そこかしこで外国語が飛び交う、ゴールデン街の喧噪を抜けて、うんざりする人混みの靖国通り沿いに出て、人波に揉まれ流され。
どうやら中川さんは人の多い方、明るい方に向かって歩いているらしくて、街の光に出会う度に「綺麗ですね!」と振り返る。
イルミネーションでも見ているつもりなのかもしれない。
けれども確かに、普段なら毒々しく思える、過剰なビルの電飾も、通りの車のライトも、今日に限ってはなにか素敵なものに見えなくもない。
クリスマスも佳境。周囲のおびただしい数のカップル達は、それぞれが二人だけの世界と行った様子で、手を繋ぐ、腕を組むくらいならマシなもので、ほとんど抱きつきながら歩いているような、見ている方が恥ずかしくなるようなのがいて、ふと自分の手に目を落とすと、中川さんの手が繋がれたまま。
だけどもこちらは、周りみたいに五指を絡めるような色っぽいものではなく、子供が親の手を引くみたいな。
それでも女性経験が皆無な僕には、どうにもくすぐったいもので、現実感がなくぼんやりしかけていたのだけど、一際強烈な光を放つ歌舞伎町のネオンの方に向かおうとするのは、流石に引き留める。
もう随分遅い時間だから、うっかり補導なんてされてしまったら目も当てられない。僕も中川さんも、それほど大人びた外見をしていない。
幸い、駅の方に向かって歩いていたから、そのまま人の流れにあわせて進んでいると、ついと繋いだ手を引かれて、立ち止まった中川さんの視線は交差点の向こうの大型ビジョンに注がれている。
見ると周囲にも同じように足を止めて熱心にビジョンを見る人が多くいて『ラブライブ東京大会結果集計中』の字幕があって、背景で過去のラブライブの映像がダイジェストで流れているようだった。
映像はスクールアイドルに疎い僕でも心当たりがあるもので、先日の秋葉原で見た、名門UTXを打ち負かした、公立校の9人組のスクールアイドルのライブの映像。
画面が一杯のオレンジ色に染まる。
それは画面の向こう側の、スクールアイドルのファン達の掲げたサイリウムの色。
相変わらず降りしきる雪や、夜の交差点を、太陽みたいなオレンジ色が染め上げて、中川さんの朱の差した白い頬も明るく照らして。
中川さんはこちらを振り返って「綺麗ですね」淡く笑った。
僕はなんでだかその顔を直視できなくて「うん、凄く」誤魔化すみたいにビジョンの方を見たままで頷いた。
*****
寒空の中を散々歩き回ったためか、もうほとんど酔いから覚めた様子の中川さんは、駅舎に入る手前「ここで大丈夫です」と言って「今日はありがとうございました」一礼した。
「お礼を言うのはこっちだよ。身体は大丈夫そう? 気持ち悪かったりしない?」
「大丈夫ですよ。まだちょっとだけ、ふわふわしますけど」
「においで家の人にバレたらマズいから、コンビニでミントでも買って、あ、のどが渇いてもスポーツドリンクはアルコールまで吸収しちゃうから気をつけて。それからラムネを食べておくと次の日に残らないから」
「どうしてそんなに詳しいんですか……」咎めるみたいに言うから「ケイコさんがよく酔っぱらって帰ってきて、それで」言い訳をすると中川さんは少し苦笑して、それから「また、あそこに行っても良いでしょうか?」と言った。
「あそこって、スガさんのとこ?」
「はい」
「良いとは思うけど、なんでまた」
あんなオッサンだらけの煙草臭いところなんて、好き好んで行くものでもないと思うのだけれど。
首を捻っていると「だって、あの場所でなら、また御崎さんと一緒のステージで歌えますから」と、真っ直ぐに言われてしまって、なぜだか僕は上手に返事が出来なくって。
「ええっと、良いんじゃないかな。きっとスガさんたちも喜ぶよ」と、そっけない感じに。
それでも中川さんは「はい」と満面の笑みで頷いて「また、必ず」そう言い残して、ぶんぶん手を降りながら、駅舎の中へと姿を消した。
僕は振り返した手を中途半端なところで落としたまま、人の途切れない駅舎の方を見たまま突っ立っていたのだけど、後ろの方から来た人に肩をぶつけられて、ようやく我に返って、踵を返して雑踏の中に紛れ込む。
一日中、夢でも見ていたような心地だった。
身体がふわふわしている気がする。ほんの少しだけど、飲まされた強い酒がまだ残っているのかもしれない。
スガさんのところに戻ろうかな。どうせまだ騒いでるだろうし、中途半端に飲まされたせいで、ちょっと物足らない気分。
……それに、なんでだか分からないんだけれど、無性にギターを触りたかった。
そうと決まればと、中川さんと歩いた道をひとり戻っていると、ポケットのスマートフォンが振動した。
見ると画面には中川さんの番号。なにか忘れ物でもしたのかな?
電話に出ると「……御崎さん、どうしましょう」とすっかり弱り切った様子の中川さん。
「雪で電車が全部止まってしまって……」ちょっと泣きそうな声音で中川さんはそう言った。
*****
とりあえず、もう一度合流することにして、中川さんがいる改札前に急いだのだけど、到着してみるとそこはなんというか、阿鼻叫喚の絵図。
時刻表の電光掲示は軒並み発車時刻が消えて、代わりに雪のため運転見合わせだとか運休だとかの文字が流れて、切羽詰まった様子のアナウンスがひっきりなしに流れて、仕事帰りらしいサラリーマン風の男が駅員に怒鳴りつけていたり、地べたにぐったり座り込んでしまっている人がいたり。
とても良い雰囲気とは言えなく、トラブルにでも巻き込まれたら大変だから、僕は中川さんを連れ立って殺気立った駅舎の外に出る。
「両親には遅くなるって伝えてるの?」
「はい。生徒会の用事と言ってありますので。そうだ、お母さんに連絡しないと……」
中川さんがメッセージを送っている間に、考えを巡らせて、まずはバス停に行ってみると長蛇の列。電車と同様、雪で遅れているみたい。
スガさんから貰った万券のことを思い出して、駅のタクシー乗り場まで行ってみたのだけど、みんな考えることは同じようで、こちらも目を覆いたくなるような列が出来ていて。
もうこうなったら帰ることは一旦諦めて、どこか泊まれる場所を探すことにした。
いくらクリスマスと言っても、流石にビジネスホテルくらい空きがあるだろう。
けれども、その考えは甘かった。歩けど歩けど、どこもかしこも満室。
全部の当てが外れて立ち尽くしていると、中川さんが、小さくくしゃみをした。
寒い中、連れ回したのが良くなかったのかもしれない。また風邪でも引いたらどうしよう。
相変わらず雪が降りしきる新宿は、馬鹿みたい明るい癖に、やたら薄ら寒い。
迷って、けれども背に腹は代えられないから、僕は「ウチで良かったら来る?」と中川さんに訊ねた。
中川さんは少し吃驚したような顔をして、それから少しの逡巡の後で「その……ご迷惑でなければ」街の喧噪にかき消されてしまいそうな、小さな声で言って頷いた。