イラク、モースルから西に100キロの地点。
整備も行き届いていない半ば砂利道と化している舗装道路。トルコのジルク・ルジュから国境を越え、イラクのモースルへと続く街道でもあるその道を、砂塵を巻き上げ、車を揺らす砂利すら踏み潰すトルクを持ったコンボイ(トレーラー)が走る。それも複数台も連なって。
HCLI……ココ・ヘクマティアル率いる私兵集団は、この街道を抜けるためにコンボイを運転し、イラクに向かって邁進している。
イラクでの慈善事業に向けて物資を輸送する中、相手様の計らいで、「エクスカリバー」なんて大層な名がついた米国ホワイトカラー資本の民間軍事会社の護衛が付いているのだが……いかんせん、奴らは質が悪すぎる。何の関係もない一般市民に銃を乱射するなど……民間軍事会社という名のチンピラ、ギャング、反社……一般社会に馴染めなかったはみ出し者たちの衆である。
そんな無能で愚かな者たちの本質をココ・ヘクマティアルが見抜けないはずもなく、トルコのジルク・ルジュでの燃料、食料の補給後、街道を走り出してすぐココはエクスカリバーに拠点に帰るように伝え……追っ払ったのだった。
「いやぁ、都合がよかった。日本で君を雇えるなんてな」
「本当は雇ってもらう予定はなかったんだけどなぁ……」
先頭を走るコンボイのハンドルを握るのはココの私兵の中で最も爆弾の扱いに優れ、そして最もやべー奴、ワイリ・コヨーテ。そして、何故か俺はワイリ・コヨーテの運転する先頭のコンボイの助手席に座っていた。
変わり映えしないイラク郊外の荒野を眺める。チェコの栄えた街並みとは雲泥の差だし、居を構えるプルゼニは自然豊かな片田舎だけど、イラクは一切緑がない。延々と黄土色の荒野が続くザ・中東みたいな景色が延々と続いていた。
「しかし、よくヘックスが許してくれたな。ココのことを目の敵にしてただろ?」
ほんとそれな。ワイリの言葉に俺は愛用しているアサルトライフルを適当に撫でながら答える。
「一国一城の主だからな。養うには収入がいるものなのさ」
いや、ヘックスことレイチェルや、チナツも浪費家ってわけじゃないんだけど、純粋にヨーロッパの物価が高い。中東やロシア方面でいざこざがあったら簡単に光熱費は上がるし、物価も上がる。
ヨーロッパの国々は豊かだと誰も彼もが思うだろうが、その実は貧富の差が激しいし、金がない人間は本当に貧しい生活をしている。光熱費が払えなくて冬を越せずに、なんて話は珍しくもない。
あと、俺個人としてはレイチェルやチナツには生活に困ってほしくないし、たまに旅行に行けるくらいの贅沢ができれば文句はないのだ。ただ、その金を得る手段がこういう真似しかなかったわけで……。
「ハッハッハッ、魔女もジョーカーには形なしってわけか」
「それ普通逆じゃない?亭主関白なんてしようものならダガーナイフが飛んできそうだ」
さだまさしの関白宣言とかしたら1日もしないうちに家がグラウンドゼロになるぞ。
「しかし、世界中の裏側の人間から恐れられてるジョーカーが子育てに邁進してるとは夢にも思ってないだろう」
俺がなぜHCLIのココたちと行動を共にしているか?
日本でSR班の盛大な自殺玉砕があった後、こちらもキャスパーのオーダーを完遂したので、ココたちが安全に国外に出立できるのを見送ってからチェコに帰ろうと思ってたんだけどね。
監視目的でココに目を向けるとレームさんやバルメに気づかれると思って、とりあえず気取られないようにココがいる空港内で適当にレイチェルとチナツでお茶してるところで、ばったりココたちと遭遇したのだった。
向こうもこっちも完全に不意を突かれたのもあったのぶったまげていたが、ココから「兄さんの仕事は終わったの?」と問いもあったので、こちらの動向はある程度知られているようだった。ちなみに「何で知ってるの?」って聞いたら、「SR班が壊滅した後、キャスパー兄さんが上機嫌に全部話してくれた」って言ってました。キャスパーあの野郎……。
それで、ココたちはSR班暴走の首謀者である日野木一佐を追うためにバハマに向かうのだとか。おう、そうか。まぁ頑張れとトージョにエールを送って、こちらもチェコに帰ろうとしたのだがそうは問屋が卸さない。
端末に表示される相当額の電子マネーを見せたココが「ジョーカー、私に雇われろ」とその場で仕事を依頼してきたのだ。
となりにヘックスことレイチェルがいるっていうのにこの女イかれてんのか?と内心思ったものの、俺としても渡りに船。
日本観光で思いの外に出費もあったし、事後処理とかはキャスパーも手伝ってくれたが、それでも相当な額を使っているので、そろそろ仕事が欲しかったタイミングでもあった。
そして、先日のCIAのブックマンからの依頼もある。
先日、俺の個人携帯にブックマンから電話があって、内容を超要約すると「右腕だったアールが裏切っちゃったし、左腕だったヘックスは君に籠絡されたわけだから、責任持って君が私の仕事手伝ってね。あ、情報によってはちゃんと報酬は払うから」とのこと。つまり、オペレーション・アンダーシャフト……ココ・ヘクマティアルの監視と籠絡を手伝えと。しかも出来高制である。ふざけてんのかCIA。というか、なりふり構わなくなってんのか、ブックマンが楽しんでるのか、わかんねぇなこれ。
ちなみにスケアクロウとショコラーデは何してんの?って聞いたら、今は中東で武器売買のルートを洗ってるとか。あー、完全にキャスパーがSR班の売買ルートを乗っ取ってる件ですね。ご苦労様です。
あと、それとなーくココにCIAの影をチラつかせてみたけど、「そんなこと、君を手中に収められるなら安いものさ」とにこやかに回答してくれた。さすが武器商人である。ちなみに下手人の一人であるアールはちょっと顔色が悪かった。レイチェル?チナツと一緒に日本最後のデザートを買い溜めしてたけど?
そんなわけで俺はココの依頼を快諾。二週間後、トルコとイラクの国境付近であるジルク・ルジュで待ち合わせをして、私兵たちと一緒にココの護衛をしているわけだ。
「まぁぶっちゃけ、チナツを引き取ることになったのも、レイチェル……ヘックスの面倒を見ることになったのも、ぜんぶ成り行きな上に自己満足だからなぁ……この手で色々なことをやらかしてきたが、随分と強欲なもんだ」
「ジョーカーと呼ばれる男も立派な保護者になってるじゃないか」
そう快活に笑い飛ばすワイリと俺の出会いはかなり昔だ。
彼がまだ米軍に所属していた頃で、時系列で言うとワイリにイカした剃り込みができて、中東で化学工場を南極あたりまで吹っ飛ばした後くらい。
別任務中にワイリの所属する工作部隊が、現地武装集団に包囲されて、さながら映画のブラックホーク・ダウンみたくなっていた際に、俺が所属する中東の部隊と米軍が協力して救出したのだ。
その頃の俺はキャスパーにも出会ってなくて、中東の武装組織でせっせとスキルポイント稼いでいる頃であり、ワイリとのファーストコンタクトはボロボロの護送車から引っ張り出したところであった。
それから数年が経ち、ココの私兵と一戦交えた際にワイリと再会。過激なタイミングとなってしまったが、紆余曲折あってココと手打ちになって、ココの護衛をしたり、死にかけたエコーを蘇生したり、バルメと死闘したりと、何やかんや付き合い出すようになったのだった。
ワイリは俺が尖っていた時期を知っているからこそ、チナツやレイチェルを抱えて奔走している俺を見てしみじみと言っているのだろう。
「笑うなよ、ワイリ。お前たちだってヨナくんの保護者みたいなもんじゃないか」
「言い得て妙なものさ。ヨナくんは強い。キャスパーさんも認める強さを持ってる。だが、その強さだけじゃいずれ壊れてしまう」
だろうな、と俺もワイリの言葉に同意する。私兵の中でココとの付き合いが長いワイリのことだ。その本心はココには言ってないのだろう。ただ、ココもどこかで気づいているはずだ。
ヨナ……ジョナサン・マル。
彼は銃を持つには誠実すぎる。
「確かにな。誠実といえばそうだな……。ジョーカー、君から見てココさんはどう思う?」
「現代版のバルカン半島を擬人化した感じ。つついたら辺りを巻き込んで大爆発するし、彼女が本気になれば世界なんて簡単にひっくり返る」
さっぱりとした物言いにワイリは面白そうに頷く。彼も気づいているのだろう。ココとの付き合いが長ければ長いほど、全容はわからなくともある程度察することはできる。彼女が……ココ・ヘクマティアルが何を目指し、何を成そうとしているのか。
「だから、こちら側に付くつもりになったと?」
「オレはどちらにも付かないさ、ワイリ。だからバランスが取れてる」
だからこそのジョーカー。
ブックマンも言っていたけど、俺はどちらにも傾かない。ココ・ヘクマティアル、キャスパー・ヘクマティアル、HCLI、CIA、各国家の傭兵……道理がある仕事は受けるし、それがないものは受けない。
好き嫌いしてるって自分では思っているだけだが……銃を持つ環境に身を置いているとよくわかる。この世界に明確な正義なんてない。だから、道を踏み外さないように筋や道理を貫き通す強さが何より必要であるということ。
「ただ……来るべき「平和な世界」に向けて、自分たちの食い扶持は残しておきたい短絡的な人間なのかもしれないな」
「ハッハッハッ!それを言えば、この世界の人間全員がそうだろうな」
それはそうだろう。ある日いきなり「空」が封鎖され、全世界の人間が空に掲げられた「恥」を見上げるようになったのなら、誰もが思うはずだ。だから、そう思う前に食い扶持が確保できる側には居たい。それが過酷な道であったとしても。
「それにしても良かったのか?エクスカリバーなる民間荒くれクソッタレ傭兵企業をまんま返して」
「その言い方で大体察しがついてるじゃないか、ジョーカー」
「まぁ、多分この道の先でアンブッシュかましてるんだろうなぁ」
「あ、やっぱ臭うか?」
ワイリの言葉に俺は折りたたんでいた地図を広げて今走っている街道の先を指で押さえる。緩やかなカーブを描く道。舗装路の両サイドは人が寝そべれば隠れられるほど勾配があるのと、すぐ先に岩山があるので身を隠すには打ってつけだ。
まぁ、最後尾のコンボイを運転する通訳の人の〝善意〟が気がかりであるが……そこは予想範囲内だろう。
「奴らは土地勘だけはこっちより上だからな。まぁココさんのことだ。相手が仕掛けてくる前に撃滅だろ」
「よくわかってるじゃないか」
ニヤーっと笑うワイリ。多分アンブッシュ用の爆弾でロクでもないことやるんだろうなーって思いながら、追走車にアンブッシュの連絡をするワイリを見る。
予想通り、ワイリの爆弾芸術が炸裂し、ヨナくんに引かれてた。
そして同乗してた俺も警戒対象になった。解せぬ。