燃え尽きるまで、君の隣で   作:ペンギン13

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彼女について

 五年ほど前から爆発的に流行し出した『スクールアイドル』という文化。

 発端は東京は秋葉原。黎明期こそ秋葉原特有のオタク文化のひとつと認識されていたそれは、意外にも同年代の女子高生、女子中学生の間で人気を博し、SNSなどの媒体を介して瞬く間に全国へと波及、爆発的なブームとなった。

 今では全国の高校でスクールアイドル部なるものが発足。グループを組み『ラブライブ』という、野球でいうところの甲子園のようなものを目指し日々、切磋琢磨している……らしい。

 らしい、というのは僕自身が進んで知り得た知識ではなくて、虹ヶ咲学園へと向かう道すがら、車を運転するケイコさんが教えてくれたことだから。

 

「アンタ高校生やってて、スクールアイドルのひとつも知らないわけ?」

 

「全く知らないってわけじゃ……」

 

 僕だって高校生なわけで、周囲でスクールアイドルの話題は頻繁に耳にするし、なんなら軽音部で曲をコピーしたことだってある。

 どのグループの曲だったかは忘れてしまったけれども。

 

「それじゃ優木せつ菜は? 今SNSなんかで話題だけど」

 

「……」

 

 沈黙する僕に、ケイコさんは深い溜息。

 

「好きな音楽以外も聴けって言ってるでしょ? おっさん連中に混じってカビ臭いロックばっかやってるから、いつまで経っても童貞なんだよアンタは」

 

「なんだとっ」

 

「違うの?」

 

「……仰る通りです」

 

 いいじゃん別にプロを目指してるわけでもなし。音楽くらい好きにやらせてくれよ。 

 赤信号で車が止まったタイミングで、ケイコさんは後部座席のバッグからタブレット端末を取り出して僕に渡した。

 

「フォルダに動画があるから見てみ」

 

 信号が変わって車が再び動き出す。

 僕は言われた通りにファイルをタップする。それはライブの映像だった。

 客席からスマートフォンで撮影されたらしい映像は手ブレが酷く不明瞭。観客の歓声が大きく歌声は殆ど聴こえない。

 ステージはさほど大きくはない。恐らく小規模なイベントの野外ステージ。それでも照明と観客のもつペンライトの光で照らされる有り様は神秘的にすら見える。

 そんなステージに立ち、熱狂の坩堝を生み出しているのは、たったひとりの女の子。

 

「それが優木せつ菜」

 

「さっき言ってたスクールアイドル?」

 

「そ。今年の春先くらいに姿を現して首都圏のライブイベントを荒して回ってる謎のスクールアイドル」

 

「謎って」

 

「謎なんだよ。所属も、学年も、どこの誰だか全部が謎。ライブイベントに飛び入りして、馬鹿みたいに盛り上げて、気がついたらいなくなってる」

 

 なんだそりゃ、都市伝説か。目的がまるでわからない。さっきのケイコさんの話だとスクールアイドルというのはグループを組んで活動することに意味がある。一人では『ラブライブ』に出場することは出来ないのだ。

 僕は映像を拡大してステージ上の女の子を改めて見てみる。画像が粗く容姿はまったくわからない。

 この子はどうしてこんなことをしているのだろう?

 

「まぁ、その謎もそろそろ明かされるんだけどね」

 

「どういうこと?」

 

 僕が訊ねるとケイコさんはタブレットをちらと見て「アンタが参加するバンドのボーカル、そいつだよ」

 

 

-----

 

 

 そら、着いたよ。ケイコさんはそう言って、車のエンジンを切った。

 車を走らせること30分ほど経って、目的の虹ヶ咲学園に到着した。

 事前に調べていたから、相当に大きな学校であることはなんとなく理解していたけれど、実際に目の当たりにするとその威容に圧倒される。ひとつひとつの施設が僕の通う高校と同じくらいのサイズ感。

 土曜でも部活動のためか、学校指定のジャージや、僕と同じ制服を着た生徒の姿が、道中ちらほらと見えた。

 

 ……そう。同じ制服。

 

 出発前に着替えさせられた虹ヶ咲学園の制服は何故か誂えたみたいにピッタリ。

 昔からロクに運動もせずギターばかり弾いていたから、貧相な身体をしている自覚はある。それでも違和感なく着れてしまうのはそれなりに衝撃だった。

 さらなる衝撃は、ケイコさんがどこからか用意したウィッグを被せられ、メイクを施された自身の姿。

 目立たない印象の黒のセミロング。厚手のストッキングで脚のシルエットは綺麗に隠されている。爪にはもともとの色に近い薄桃色のマニキュアという徹底ぶり。

 仕上げに、太い黒縁の地味な伊達眼鏡と、使い捨てのマスクを着けると、女子高生の出来上がり。

 なんてこった。

 

「ほら、さっさと降りた降りた」

 

 この姿で外に出ることを躊躇する僕を気にもせず、ケイコさんはさっさと車を降りて行ってしまうものだから、僕はギターケースを背負ってその背中を追う。

 うぅ……スカートに吹き込んでくる風の感覚が気持ち悪い。

 広大な駐車場をしばらく歩いて、ようやく建物の中に足を踏み入れる。

 ケイコさんは慣れた様子でどんどん歩いていくが、正直すでに一人で帰れる自信がない。フロアマップが所々に設置されていて、大型のショッピングモールみたい。

 いつの間にか音楽科のエリアに足を踏み入れていたらしい。ギターや管楽器の入ったケースを抱えた生徒とすれ違う機会が増えてきた。並ぶドアも貸しスタジオなんかでよく見かける鉄製の防音扉。

 ケイコちゃんじゃん。やっほ。と友達みたいに声を掛けられる姉の後ろを、僕はカタツムリみたいに縮こまり、ついて行くこと数分、ひとけのほとんど無い施設の最奥、ひときわ大きな防音扉の前でようやく歩みを止めた。

 防音が厳重で、しんとした静けさが辺りを覆っている。分厚いガラスの壁面から陽光が差し込む。

 他の物に比べ大型な両開きの防音扉。清潔な白の壁面に沿うようにコーヒーサーバーと革張りのソファ、ローテーブルが設えられたラウンジ。

 そのソファのひとつに身を沈める女生徒に、ケイコさんは「おまたせ、リカ」友達にするように片手を上げて気さくに言った。

 

「遅刻だよー、ケイコちゃん」女生徒は立ち上がって無表情に言う。

 

「たかが数分でしょ?」

 

「されど数分。他の講師は時間が守れないやつに仕事は回ってこないっていうけど?」

 

「良いことを教えてあげよう。腕があって偉ければ何をしても許されるの」

 

「雇われ講師のくせにエラそー」

 

 教師と生徒の会話か? リカさんという女生徒の、歯に衣着せぬ物言いに唖然とする僕に、その視線が向く。

 

「その子が例の?」

 

 緑のリボンは確か三年生だったか。僕は情けなくケイコさんの後ろで会釈する。

 

「そ。可愛がってあげて」グイとケイコさんは僕を女生徒の前に押しやると「事務に顔出してくるからあとはよろしく」なんて言って、足早に去って行ってしまった。

 

 ……え、嘘でしょ。置き去り?

 

 振り返ると真正面にリカさんの柔和な顔。驚いて身を引こうとするけれど、伸びてきた手が頬に触れて、冷たい指先の感触で僕は凍ったみたいに動けない。

 

「……へぇ。ケイコちゃんには似てないけど、うん、ちゃんと整ってるねー」

 

 リカさんの視線が僕の頭から爪先を撫でる。蛇に睨まれた蛙ってこういうことなんだなとか、もうすっかり、全てを諦めた心地で考えていると、頬に添えられた手と反対の手がスカートの中に入って来て、むんずと、男性の大切な部分を鷲掴みにするものだから「うわぁぁぁ!」僕は悲鳴を上げ転がるように手近なソファの影に蹲る。

 

「なにすんだこの野郎!」

 

「……悲鳴は『きゃあ』でしょ? 今は女の子なんだから」

 

「あっ!」ハッとして手で口を塞ぐけれど時すでに遅し。人の良さそうな笑顔のままでこちらを見下ろすリカさん。

 終わった僕の人生? ……いや、待て『今は女の子』って言った?

 恐る恐る、リカさんを見上げると彼女は「いくらケイコちゃんでも、事情を知らない人間にキミを預けたりはしないってー」笑って言う

 

「リカね。今回のバンドのベーシスト兼バンマスだからよろしくどうぞ」

 

「えっと……御崎岬です」

 

「聞いてはいたけど凄い名前だねー。ゴリラの学名みたい」

 

 変わった名前だとはよく言われるけれど、それは初めて言われた。僕は曖昧に笑ってなんとか立ち上がる。

 

「ケイコちゃんからはどこまで聞いてるの?」

 

「優木せつ菜って人の後ろでギターを弾けって」答えると、リカさんは「あーうん、わかった。最初から説明するねー」そう言った。

 

 

-----

 

 

 優木せつ菜。

 所属不明。学年不明。

 姿を現したのは今年の春先から。公式の音源などは存在せず、動画サイトに投稿された僅かばかりのライブ映像が唯一の記録らしい記録。

 その正体は既に卒業、引退した強豪校のスクールアイドルなんじゃないかとか、実は大手事務所の所属アイドルだとか。

 憶測が憶測を呼び、圧倒的なパフォーマンスと、謎のスクールアイドルという話題性から、気が付けばすっかり全国区の知名度に。

 そんな今をときめく彼女から、虹ヶ咲学園に接触があったのは夏休みが終わってすぐの頃。

 

 虹ヶ咲学園にスクールアイドル同好会を設立したい。

 

 生徒会を通じての接触。相も変わらず正体を明かさずにそのような希望を出してきたものだから、報告を受けた職員室は困惑。

 それでも念のためと理事会にこの話を上げたところ、あることを条件に同好会設立の希望は、まさか承諾されてしまう。

 学園が提示した条件は三つ。

 ひとつは楽曲提供を虹ヶ咲学園音楽科が請け負い、一切の権利を同校が保有すること。

 もうひとつは、来年度の同好会発足までに指定する都内及び近郊の中学校でライブパフォーマンスを行うこと。

 そして最後が今年の文化祭でゲリラライブを行うこと。

 

「音楽科の生徒って他に比べて減っていってるんだ。専門性が強いわりに将来性が無いからね。せつ菜ちゃんの楽曲担当っていうのは、生徒集めの良い話題になると思うよ」

 

リカさんがベースのチューニングを合わせながら言う。「これだけの設備を揃えて廃科なんてことになったら笑い話にならないからねー」

 

 リカさんに連れてこられたスタジオは、父が経営しているレコーディングスタジオの規模とは一線を画していた。月とスッポンとか、それどころの話ではなく、とにかく規模がおかしい。

 僕とリカさんの他、今回の優木せつ菜バンドに集められたメンバーが、各々の楽器のセッティングをしているレコーディングブースは、フルオーケストラが丸々入ってもまだ余裕がある広さ。

 防音ガラスに隔てられたコントロールルームには巨大なミキシングコンソールが鎮座し、本でしか見た事のないような機材が整然と並んでいる。

 聞けば学内の放送設備にも連動しているらしく、昼休みに生徒のライブ演奏が流れることもあるとか。

 とてもじゃ無いけれど、高校の設備とは思えない。

 こんな環境を維持するとなれば、生徒が何人いても足りないだろう。

 

 『でも、どうしてゲリラライブ? 生徒集めが目的なら告知を出した方がいいんじゃないですか?』

 

 僕はスマートフォンのメモアプリに打ち込んで、リカさんに見せる。

 声はどうやったって男なのだから、意思疎通をするにはこうするしかない。 

 

 画面を見たケイコさんは「あー」と頷いて「話題性だよ話題性。学園がSNSにちょこちょこ情報を漏らしてるらしいから、本番は満員御礼だろうねー」

 

『会場ってどのくらいの大きさなんですか』

 

「5000人いかないくらいかなー?」

 

『ちょっとしたアリーナ規模じゃないですか……』

 

「言われてみればそうだ。感覚バグるねー、この学園にいると」

 

 リカさんはチューニングを終えたベースを爪弾きながら言う。

 ……あ、この人上手い。

 

「だけど、申し訳ないけども、岬ちゃんは会場やら観客やらの心配の前に、やってもらわなきゃならないことがあるんだよ」

 

 やらなきゃならないこと? なにそれ?

 

 首をかしげると、ふと背後に視線を感じて、そちらを見るとセカンドギターを務める女生徒と目が合って、すぐに逸らされた。

 ……見られていたというか、睨まれてた?

 

「さっき説明した通り、せつ菜ちゃんのライブはかなり急に決まったものでさ。それが私たちを差し置いての大トリで、そのくせ練習には一度も顔を出さないもんだから、みんな気が立ってるんだよねー」

 

 あぁ、それで。

 スタジオに入った瞬間からのピリピリとした雰囲気はそれが原因か。

 

「で、そこに岬ちゃんでしょ? ケイコちゃんの妹? とはいえさ。文化祭のステージに続いて、ギターまで縁故でねじ込まれて、さすがにバンドのみんな不満爆発なわけなのよねー」

 

『……それで、僕にどうしろって言うんですか?』

 

「そんな難しいことじゃないよ」リカさんはベースをスタンドに立てかけると、指先で僕の胸をトンと突いて「岬ちゃんのギターで、ここにいる全員を納得させてくれればいいだけ」そう言って柔らかく笑う「私もみんなもさ、ヘタクソと一緒には演りたくないから。」

 

 コントロールブースの方に人がぞろぞろと入ってくるのが横目にわかった。明らかに生徒ではない風貌はおそらく講師。何人か雑誌で見たことがある。

 その中にはケイコさんの姿もあって、ケイコさんはこちらに向かって、指でバツを作って見せた。リカさんがそれに肩をすくめて頷き、周囲を見渡して言う。

 

「せつ菜ちゃん、今日も来ないってさー。残念だけど、これが本番前最後の音合わせだから、ぼちぼち頑張ろっか」

 

 一回目は岬ちゃんがリードで、二回目は交代して……。

 テキパキと指示を出すリカさんから離れて、自分の持ち場に戻る。

 

 ……そんな、煽るようなことを言われても困る。ギターで納得とか、よくわからないし。僕に出来ることはただ、父さんに教えてもらったギターを弾くことだけだから。

 スタンドからギターを取り上げて、ボリュームを全開にする。火の入った真空管のノイズがスピーカーから漏れ出し、スタジオ内の気温がグッと上がったように錯覚する。

 ケイコさんの合図で、ドラムスの女生徒がカウントを刻む。僕はいつも通りに、6本の弦にピックを振り下ろす。

 

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