燃え尽きるまで、君の隣で   作:ペンギン13

20 / 23
親子。

 楽屋に荷物を置いてフロアに戻ると、老人たちの下衆な歓迎が待ち受けていた。

 手は繋いだか。チューしたか。エッチしたか。等々、思春期の中学生みたいに詰め寄ってくるのを、頭を引っ叩いたり、酒瓶を口に突っ込んだりして黙らせていると、次第に開演の時間が近づいて、フロアが随分と混雑してきた。

 テーブルは殆ど埋まって、半ば立食パーティのような具合なのは毎年恒例。

 際限なく絡んでくる輩を適当にいなして、中川さんを探すと隅っこの方のテーブルにその姿を見つけることが出来た。

 丸椅子に縮こまって少し緊張した様子で、何者かと談笑しているのだけど、その相手がいつの間にか来ていた父さんだったから安心する。

 ここの連中は音楽の才能と引き換えに、デリカシーを何処かに捨て置いて来てしまったところがあるから、目を離すと中川さんにどんな無礼を働くかわかったものではない。

 「父さん。この間ぶり」テーブルの方に行くと「やぁメリークリスマス」と父が相好を崩した。中川さんが少しホッとした様子で「御崎さん。ちょうどお父様に先日のお礼をお伝えしていたところでした」

 

「お礼なんて、こちらこそクリスマスにこんなお願いをしてしまって申し訳ない」

 

「そんな、とんでもないです」

 

「そうは言っても、菜々ちゃんだって年頃なんだから、いい人のひとりやふたりいるんじゃないの?」

 

「父さん、それはちょっと……」つい今しがた全く同じ話題で困らせたばかりだから。中川さんも同じことを思ったのか「お父様まで……」と嘆息して「そんな人はいませんから」

 

「そう? じゃあうちの岬なんてどう?」

 

「な、な、なにを仰るんですかっ!?」「何言ってんの!?」

 

 からから笑う父にげんなりしていると、父の隣に腰掛けるその姿を見つけてしまって、ギクリとする。

 影になって見えなかった、ただでさえ存在感が希薄な人だから。

 無意識に体を硬くする僕に「どうかしましたか?」中川さんが小首を傾げる。

 

「……立ってないで岬も座ったら?」 

 

 喧騒の中に掻き消されてしまいそうな酷くか細い声で、母さんは言った。

 

 

*****

 

 人間、たったの半年くらいでそうそう変わるものではない。

 それは母さんも同じで、病的に青白い童顔の細面も、僕とは正反対なすらりと長い体躯も、吹けば崩れて飛んでいってしまいそうな頼り無さも、僕が実家を出た半年くらい前となんら変わりない。

 訥々と抑揚なく喋り続ける癖も当然、同じままで。

 

 少し痩せたんじゃない……? ケイコさんのご迷惑にはなっていない……? ちゃんとご飯は食べているの……? 学校は楽しい……? 友達は出来た? 中川さんとは同じ学校なの? お付き合いしてるの?

 

 こちらが答える前から次々と問いを寄越すものだから、僕はもう最初から諦めて、あぁ、とか、うん、とか適当に相槌を打っていると、見かねた父が「ヒトミちゃん、そんなに一気に聞いたら岬が困ってしまうよ」苦笑混じりに言って、急に黙った母さんはぼうっと僕を見て「……岬、ごめんなさい。ごめんね」そう言って俯く。

 すぐに謝る癖もずっと同じ。

 こうなると黙り込んでしまうのはわかっていたことだから「ええっと、母さんがここに来るの珍しいね。」当たり障りない話題を選んで語りかけてみると「……うん」母さんはしばらくの沈黙のあとで頷いて「本当は来たくなかった……こんなところ」などと平気で口にするのだから……この人は本当に、さすがに僕も少しカチンと来て「じゃあ、なんで来たのさ。嫌なら来なきゃいいのに」自然と声が硬くなる。

 

「……だって岬が、ちっとも帰ってこないから」

 

「ちっともって、まだ半年でしょ」

 

「……たまには帰って来てねって言ったのに」

 

「だから、まだ半年って言ってるじゃん」

 

「……もう帰ってこないんじゃないかって思って」

 

「帰らない方がいいんじゃないの?」

 

 僕がいない方が父さんと楽しくやれるでしょ? そんな致命的な言葉を口にしかけたところで「こら、岬。ヒトミちゃんも」と父さんが仲裁に入ってくれてようやく、隣で困り顔の中川さんに気が付いて、ああやってしまった、頭に上っていた血が急に降りて来る。

 

「……ちょっと頭冷やして来る」そう言い残して席を立つ。背後に聞こえた母さんの、ごめんなさい。掻き消えてしまいそうな声を聞かなかったふりをして。

 

 

****

 

 

 地下の階段を一気に上ってRED HOUSEの、看板の下にのろのろ膝を抱いて蹲る。赤く滲んだネオンの光の中にいると不思議と、ほんの少しだけ心が安らぐような気がする。

 それはきっと昔からの習慣のようなものだからで、幼少の頃セッションでボコボコにされたときなんか、こうやって逃げ出して、煤けた看板の下で小さくなって、気持ちが落ち着くまで外の景色をぼうっと眺めていた。

 入り口のガラス扉の向こうでは、ついに雨が降り始めたようで、霧みたいな細かな水滴が、明治通りを行き交う車のテールランプに照らされて、ちょうどクリスマスの電飾みたいにキラキラ輝いている。

 思い切り息を吸い込んで、そして吐き出す。真っ白な息。冷たい雨と堆積した埃のにおい。

 あぁ、やってしまったな。膝の頭に額をぶつける。

 母さんとはいつもこうだ。上手くやれない。幼い頃はこんなんじゃなかったのだけど、いつの頃からだったか、思い返すと不和の理由は分かりきっていて、けれども分かっているからといってどうこう出来るわけでもなくって。

 膝の間に頭を突っ込んで、溜息を零すとどうしようもなく惨めな気持ちで、いっそこのまま帰ってしまおうか、だけど中川さんを放って行くわけにもいかないよなぁ……。

 そうやってウジウジしていると、誰かが階段を上がってくる足音が聞こえて、僕は身体を一層縮めて、薄汚れた壁の一部になってやりすごそうと思ったのだけど、足音は僕のすぐ近くで止まった。

 そうっと腕の隙間からそちらを窺うと、中川さんの姿があった。

 

「あの、大丈夫ですか?」慮る声音に僕はもう羞恥とか申し訳なさとかで一杯で、なんとか頷いてみせる。

 

「ごめんね。折角来てもらったのに、酷い雰囲気にしちゃって」

 

「そんな。確かに驚きはしましたが……御崎さんの怒っているところ、初めて見ました」

 

 同い年の女の子の前で母親と喧嘩って、すっかり冷えた頭で思い返すと、とんでもなく恥ずかしいもので、熱くなる顔を腕で隠して「まぁ、うん」とか曖昧に返事すると、中川さんが隣に蹲み込んで「難しいですよね。親子って」コンクリートの床にぽとりと言葉を落とした。

 

「……中川さんのとこ、上手くいってないの?」

 

「そういうわけでは。厳しいところがありますが両親のことは尊敬していますし、仲良くやれていると思います」

 

 ですが…。言葉を切って中川さんは少し自嘲気味に「自分が大好きなことについて、未だに打ち明けられずにいますから」

 

「……スクールアイドルのこと、まだ話せてないんだ」

 

「はい。一番に応援してほしい、私の大好きを分かって欲しい人たちなのに。だからこそ、もし否定されてしまったらと考えると、なかなか勇気が出なくって」

 

 本当に難しいです。そうポツリと溢して視線を落とす中川さんだけれど、ハッと顔を上げると「すみません、私のことばっかり」申し訳なさそうに言って、僕は「いや全然」首を振る。

 

「いつか、ちゃんと言えると良いね。スクールアイドルのこと」

 

「はい。いつか、必ず」

 

 御崎さんも、と中川さんが何か言いかけてそれを搔き消すみたいに階段下の方から「オイ岬、もう始めっからさっさと降りてこい」とスガさんのドスの効いた声が飛んで来て、僕らは苦笑する。

 立ち上がって、埃を払って、地下へ続く階段を降りる。防音扉に手をかけようとしたところで、後ろの中川さんが御崎さん、と呼び止めた。 

 

「今日は御崎さんの分の大好きも私が叫びますから、だから安心して下さいね!」

 

 胸を叩きながら言う中川さんの笑顔があまりにも頼もしくて、自分が少し情けなかった。

 

 

*****

 

 

 毎年催されるクリスマスライブだけど、ステージに上がる面子に代わり映えはない。

 それもそのはずで、集まるのがスガさんの知己な以上、病欠やらで減ることがあっても増えることはないからで、ほとんどが小さな頃から見知ったオッサン連中だ。

 けれどたまにだけど、お弟子さんとか、親戚で楽器をやってる人を連れてくることがあって、どうやら今年はそのたまにの年だったらしい。

 一番最初に演奏を披露したのは、人の良さそうな大学生くらいのギターボーカルの青年と、どう見ても女子中学生にしか見えない(ステージの後でジョッキビールを平然と空けているのを見て外見で判断してはいけないなと反省した)小柄童顔なドラマーからなる、平均年齢の高いこの空間においては大変フレッシュなツーピースバンドで、曲目の方もグリーンデイとかMr.Bigのバラードとかなり若々しい選曲。

 演奏の方も良くも悪くも若々しくて、ボロボロのフライングVを掻き鳴らしてマイクに齧り付くちょっとたどたどしい青年の歌を、小柄な体躯からは想像も出来ない少女のパワフル過ぎるドラムが容赦無く叩きのめす様はいっそ痛快。客席から「下手くそ!」とか「ドラムだけで良い」とか愛のある?ヤジが飛んだ。

 以降は例年通り、熟練のミュージシャン達の演奏が続くのだけど、様子がどこかおかしくて、選曲がミーハーというか、CMで耳にするような有名曲ばかり。

 普段ならクリスマスなんておかまい無しに戦前のブルースや、難解極まりないビ・バップを平気で演るクセに一体どうしたのかと思えば、どうやら中川さんに気を効かせてステージ上で曲目を替えているようで、そんなの僕がガキの頃にもやらなかったじゃん!

 中川さんはというと、ステージ近くのテーブルに、父さんと母さんと一緒に着いていて、曲に関する蘊蓄を披露しているらしい父さんに、コロコロ表情を変えながら相槌を打っている様子が見えて、どうやら楽しんでくれているみたいで安心する。

 僕の方は例年のことなんだけど、この集まりの中でも最年少、つまるところ下っ端なものだから「岬!ちょっとタバコ買って来てくれ!」「おい、ビール持ってこい」と、オッサン達の使いパシリで右往左往していて、中川さんが「私もお手伝いします」というのは押しとどめて。流石に雑用なんかさせられない。

 しかし、この使いパシリも意外と悪いものではなく、ライブも後半に差し掛かると、良い感じに出来上がったオッサン達の財布の紐が緩くなって、例えば数千円のお釣りをそのまま、駄賃だ、と寄越してくるので、ライブ行脚の移動費諸々ですっかり薄っぺらくなった財布には大変ありがたく、普段以上に甲斐甲斐しく働いていると、唐突に頭をむんずと掴まれて「オラ演るぞ」とスガさんが言って、気がつけば縁もたけなわ、最後のバンド、僕らの出番だった。

 僕は慌てて楽屋からギターを持って来て「中川さん、用意できてる?」父さんや、周囲のおばさま達と談笑していた中川さんは「はい、大丈夫です!」待ちきれないといった様子で、さすが肝が座っているというか。

 楽しく歌えばそれでいいのよ。応援してるからね。おじちゃん手拍子でもしちゃおうかな。など、いつの間にかすっかり皆のアイドルといった様相で、実際スクールアイドルではあるのだけど、中川さんはありがとうございます、精一杯頑張りますと恐縮しながら、いちいち声援に応えている。

 そう大したステージではないから客席からそのまま、柵の隙間を抜けて、気持ちばかり段になったステージに中川さんを伴って上がろうとすると「岬、菜々ちゃん、ちょっと」と背後から父さんが呼び止めた。

 柵に寄りかかった、父さんはちょいちょいと手招きして、内緒話でもするみたいに、顔を寄せてくる。

 それは少々、いやかなり突飛な提案だった。

 

「……本気?」「良いのでしょうか、そんなことをして」

 

 流石に不安になる僕らだけど父さんは「余裕、余裕」と能天気。

 

「菜々ちゃんを推したのは僕だからね。この孫の演奏会でも見るみたいな生温い空気はちょっと気にくわない。思い切りやっちゃって、きっと連中ひっくり返るよ」皺の目立つ顔で少年みたいにほくそ笑んで「しくじっても岬がカバーするから」と無責任に言う。

 オイ、くっちゃべってないでさっさと用意しろ、とステージからスガさんの怒声が飛んできて、僕は肩をすくめる。

 

「……いいよわかった。やろうか」

 

「え? 本当に大丈夫なんですか?」

 

「わからないけれど、きっとなんとかなるよ」

 

 だって普段のライブもこんな感じじゃない? ちょっと投げやりに言うと、中川さんは少し苦笑して、確かにそうですね。

 ステージに上がって、父さんから借りたギブソン335をケースから取り出して、手早く準備を終わらせる。

 中川さんがマイクチェックをしている間に「ちょっといい?」ドラムセットに窮屈そうに収まったスガさんに「最初の曲だけ、キュー出し僕がやっていい?」そう言うと、スガさんは怪訝そうな表情を浮かべて「好きにしろ」とぶっきらぼうな返事。

 バンドメンバーにも断りを入れて、中川さんを振り返ると、爛々と輝く双眸とかち合って、彼女は力強く頷く。

 外見は中川さんのままだけれど、優木せつ菜の雰囲気というか、熱量のようなものが滲み出ていて、すっかり準備万端で、もうあとは音楽を始めるだけ。

 僕は頷き返してミュートした6本の弦にピックを思い切り叩きつけた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。