燃え尽きるまで、君の隣で   作:ペンギン13

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魅力。武器。誰にも。

 例えばだけど、スクールアイドル優木せつ菜の一番の魅力は何かと問われると、僕は答えに窮する。

 一番最初に思い浮かぶのはやはり歌唱力。けれど上背がないことを微塵も感じさせない、小柄な体躯を目一杯に使った踊りは、ステージで後ろから見ていても大したものだと常々思うし、スクールアイドルをやっているだけあって容姿も人並み以上に整っていると思う。

 これだけ多彩な魅力を持つ人の一番を挙げろと言うのは難しい話だ。

 でも、もしも、シンガーとしての優木せつ菜の一番の武器は何かという問いならば、答えはひとつだ。

 彼女の歌を一度でも聴いたなら、きっと誰もがそう答えると思う。

 

 

*****

 

 

 ミュートした弦に4回ピックを叩きつける。次いでピッタリのタイミングでバンドが歩みを始める。足踏みをするくらいの、ゆっくりな速度。鳥が空へと飛び立つ前にするように、地面をしっかりと踏みしめるような8分音符を7つ。間延びする最終音。この場にいる全員の視線がステージのド真ん中、中川さんへと向くのが分かる。

 中川さんが思い切り息を吸い込む。そして握りしめたマイクへ歌声をぶつける……ことはなく、するりとマイクを下ろしてしまった。

 客やバンドがあっけにとられるのも束の間、中川さんは、小さな体躯をくの字に折ってシャウトする。

 

 ジャニス・ジョプリン。CRY BABY。

 

 ロックンロール、ブルースの女王。恋と音楽に生きて、27で命すら燃やし尽くしてしまった女の歌。

 彼女の死後に発表されたアルバムに収録されたこの曲は、途方も無い絶叫のようなシャウトでもって始まりを告げる。

 さほど大きなハコでもないし、菜々ちゃんの声量ならいけるよ。本番前に父が僕らに耳打ちした言葉は、確かにその通りだった。

 マイクとアンプを介さない、中川さんの肉声のシャウトは、優木せつ菜の一番の武器は、生温かい視線を送っていた、つまるところ見た目でナメていた客席の連中を片端から殴り倒した。

 長いシャウトの終端を見計らって僕はギターを滑り込ませる。やや遅れて、つんのめるみたいにバンドが合流する。

 客席はもちろん、ステージ上の全員があっけに取られていた。あのスガさんがリズムを乱して、事前に知っていた僕でさえも危うく呑まれかけた。

 こちらの動揺などおかまいなしに、中川さんは少女のお喋りみたいに詩句を紡ぎ、かと思えば雷鳴を思わせる苛烈なシャウトが連続する、躁鬱じみた曲を、大した練習期間もなかったというのに、まるで自分の曲みたいに歌い上げる。

 唐突に、スガさんが原曲には無いフィルをアドリブで差し込んだ。ジャズ畑の人間らしいフックの効いたフィルは、コイツは本物なのか、中川さんを試すようなアドリブ。

 これに中川さんは機敏に反応して見せる。

 ライブ行脚で散々しごかれた故の賜物で、中川さんはバンドでの歌い方、踊り方をすっかり心得ていた。

 ダンスにでも興じるみたいにドラムスのリズムに歌を乗せて、新しいフィルを引き摺り出す。

 試す側だったはずのスガさんがむしろ試されるような様相で、面白い、と言わんばかりに獰猛な笑みを浮かべたスガさんのグルーヴは一段と凄みを増して、それに自分も混ぜろと言わんばかりにベースが、オルガンが乗っかって、バンドサウンドが果てしなく大きな塊になっていくのを感じる。

 こうなってくると大変なのはバンドで一番下手くそな僕で、本気になったミュージシャン達に、必死になって喰らいつく。

 MCも無しに、熱病に浮かされたみたいに、立て続けに曲をプレイする。弦を抑える手が汗に塗れて滑る。

 中川さんは気が付いているのだろうか。ステージに向けられる視線の種類が、開演前と全く異なっていることに。

 今や中川さんに注がれる客席からの視線は氷みたいな冷たさと、触れただけで皮膚が爛れるような熱量の、相反するものが混在したものに変容していた。

 それは表現者が表現者を値踏みする視線だ。

 百戦錬磨のミュージシャン達が、中川さんをシンガーと認めて値踏みしている。

 けれど中川さんはそんな刺すような視線の数々に気が付いている様子はこれっぽっちもなくて。

 ボーカルのメロディを引き継いで、ギターソロへと移りゆく刹那、優木せつ菜のステージでも偶にそうするように、中川さんはクルリとこちらを振り返った。

 身じろぎするだけでやっとな狭いステージだから、お互いに思いがけず近い距離に驚く。

 中川さんが、貴方の番ですよ、煽るような笑みを浮かべて、僕はそれに応えて、ネックを力いっぱいに絞り上げてギターを叫ばせる。

 今この瞬間、誰にも負ける気がしなかった。セッションでなんどもボコボコにされているおっさん達にも、スガさんにも、そうきっと父さんにだって。

 

 

*****

 

 

 最後の曲を終えて、中川さんが深くお辞儀をすると、少しの静寂の後でたくさんの拍手だったり、歓声だったりが彼女を讃えた。

 剣呑な値踏みの視線はすっと引いて、だけど「誰か先生に習っているのか」とか「普段からステージに立っているのか」とか、興味津々な老人達の質問責めに中川さんは面食らいながらも、ステージを降りてそれらの質問に丁寧に答えていて。

 僕はというと、いつもの優木さんのステージの時と同じで、すっかり何もかもを燃やし尽くされた後の疲労感でいっぱいでへたり込みそうになる。

 ギターをその辺の空いたギタースタンドに立てかけて、熱い息を吐く。まだ腹の奥のあたりで、音楽の熱が熾火みたいに、わだかまっている気がする。

 背中にべったりと張り付く汗や、火照った頭を冷やしたくて、少し外の風にでも当たろうかと思いステージを降りようとしたのだけど、背後から頭を鷲掴みにする手がそれを止めた。

 「スガさんどうしたの?」恐る恐る訊ねると、首ごとねじ切られるんじゃないかって勢いで振り向かされて、見るとスガさんの据わった目があって「興が乗った、もう一曲演んぞ」

 

「もう一曲って、中川さん、僕ら演るような曲のレパートリー無いよ?」

 

「あ? んだと?」

 

「普通さ、女子高生がジャニスだのジミヘンだの聴くわけないじゃん」

 

 だからこれでお開きで。僕は言ってさっさと逃げようと思ったのだけど、万力のように固定された手が解放してくれなくて「なら適当に叩くから、合わせろ」とアンプの方に引き摺られていく。

 いち早く危険を察知した他のバンドメンバーは、さっさと逃げ仰せてい、スガさんは盛大に舌打ちをして、僕にギターを押しつけて、それから客席の方に向かって一喝。

「えっ俺!?」唐突に名指しされた犠牲者のの狼狽える声。

 

「いいからさっさと上がって来いっ」スガさんの追い打ちの怒声に、周囲に野次られながら渋々といった様子でステージに上がってきたのは、一番最初に演奏を披露した二人組バンドのギターボーカルの青年だった。

 お互い苦労するね、彼はそんな感じの苦笑を僕に向けて、客席の方に小さく断りを入れてから、スタンドに立て掛けられたフェンダー・プレシジョンベースを取り上げる。

 

「で、なに演るの?」青年が問うとスガさんは少し思案して「あー...MOBBY DICK」ぶっきらぼうに言う。

「ひとりでやれよ!」僕と青年の声が綺麗にハモった。ほとんどドラムソロの曲じゃねぇか。

 うるせぇ、ほらやんぞ。スガさんが言って、巨体のために小枝みたいに見えるスティックをハイハットに振り下ろしてカウント。

 御崎さん。ふと客席の方から呼ばれて、見ると老人連中に囲まれて最前列の席に収まった中川さんが「頑張ってください!」と、ぐっと拳を突き出すのが見えて、中川さんにそう言われると、何故だろうか、頑張らなければならない気がしてきて、頷きをひとつ返す。

 ベースの青年とアイコンタクト。破裂音じみたスガさんのドラムに早くも心が折れそうになりつつ、僕は弦を弾いてリフを紡ぎ出す。

 

 

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