ハングオーバー!!?魔法少女☆と史上最悪最後の二日酔い   作:明暮10番

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これが始まりとか終わってる 1

 その街を訪れた人は言った、「ビルがまるで鏡張りの塔だった。空の青を写していた」と。

 

 また別の人は言った、「聖堂のような学園にイタリアやフランスにあるような家々が並び、絵画の世界のようだ」と。

 

 また別の人は言った、「緑の公園が至るところにあり、小鳥の囀りが穏やかな森の中で聞こえる」と。

 

 または「最新のテクノロジーが普及された未来都市」、或いは「街灯や手摺り一つ一つさえ芸術品のような街」、「夜景が宝石箱のようでロマンチック」…………

 

 

 

 

 この街に来た者は皆圧倒され、そして様々な表現で街を褒め称える。

 流線形のビル群、異国情緒に満ちた通り、綺麗に整えられた街路樹の並木通り、複雑されど洗練された建物の数々──街全てが芸術品のようで、そしてSF映画で見たような未来の形で…………

 

 

 

 

 ここは「見滝原市」。

 思い描いた未来が偏在する、希望の都市。

 人と自然、テクノロジーと生活が見事に調和した、時代の最先端に位置する街。

 

 

 

 

 

 

 

「すげェェェェエエッ!!??」

 

 

 青空見守る赤煉瓦の大通りの中、アランは目を輝かせて叫ぶ。

 彼もまた、この街の景色に圧倒された一人となれたようだ。自前のデジタルカメラでパシャパシャと写真を撮る。

 

 

「フィル見ろよアレ! 街頭テレビが3Dだっ!! 猫が飛び出してる!」

 

「うぉマジか!? サメも飛び出すんじゃないか!?」

 

「うわスゲーっ!! あの看板、電子看板だ!」

 

 

 年齢と見た目など一切考えていないはしゃぎっぷりを見せるアランとフィルを、ステュアートは五歩ほど下がった場所から呆れ顔で見ている。

 

 

「……一応言っておくがアラン」

 

「なにぃ?」

 

「トラブルは無しだからな? それと、ドラッグも禁止だ」

 

 

 ステュアートの忠告を聞き、アランはムッとしてわざとらしく首を振った。

 

 

「しないよぉ、神に誓う! 俺だって反省はするさ! それに元々好き好んでヤクはやらないよ!」

 

「そうだぞステュ!」

 

 

 なぜかフィルも擁護に回っている。異国の地に来て機嫌が良いようだ。

 彼はアランと肩を組み、演技っぽく手を振るいながら言った。

 

 

「お前も知っての通り、アランはやれば出来る奴だ! これでも反省する脳みそぐらいあるさ!」

 

「あぁ、そうだ! フィルの言う通り!……ねぇそれ褒めてんの?」

 

 

 熱の篭った檄を飛ばすフィルを宥めながら、ステュアートは半ば諦めたような口調で頷いた。

 

 

「分かった分かった……そこまで言うなら、信じるよ」

 

「絶対に変な売人から錠剤は買わない! あとマシュマロに筋弛緩剤とかその他諸々も仕込まないよ!」

 

「ほら見ろステュ! アランは完璧に反省しているだろぉ!?」

 

「はいはい……」

 

 

 二人を適当にあしらいながら、ステュアートはスマートフォンを操作している。空港を出てからずっと弄り続けている彼へ、フィルは尋ねた。

 

 

「何やってんだ?」

 

「ちょっと待ちたまえ。今から、『魔法』を見せてやる」

 

「インセンディオ? それともエクスペリアームス?」

 

 

 人差し指をピンと立ててアランを制し、ステュアートはニヤリと笑う。

 そしてその立てた人差し指を、道路の方へ向けた。するとタイミング丁度でタクシーが一台停車し、座席のドアを開けて待っていた。

 

 

「……これのどこが魔法ぉ? タクシー来ただけじゃん」

 

「いや待てよアラン……ステュ、どうやって呼んだ? 電話してなかっただろ?」

 

「このアプリケーションを使った」

 

 

 ステュアートは得意げにスマートフォンの画面を見せ付けた。そこには周辺マップと、現在地を示した赤いマークが映されている。

 

 

「グーグルマップじゃん」

 

「違うぞアラン。これは『見滝原・シティサービスアプリ』だ。略してMCS。さっきアカウントを作って、試しにタクシーを呼んでみた」

 

「そんなモンがあるのか!?」

 

 

 目を輝かせて興味を示すフィルへ、ステュアートはドヤ顔でMCSアプリを説明してやる。

 

 

「凄いだろぅ? このアプリ一本で見滝原市のナビゲーションもホテル、レストランの予約も、天気予報だって確認可能だ! タクシーの呼び出しも、このアプリのGPS機能を使えば……この通り! タクシーが勝手に僕らの元へ来る!」

 

「おいおいどうなってんだ見滝原。こりゃオーバーテクノロジーだ……マジに未来へタイムスリップしたんじゃないか俺たち?」

 

 

 三人がタクシーの方へ向かう途中、アランは若干不服そうにステュアートへぼやいた。

 

 

「これただアプリでタクシー呼んだだけ。魔法じゃない」

 

「…………魔法、みたいだろ?」

 

「あぁ。魔法みたいだ。でも魔法じゃない。ハリー・ポッター観てないの?」

 

「分かった分かった……ったくもぉ」

 

 

 アランの面倒臭い追及を躱し、ステュアートは助手席に座る。後部座席にはフィルとアランだ。

 客が全員席につき、ドアが閉まったのを確認すると、運転手は行き先も聞かずに車を発進させた。

 

 

「おいおい、勝手に走り出したぞ! ステュ、その運ちゃん英語通じたのか?」

 

「その必要はないよ。既にアプリのマップで行き先を入力しておいた」

 

 

 タクシー内のカーナビには、彼が入力したと言う情報を反映した道順が表示されていた。それを見てフィルは興奮気味に手を叩く。

 

 

「これが噂のユビキタスって奴かぁ!! 俺も今からアプリ落とすぞぉ!! ストリップクラブを検索しまくってやる!」

 

「俺もエロビデオ屋探そー」

 

「…………あのな? 公共のアプリでそんな所が検索出来る訳ないだろ?」

 

 

 不埒な目的でアプリをインストールする二人を見やりながら、ステュアートはまた「やれやれ」と首を振る。

 ふと窓から歩道を見てみれば、登校時間のようで多くの学生の姿が確認できた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──タクシーが一台通り過ぎて行くのに気付かず、一人の少女が公園の木を見上げている。

 桃色の髪を赤いリボンで二つ結びにした、可愛らしい女の子だ。

 

 

「ほ、ほら! 飛び降りて来て! 受け止めてあげるから!」

 

 

 そう言って手を大きく広げ、木の上にいる存在に呼びかける。

 彼女の視線の先には、登ったは良いが降りられなくなってしまった一匹の黒猫がいた。

 

 

「だ、大丈夫だから! ほら!」

 

 

 黒猫は助けを乞うように「みゃーみゃー」と鳴くばかり。残念ながら彼女の意図を理解していないようだ。その内彼女は一度広げた腕を下ろし、困り果てる。

 

 

「どうしよう……登って助けてあげ……うぅ……高いかなぁ……高いよね……」

 

 

 木の根元でタタラを踏み、必死に救助策を考える。

 

 

「この場合って消防士さんとか呼んで大丈夫なのかな……」

 

 

 あれこれ思索する間にも、黒猫はみゃーみゃーと鳴くのを止めない。その度に彼女の中で焦燥感は募って行き、殊更に迷って混乱してしまう。

 登校中で時間がない事もあり、意を決して携帯電話を取り出して消防隊か警察に連絡しようとした。

 

 

 

 

「……『鹿目(かなめ) まどか』。こんな所で何しているの?」

 

 

 刹那、彼女に呼びかける、通りがかりの誰かの声。びくりと「まどか」は身を震わせて、ゆっくりと振り返る。

 公園の入り口から歩み寄って来たのは、彼女と同い歳ぐらいの少女。風で靡いた黒髪を撫で付け、まどかのすぐ後ろまで来る。

 

 

「あ……えっ……ほ、『ほむらちゃん』……!?」

 

「……『アイツ』はいないようね。てっきりまた、『契約』でも迫られていたのかと」

 

「そんな……」

 

「アイツと話していないのなら良いわ。それじゃ学校で…………」

 

 

「ほむら」も頭上から聞こえる鳴き声に気付き、顔を上げた。彼女の瞳にも、助けを求める黒猫の姿が写る。

 

 

「あ……えと……あの猫ちゃん、降りられなくなったみたいで……」

 

「…………え……?」

 

「…………? ほむらちゃん?」

 

 

 途端に黙り込んでしまったほむらが気になり、彼女の顔をまどかは見やる。

 

 

 

 

「…………っ……!」

 

 

 一瞬、無感情的だったほむらの目に動揺が紛れ込んだように見えた。

 あまり感情を見せない彼女。そんな珍しい姿に、暫しまどかは釘付けとなった。

 

 

「……どうしたの? 知ってる猫ちゃんだった……?」

 

「…………まどか。これ持ってて」

 

「へ?……うわっ!?」

 

 

 持っていた学校鞄をまどかに手渡し、辺りに誰もいない事を確認すると、ほむらはその場で軽くトンっと、跳ねた。

 すると彼女の身体は舞い上がるように浮遊し、木の上にいる猫の隣へ腰掛けた。

 

 

「ふわぁ……ほむらちゃん凄い……」

 

 

 感心するまどかを余所目に、ほむらは黒猫を見つめた。どうやら突然真横まで現れた彼女を、酷く警戒しているようだ。

 猫の怯えと警戒心にまどかも気付いたようで、必死に付け焼き刃のアドバイスを彼女へ投げかけていた。

 

 

「ほ、ほむらちゃん! えと、目は合わせちゃ駄目! それで、えーっと、まず指の匂いを嗅がせるようにして手を差し出して……」

 

 

 健気な彼女のアドバイスを無視し、ほむらを黒猫と目を合わせ、手を差し伸べる。

 

 

 

 

 

 

 

「……おいで?『エイミー』」

 

 

 

 

 下にいるまどかに、囁いた彼女の声は聞こえなかった。

 だが黒猫にはきちんと聞こえたようだ。元より聴覚が優れている生物なので当たり前ではあるが。

 

 

 黒猫は恐る恐る立ち上がり、ほむらの顔を伺いながら膝元まで寄った。

 手の届く所まで来た時に、すぐに彼女は猫を優しく抱きかかえる。そして木からゆっくりと飛び降り、優雅に着地した。

 

 

「わぁ……」

 

 

 一連の所作があまりにも綺麗で、まどかは暫し見惚れていた。

 そんな彼女の気を取り戻させるかのように、ほむらを救出した黒猫を差し出した。

 

 

「……はい」

 

「……え? あ、わ、ありがと……きゃっ!?」

 

 

 慣れない手つきで受け取ったまどかだったが、腕の中で暴れ出した黒猫に驚き、小さな悲鳴と共に手放してしまう。

 黒猫は一度、まどかとほむらの方を振り向き、すぐに尻尾を振りながら颯爽と走り去った。

 

 

「行っちゃった……でも良かったぁ。怪我はなさそうで……」

 

「…………そうね」

 

「…………えと……その……ほむらちゃんって……」

 

 

 気まずそうに話しかけようとするまどかだったが、ほむらに預かっていた学校鞄を無理やり取り戻され、言葉を飲み込んでしまった。

 

 

「……単なる気まぐれよ。それと、絶対に今の事は誰にも言わないで。特に『美樹(みき) さやか』と『(ともえ) マミ』には……絶対よ」

 

「あぅ……待ってほむらちゃん!」

 

「早く行かないと遅れるわ」

 

 

 強い口調でそう言い残し、彼女は早足で公園を後にする。

 呼び止めるチャンスを完全に失い、小風に騒めく青葉の影でまどかは呆然と後ろ姿を見ていた。

 

 

 

 

「…………本当は……優しい子なのかな……」

 

 

 去ったハズの黒猫が、茂みの中でまどかを覗いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──タクシーは、ステュアートが指定した目的地に辿り着く。

 下車した先に聳え立つこの、豪壮で典雅な巨大建築物こそが、彼らが宿泊する「ホテル・ユグドラシル見滝原」だ。

 

 

「さぁ着いたぞ、お三方」

 

「すっげぇ……」

 

「ワオ……シーザーズ・パレスとはまた違ったロイヤリティだ。チョーブリリアント」

 

 

 フィルがそう言うのも無理はない。

 階層三十階にも及ぶ巨大なビル型の建物で、まるでお城のようだったラスベガスのホテル「シーザーズ・パレス」と比べれば、比較的分かりやすい造りのシンプルな佇まいだ。

 

 だが白と青を基調としたスタリッシュな色合いに、徹底的に角を排除した曲線的で何とも美しい外観にまず目が奪われる。

 更にまるで蔦が入り組んだような装飾の施された上層階を見て、「ユグドラシル」の名前の通り、このホテルが一つの鉄の世界樹のようにも思えた。

 

 

 

 大型の自動回転ドアを抜けると、そこは一転してシックな雰囲気の広いホール。

 ソファやテーブルの置かれたロビーを通り、そのままフロントを目指す。フロントには従業員の女性が微笑んで待っていた。

 

 

「いらっしゃいませ、ホテル・ユグドラシル見滝原へようこそ。お名前を頂戴してもよろしいでしょうか?」

 

 

 従業員はさも当然のように英語で会話をする。言語の心配が解消され、フィルもステュアートも満足げだ。

 

 

「ありがとう! ええと、ドクター・プライスで予約してあるハズだけど」

 

「おいおい! まぁた『ドクター』プライスかよ! お前は歯医者だろぉ?」

 

 

 カウンターの端末で予約者を確認する従業員に向かって、フィルは悪戯っぽい笑みを浮かべながら忠告する。

 

 

「聞いてくれよお嬢さん? 来る時の飛行機で具合の悪い客がいて、んでCAが『お客様の中にお医者様はいらっしゃいませんか?』と聞いたんだ。そしたらこいつ、手を上げたんだぞぉ!? 歯医者の癖に!!」

 

「……歯医者だって立派な医者さ」

 

「ただの飛行機酔いを食中毒だと言ってたのにか?」

 

「お腹が痛そうに見えたんだ。アレはあの客の仕草が悪い。なんで吐く寸前にお腹を押さえるんだ」

 

「まぁ、そう言う事だ。だから誰か客がぶっ倒れても、こいつに頼らないでくれ。ただの歯医者だからな?」

 

 

 従業員は困ったように微笑みながら言葉を返す。

 

 

「いえいえ……歯医者様にはこの間、親知らずの抜歯でお世話になりましたので悪く言えません。お勤めご苦労様です、ドクター?」

 

「聞いたかフィル! これが日本だ! ベガスと違って、僕は突き放されたりしない! それに歯医者もリスペクトされている! なんて良い国だ……」

 

「へーへー……俺にとったらユーモアに欠ける国だね」

 

 

 不貞腐れるフィルの隣で、ずっとキメ顔でカウンターに寄りかかっていたアランが従業員に尋ねる。

 

 

「ねぇ、一つ聞きたいんだけど」

 

「如何されました?」

 

「来る時に見滝原のパンフレットで、『見滝原は百万ボルトの夜景の街』ってあったんだけど……ちゃんとこのホテルは光るの?」

 

「えぇ。約四万個のネオン管を使用したライトアップが、今の時期ですと午後十六時半から開始されます」

 

「マジ? ちゃんとルミナス? そんでクラリス?」

 

「……えぇ。台風や地震と言った災害がなければ、予定通りに」

 

「そんでもってカラフル?」

 

「…………十二色のLEDを使用しておりますので、とても鮮やかにライトアップされます」

 

「電飾と電飾はちゃんとコネクトしてる? どっかの歯医者みたいに、コンセントに埃溜まって火事とかにならない?」

 

 

 診療所の悲劇を思い出して顔を覆うステュアートの代わりに、フィルがアランの質問責めを愉快そうな笑顔で止めてやる。

 そうこうしている内に従業員は、ステュアートの予約を確認してくれた。

 

 

「お待たせ致しました、ドクター・プライス様。一週間のご宿泊、三名様でスタンダードルーム二部屋のご予約でお間違えございませんか?」

 

「あぁ。なんの問題もない」

 

「待てよステュ、大問題だろぉ? スタンダード二部屋ぁ? 高校の修学旅行か!」

 

 

 苦虫を噛み潰したような顔を見せるステュアートを押し退け、フィルは従業員の真正面に立つ。

 

 

「このホテルって、ヴィラ・スイートとかないの?」

 

「フィル、マズイって!」

 

「久しぶりの旅行なんだ! パーっと贅沢すりゃ良い!」

 

「一晩だけなら構わないが、今回は一週間だぞぉ!? それにローレンと合流したら、来週末には東京だ! 今、金を使い切る必要はない!」

 

「どーせアランの親父さんの金だろぉ?」

 

「他人の金なら寧ろ気を遣え! 怒られるぞ!? もしかしたら請求されるかも……オフィスの件も水の泡になれば最悪だよ……!」

 

「妄想ばっかりは大袈裟な奴め! アランの為だって言りゃあ大丈夫だ!……それで、どうなの?」

 

 

 従業員は少し困ったように眉を潜めてから、また端末を操作して部屋の空き状態を確認する。

 

 

「……ヴィラ・スイートは当ホテルでも御座います。二十五階の一部屋が空いておりますが……」

 

「よぉし! 決まりだ! 広くて高い部屋大好きっ!」

 

「お値段は一泊、三八八,五〇〇円です……一週間ですと、サービス費を除いて三百万円近くになりますが……」

 

「値段なんて構うもんか! そもそも日本円のレートは分からん!」

 

 

 カウンターを叩き、勝手に即決。空いた口が塞がらないステュアートを無視し、「カードを出せ」とフィルは満面の笑みで手を差し出した。

 二人の隣、またアランが口を挟む。

 

 

「ねぇ。ここ、ユグドラシル見滝原なんだよね?」

 

「…………それが、どうされました?」

 

「建物の上の所に枝っぽいのあったけど。あれで杖作ったら、名前を呼んじゃいけないあの方にも勝てるかな?」

 

「………………」

 

「ハリポタ観てる?」

 

 

 さすがの従業員も口を噤んでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 ヴィラ・スイートはホテルの二十五階にある、大理石のアーチと様々な花が彫られたスパンドレスが彩る、両開き扉の先にあった。カードキーでロックを解除し、一息に扉を開く。

 

 

 瞬間、まるで天国へと踏み入ってしまったかのような錯覚に陥った。

 部屋中は柔らかなクリーム色に包まれ、良く磨かれた猫脚のテーブルや椅子が綺麗に置かれている。

 ソファやベッドにクッションも一級品で、皺やシミ一つなく、最上の座り心地と寝心地だ。

 

 

 壁一面に張られたガラスからは、見滝原が見渡せられた。窓ガラスの端にある枝が侵食しているような意匠が、このホテルの世界観を崩さずに表現している。

 室内には更にバーカウンターがあり、ワインにスコッチ、バーボンやウォッカなどの瓶が丸ごと常備されてしかも飲み放題。炭酸水の出るメーカーも完備済み。

 

 その他にジャグジー付きの広い浴槽、テレビの代わりにホームシアター、トイレさえも最新式……これでもかと贅を尽くした内装となっていた。

 

 

「おいおいヤバいぞ、嘘だろ……こりゃあ最高過ぎる。これでシーザーズ・パレスより安いのかぁ?」

 

「安いと言ってもたった二百ドルだろ……」

 

「だから二百ドル安いんじゃないか! フゥーッ!!」

 

 

 クッション付きの椅子に腰掛け、フィルは満足げに肘置きを撫でながら窓の外を眺めている。その後ろ、ステュアートは荷物運びのベルマンたちに指示して、トランクケースを置かせていた。

 残ったアランはバタバタと寝室へ駆け、そのままキングサイズのベッドに飛び込んだ。

 

 

「うわー! もう最高っ!! 気分は王様だよっ!! 俺、ユグドラシルの王様になっちゃった!!」

 

「間違いなく、俺が泊まって来た部屋で歴代最高の部屋だ! どうだステュ!? ここにして正解だったろぉ!?」

 

「……僕はもう、どうなっても知らないからな」

 

 

 渋い顔のままステュアートは腕時計を確認。

 

 

「まだ全然時間があるな……夕方にはカミジョウさんと食事する約束なんでね。折角だし、街に出るかい?」

 

「いいや、昼からにしよう。さすがにクタクタだ」

 

「それもそうだな……じゃあ僕は小腹を満たしに行くよ。アランはどうする?」

 

 

 アランからの応答はない。

 

 

「……アラーン?」

 

 

 気になって寝室を覗くと、枕に顔を埋めたままイビキをかいて眠っているアランの姿があった。あまりにも流れるような就寝に、ステュアートさえも一瞬死んだんじゃないのかと疑ったほどだ。

 彼が眠っている事を知ったフィルは、予想していたように忍び笑いを浮かべた。

 

 

「……興奮し過ぎて飛行機で一睡もしてなかったからな」

 

「僕は機内でマスでも搔くんじゃないかと気が気でなかったよ」

 

「俺もちょっと休んだら散歩に行く。アプリは入れたから迷う事はないぞぉ」

 

「頼むから、変な店には行くなよ?」

 

「なんだ俺もお守りの対象かぁ? アランじゃあるまいし!」

 

「あー……まぁ、そうだった。すまない」

 

「今は最高に気分が良いから許してやる」

 

「はいはい……」

 

 

 疲れたように溜め息を吐いてから、ステュアートは一度部屋を後にした。

 すっかり熟睡してしまったアランのイビキを聞きながら、残ったフィルはポツリと呟く。

 

 

 

 

「……家族を連れて来てやりたかった」

 

 

 ぼんやりと哀愁漂う目付きで、遠く見滝原の果てを見通した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから半日、適当にブラブラしたり、昼食を取ったり、談笑をしたり。

 その内に約束の時間となり、三人は綺麗にライトアップされたホテルから外出し、待たせていたタクシーに乗り込む。

 

 走行するタクシーの中で、すっかり興奮気味のアランが窓を開けて身を乗り出し、叫んでいた。

 

 

「イェーイッ!! 日本サイコーッ!! 見滝原サイコーッ!!」

 

「……おいアランを落ち着かせろ」

 

 

 助手席のステュアートが、止めるように後部座席のフィルに言う。しかしフィルはスマートフォンを弄るばかりで気にも留めていない。

 

 

「良いじゃないか、好きにさせとけ。卑猥な事を言ったって外の連中には通じないさ」

 

「そう言う問題じゃなくてだな……」

 

「俺どこから来たと思うーーっ!? 正解はアメリカーーッ!!」

 

 

 通行人に向かって叫び続けるアランを、ステュアートは無視する事に決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──隣の道路をタクシーが走り抜ける。

 

 

「俺のチンポは今ビンビーーーーンッ!!!!」

 

 

 英語で何か言われ、歩道にいた少女二人が反応する。

 

 

 

 

「うわー。めちゃくちゃ陽気な外国人だ。イェーイっ!! ハローーっ!! ウェルカムジャパーンっ!!」

 

「なんて言ってたんだろう? リスニングまだ苦手で……」

 

詢子(じゅんこ)さんの娘なのに?」

 

「むー……そう言う『さやかちゃん』は分かったの?」

 

「あたしも英語だって事以外分からなかったけど。んー、元気ですかーっ!……とか言ってたんじゃない?」

 

「そうなのかな……」

 

 

 そう首を傾げたのは、まどか。今彼女は、幼馴染の「さやか」と呼ばれる少女と共に、放課後の待ち合わせをしていた。

 

 次にまどかは、横に立っていたもう一人に目を向ける。巻き毛のテールが特徴的な少女だ。二人よりも年長なのか、落ち着きある気質を纏わせている。

 しかしその時ばかりは、彼女は顔を赤らめ、愕然とした表情でタクシーの後を見ていた。

 

 

「な、ななな、なんて破廉恥な……!」

 

「『マミさん』? どうしたんですか?」

 

「…………え? あ、わ、な、何でもないわよ?……魔法で英語が分かるのも困ったものね……」

 

 

 一度コホンと咳払いをし、気を取り直してから「マミ」は、二人に向かって話しかけた。

 

 

「さてと……それじゃあ、『魔法少女体験コース』……もう一週間目だけど、頑張りましょっ!」

 

「そうですねー……てか、『キュゥべえ』今日はいない?」

 

「他に『素質』のある子でも見つけたのかしら?」

 

「なんかマスコットがいないと物足りないですねー……あれ?」

 

 

 いつの間にかトコトコと現れた小さな影が、まどかの足元に座り込んでいる。

 

 

「キュゥべえ、じゃなかった……まどか、それ……」

 

「へ?……あっ!? あの時の猫ちゃん!?」

 

 

 座っていたのは、ほむらが助けてくれた黒猫。なぜかまどかに懐いたようで、スリスリと彼女の足に頭を擦り付けている。

 

 

「まぁ! 素敵なおチビちゃんね! こんばんは?」

 

「こーらまどかっ! 野良猫の餌やりは駄目なんだぞー? 確か罰金三万円でしたっけ?」

 

「確か条例の改正で今月から五万円になったわね。気持ちは分かるけど、決まり事を破っちゃ駄目よ?」

 

「ち、違いますよぉ!!」

 

 

 二人の誤解を解こうと、必死に言葉を尽くして経緯を話す。

 

 

「その……この子、木の上から降りられなくなっちゃってて……」

 

「まさか……木に登って助けたの? 意外とアグレッシブなのね鹿目さん……」

 

「ジャングルジムにも登れなかったあのまどかが木登りっ!?!?」

 

 

 今度は木に登ったと誤解している二人に、まどかは激しく首を横に振って否定する。

 

 

「私は登れなかったから! あの……どうしようってオロオロしてて……そしたら……ええと……」

 

 

 説明したかったものの、猫を助けた事は黙っているようほむらから釘を刺されている。どう言葉を濁すべきか、必死に思考を巡らせた。

 

 

「その……と、通りがかりの人が登って助けてくれ……て?」

 

「あら、そうだったの? 親切な人がいてくれて良かったわね!」

 

「え、えぇ……まぁ……」

 

 

 嘘を吐いている訳ではないが、少し罪悪感からそろりと目を逸らしてしまった。

 

 

「んでも、その助けてくれたって人じゃなくてまどかに懐くとは……なんと恩知らずな猫ちゃんだコノコノーっ!」

 

 

 そう言って黒猫をくすぐろうとするさやかだったが、途端に「シャーッ!」と威嚇されて一気に身を引いた。

 

 

「可愛くないしっ!!」

 

「あはは……でもどうしよう、この子……」

 

 

 黒猫は相変わらずスリスリと、まどかに甘えていた。

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