武器商人と最強傭兵   作:紅乃 晴@小説アカ

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亡霊と傭兵(4)

 

 

ジャカルタにいるキャスパーから連絡があったのは、日本時間の夕方過ぎであった。

 

ちょうどその頃、俺たちはキャスパーが用意した東京の高級ホテルでのディナーを楽しんでいたところで、三人の時間に水を差されたことにチナツは大変ご立腹の様子だった。デザートをめちゃくちゃ頼まれてお腹いっぱいになって寝てしまってるところを見ると、彼女もまだ子供なのだなと思ったりする。

 

「本当にやったのね、あの人」

 

スイートルームで無駄に三つもあるベッドルームの一部屋で爆睡するチナツ。その向かい側に位置するダブルベッドの上で、若干汗ばんだ素肌をシーツに擦らせながら、裸のレイチェルが俺の胸板にしなだれかかったままそう言ってきた。

 

夜はお楽しみでしたね、なんて言葉が聞こえてくる気がするが、レイチェルが俺と行動を共にする理由の一つにそう言った行為も含まれているのだ。ぶっちゃけ、プラハの一件で彼女の性癖の扉をぶち破った上に二度と閉じないよう、つっかえ棒まで入れてしまった俺の責任であるのだが、それ以来彼女からの要求はエスカレートするばかりだ。

 

原作ではSっ気むんむんなグラマーなお姉さんだったはずなんだけど、どうしてこうなった。とりあえずチナツが寝てる間に満足してもらえたので今日のノルマは達成したと思う。

 

しなだれかかる彼女の頭を軽く撫でて、俺はふとココの私兵の一人であるトージョのことを考えていた。彼とは一時期、キャスパーの元で一緒に働いていたことがある。なるほど、日野木一佐が認めるわけだ。トージョは日本人自衛官の中ではかなり優秀な人材だった。ジャカルタの春雨屋で捕まえたとウキウキ顔で帰ってきたキャスパーの上機嫌ぶりも頷けるほどに。

 

というか、SR班の隊員たちはよくオタクだとか臆病者とか言えたな。テロリストとの乱戦の中でチェキータさん率いる増援がくるまで俺とトージョでキャスパーを護衛してた時は、「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!?」って言いながらもしっかり付いてきてたし。

 

今頃、原作通りに予想の真逆の動きをする日野木の行動に、トージョは戸惑いまくってるんだろうなぁ。

 

「私としてはもう少しこうしてたかったのだけど?」

 

起き上がってパンツとズボンを履く俺に、ベッドの上で頬杖をつくレイチェルが少し不満げにそう言ってくる。ぶっ通しで相手させた上にまだ足りんと申しますか、この性欲お化けめ。

 

「勘弁してもらえませんかね……」

 

「嫌よ。もしお預けするなら私何をするか、わからないもの」

 

そう言って妖艶に笑う彼女。ある意味、それが依存の一つになってるかもしれない。レイチェルはそれまで歩んできた人生の中で、子供を作る能力を失っていた。彼女にとってそういう行為は、子孫繁栄というものではなく娯楽、快楽を得る、または相手を魅了して必要な情報を抜き出す手段のひとつに過ぎない。事実CIAのパラミリ時代、必要であれば彼女はどんな男とも寝たのだ。

 

だが、プラハの一件でその手段は別の何かに変化したのだ。単純に快楽や娯楽といったものを得るツールではなく、自分の存在と相手の存在を確かめる手段として。

 

一度、どうしても仕事で相手をできなかった時があったが、その時は仕事が終わった後マジで死ぬかと思えるくらいに搾り取られた。その最中、彼女はずっと泣きそうな顔をしていたのが印象的だったわけだが……レイチェルが今の穏やかな状態を保ているのは、こう言った行為のおかげということなのだろうか。

 

「さて、じゃあ私も準備するかしら」

 

シーツを体に巻いて立ち上がったレイチェルに、俺は改めて確認する。

 

「……本気でいくのか?」

 

「チナツも絡んでるなら、私も黙ってられないもの」

 

そう言って微笑むレイチェル。チナツとはよく喧嘩……というか戯れ合いをしてるが本心ではかなり大切に思っているのだろう。

 

それでも、俺は彼女が武器を手にするのには消極的だった。彼女はアメリカ合衆国から見捨てられ、パラミリとして、エージェントとしての現役を引退した。家では家事や料理に精を出す姿は過去のプライドとテロリストの憎悪によって突き動かされてきた「ヘックス」を遠ざけるには十分であった。

 

だが、彼女は再び武器を手にしようとしている。キャスパーは一度武器を手にした者は二度と武器から離れられなくなるとは言っていたが、それでも俺は彼女が再び荒事の世界に踏み出すのは抵抗があった。

 

また憎悪に塗れて、今度こそ取り返しのつかないところまで行ってしまうのではないか、と。

 

そんな俺の反応を見て、レイチェルはシーツを床に擦ったまま近づき俺に口づけを落とした。

 

「心配しなくても私はもう戻れないもの。あなたがその道を絶ったのよ?それに……ミスターアンドミセス、スミスって素敵でしょう?」

 

俺はブラピみたいにカッコ良くはないんですがそれは……。思わずそういうとレイチェルはおかしそうに笑ってシャワールームへと向かっていく。こりゃあ何を言っても付いてくるつもりだな。

 

説得を早々に諦めて俺はベッド下に隠してあったアタッシュケースを開く。そこにはキャスパーが入国ついでに下ろしてくれたアサルトライフルが入っていた。

 

「さて、じゃあお仕事の時間だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京、霞ヶ関から車で一時間程度のホテル。恰幅のいい男は部下に導かれるまま黒塗りの車から降りて、そのままホテル内へと足を踏み入れた。

 

今日は大事な打ち合わせだ。卑しく肥えた腹を抱えてエレベーターに乗り、押さえていた部屋へと向かう。男は元ガンビル通商の役員……SR班のオフィサーとして日野木と共に裏社会で暗躍していた官僚である。

 

と言っても、指揮を取っていたのは日野木がほとんどであり、男の役目など椅子にふんぞり返って日野木たちSR班の動きを霞ヶ関に報告する程度だった。彼は完全に日本政府の指揮権から外れたSR班を監視するために設置された男だった。霞ヶ関の出世コースから脱落して、のらりくらりとしていたところ甘い言葉に誘われてその仕事を受けたのだ。

 

政府や日本防衛省情報本部からみれば、損失しても痛くも痒くもない存在であり、仮にSR班で何かしらの不祥事があった場合、責任を全てなすりつけて放棄する使い捨てのカートリッジのような認識であったが、男は野心的でその手腕だけは立派だった。

 

個人の付き合いでSR班が構築した武器売買ルートに割り込み、その幾分かの利益を自分の懐に入れていたのだ。

 

全てはうまくいっていたが、その不正を暴き指摘した同僚がいた。チナツの父親だ。男は内部告発も辞さない彼の態度に苛立ち、殺し屋を極秘に雇い同僚を始末してしまった。日野木たちが騒いだものの、立場としてはオフィサーである男が上。政府は金で黙らせた。これで憂えるものはないと高笑いをしたわけだが、その愚行が男の転落人生のはじまりだった。

 

後日、同僚の娘が生きていると聞いた男は関係者の抹消のために再び殺し屋を送り込んだが、その相手が噂に名高いジョーカーだった。返り討ちにされた殺し屋と、その関連資料を裏付けられた男は日野木の告発により失脚。そのまま消えゆくかに思われたが、男はガンビル通商で確立した売買ルートから徐々に利益を回復させ、日本に帰国してからは霞ヶ関での派閥争いに精を出していた。

 

おかげで、政府関係者に多くの友人ができた。SR班の壊滅により生まれるガンビル通商のシェアを奪い、山分けを望むような者たちが大勢いる。

 

ジャカルタの本隊と、海ほたるで暴挙に出たSR班。班長の日野木は部下を見捨てて逃げたのだ。今はキャスパー・ヘクマティアルが水面下でガンビル通商のシェアを独占しようとしているがそうはいかない。

 

まだ国内にココ・ヘクマティアルがいるのだからやりようはいくらでもある。今日の打ち合わせはガンビル通商の利益欲しさに闇に手を染めようとする仲間たちとの会合である。

 

空港で足止めして仕舞えば、さすがの武器商人も派手に動くわけにはいかなくなるだろう。あとは大事な妹を交渉材料にHCLIに揺さぶりをかければ、簡単に転ぶはずだ。

 

そんな安直な考えを抱いたまま、男が指定された部屋の扉を開けた。中に入ってすぐに違和感に気づいた。部屋が暗い。通路は真っ暗で奥の応接間にわずかに光が灯っているだけだ。

 

護衛兼部下の二人に明かりを探すようにいったが返事がない。振り返ってみるとさっきまで両脇にいた部下二人は糸が切れた人形のように通路に倒れ伏していた。それも音一つ立てずに。

 

なんだ、これは? そんな疑問を抱く前に男は首の裏側に硬い何かが当たっている感触に気付いた。

 

「声を立てるな、両手を開いてそのまま聞け」

 

マスク越しのようなくぐもった声。ブワッと男の身体中に汗が滲んだ。

 

「き、きさまたちは……」

 

声を少し発した途端、銃の底で後頭部を殴られた。もんどり打った男は、そのまま片足を持ち上げられ引きずられるまま応接間へと運ばれてゆく。

 

「あら、やっとご到着なのね?」

 

部屋に入って足を乱雑に置かれた男は跳ね上がるように起き、そして言葉を失った。

 

部屋で先に待っていたこの件のメンバー全員が椅子に座ったまま絶命していたのだ。護衛の息のかかったSPたちも全員始末されていて、目の前に立つ真っ黒な衣装に身を包む二人の人影がじっとこちらを見下ろしていた。

 

「残念だが、アンタの描いた絵は……画餅だったわけだな」

 

そこで男は、自分が画策したことがすべて筒抜けであったことを味わわされた。ガンビル通商の資金源や、その企業情報も全てこの場に集められている。全ての準備が整ったところを……最高のタイミングでキャスパーはカードを切ったのだ。

 

思わず携帯電話を取り出して直通のコールをかける。相手は空港でココたちを捕まえる予定だった者たちだが……。

 

《ハローハロー、あれ?アンタだれ?》

 

聞こえてきたのは、ココの私兵であるレームのおどけた声であった。ココを人質にして交渉という脅しをする予定は、すべて潰えてしまっていた。

 

「な、なんだ……!?何様のつもりだ!?貴様たちは!!」

 

男は事態を飲み込めず発狂したようにキーキーと喚き散らしたが、その言葉は口に突っ込まれたサイレンサー付きのグロックによって阻まれてしまった。

 

「キャスパーからの伝言だ。お膳立てに最上級の感謝を、だってな」

 

お陰で楽にガンビル通商の売買ルートを手にすることができましたよ。

 

にこやかにそう言っていたキャスパーのことを思い出しながら、ジョーカーは死体となった男の口から銃を引き抜き、顔を隠したレイチェルと共にホテルから脱出するのだった。

 

 

 

 

 

 

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