次回でこの物語は一旦、終わりを迎えます。
……そう、いったん……
『私が最後に、しようとしたことは''最後の満開''と呼ばれるものらしい。まだ不完全で大赦の人たちも詳しくは知らないのだが、300年前に似たような事をした勇者がいたという。その時は''最後の切り札''という名前だったらしい。……まあ、300年前の記録だから信憑性はわからないけど』
※大赦書史部解体の為,検閲未実施
ーーあれから数日が経ち、八月の暑さが身に染み始めた頃。
犬吠埼宅にて……。
「……」
「あっ樹。おはよう。もうすぐスープが出来上がるから、先にトースト食べちゃってて」
「……お……」
「ーーッ!」
おたまでスープをかき混ぜていた手を止めて風は振り返った。
「お……ねぇ……ちゃ……」
「ーー樹ッ‼︎」
風は咄嗟に樹に抱きしめる。
「く、るし……」
「あぁ……。樹!」
樹が声を発したのだ。もう戻らないと思っていた声を。
「……ホントに治るんだっ」
「……おねぇ……ちゃん。く、る……しぃ」
風は涙を流しながら抱きしめ続けた……。
ーー東郷は朝目が覚めると、違和感を感じた。
うまくは言えないが、体が軽くなったような……。
そしてそれがわかったのは布団から体を起こしたときだった。
「……っ!」
ゆっくりと両足を動かして立ち上がった。
フラフラしているが、確かに自分の足で立っているのだ。
「戻ってる……!」
ーーそして、最後に戦った日からちょうど一週間経った頃。
「じゃあ行ってくるよ」
「気をつけてよねっ。何かあったら連絡してよね」
「心配しすぎだよアトラ」
三日月は家の前でアトラに見送られる。今日は風から呼び出しを受け部室に集合することになった。
……オルガの件については、アトラと藍那には正直に話していない。七月末に起きた高知の土砂災害の補助に、何人かの大赦の人間と共に駆り出されている、という嘘で誤魔化していた。
「心配だよぉ。この前まで右半身、まともに動かなかったんだから」
「……」
「私、なんか千切れるくらい痛かったよ。この辺が……」
アトラは自分の左胸に手を当てた。
「……これ以上、三日月が傷付かないようにって神樹様にお願いしてたのに」
「アトラ」
三日月は両手をアトラに見せた。
「確かにこの前までは動かなかったけどこの通り、もう大丈夫だよ。……それに、左の方はコレが守ってくれたから」
左手首には、ある夏の日にアトラがあげたミサンガがついていた。
「あっ……」
アトラは不安だった顔を左右に振り、照れ臭そうに微笑んだ。
「そっか……! なら今度は全身に巻けるように、立派なミサンガを作っておくねっ!」
「……それは邪魔かな。……と、早く行かなきゃ遅刻しちゃうよ」
「あ、そうだね。……じゃあ気を付けてねっ」
「うん」
お互いに手を振り三日月は学校へ向かったーー
ーーそして、
「うぃーす……」
「お、きたわねミカ」
「部長……と、樹ちゃん」
部屋の中には風と樹がいた。
あの戦いの後、三日月たち五人は散華により奪われていた体の機能が戻ってきつつある。
当然、樹もーー
「み、か、づき、くん……」
「……‼︎ 樹ちゃんの声‼︎」
「そうよっ。私の目も、樹の声も少しずつだけど戻ってきたのよっ!」
風は涙ぐみながら樹を抱きしめる。
「お、ねぇちゃん。また、泣いてる」
「本当に良かったっ! 治るんだもん! 樹ぃぃ〜」
「良かったね部長。……そだ。東郷さんは?」
三日月は時計を見た。もう集合時間なのだが……。
「多分東郷は……」
言いかけていたところで廊下から足音が聞こえてきた。
「すみません。遅くなりました……」
ガラッと扉を開け東郷が入ってきた。彼女はもう車椅子を使わず、自分の足で立って歩いている。
「珍しいんじゃない? 東郷さんが遅刻なんて。……あれ? この言葉前にも言ったような?」
「って言っても1分しか経ってないから、誤差よ誤差」
東郷を加え、今日呼び出されたメンバーは揃う。
「さて、と。とりあえずは揃ったからみんなで病院に行きましょ」
四人は部室内にある衣装や小道具を持って病院へ向かう。
その病院は現在、夏凛と友奈が入院している所である。
「あら? また来てくれたのねっ」
受付を済ませた後、東郷は女性看護師に呼びかけられた。
「……はい、先程、ぶりです……」
東郷は少しぎこちなさそうに応える。
「……もしかして友奈のところ、行ってから部室に来たの?」
「……はい」
「なんだ。なら言ってくれれば東郷は現地集合にしたのに」
「いえ、それは申し訳ないです。それにリハビリも兼ねて少しでも歩きたいので」
「そう? 東郷には無駄足だったでしょ?」
「「「……」」」
周囲の空気が凍てついた……。
「……ごめん。意識してなかったけど、なんかスベったこと言ったわね……」
「い、いえ……」
そうするうちに夏凛と友奈がいる階に着く。
「ん〜そうね。じゃあ東郷は先に友奈の所へ行っておいで」
「えっ、ですが……」
「気になるんでしょ?」
東郷は少しの沈黙の後、頷いた。
「……ありがとうございます」
そして東郷は友奈の所へ。風たちは夏凛の病室へ向かった。
「……で、あの戦いの後、大赦からしばらくは敵の侵攻は来ないって伝えられた。そして、私たちの体の機能は神樹様が返してくれた。みんな、徐々に体が動くようになって、今じゃこんな感じ」
風は左目を指差し、三日月は右手を握ったり離したりする。
「三日月はともかく、アンタのはわかんないわよ」
冗談混じりに呟き、夏凛は自身の包帯に巻かれた右腕を見る。
「……あっ、でも夏凛はーー」
「私のコレは散華の代償じゃないからね。バーテックスに直接やられちゃったものだからすぐには治らない」
夏凛の右腕は蠍座に刺された部分を切り取ってしまっているので、手術により他の部分から移植していた。また、蟹座の攻撃で肋骨にひびが入っていたようだ。
「勇者として回復能力が上がっているとはいえ、これだけの怪我だからね。完治は早くて三ヶ月。まあ、退院するのはもっと早いけど……。だから心配なんていらないわよ?」
「そう……」
「……私のことはいいのよ。それより友奈は? あの子は''まだ''なの?」
「……うん。今も東郷がそばについてるけど」
「そう。……東郷ね、ほとんど毎日ここに来てるわよ。たまに私の所へ顔だすけど……、友奈のことを……」
「……うん」
「ねぇ、どうして友奈は戻らないの?」
「あの子は、無理しすぎちゃったのよ。私が友奈に頼りっぱなしになっちゃったから……」
「部長だけじゃないよ。俺たちも友奈に頼りきりだった」
「……私が、俺たちが、とかじゃないでしょ? あの時はみんなが一生懸命で、やれるだけのことをやったんだから」
夏凛はこの場にいる三人を励まそうとする。
「……そうね。ってか私たちが怪我人に励まされてどうすんのよ」
「そうよっ。しっかりなさいよね」
変わらず元気に振る舞う夏凛に三人は呆れつつ笑った。
東郷は友奈の病室で椅子に座っていた。
「友奈ちゃん。勇者部のみんなと会ったの。また、これからここに来るけど、散華の代償はもう気にならないってぐらい回復してる。風先輩やミカさんの視力も以前と同じくらい戻ってきてるし、樹ちゃんも徐々に話せるようになってるわ。私も、二年前に失ってた足の機能も回復して、歩けるようになったの。まだ走ることはできないけど……。記憶の方だって少しずつ、少しずつ……」
そう話しかけているが、友奈は眠ったままである。
友奈だけは今もこの状態が続いていた。心音も正常、呼吸も正常、臓器や骨、脳も異常は見られない。しかし、友奈は目を覚まさない。
「友奈ちゃん、これ見てっ。九月末にある文化祭で劇するでしょ? 風先輩が魔王役で頭につける悪魔角のカチューシャ、私が作ったんだよ」
悪魔の角が付いたカチューシャを取り出した。
「衣装もね、マントを縫ったり、武器を作ったりしてる。この調子なら新学期までに道具は間に合う……」
語りかけても反応なんてしない。そんなことはあの日からずっとわかっていた……。
しかし、東郷はそれでも友奈に語りかける。この声が彼女に届いていると信じて。
「……だからね。友奈ちゃんは心配しなくてもいいよ? 焦らずにいこう。……私、ずっと待ってるからね……」
その言葉は東郷自身に言い聞かせているようだった。
「そう……。焦らなくていい。私の足だって、記憶だって、みんなの体だって……、戻ってきてるんだから……」
……そのあと、風たちが部屋を訪ね、彼女たちも劇の進捗状況を友奈へ報告した。
「……じゃ、また来るわね友奈。私たちはあなたの目が覚めるまでずっと待ってるからね。役も用意してる。……勇者役だから台詞覚えるの大変よ? だから、目が覚めたらみっちり練習に付き合ったあげるからね……」
そう言い残し、勇者部メンバーは病室をあとにした……。
ーー瀬戸大橋の近くには二人の男女がいた。うち一人は車椅子に座っている。
「……もう半ば諦めかけてたよ〜。……本当に彼女たちには感謝感激ってやつだね〜」
「ああ。大きな借りができてしまったね。我々がどうにも出来なかったことを、彼女たちは……」
乃木園子とマクギリスもまた神樹に奪われていたものを取り戻していた。
「で? マッキー先生。''昔の貴方''は取り戻せたの?」
マクギリスは彼女の意味深な問いに、ふっと笑った。
「……そうだね。人は、失ってはじめて大切なものに気付く。と言うが私の場合は、失っている間は何ひとつ気付かなかった……。この想いを……。''彼女''への想いを……」
「じゃあこれからどうするの? ''もう一人の先生''を探しにいくの?」
「そう、したいところだね。ただ、彼女が今どこにいるのかはわからないから、そこから始めなければいけない。今もなお大赦にいるのか、故郷に帰っているのか、はたまた……」
そこでいったん言葉を区切った。
乃木園子は軽くため息をする。
「なら私も、乃木家のコネを使って探してみるかな〜」
「いやこれは私が取らなければならない責任だ。……君はリハビリに励みたまえ」
「リハビリの合間にってこと」
「……助かるよ……」
乃木園子はふと、瀬戸大橋に留まっているカラスを見る。
カラスは乃木園子が見ていたことに気付いたのか、バサっと翼を広げてどこかへ飛んでいった……。
次回予告
『七人でこの劇をやりたかったなぁ……』
『ずっとそばにいるって言ったのにーッ‼︎』
『オルガの言葉が俺たちの中にまだ残ってる』
『さあてねっ』
『緊張……します』
『私、素敵な転校先を見つけたよ〜』
『奇遇だね。私もだよ』
『生きろっ』
『面白い冗談、言ってあげよっか!』
『だからよぉ……止まるんじゃねぇぞ……』
ーー最終話 勇み歩き続ける者ーー