祝詞…? つまり詠唱か…。オルガの得意分野じゃないか。
『初めての御役目。初めての敵。本当に怖くて体が震えだしました。でも、先輩はこの恐怖心にずっと耐えていたんですね。凄いです。なら、私も頑張らなきゃだねっ! ……でもこの時は●●の力で●●と戦うなんて予想していなかった……』
大赦書史部・巫女様 検閲済
風は戸惑っていた。大赦から勇者候補として名前が挙げられていた人は妹も含め勇者部に勧誘済みである。新たに発見されたという情報もきていない。しかし、彼らは現にこの神樹世界で活動できている。これは本当に神樹様に選ばれたということなのだろうか。
「風先輩……?」
「あ、ああ。ごめんね、話の途中だったわ」
東郷の声で我に返る。そうだ、悠長にしている場合じゃない。"敵"はもうきているのかもしれないのだから。
風は改めて画面を見ると4人の離れた場所にピンク色のマーカーが現れていることに気づいた。
「……! あれね……」
風は樹木を駆け上がり見晴らしの高い場所から遠くを見る。そこには巨大な異形の物体がゆっくりこっちへ向かっていた。
「……なんだアリャ!」
「浮かんで……る?」
後からついてきたオルガと樹、そして三日月が口々に言う。
「……なんか、真っ白な鳥みたいだ……」
「ミカおまえ……。鳥じゃねぇだろ」
三日月の言葉にオルガがつっこむ。確かに白いが鳥には見えない。
「え? 今俺のことミカって言った?」
ミカはキョトンとしている。
「ああ。三日月・オーガスってなげぇしな。三日月……。いや、なんか俺はミカって呼ぶ方がしっくりくんだ」
「……まぁ別にいいや」
三日月はあんまり気にしてはいない。どうやら満更でもないようだ。
「で。風先輩……って呼ばれてたよな? アンタ、アイツのこと知ってんのか?」
「私は犬吠埼風。……そうよ。まぁ、実際見たのは初めてだけどね」
4人は友奈と東郷がいる場所へ戻る。
「勇者の御役目はね。向こうにいるバケモノを倒すの。奴等は人類の天敵、バーテックスと呼ばれているわ」
バーテックスとは神樹様が作った結界の外にあるウイルスから誕生した存在だと説明されている。西暦時代、四国以外の日本という国はそのウイルスによって人が住めない環境になってしまった。つまり、今現在四国は神樹様によって生き永らえている状況である。
「だが、筋が通らねぇな。そのバーテックスって奴が神樹を破壊して四国を滅ぼして何の得があるんだ? 俺は学がねぇからわかんねぇけど、ウイルスに自我があるってのか?」
「そこは私も疑問が残るわ。けどあんなバケモノは人間が想像できる範疇に収まらないってことね」
風は大赦からバーテックスには知性があるかもしれない、と聞いていたがアレを見てもそうは思えない。
「この四国以外は危険だから出ちゃダメって授業で習ってたけど……」
樹もおどおどしながら言う。
「奴は地球の王にでもなるつもりか?」
「笑えない冗談ね」
「……すみませんでした」
風の返しにオルガは平謝りする。
「何にせよ。ここでアイツを倒す。みんなスマホを持って。戦う意思を示せば勇者装束を纏って戦えるようになる!」
そう言って風はスマホをクリックする。すると、彼女の服は制服から黄色が主体の戦闘服へと変化していき、手には身の丈ほどの大剣が握られていた。
「よし、俺たちも行くぞぉ‼︎ ……って俺、携帯持ってねぇぞ‼︎」
凄んだオルガだったが携帯を所持していないことに気づく。
「ミカは何で持ってんだ⁉︎」
「あー、なんていうか、前に景品で当てた」
「……すげぇよ、ミカは。ってそんなこと言ってる場合じゃねぇ! どうすりゃいいんだ!」
「じゃあ先行くよ〜」
テンパるオルガを横目に三日月はスマホをクリックする。服は制服から黒いインナーにミリタリー色のジャケットを羽織る衣装に変わった。手には拳銃を持っている。三日月は拳銃片手に巨大なバケモノへ向かっていく。
「待てミカ! そんな装備で大丈夫か⁉︎ ……ちっ、このまま行くしかねぇか‼︎」
先行する三日月に続いてオルガもバケモノに挑んでいく。
「あ! ちょっと‼︎ 生身で行かないでよ!」
風の声はもう届いていなかった。
「仕方ない。みんな彼らを援護ーー」
「風先輩……。あんなのと戦えるなんてできません……」
風の言葉を遮った東郷は車椅子の上で震えながら怯えていた。
「……わかった。無理強いはしない。3人ともここで隠れていて。片付けてくるから」
「わ、わかりました。風先輩、お願いします」
「うん、友奈。……それと東郷、ごめんね……」
風はそう言い残し、飛び去っていく。
「友奈……ちゃん……」
「大丈夫だよ。東郷さんは私が必ず守る」
ガッツポーズを取る友奈の手は震えていた。
「……友奈さん。すみません私、お姉ちゃんの助太刀に行きます」
「樹ちゃん⁉︎ 平気なの⁉︎」
「怖いです。でもお姉ちゃんはずっとこの恐怖に耐えてたんだって……。そう思ったら居ても立っても居られません!」
「……わかった。気をつけてね」
ハイ、と答えると樹はスマホをクリック。彼女の服は鮮やかな緑主体の戦闘服へと変化した。
「これが勇者装束……。待っててね。お姉ちゃん‼︎」
樹はその場から跳躍する。と、思った以上に飛びすぎてあっという間に風に追いつく。
「うわあああ〜〜。ジェットコースター〜〜‼︎」
「樹⁉︎ どうして⁉︎」
「お姉ちゃんが心配だもん。私はついていくよ。何があったって」
「樹……。よし、じゃあいくよ。戦う意思を強く示して‼︎」
風は樹の覚悟に涙目になったが切り替えてまた跳躍する。樹も続く。
「ええ〜と、こうかな⁉︎」
その瞬間、バーテックスの下腹部の先からボールのようなものが飛んできた。樹が右手を伸ばすと、そこからワイヤーが数本飛び出し、ボールに命中、ボールは爆発した。
「ええ⁉︎ なんか出た。それに爆発した⁉︎」
「あのボールみたいなの、爆弾みたいね」
次から次へと放たれる爆弾に二人は避けていく。時にはワイヤーで防いだり大剣で斬り裂いたりしながら。
「ん〜? 威力ないな。この銃」
三日月は近距離で拳銃をドカドカ撃ち、バーテックスの下腹部や放たれる爆弾を撃ち落とすが、いまいち手応えを感じない。
「もっと接近してゼロ距離ならーー」
その瞬間、三日月の頭上から布のようなものが振り下ろされる。布は羽衣のようにバーテックスのまわりに漂っていた。それを武器として三日月へ攻撃してきたのだ。
「ミカァァァ‼︎ ゔぐっ‼︎」
だが、オルガが庇い、羽衣をその身に受けて吹き飛ぶ。三日月は無事であった。
「オルガ……。オルガ⁉︎」
「……こんくれぇなんてこたぁ、ねぇ……。だからよぉ……止まるんじゃねぇぞ……」
オルガは地面に伏して左手人差し指を三日月に向け動かなくなった。
「このぉーーッ‼︎」
追いついた風が大剣でバーテックスを薙ぎ払う。バーテックスは体勢を崩す。が、すぐに立て直しまた爆弾を放つ。
「どこ狙って……⁉︎ 友奈ッ⁉︎ 東郷ーーッ‼︎」
叫ぶ風。爆弾は隠れていたはずの友奈と東郷の元へ飛んでいく。いつのまにかバーテックスは二人を射程圏内に狙える位置まで移動していたのだ。
「⁉︎ 東郷さん‼︎」
友奈が向かってくる爆弾に気付く頃には二人とも逃げきれないほどの距離だった。友奈は意を決して東郷から離れ、爆弾に向かっていく。
「いやあああ! 友奈ちゃああーーん‼︎」
東郷の叫びも虚しく、友奈は爆弾に被弾。その衝撃波で東郷も車椅子からその場に倒れる。
「ゆ、友奈……ちゃん……」
東郷は涙を滲ませ親友の名前を呼ぶ。……すると、
「大丈夫だよ。東郷さん。必ず守るって言ったから‼︎」
桃色を主体とする戦闘服を身に纏いながら友奈の手には手甲が備わっていた。そして隣には羽の生えた小さな牛が現れる。
「友達を守るために。日常を取り戻すために……!」
友奈は呟きながら、勇者装束への変身を終える。
「私は結城友奈。私は……勇者になる!」
バーテックスは羽衣で風たちに攻撃しながら、爆弾を友奈に向かって数発飛ばす。
だが、友奈はそれを拳で、脚で砕いていく。そばにいる牛は薄い膜を張って爆発する衝撃波を緩和させている。
向かってくる爆弾を全て処理すると、友奈は倒れている東郷を抱えて、車椅子に座らせる。
「待っててね。東郷さん。終わらせてくる‼︎」
そして友奈は風たちに加勢しに向かう。
「風先輩‼︎ アレを倒すにはどうすればいいんですか⁉︎」
「彼が攻撃しても私や樹が攻撃してもすぐ修復する。やっぱり祝詞を唱えるしかないッ!」
先程から3人がかりでバーテックスの羽衣を斬り落としたりワイヤーで下腹部を切断したりしているがすぐさま修復している。
「祝詞……?」
「画面を見て、そこに書いてあることを唱えて。友奈はそこで。樹はあっち。あなたはそこに立って!」
3人は風が指定した場所に立つ。風も揃って4人でバーテックスを囲う形になった。
「えーと……。かくりよお、おかみ。あわれみたまい」
「め、めぐみ、たまい。さきみたま」
樹と友奈はぎこちなく唱えていく。すると、樹の前にはモコモコに芽がでている物体が現れ、友奈の前にはさっきの牛が現れる。
「クーシィミィマァター。マモーー」
「おとなしくしろーーッ!」
三日月がカタコトで唱えていると、風が突然大剣を地面に叩きつける。と、風の前に青い小型の獣が現れ、バーテックスの足元から花びらが舞い始める。
「「それでいいのぉぉぉー⁉︎」」
「ようは魂込めれば言葉は問わないのよ」
「お姉ちゃん、早く言ってよ〜〜」
「……俺難しい言葉、よくわかんないから。それで良いなら、いいや」
困惑する二人をよそに三日月はバーテックスを見つめる。すると頭部と思われる場所から逆四角錐の物体が顔をだした。
「なんかベロンと出たぁぁ〜〜」
「あれは御霊っていうバーテックスの心臓! あれを壊せば完全に倒せるの」
「なら私がッ! ……痛ぁぁ〜い。硬すぎるよ〜〜」
御霊を壊そうと殴った友奈だが傷一つ付かない。
「くっ! これいきなりまずいんじゃあ……」
風も大剣で斬ろうとするがビクともしない。
「お姉ちゃん。足元のカウントダウンって何?」
友奈と風とで交代しながら攻撃を加えるがなかなか壊れない。……やっと傷が付いたところで樹が異変に気付く。
「そのカウントダウンが0になったらこいつの封印が解かれて倒すことができなくなるの! 樹! いまいくつ⁉︎」
「え、ええ⁉︎ お姉ちゃん! もうすぐ0になっちゃうよ!」
「ええーーッ⁉︎」
風がそれを聞いて驚いた瞬間、足元のカウントダウンが『零零零』と表示し、御霊がバーテックスの内部に戻ろうとする。
「……そんなっ。世界が終わーー」
風が膝を突き、諦めの言葉を呟いた瞬間ーー。
「まだだーッ! まだ間に合うぞ‼︎ 間に合わせなきゃいけねぇんだッ‼︎」
倒れていたはずのオルガが走りながら叫ぶ。
「あなたッ! 生きていたのねッ!」
「このままじゃ……」
もはや、心配してくれる風に応えている暇はない。オルガは御霊を収納したバーテックスの正面に立つ。
「こんなところじゃあ……終われねェェーー‼︎」
オルガの周りにいる3人の顔は半ば困惑した顔で彼を見る。
……そう"3人"。……1人足りない……。
「だろぉ……。ミカァァァ‼︎」
その瞬間、バーテックスの足元から土煙があがり、そこから巨大な二足歩行の機械兵器が現れる。バーテックスはその衝撃で地に横たわり、機械兵器は持っているメイスで御霊を収納したばかりの頭部目掛けて振り下ろす。
ドゴーンッと轟音が響き渡り、頭部が破損。ボロボロになった御霊が零れ落ちる。
「いまだ‼︎ 友奈ァ‼︎ とどめをさせェ‼︎」
「ーーッ! うん! うおおおおおお‼︎ 勇者パーーーーンチッ‼︎」
御霊の一番近くにいた友奈は渾身の拳を放つ。
すると御霊は跡形も無く粉砕した。
「砂に……なっていく」
「やったのよ! 友奈‼︎ あなた最高よ‼︎」
消滅していくバーテックスを眺める友奈に風は抱きつく。
「痛たたたた。風先輩! もう少しやさしく……」
周りには先程の機械兵器はおらず、いた場所には三日月がうつ伏せで倒れている。
「すげーよ、ミカ……。よくやってくれたなっ!」
「……うん」
オルガの手を取り、三日月はふらつきながら立ち上がる。
「ミカ。俺はさっきのお前を見て、決して散ることのない鉄の華を見た」
「なにそれ……?」
「……? 鉄の華ってのはな……っと歩けるか?」
倒れそうになった三日月を支える。
「大丈夫……。慣れてきたから……」
「……?」
「ありがとね‼︎ さっきの機械。あなたでしょ‼︎ すごいわよ‼︎ 勇者システムにあんなのがあったとはねぇ‼︎ あっ! あなたも生身で攻撃食らったのに無事だったの?」
2人の元に駆けつけた風は興奮しすぎて早口で褒め称える。オルガと三日月はよく聞き取れていない。
「あ、ごめんね。つい……。続きは帰ってから説明するわ」
「お、おう。そうだな! じゃあ帰るか! ミカ!」
「帰ろう……。俺たちみんなで」
三日月はゆっくり頷きながら答えた。
いつのまにか、樹木の世界は消えてなくなり、6人は学校の屋上にいた。神樹様を祀った祠が鈍く光った気がした。
「あ! 東郷さん! よかった、無事だった?」
「ゆ、友奈ちゃんこそ、本当に……」
「みんな、ありがとう。さて今日のところはゆっくり休んで。また明日、きちんと説明するわね」
「風先輩! 帰る前に一つ聞かせてください。戦いはもう起こらないんですか?」
東郷に聞かれた風は静かに答える。
「……ひとまず敵は退けたけど、また明日か1週間後にくるかもしれない」
「……なんで、こんな大事なことを……ずっと黙っていたんですか……」
東郷はそう言い残し屋内へ戻る。
「……」
風たち5人はなんとも言えない暗い雰囲気に包まれた……。
次回予告
『バルバトス。コイツの名前』
『一応、大赦に連絡してみるけど……』
『全然知らなかったよ……』
『見てみて〜。私のお胸がホルスタイン〜〜』
『なんで、俺だけ……』
『友奈ちゃんを……、いじめるなァァーーッ‼︎』
ーー第三話 おかえりーー