って階段を上った先にある、立て付けの悪いドアを開けた。

 ドアを開けたすぐ目の前には狭い通路を挟んで分厚い防音扉があって、中はアナログミキサーや各種機材が鎮座するコントロールルームになっている。

 はめ殺しの防音窓を何度か叩いて手を振ると、年季の入ったオフィスチェアに腰掛けてマックブックのキーを叩いていた白髪頭の男性が振り返ってこちらを向く。彼は僕らの姿を認めて相好を崩す。のそりと大きな体躯が立ち上がって防音扉を開いてくれた。

 

「久しぶりだね岬。見ない間にちょっと大きくなったんじゃないかい」

 

 そう言って僕の頭を犬でも撫でるみたいに掻き回すのだから、中川さんの前でそれは少し気恥ずかしくて「こんな短い間に背が伸びたら苦労しないよ」と、僕は苦労して大きな手から逃れる。

 いやいや、子供の成長というのはあっという間だから。緩く笑って「それで、そちらのお嬢さんが電話で話していた?」と中川さんの方を向いて、僕らのやり取りをぽかんとした様子で見ていた中川さんは慌てた様子で「も、申し遅れました。初めまして、中川菜々といいます。本日はお忙しい中お時間を割いて頂きありがとうございます」

 

「これは丁寧にありがとう。しっかりした娘さんだ。ケイコと岬の父で、御崎誠一郎です。よろしくね」

 

*****

 

 

 

 優木さんとふたりのライブは「やったことがないことをやってみたい」という、彼女の希望もあって、アコースティックで演ることに決まった。

 決まったのだけど大きな問題があって、それは僕がそもそもアコースティックギターを所持していないことだ。

 最初はどこかから借りられるだろうと楽観していたのだけど、しかしそう簡単にはいかなかった。

 リカさんに音楽科の備品を貸してもらえないものか訊いてみると、ついこの間自分の楽器をお釈迦にした人に貸せると思う? と一蹴されてしまう。

 ケイコさんから借りるという手段もあったけれど、あのいい加減な性格からは考えられないことに、ケイコさんのギターにはF1マシンみたいにシビアな調整が施されていて、とてもじゃないけど僕の腕前では弾きこなすことできない。それにうっかり傷でもつけようものなら何をされるかわかったものじゃない。

 仕方がないから楽器店にも足を運んで見たものの、僕の小遣いで手に入る半端な出来のギターでは、優木さんの歌声には到底太刀打ちできそうになかった。

 そうして困り果てた僕が最後に泣きついたのが父だった。

 しかしスクールアイドルのライブで使うからギターを貸してくれ、なんて言えるわけもない。

 そこで中川さんと相談してひとつの口実を用意した。

 

「それにしても岬が同年代の娘とバンドか。親元を離れると変わるものだなぁ」

 

「は、ははは。そうかな」

 

 それは学外のライブで偶然知り合った中川さんと、偶然意気投合してバンドを組むことになって、他のメンバーが集まるまではふたりで活動をしていこうということになって、それでアコースティックギターが必要になって……という作り話。

 父に対して大変心苦しくはあるのだけど、優木せつ菜の正体をおいそれと明かす訳にもいかないし、優木せつ菜の正体がバレるということは、僕が女装をしてステージに立っていることが同時にバレるということなので、僕らの保身のためにもこの作り話は必要なものだった。

 作り話といっても半分くらいは本当の事なわけだし、だれも傷つかない幸せな嘘。きっとそう。そうに違いない。

 だけど設定の作りこみが少々甘かったようだ。

 

「でも中川さんも、岬と音楽の趣味が合うなんて珍しいね。僕が言うのもなんだけど大昔の洋楽ばかりでとても偏った嗜好をしてるから。ご両親の影響かな?」

 

「え、えっと。それは……」中川さんの目が泳ぐ。そのあたりのことは全く打ち合わせていなかった。

 

「僕が中川さんの影響を受けたんだよっ、ほらあの、この間教えてくれた女性ボーカルのなんとかって曲とか凄い良かったよ!」

 

「あぁはい! あれですね! あれは凄く良いですよね私も大好きです!」

 

 引き攣った笑みを浮かべて言い合う僕らに、何をどう勘違いしたのか父は「そうか、岬も女の子の気を引くためにギターを弾くようになったか」と全く見当違いなことを言い始める。

 

「父さん、なに言ってるのさ……」そんなの今どき中学生でもいないだろう、と思ったのだけど。

 

「そ、そうだったんですか?」どうしてか真に受けた中川さんが狼狽えて。

 

 僕は、違う違う違う、慌てて否定するけれど父は「いいんだいいんだ、僕の若いころだって……」などと昔話を始める始末で、中川さんは何故か赤面していて目を合わせてくれなくて、どうしてこうなった、僕は途方に暮れて天を仰いだ。

 

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