燃え尽きるまで、君の隣で   作:ペンギン13

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髪。ジミヘン。作曲②

 優木さんが髪型を元に戻して身支度を整えている間に、簡単にスタジオの片づけを済ませた僕は「少し父さんと話があるから、先に帰ってて」と伝えて隣のコントロールルームへ向かった。

 いつの間に帰ってきていたのか。先ほどミネラルウォーターのペットボトルを取りに行ったとき、防音ガラス越しにその姿が見えたのだ。

 

「父さん、借りたいギター決まったよ」

 

「そうかい。気に入ったのがあったのなら良かった」父は此方を振り返らずに言う。 

 床に直接、胡坐で座る父の前には分解されてる最中のマーシャルのヘッドアンプが。外装が剥がれて木地が覗くボロボロのアンプには見覚えがあった。

 基盤を見て唸る父に「スガさんのとこの?」と訊ねると頷いて「スガさんは昔からギター弄りとか、ちょっとしたエフェクター作りはやたらと得意だけど、こういう大がかりなのはまるで駄目だからね」と笑う。

 

「そうそう、岬のギターの修理だけど、まだまだかかるって」

 

「だろうね……なんだか凄くこだわろうとしてる感じだったから」

 

 そう言ってはたと思い出したのは、ギターと一緒に修理に出した円盤系のファズエフェクターのことで。あれはケイコさんが父さんのスタジオからパクってきた物だった。

 

「ごめん。そういえばちゃんと謝ってなかった。借りてたエフェクター壊しちゃったこと」

 

「いやいや、もとはあのバカが勝手に持ち出した物だし、それに僕はもう岬にあげたつもりでいたから」

 

 父さんは身体ごとこちらを振り返って「そんな些末なことは気にしないよ。家族なんだから」と、大きな手で頭を撫でてくれる。少し気恥ずかしいけれど僕はされるがまま。

 

「今回の、ギターのことだって頼ってくれて嬉しかったよ。岬は本当に頼ることがないから……。そうだ、良かったらエレキも一本見繕おうか?」

 

「そんな、悪いよ」

 

「だけど、あのフェンダーも随分使い込んだだろう? もう何年だったかな……そろそろ、いいんじゃないかい?」

 

「僕は……」父の手から逃れて「僕は、あのギターで良いよ」

 

「そうか……」なにか痛ましいものでも見るような父の視線に耐えられず「ごめん」呟くように言うと「いいや、こっちこそ無神経だったね」と言って、僕の髪の毛をぐしゃぐしゃに掻きまわす。

 

「それでも、必要になったらいつでも甘えてくれていいから。ほら、楽器なら売るほどあるんだから」と殊更明るい様子で言うものだから「買いすぎるとまた母さんに怒られるよ」と調子を合わせて揶揄うように言うと、父は子供みたいなだけど目じりに皺の目立つ笑顔で「まったくだ」くしゃりと笑った。

 

 

****

 

 

 それから互いに近況を報告し合って「それじゃあ、ギター使い終わったら返しにくるから」スタジオを後にしようとする僕を「ああ、そういえば」父が呼び止めた。

 

「どうかした?」

 

「中川菜々さん。彼女、優木せつ菜さんだろう?」

 

 僕はギターのケースを落っことしそうになるのをなんとか堪える。

 確信めいた父の問いに面食らった僕は平静を装って「なんのこと?」

 

「別に隠さなくても」

 

「いやほんと、なんのことだか」

 

「岬、バックバンドで参加してるだろう?」

 

「ていうか優木せつ菜って誰?」

 

「あぁ岬の女装趣味は大丈夫ちゃんと理解してるから」

 

「僕の趣味じゃねぇ!」と思わず叫んでしまって叫んでしまって、ハッとして父の方を見ると、勝ち誇るような満面の笑み。

 ……ちくしょうやられた。

 僕はその場にへなへなと座り込んで両手で顔を覆う。身内に女装がバレるというのはこんなにも辛いものか。羞恥心とかそういうものを通り越して、もうただただ消えてしまいたい諦観と虚無感。

 消沈した僕を見て、流石に父も気の毒に思ったのか笑顔を引っ込めて「ええっと、岬は脚のラインが綺麗だからもっと出しても良いと思うな」などと見当違いの慰めの言葉をかけてくるのだから「余計なお世話だよっ」僕は一層暗澹とした気持ちになる。

 だけどいつまでも黙ってもいられない「……いつ、気づいたの?」なんとかそう訊ねると父はあれあれ、とレコーディングブースが一望できる分厚い防音ガラスを指差す。

 ギター選びをしていた最中は、僕らを気遣ってか下されていたブラインドが今は上がっていて、ガラス越しに積み上げられて隅に寄せられたドラムセットとマイクスタンドが見える。

 ……そう、マイクスタンド。それらにはマイクとケーブル類がセットされたままになっている。

 僕は思い切り溜息を吐いて「聴いてたの?」と、つい責めるように。

 父は白髪頭を掻きながら「趣味が悪いとは思ったんだけど、ほら職業柄気になってしまって」申し訳なさそうに言う。

 

「優木さんのことよく知ってたね」

 

「まぁ、狭い業界だから。若い子が噂してるのを小耳に挟んでね」

 

 ラブライブで活躍したスクールアイドルが卒業後にレーベルにスカウトされるのは良くあることらしい。それにしたって耳が早いとは思うけれど。

 

「そこでだ。岬に折り入ってお願いがあるのだけど」

 

「このタイミングのお願いは脅迫と変わらないよ……」

 

 先ほどの少々重たい会話があって、それでいてこういうことを平気な顔でしてくる辺り、流石図太いというか、やはりケイコさんと父娘なだけあるというか。

 そう大したことではないし無理強いもしないから、と僕を宥めすかしつつ父の話す『お願い』は、なるほど確かに父からすれば大したことでは無いのだろうけれど、僕にはなんとも頭が痛くなるものだった。

 

 

***

 

 

 どうせなら実家に顔を出さないかという父の誘いを丁重に断って、スタジオを出た頃には、冬の短い日はもうすっかり傾いていた。

 随分と長居していたようだ。防音室というのは不思議なもので時間の感覚が狂いやすい。

 頬に吹き付けてくる、自動車の巻き上げる埃っぽい排気ガス混じり風が冷たく、もっと厚着をしてくればよかったかなと後悔する。

 だから、スタジオを出てすぐの歩道の隅で中川さんが、紺碧に染まった空をぼんやり眺めながら、白い息を吐いているのを見つけたときは変な声が出そうになった。

 

「え、帰ってなかったの!?」駆け寄る僕の姿を認めた中川さんは「お疲れ様です」と律儀に一礼。

 

「御崎さんと少しお話がしたかったので」

 

「先に言ってよ……」

 

 それなら父との話をもっと早く切り上げて来たのに、というか中で待っていてもらったのに。これで風邪がぶり返したなんてことになったら目も当てられない。

 なんというか、中川さんはライブのときもそうだったけれど、理性的に見えて自分の身を顧みないというか、結構無茶をする。

 もう少し、気を利かせれば良かったな。

 勝手に項垂れる僕の様子に、思い違いをした中川さんが、すみません、ご迷惑でしたよね、としゅんとした様子で言うものだから「いや全然、迷惑なんかじゃないって」慌てて返す。

 

「それで、話ってなに? ライブのこと?」

 

「はい、それもあるんですが……」なんだか言い辛そうに身体の前で、寒さで指先が赤くなった小さな手をもじもじやっている。

 なんだろう。首を傾げる僕に中川さんは「ここに来る途中、商店街の方に色々とお店があったじゃないですか、その……ホビーショップとか」上目遣いに言った。

 あぁ、と僕は頷く。道中吸い込まれるみたいに入口に引き寄せられる中川さんを引っ張ってきたっけ。

 

「それで、もし良ければ御崎さんと行ってみたいなと思いまして」

 

「えぇ、僕?」驚いて訊き返すと、中川さんは「はい是非!」と力強く頷く。

 

「でも、アニメのこととか全然わからないし……」たぶん付いて行っても邪魔になるだけだろうから、やんわり断ろうと思ったのだけど「大丈夫です! 私が教えますから!」と例の電球みたいな笑顔で中川さんがずいと寄ってくる。優木さんが漏れてるよ?

 目が眩むような笑顔と、爛々と輝く眼鏡の奥の大粒の瞳に気圧されるみたいにして僕は「わかった。行こうすぐ行こう」がくがく縦に頭を振った。

 やった、と小さくガッツポーズをする中川さんの姿は幼子みたいで、なんだか微笑ましくて。表情に出ていたのだろうか、僕の方を見た中川さんはハッとして、ひとつ咳ばらいをしてから佇まいを正して「立場上、アニメや漫画が好きなことを大っぴらに明かすことが出来なくて、ずっと語り合える友人が欲しかったんですよ……」恥ずかし気に言った。

 

「そんな、語り合えるほど詳しくなれる自身ないんだけど」

 

「そんなことありません!素敵な作品が沢山ありますから、きっと御崎さんも大好きになりますよ!」

 

「そこまで言うなら……えっと、ご教授お願い致します?」

 

 そうと決まれば善は急げです、と意気込んだ中川さんだけど「あれ?」と僕の手元に視線を注ぐ「ギター増えていませんか」

 ……今まで気が付かなかったんだ。僕は苦笑を飲み込んで「うん、父さんがエレキも無いと不便だろうって」

 

「良かったらお持ちしますよ」

 

「いいよ、重たいだろうし」

 

「遠慮なさらず。こう見えて鍛えてますから!」僕の手からギグケースを取って、なんでもないようにひょいと背負ってしまう。ギタリストみたいですか? と得意げに振り返るのだけど、中川さんが小柄なせいもあって後ろから見るとギグケースに手足が生えて闊歩しているように見えてしまって。まるでギターの妖怪だ。失礼にもほどがあるから口には出さなかったけれど、笑いを噛み殺すのに酷く苦労した。

 

 それから中川さんの作品愛に溢れた蘊蓄に耳を傾けながらホビーショップや古本屋を巡ったのだけど、まさか商店街にある全ての店舗を回るとは思ってもみなかった。

 アコギのハードケース片手に練り歩くのはなかなかに骨だったけれど、ショルダーバッグが膨らむくらいにグッズを買い込んで、ぶんぶん手を振りながら改札に消えていく中川さんが楽しそうだったから、まぁ良かったかな。

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