武器商人と最強傭兵   作:紅乃 晴@小説アカ

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亡霊と傭兵(3)

 

 

日野木陽介。

 

日本防衛省情報本部(DIH)秘密部隊、統幕二部特別研究班 、通商SR班を率いてきた自衛隊士官であり、階級は一佐。

 

彼が表舞台で活躍していた時は、幕僚課程やアメリカ連絡将校も務めた上げた叩き上げのエリートだった。

 

SR班5代目班長就任に伴い、裏金作りのためのダミー企業「ガンビル通商」の専務に収まる。アメリカからは「日本唯一のスパイマスター」と評され、徹底した隠匿行動でSR班を生き延びさせてきた男は、周りから見れば石のような硬い意志と信念を持った男だという評価であった。

 

そんな叩き上げのスパイから見て、目の前にいるクラヴィス・トレイルことジョーカーは、彼の培ってきた常識や理論が通用しない「理の外」にいるような男だった。

 

彼との出会いは南米での諜報活動の時だ。アメリカ合衆国からの依頼であり、その支援としてジョーカーが現地に送り込まれた。CIAの人間からは「我々ができる最大の敬意と支援」だと言われたが、のほほんと一人で現れたジョーカーに、日野木の疑いの目は険しくなるばかりだった。

 

だが、実際に任務が始まってしまえばCIAの眉唾物の言葉が真実であったということに気づく。

 

その諜報任務は非常にリスクが高かった。日本の非公式組織であるSR班、その隊員の死体だけは現地に残すわけにはいかない。故に日野木は慎重にことを進めようとしたのだが、ジョーカーはほぼ単身で相手の施設に乗り込み、要求されたデータを持ち帰ってきたのだ。それもアメリカ合衆国側からの依頼も完遂して。

 

南米側に亡命した科学者の暗殺、そして科学者がもたらそうとした新型兵器のデータ回収。後者がSR班の仕事であり、今回の内容はあくまで状況確認であった。だが、ジョーカーはその任務を一人で達成したのだ。

 

日野木を含め、SR班の誰もが衝撃を受けた。次元が違う。ズボンに拳銃を突っ込み、アジアを闊歩した日本人スパイ、その祖先を待つSR班から見ても、ジョーカーは異質であった。セオリーなど関係ない。より効率良く、より早く、より正確に目標を排除し、目的を達成する。

 

まさにマシーンだった。反政府勢力の軍事施設をたやすく踏破し、厳重に守られた科学者を暗殺し、データを持ち帰った彼の姿は、アメリカから日本のSR班に送られたプレゼントでもあったのだろうか。

 

その日を境に、SR班の誰もが変わり始めたのかもしれない。その変化を日野木は止めることができなかった。たとえその先にあるのが、組織の崩壊であったとしても。

 

 

 

 

 

 

「久しぶりだな、ジョーカー……いや、クラヴィスと呼ぶべきかな?」

 

SR班は日本に拠点を持たない。

 

その理由は、SR班の独特な出自がある。戦後に必要とされた諜報部であるが、日本の政治基盤は米国などと密接な関係があることと、政府自体の体制が脆弱であることから日本での諜報部というものは育ちにくい環境にあった。

 

故にSR班は独自の維持能力が求められた。本部はジャカルタにある兵器売買のダミーカンパニーであり、日本での情報交換は日本中に張り巡らされた高速道路のパーキングエリアや、野外公園などだ。

 

今回、俺が連絡を入れた日野木は会合場所をこのアミューズメントパークにした。

 

理由は様々だろう。とくに人が多いこと、観光客に紛れて仕舞えば敵兵力を判断させられないこと、そして日本の有数のテーマパークという状況から、自分達が暗殺、もしくは襲撃されないというリスク回避も込めてだ。

 

(正面のテーブルと、入り口、あと斜め後ろね。隠す気がないと言っても……稚拙なものね)

 

日野木に案内されて入ったレストラン。テーマパークの装飾が施された内装にはしゃぐチナツを横に、レイチェルが静かにそう言った。彼女が言ったのはおそらくSR班の隊員たちなのだろう。つまり。

 

この施設内にココとその私兵たちがいるのも日野木〝たち〟は把握しているのだ。

 

だが、まだ動く様子はない。そこだけはレイチェルも利口であると評価していた。

 

「……で、どういうつもりだ?日野木。SR班は自殺志願者にでもなったのか?」

 

「なんだ、気づいていたのか。ならば話は早いのではないか?」

 

開口一番に俺がそういうと、日野木は愉快そうに笑ってそう答えた。なるほど、やはり最初からそういうつもりだったか、と俺は内心で呟きながら言葉を続けた。

 

「……おそらく事が済んでもHCLIも、キャスパー・ヘクマティアルも、ココ・ヘクマティアルも満足するだろうさ。なにせ利益が上回るのだから」

 

きっと彼らは〝勝てない〟。少なくとも日野木は勝利を求める者の目ではなかった。そこまでして求めるのか?銃を持って戦うと言う場所を。そう問いかけると、日野木は少し沈黙してから俺の目を見据えた。

 

「南米、東南アジア、コーカサス地方、キューバ……いや、冷戦が終結してから世界は変わった。政治も変わった。そして戦争も変わってしまった」

 

今じゃビジネスマンが小遣い稼ぎのために戦場に出てくる世の中だ。では、なぜ我々は戦えないのか?戦後から連綿と受け継がれてきた組織、軍事力、武器もあると言うのに。その純然たる欲と、疑問がSR班の隊員たちを蝕み始めていた。というよりもすでに末期症状を起こしている。やめればいい、なんて段階はとうの昔に終わっている。

 

SR班の大半は死亡偽造された自衛隊関係者だ。彼らは死して日本の諜報に生涯を捧げてきたのだ。そして、必死に守ってきたその組織が意味を無くそうとしている。

 

ならばどうするか?

 

「結局のところ我々は羨んだのだ。荒事の世界で生きる君たちのような存在を。君たちのような者たちを」

 

銃を持って世界を飛び回る者たち。銃を持って軍事的な行動に従事する者たち。銃を持って戦場で命を対価に戦う者たち。そんな限定的な世界で刹那的に生きる者たちを、日本人であり、自衛隊士官であり、全てを失ってでも国に忠義を示した者たちは羨んだのだ。

 

だから好きにさせる。

戦士たちの赴くままに。

 

それが組織の変革と、世界の変革についていけなかった者としての限界なのだと。

 

「……そうなるために、彼らは自らの命を捨ててまでこの世界に入ったのやもしれん」

 

レストラン内にあるテーブルに座るSR班の隊員たちを思いながら、日野木はそう言ったのだろうか。彼らはデータ上では死人。偽造のIDを使って動き回る……まさに亡霊だ。

 

そんな亡霊が死に場所を探している。俺にはそう見えた。だから俺は墓標に縋り付いて戦いと硝煙、死に場所を求める亡霊の邪魔をするつもりはなかった。

 

「……日野木一佐。アンタたちSR班が何をなそうとしているのか、それについて俺は介入するつもりはない。きっとそれが彼らの望んでいることであり、そして俺のクライアントも望んでいることだ。俺が日本に来たのは別の目的がある」

 

俺はレイチェルに目配せをすると、持っていたカバンから何枚かの写真とデータを渡した。

 

俺に依頼された内容はSR班の暴挙からココたちを守ることではない。そんな程度ならココが抱える私兵で事足りることをキャスパーはわかっている。

 

「ガンビル通商が事実的に崩壊。戦後から連綿と受け継がれてきた東南アジアの武器売買ルート。それを牛耳っていた者たちが気が狂ったように自殺まがいな真似事をすれば気づく者もいる。たとえば、俺に喧嘩を売った元部長とか……」

 

チナツの表情が僅かにこわばった。本当なら連れてくるつもりはなかったが、チナツも無関係ではない。なにせ彼女の両親はその内部の拗れによって殺されたのだから。

 

ガンビル通商の関係者であったチナツの両親を殺したのは、日野木とは別派閥にいた部長だったのだ。彼は元政府高官であり、叩き上げの軍人である日野木とはソリが合わなかったようで、資金源である武器売買から得られる利益を優先し、そんな暴挙に出たのだ。

 

生き証人であるチナツの暗殺まで企てたソイツは、俺の返り討ちと日野木に流した告発証拠によって失脚したのだが、最近水面下で活発な動きを見せ始めていた。日本政府非公認、それも武器を売り資金源を獲得する金山を政府関係者が指を咥えて企業であるHCLIに譲るなど考えづらいものだ。

 

その情報を掴んだキャスパーが俺に仕事を依頼してきたのだ。

 

「なるほど、君の役目はそう言ったハゲワシどもを振り払う……と言ったところか」

 

SR班壊滅後、あわよくば日本にいる間にココを誘拐拉致。利権を掻っ攫おうとするHCLIに手を引け、さもないと大事な妹分をやっちゃうぞ……なんて夢物語を描いているのだろう。ただ、SR班壊滅に気を取られている隙を突かれても寝覚めが悪い。

 

「それにチナツを人質にされて協力しろなんて言われたらたまったものじゃないからな。出てきそうな杭を打つ……というより抜くだな」

 

今頃、夢物語に鼻息を荒くしているであろう部長が辿る悲惨な末路を想像してか、日野木は豪快に笑ってから、俺に頭を下げてきた。

 

「君は変わらんなぁ、ジョーカー。ならば、私たちも後顧の憂いなく進むことができよう」

 

それだけ言って立ち上がる日野木。俺はレストランを後にしようとするスパイマスターを呼び止めた。

 

「日野木……死ぬなよ?アンタが死んだら、皆浮かばれないんだからな」

 

「……あぁ、わかってるとも」

 

彼はそのために企てた。それを実行するために入念に準備をしてきた。そしてそれを見届けて、戦いを望む者たちの後を見つめるために、彼は生きて、生き延びなければならない。それがSR班という組織が存在した証となるのだから。

 

「さらばだ、戦友」

 

「さらばだ、この世で最強の傭兵殿」

 

そう言葉を静かに交わして、日野木はレストランを後にした。各テーブルにいたSR班の隊員たちも人の喧騒に紛れて去ってゆく。

 

 

 

 

 

それから2日後。

 

ジャカルタのホテルにいたキャスパーから、SR班の襲撃と撃滅の連絡を受け、海ほたるで起こった麻薬常習者の暴走事故の報道が日本のメディアを騒がせたのだった。

 

 

 

 

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