さて、チェコのプラハで勃発したパラミリとHCLIとの武力衝突から二ヶ月。
ブックマンからの報酬も手に入り、ここ数日は目立った仕事もなく、プルゼニ郊外の自宅で俺ことジョーカーは穏やかな休暇を過ごしていた。
「チナツ、ちゃんと残さずに食べなさい」
「う……ブロッコリーは苦手なのだ」
食卓に並ぶ季節の野菜を使った晩御飯を食べながら、俺は隣に座る女性二人のやり取りをぼんやりと眺めている。一人は皿に残ったブロッコリーと睨み合っているチナツ。
もう一人は、長かったウェーブがかった髪をショートボブまで短くした……ヘックス。いや、魔女という名は捨てたようで、今はレイチェル・トレインという名で俺の親族としてこの家に〝転がり込んできている〟のだ。
「わがまま言うと、いい女になれないわよ?」
「うぐぅ……」
二ヶ月も住めば彼女の人となりというものも分かるのか、最初は警戒心をあらわにしていたチナツも、ヘックス……ごほん、レイチェルが用意した料理にも躊躇いなく手を出すようになっていた。
俺は相変わらずおっかなびっくりではあるが、パラミリの戦闘マスィーンだったレイチェルがよもや料理を得意としているとは予想外である。彼女曰く、亡くなったフィアンセのために料理をしていたらしく、久々に作ると楽しくてつい凝ってしまうのだとか。
そう言って、まるで憑き物が落ちたように穏やかに笑うレイチェルを見ながら、俺はブックマンから受けた連絡を思い返した。
《はぁ!?どういう意味だよ、ブックマン!》
それはプラハ市街戦から四日後のこと。落ち着いたヘックスを空港に送ろうとした時、ヘックスの端末に連絡が入ったのだ。相手はブックマンで、開口早々俺に替われと言われたらしく、端末を耳に当てると同時にこう言われた。
〝ヘックスの面倒は君に任せる〟と。
今からプラハの空港に向かっても、彼女がアメリカに着いたとしても秘密裏に逮捕、そのまま処刑が確約されているらしい。火消しを担ったブックマンも尽力したが、カットスロート部隊は壊滅。国に強制送還されたのち、然るべき裁きを受けるのだとか。
《だから、彼女はデータ上では戦死扱いになってるわけ。君がそうしたんだから、責任は君が取ってね。俺は忙しいから、じゃっ》
《あ、てめ!今度メガネ奥にぐいってしてやるからな!!》
電話が切れる直前まで恨み言を端末に叩きつけ、俺はすぐにヘックスの軍事端末を踏み潰した。アメリカとの生命線である端末が壊されたということは、彼女は祖国に見捨てられたということだ。
それを悟ったヘックスは落ち込むかと思いきや。
「じゃあ、私の新居に案内してもらおうかしら」
と、笑顔でそう言ったのだった。そしてそこからが大変だった。思い当たる節は多々あるが、まさかヘックスを俺が匿うことになるとは……。死なれてしまうのも目覚めが悪いとは思ったが、ここまでするなんて俺は言ってないぞ。
「え、ヘックスさんとついに?!」
家に着くなり、待っていたチナツがそんなことを口走った。なし崩し的に保護することを正直に話すと、チナツはまるで生ゴミを見るような目で俺を見つめてきた。
「クラヴィス物好きすぎるのだ」
「物好きってどう言う意味かしら?」
にゅっと横から割り込んできたヘックス。彼女はそのまま俺の左肩にしなだれかかって腕に手を絡めてきた。なんかもう色んなところが当たってる。というか、チナツに見せつけるように当ててるとしか思えない。その様子に、チナツはニコリと笑顔になる。
「そのままの意味なのだ。そしてクラヴィスの腕から離れろ」
「それは無理ね、彼に殺されちゃったし」
ギュンという効果音が聞こえそうな眼力が俺に向けられる。マジでチナツのその目はやばい。思わず身震いしながらも俺は弁明する。
「悪い、チナツ。マジで返すつもりだったんだ!」
「あら、返すなんて私はペットじゃないわよ?まぁあながち間違いじゃないか。あーんなことや、こーんなことまでされたわけだし」
「これ以上、話をややこしくしないでっ」
「なにそれ詳しく、私は今冷静さを欠こうとしてる」
「勘弁してくれぇ……!!」
そんなこんなで、ヘックスを我が家に匿うことになった当初は、チナツとのキャットファイトが展開されたり、いきなり髪の毛を切った上に偽造戸籍を用意してきたヘックスことレイチェルだったり、それが俺との親族関係であるということに再びチナツがキレたりと、色んなことがあった。
二ヶ月という時間をかけてようやく平穏な日々が戻ってきそうな時だった。
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「こんな時間に客……?」
ベルの音と共に木製のドアをノックする音がレイチェル手製のデザートを食べるリビングに響いた。時間は22時を過ぎたあたり。この辺の店は19時から20時には閉まるところが多く、こんな時間にくる来客なんて滅多にいない。
俺は二人をリビングに残して玄関へ向かう。途中、下駄箱の裏に隠してあるグロック17を回収して、ゆっくりと人影が映るドアを開いた。
「やぁ、クラヴィス。お久し」
そこに立っていたのはかつての雇用主であるキャスパー・ヘクマティアルと、チェキータを筆頭にした彼の護衛たちだった。全員から久しぶりと挨拶をされて、俺は息を吐いて反対側の手に持っていたグロックをズボンのポケットに突っ込んだ。
「……キャスパー。わざわざチェコまで何の用だよ」
「あぁ、ちょっと君に頼みたいことがあってね。君のとこのお嬢さんにも関わる話だ。ガンビル通商、といえば伝わるかな?」
ガンビル通商。その名を聞いて、俺は黙ってキャスパーたちを招き入れ、そのまま二階の客室へと案内した。チナツは大丈夫だろうが、引退(死亡扱い)をしたヘックスに会わせるのは、お互いにとって刺激が強すぎるだろう。流石に我が家で銃撃戦は勘弁してもらいたい。
「……日本防衛省情報本部(DIH)秘密部隊、統幕二部特別研究班……通称、SR班か。なんだよ、チナツの件は手打ちになったんだろ?」
人数分のコーヒーを持って客間に行くと、すでにキャスパーは上着とネクタイを解いてくつろぎモードに突入していた。まぁちょうどベッドもあるし、五人くらいなら泊められるけど、泊まる気満々っていうのはどうなのよ。
そんな感想を飲み込んでコーヒーを振る舞いながら、俺はガンビル通商の裏の顔について話を始めた。日本政府が持て余す武器売買によって独自の活動能力を有する組織、SR班。チナツの両親も、ガンビル通商の関係者であり、内部抗争か何かで犠牲になったのだ。
その件については、俺も動いた。ジャカルタにあるダミーカンパニーにまで出向いて、今後、チナツの身の安全と保証を約束させたわけだが。そこまで話すとキャスパーはうんざり、と言った様子もなく語り始める。
「手打ちにはなった。が、奴らがそれで自重することもなくてね。最近は東南アジアの輸出ルートがコテンパンにやられまくりさ」
「の割には、楽しそうじゃないか……アンタのことだ。もう喧嘩を売る算段をつけてるんだろ?」
「正しくは買ったかな?というか、もう火蓋は切ったんだよなぁこれが」
ワハハと笑いながらとんでもないことを言うキャスパーに、俺は飲んでいたコーヒーを思わず吹き出した。そのやり取りを見て、ナイフを拭いていたチェキータが面白がっている。
「相変わらずいいリアクションするわねぇ、ジョーカー」
「チェキータ姉さん……勘弁してくれ。で?喧嘩始めたキャスパーが俺に何の用で?もしかして火消しの依頼?」
たしかにガンビル通商とはパイプはあるが、キャスパーが喧嘩を売った以上、SR班はHCLIに従属するか、または破滅かの二択しかないわけで。そんな状態で火消しを頼むほどキャスパーは道楽者ではないはずだ。
すると、彼は航空チケットをテーブルに置いた。あとアタッシュケースに入った纏まった金も。
「いや、違う。君には交渉の護衛の依頼だ。場所は日本。すでにチケットは手に入れている。3枚分だ」
「……本気か?」
俺の言葉に、キャスパーは今までと同じようなヘラヘラした笑みを浮かべながら言葉を続けた。
「護衛対象は、我が妹……ココ・ヘクマティアルだ」
どうやら、俺の穏やかな休暇は今日で終わりを告げるようだった。