イラクの首都バグダッドから車で2時間ほどの南に向かったところにあるティクリート。本日、ココ分隊の憩いの宿がこの街にあった。
エクスカリバーという大層な名前のクソたちを撃滅した後、見事にアメリカ高官の息子を拉致したナザルさんは「我らの英雄、またお会いしましょう」とヘリで迎えに来た仲間たちを背に俺にそう言って快晴のイラクの空へと消えて行った。
高官の息子さんはこれからとんでもない目に遭わされるだろうが、ワイリの爆弾芸術に巻き込まれずにとりあえず生きていることができるのだ。強く生きていて欲しいと心から思う。
さて、そんな哀れな若者のことはさっさと忘れて、ココたち一行はエクスカリバーに拉致された運転手の力を借りて、えっさほいさと目的地であるティクリートに到着したのだった。
運転手には謝礼金と迷惑料としてアタッシュケース一個分の報酬を渡し解放。明日から最後尾のコンボイを運転するのは俺になる。ワイリ曰く、ティクリートからバグダッドまでは現状アメリカの庭となっているし、こちらとしては慈善団体への物資輸送だ。テロリストがジハードするのはリスキーすぎるので、それほど警戒しなくてもいいらしい。
ちなみにティクリートもアメリカの庭になりつつあるので治安はそこそこいい。暑いけれど湿気も少ないからカラッとした気候で、夜に飲食店も経営しているので食事にも困らない。ただ現地人が親しんで食べる料理が大半なので、ハンバーガーやケンタッキーなどのジャンクフードにはありつけなかった。
「さて!無事にエクスカリ何とかを撃退できたわけだし、明日は荷物の引き渡しがあるからみんな適度な時間になったら寝るように!」
「「「うぃ〜す」」」
現地のレストランでイラクビールと羊肉がたっぷり入ったタシュリーブ(パンに肉と野菜のスパイス煮こみをかけて吸わせたもの)で腹を満たしたココたちは、ワンフロア貸し切ったホテルで解散となる。気だるい返事をして部屋に入っていく面々だが、基本的に二人一部屋で、ココの両隣には護衛のウゴとレーム、アールやトージョがいて、ココの部屋にはヨナくんとバルメが在室するという布陣となっている。
俺は雇われ要員なため一番離れた部屋……襲撃時に最も襲われる超危険ポイントである非常階段とエレベーターフロアの真ん前の部屋となる。
いや、これはココから虐められてるわけじゃなくて、あえての部屋割りだ。基本的にこう言った部屋割りは護衛対象の周囲とフロアの入り口に戦闘力の高い人員を配置する。それか周辺警戒が上手いやつ。
かの有名な新撰組も夜回りの際に先頭に立つ人間が一番戦闘力がある人員となっていたと噂で聞いたことがあるが、この立ち位置がまさにそれである。
俺がいない時はトージョかルツ、マオが持ち回りでやっていたらしいが、俺が雇われてから満場一致で俺の部屋割りとなった。オタクら俺をターミネーターかキリングマシーンか何かかと思ってない?まぁ別にいいけどさっ!
そんなわけで部屋にそれぞれ戻ったメンバーだが、消灯時間までまだ時間はある。俺はシャワーを浴びる前にレームさんに断りを入れて屋上へ上がった。
前にも言った通り、俺の転生特典はFPSのスキルである。銃の腕前や身体能力、装備も少なからずそのスキルの恩恵を受けている。そしてスキルはキルレートや支援ポイントなど、戦闘中に稼ぐこともできるのだが、トレーニングという行為でもポイントを稼ぐことができる。
人間、利益があるとわかると何かと続けるもので、俺もポイント欲しさに屋上に着くと腕たて伏せやスクワット、シャドーボクシングにナイフ格闘、コマンドサンボやCQCなど……脳内にあるトレーニングメニューをこなしてポイントを稼いでいる。もちろん、カンストすればスキルとして入手もできるので一石二鳥。今は古代フィリピンの古流武術であるカリを練習中。
そんなトレーニングの中、同じく非常階段で屋上に上がってくる人影があった。
「ジョーカー」
女性の体とは思えない鍛え抜かれた肉体。黒髪を揺らす隻眼の女性……バルメこと、ソフィア・ヴェルマーが、訓練用のナイフを持って立っていた。
「……手合わせ、お願いできますか?」
ナイフにも劣らぬ切れ味を持つ眼光を光らせてバルメは俺に訓練用ナイフを投げ渡してくる。あ、これ断れないやつですね。わかります……。
ちなみにバルメとの仲は良い方……なのであるが、割と因縁があったりする。ココたちとのファーストコンタクトも不幸な行き違いからで生じた戦闘でだったし、応戦した俺の弾丸がバルメに直撃。その治療費と慰謝料もしっかりと支払ったのだが、行動を共にするようになってからはやれ特訓だとか、やれ模擬戦だとかと絡まれるようになって行ったのだった。
最初の頃は五分五分の戦いだったのだけど、ほら、この、スキルとかを手にすると成長するわけであってですね……とても不本意だけど、最近は俺が勝ち越している。
そんなことを思ってると俺とバルメしかいなかった屋上にぞろぞろとココの私兵たちが集まってきているのが見えた。
「お、姐さんと模擬戦するのか?クラヴィス……っていててて!!アイアンクローやめて!!」
とくにアール。俺をみた途端にニヤリと笑みを浮かべたな?レームさんに口止めして、こっそりと上に上がったのにバルメにチクったなテメー!こうなるから黙ってトレーニングしてたのに!
ちなみにこの後、下手人はレームさんであることが判明。理由を聞いたらベランダでタバコを吸う権利のために俺の所在地を売ったのだとか。今度買い出しの時にニコチンの軽いタバコに挿げ替えてやる。
とりあえず避けられぬ戦いと見せ物になるであろう今後の展開にうんざりしながらもコンバットブーツの靴紐を締め直しているバルメの前に立つ。
「トージョはどっちにかける?」
「バルメが積年の屈辱を晴らすのにビール一杯」
「そこ、賭けをするのは禁止」
いつの間にか炭酸飲料をヨナと一緒に飲んでるココもいるし。あんまり周りに見られてやるの、好きじゃないんだけどなぁ……。
「スゥー……行きます!」
そんなことで止まってくれないのが戦闘狂、バルメさんである。俺の合図も待たずにナイフを構えた彼女は凄まじい胆力で地面を蹴り、まるで猫科の獰猛な肉食獣のようにしなやか且つ、力強く、素早い動きで肉薄してくる。低空姿勢のまま振り上げる閃光のようなナイフをスウェーバックで躱す。ナイフ戦で大袈裟な動きは致命傷に繋がりかねない。振り抜かれたナイフを持つ手を捻り上げ、関節を決めて投げ……。
「シャアッ!!」
あっぶね!?関節技決めてるのにバルメはお構いなくナイフを持ち替えて斬りつけてきた。しかも空中にナイフを放ってである。動きが洋画に出てくるスーパー暗殺者のソレなんよ!
空いた手で何とかナイフを受け止めつつ、極めた関節技でバルメを振り飛ばす。さすがに人体の限界突破はしていなかったようで、腕が折れないように体を捻り、バルメは跳躍。俺の投げ飛ばした力を利用して距離を取った。相変わらず人間やめてる動きしてるなぁ。
そこから一足。ひとつ、ふたつ、みっつ。バルメがナイフの連撃を仕掛けてくるが丁寧に対応する。絡んだ間合いの中から不意打ちでナイフの持ち手の底でバルメの側頭部を軽く叩く。怯んだところで攻守逆転。こっちはナイフだけじゃなく手技や足技も駆使して迎撃。
足払いから流れるような体を捻りながら宙回転というコンバット・スタントで全体重を乗せた蹴りをバルメのガードに振り下ろす。たまらずと言った様子で彼女も下がると、ココの私兵たちから「おお〜」という歓声が聞こえた。
「ヒュー、相変わらずとんでもない動きをするな、姐さんもジョーカーも」
「あいつ、また動きにキレが出てるな」
冷静に俺たちの模擬戦を観察するレームさん。アールやトージョたちも何か得るものがあるのだろうか、真剣な眼差しで二人の戦いを見つめている。
そんな中、メロンソーダを飲むココは「フフーフ」と笑みを浮かべていた。
「いやいや、バルメも負けてないよ〜?」
そう言ってココは青い目で二人の戦いの行く末を見つめる。ココもココでジョーカーに執着する側の人間であるが……バルメもバルメで、同じくジョーカーに執着する側の一人なのだから。
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焦がれるような暑さがあった。
海外派遣のアフリカで、私は右目と仲間と……全てを失った。死に絶えた仲間の下に埋もれて、醜くも生き残った。
「銃剣を付けた二挺拳銃の男」によって部隊は壊滅。栄光もその先にあった栄誉も失い、おめおめと生き残って基地に収容された私は、ココにスカウトされて今に至っている。スカウトの時、彼女は言った。その時の私には二つの鍵があって、ひとつは家に帰り、家族に優しく包んでもらう生き方。傷を慰められ、心を癒してくれる家族のもとで安泰な生活を送り、結婚し、家族を作る……今思えば人間らしい生き方かもしれない。
でも、私はもう一つの鍵……世界へ繋がる鍵を選んだ。
私を屈服させ、屈辱に虐め、失った目を疼かせる世界を選んだのだ。
アフリカ、中東……砂漠と乾燥した空気は、いつも私にあの焼け付くような熱の記憶を思い出させていた。
だが、アフリカの公司工場にて、復讐に乗り込んだ私はついに亡くなった部下たちの屈辱と、私自身の因縁を晴らすことができた。それ以来、あの焼け付く日々を思い出すことは少なくなると思っていた。
屈辱を晴らし、雪辱を果たし、使命を果たし、部下にも敬意を払えた。何を思いつかえる必要がある?何に?何を求めている?
ココを守る。彼女の思い描く未来を、夢を守る。それで良いと思った。
薄れていく。あの焦がれるような暑い記憶が。
それで良いと思っていた。
それで……良いと……。
(……右!)
「残念。こっちだ」
意識の外から変則的に飛んでくる蹴り。模造とはいえ、ナイフという人を斬殺するための得物を持っているというのに、相手は躊躇いなく足で私を吹き飛ばしてきた。衝撃でふわりと私の肉体が浮かぶ。まるで大きなコンクリートの塊がぶつかってきたような衝撃と重さ。せっかく詰めた距離が難なく離される。
地に足をつけて何とか着地し相手を見上げる。蹴りを繰り出した脚を下ろして、ジョーカーと呼ばれる男は悠然と手を広げ、私と向かい合っていた。
ノイズが走る。
焦がれるような暑さの中でみた……いまだに「追いつけない男」の姿が、ジョーカーに重なる。小さく息を吐いて、私はナイフを構えた。
「本当に、貴方と模擬戦をすると自分の不甲斐なさを痛感しますね。もっと鍛錬を積むべきだと後悔するばかりです」
「そりゃどうも。そう思うならここらで止めるとかは?」
「それは勿体無いのでしません」
「あっそう」
心底と言ったふうに肩を落とすジョーカー。そんな姿ばかり見ていたら、私は何の感情も抱かなかったはずなのに、一度戦いとなれば、彼の動きは洗練される。まるで未来を見ているように私の動きを躱し、組み伏せ、撃ち倒してくる。
手を変え、技を変え、戦術を変え、戦略も変え、あらゆるパターンで挑むが、なおも上をゆく手腕に私は心中で感嘆する。そして同時に思う。彼が「あの男の側に居なくてよかった」と。
ジョーカー……クラヴィス・トレイン。
彼とのファーストコンタクトは最悪だった。
コーカサス地方にある小国で、反対勢力に武器売買の仕事を進めている最中、政府高官がココの暗殺計画も秘密裏に進めていた。その事実を反対勢力から入手した私たちは奇襲される前に撃滅すべきと行動を開始。そして先手を取って高官を拉致するべく奇襲をかけたのだが、その際に高官を護衛する立場にいたのがジョーカーだった、
なし崩し的に戦闘状態となった中、彼はレームやワイリ、私の連携をもってしても仕留めきれず、戦闘の主軸が私であることを察知するとすぐさまターゲットを私に絞り込んできた。
信じがたい……人間離れした動きで肉薄してきた彼になす術なく、肩と腹に一発ずつ弾丸を食らった私は、激痛で跪く中で、トドメを刺さずに背を向けて去っていくジョーカーの姿を見た。
凍えるような冬の日のことだった。
灼熱の記憶と、極寒の記憶。
片方は消えつつあるが……それは間違いだと気づく。
燃え盛るような復讐の記憶は薄れて行っても、凍えそうな冷たさの中で、研ぎ澄まされた刃のような殺気の記憶は消えない。
だから、まだ終わっていない。
私が戦士として生きる上で、もう一つ越えるべきものがある。だから……まだ、私は、戦士として終わっていないのだ。
▼
ココの持つグラスが汗をかいて水を垂らす。ヨナは二人の戦いに魅入っていて、最初のひと口以外、飲み物には一度も口をつけてなかった。
模造刀の強化ゴムが擦れる音が幾度も聞こえる。バルメの猛攻をジョーカーは躱し反撃する。長い長い戦いがまだ続いていた。
ただ、ココはニヤリと笑みを浮かべる。
「そろそろだね」
隣にいたヨナが「何が?」と思わず聞いたと同時、拮抗状態だった事態が動いた。左下から右上へ逆袈裟に振り上げるナイフの軌跡。その動きをしながら、バルメは腰に収めていた2本目のナイフを抜いた。
卑怯とは言わせない。
これは実践的な模擬戦だ。
それに、バルメは攻防の中で2本目のナイフを持っていることを隠していない。腰にそれがあることを見抜いていなければ、ジョーカーという男はその程度の男にすぎないのだ。だから相手も十分に承知している。
問題は、それをいつ、どのタイミングで使うか。
「もらった……!」
絶好の機会。スウェーバックで避けたジョーカーは体勢を僅かに崩している。そこが付け入る隙。その間合いでバルメは2本目のナイフを抜いた。
そして、一本目が過ぎ去ってすぐに飛び出す斬撃。まさに間髪入れない二つ目の攻撃だ。流石のジョーカーもこれを凌ぐは至難の……。
「なあっ!?」
バルメは思わず声を上げる。ココは目を見張り、私兵たちは全員が黙り込んだ。
2本目の刃はジョーカーの脇腹を切り裂くはずだったのに、その遥か手前で止められていた。それもナイフでガードされるとか、腕で止められる訳じゃない。
「肘と膝で挟んだ!?」
思わず、と言ったふうに叫んだルツ。彼のいう通り、バルメの必殺の一閃はジョーカーの肘と膝によって挟み込まれ、行手を遮られたのだった。
信じられない。そんな思考停止に陥ったバルメに待っていたのは、ナイフを捨てたジョーカーからの掌底の一打であった。右肩にもろに受けたバルメはナイフを落として、そのまま後ろへと倒れる。
「らしくないチェックメイトだな、バルメ。ちょっと直線的過ぎたぞ」
すぐに体を起こしたバルメの眼前には、ジョーカーが突き出したナイフの切先があった。勝負はついた。完膚なきまでの……敗北だった。
「ですね……勝負を焦ったことは認めます」
お手合わせ、ありがとうございました。そう言って頭を下げて去っていくバルメ。彼女の背を見送ってから、俺は大きく息を吐き出した。
なんなのあれ、怖ぁ……後半から人間の動きじゃなかったんだけど。
途中からスキルを使って騙し騙しでやりくりはしていたけど、最後の2本目のナイフは本当に冷や汗ものだった。習得したパッシブスキルの一つである暗殺拳「蛇」がなかったら確実にやられていた。
ちなみに暗殺拳「蛇」は別アニメに登場する格闘術であり……いわゆる初見殺しの拳である。
ただ、模擬戦や手だれ相手に多用すると2回目からは完全に見切られてしまうため、このスキルを使うのは必ず相手を「殺す」時か、今のように危険な時に「防御」として使う時だけである。
ちなみにこのスキルは結構使い勝手がよくて、プラダでチナツを暗殺しようとして、保護者と護衛を兼任していた俺を足止めしようとした暗殺者相手にも使用して秒殺したりしている。
バルメが私兵たちに励まされている中、神妙な面持ちでココの前に立って頭を下げているのが見えた。
「負けました。すいません、ココ……せっかくの約束を」
「んーんー、気にすることないよバルメ」
勝ってくれたら嬉しかったけどなーと無邪気に笑うココと不甲斐なさで自決せん勢いの表情になっているバルメ。あの、それはまぁ良いんだけど。なんか気になる言葉がでてきたんだが。
「あー、二人とも。約束って何」
思わずココとバルメにそう聞くと、ココは可愛らしく首を傾げて答えた。
「バルメが勝ったらジョーカーの終身雇用主は私っていう賭け」
「なにその怖すぎる賭け」
まぁ終身雇用してもいいけど……その場合、CIAとかヘックスとかが血眼になって俺を取り返しにくるけど……どうする?
そう聞き返すと、ココは「よーし!明日も早いからとっとと寝るぞー!」とバルメの胸に顔を埋めながら屋上から去っていくのだった。