ガチの悪役は世界観的に禁止スよね 作:ポッキー
自分の知る限り、ウマ娘という作品の世界観において、激しい暴力のぶつかり合いというものは存在しなかった。
あったのは俗に言うスポ根。
レースという競技の中で闘いこそすれ、鋭利な武器を手に他者を傷つけることや、まして命の奪い合いなどこの上なく有り得ない話だった。
彼女たちは真っ直ぐにゴールを見つめ、またその姿に世界中の人々が一喜一憂することからして、ウマ娘とそれを支える人々で世界が成り立っていたといっても過言ではない。
悪い人間がいないというわけではないが、少なくともウマ娘の身体を物理的に害する存在は皆無に等しかった。
俺の見てきたウマ娘はそうだったのだ。
だから"ここ"は俺の知っているウマ娘の世界観ではない。
「に、逃げろ──」
誰かが叫んだ。
既に大勢の人々がそうしている中で、彼の勧告にどれほどの意味があったのかは定かではないが。
それに恐らく、声をあげた人物もそうでない人も、この状況では皆等しく逃げ惑っていることだろう。
なにせ交差点の中央では正体不明の怪物が暴れ回っていて、そこかしこで爆発が炸裂しまくる市街地は、あまりにも危険極まりないのだから。
あたしより速いやつは全員死ね──身体中に燃え盛る炎を纏った少女はそう叫びながら、平和な街に災害と黒煙と悲鳴を齎していく。
彼女の表情は窺えない。
全身が燃えているのだから当然だ。
だが、通常なら死に至っているはずのその状況で、少女は変わらず叫びながら街を破壊している。
「ま、まてッ!!」
怨嗟の声をあげながら炎の球を撒き散らし、何人たりとも寄せつけない怪物の前に、勇敢にも一人の少女が立ち塞がった。
頭の上には馬の耳のような突起物が二つ。
腰の後ろからは毛並みの良いブラウン色の尻尾もどき。
否、あれは偽物ではない。
頭上のそれは彼女の耳。
腰のそれはれっきとした尻尾であり、少女の身体の一部に他ならない。
まるでコスプレでもしているのかと見紛うその姿は、俺の知っている作品のとあるキャラクターたちに、非常によく似通っていた。
──ウマ娘。
この世界において、彼女たちはそう呼称されている。
馬のような身体的特徴を多く持ち、歴代競走馬と同じ名を持つその少女たちは、俺が元いた別の世界でも名の知れた存在だった。
「そっ、それ以上先には進ませないぞ……!」
「……アンタ誰?」
特に、怪物少女を止めようと飛び出したあのウマ娘のことはよく知っている。
小柄ながらも勇気を振り絞った彼女の名はビコーペガサス。
人々を救う正義のヒーローに憧れる、天賦の才を秘めたウマ娘だ。
正義感溢れる彼女の命を張った時間稼ぎは確かに尊いものだが、あのままでは文字通り張った命を突き破られてしまうことだろう。
人間離れした身体能力を有しているとはいえ、普通の学園生活を送っている十代の少女が相対するには、いささか相手が悪すぎる。
ウマ娘が危ない目に逢っている。
見過ごせない。
助けなければならない。
そうだ。
物陰に身を潜め、装着していた腕時計を起動した。
すると時計盤が一瞬強い輝きを放つ。
気がついたとき、俺の肉体は二十代前半の男性から、学生服を纏ったうら若きウマ娘の姿へと変貌していた。
これがこの世界における自分の仮の姿。
誰がどこから見ても正真正銘のウマ娘──つまり驚異的な身体能力を持つ生命体へと変身したというわけだ。暴徒鎮圧には基本的にこの姿を用いることになっている。
変身した俺はさっそく制服の上着やスカートを脱ぎ、リュックサックに詰めていた焦げ茶色の衣装に早着替えした。
ヒトの男からウマ娘へ。
そしてウマ娘から、覆面と特殊な衣装で正体が隠された謎の人物へと、二重の変身を完了してから、マントを靡かせ路地裏から飛び出していった。
今まさにビコーペガサスへ燃えた魔の手が降りかかろうとしたその瞬間、怪しいコスプレ衣装に身を包んだウマ娘として、彼女を守るようにして前に立ち、怪人と向かい合った。
そんな俺の後姿を目の当たりにして、ビコーペガサスは興奮した様子で言葉を漏らす。
「あなたは……」
もう大丈夫だから下がっていなさい、と変声器で加工した声音でそう告げると、ビコーはもう一度だけ俺の背に声を浴びせた。
「ば……
なにその既視感しかない名前──と若干困惑しつつ、コスプレ姿のウマ娘の俺はかぶりを振りって気を改め、燃え盛る怪人へ向かって吶喊するのであった。
◆
この世界へ訪れた瞬間を振り返るとなると、ビコーペガサスを庇った日から見て三ヵ月ほど前まで遡ることになる。
成人したことを理由にアルコールの味を覚え、翌日お酒の悪い部分ばかりを実感しながらグロッキー状態で大学へ向かっていたある日のこと。
突如として目の前の景色が歪み、俺はキャンパスの正門を通ったはずが、いつの間にか薄暗い鉄格子の中で幽閉されてしまっていた。
そんな現実離れした現象に見舞われた当時の俺が、そのとき何をしたのかというと。
とりあえず──寝た。
二日酔いが気持ち悪すぎて、思考が鈍っていたというのもあるが、なにより『こんなことはあり得ない』という認識が強すぎたため、即座に目の前の不可思議現象をただの夢と断定してしまったのだ。
夢なら起きれば覚める。
というか、二日酔いエグいから正直今日の講義も行きたくなかったし、変な夢見てるくらい眠りが深いならどうせ遅刻してんだろ。
単位よりも自分の体調優先……ということでさっそく寝っ転がって爆睡をかましたわけだが、これがどうして目を覚ましても俺は冷たい床の上で。
なんか様子がおかしいぞ──そう考えたときにはもう手遅れだった。
簡潔に言えば、俺は異世界から拉致されてきたらしい。
どうやらこの世界には悪の組織なるものが存在しており、彼らの開発した特殊な装置によって、俺は時空を跳躍してこちらの世界へ呼び寄せられた、とのことだった。
俺を召喚した理由は極めて単純。
別に俺を指定して呼んだわけではなく、あくまで実験のテストで偶然俺が選ばれただけ。
本当にただそれだけだった。
つまり完全なる巻き込み事故である。
特別な力があったから転移しただとか、俺個人が必要とされたわけでもなく、ただ被験体として適当に拉致されてきた一般モルモット──それが全ての真相だ。
で、肝心の拉致されてきた一般モルモットくんの処遇についてだが。
まず肉体を改造された。
それはもう、最近のヒーロー番組じゃやらないような、王道に王道を重ねた超絶シンプルな改造手術を施された。
改造されてるときの気分はまるで本郷猛。本気で仮面ライダーとかクモ男とかに改造させられるんじゃないかと戦慄を覚えたくらいだ。
白衣を纏った変態たちに妙な薬を飲まされ、注射をされ、変なタイツを被った戦闘員と殴り合いをさせられ──うん、やっぱコレどう考えてもウマ娘世界の話じゃないな。
そうなのだ。
俺は当初、自分が拉致された世界が、特撮ヒーローとか特殊な能力を持った人間たちが暴れまわる、物騒極まりないバトルものみたいな世界だと考えていた。
肉体を改造されて変な奴らとバトルさせられ、挙句悪の組織の手先に仕立て上げられたとあれば、そう考えるのも無理はないと思う。
そして認識をはき違えたまま数週間が経過した頃。
最後の仕上げということで、俺は組織の研究者から特殊な腕時計を手渡された。
『譲渡。この時計を使って変身しなさい』
肉体が適合した今ならそれを使用することができる、と。
無論拒否などできないので言われるがまま腕時計を身に着けて操作するとあら不思議、俺の姿はあっという間にウマ耳と尻尾が付いた美少女に大変身してしまいましたとさ。
なんじゃそりゃ、これは一体どういうことだ──困惑する心と裏腹に、鏡を確認した俺の脳は別の思考を浮かばせていた。
うわっ……変身した俺、かわいすぎ……?
なにこれめっちゃ美少女じゃん。
バケモノに改造されるかと思って身構えてたら、まつ毛が切れ長で綺麗なブラウン色の髪が特徴的な超絶美少女にTS変身しちゃったのですが。
……待てよ。もしかして美少女に姿を変えられたということは、ここからメス堕ちさせるためのエロゲ染みた凌辱実験が繰り広げられるんじゃ──
『撤退! 走るのだっ!』
なんて、TS美少女の数奇な運命を憂いていたところで、突然救いの手が差し伸べられた。
悪の組織の実験場に、ジープが突っ込んできて。
腕時計を渡してきた背の低い科学者が、俺の手を引いてジープのほうへ駆けだしたのだ。
小さくボソボソ喋っていたのと覆面で顔が見えなかったことも相まって、勝手に小柄な男だと思い込んでいたのだが、声を聴いた限りどうやらその科学者はロリっ娘だったようで。
彼女に手を引かれてジープに乗り込んでその場を後にし、ようやく俺はこの世界の全貌を知ることとなったのであった。
ここはウマ娘が現実に存在する世界。
オマケとしてガチの悪の組織も存在しちゃってる世界。
俺を組織の実験場から助け出してくれたロリっ娘科学者──もとい秋川やよいという少女から受けた話を要約すると、つまりそういうことだった。
彼女は組織に潜入していたいわゆるスパイで、今後ウマ娘たちを脅かす可能性のある研究を潰すのが目的だったらしい。
本来なら押収したデータと、ヒトをウマ娘に変身できる体質にさせる薬のサンプルを持って、こっそり研究所を抜け出すはずだった彼女だが、他の研究者によって無断でサンプルが俺に打ち込まれたことで事情が変わってしまい、俺ごと持ち帰るしかなかったようだ。
だが、細かい事情なんてどうでもいい。
俺にとって彼女は間違いなく命の恩人であり、この世界において初めて俺をモルモットではなく”ヒト”として見てくれた人物だ。
彼女の言うことに従い、受けた恩を二倍にして返すのが礼儀だと考え、俺は自分の意見を述べず全てをやよいちゃんに任せることにした。
その結果。
『指令ッ! 学園に潜入し、生徒たちを守ってくれたまえっ!』
改めて提示してくれたとある交換条件をもとに、彼女との契約が成立した。
偉大なる空に輝く太陽にして大理事長先生こと秋川やよい様と交わした契約は以下の二つ。
一つ、恩義溢れるスーパー理事長大先生と彼女が協力している政府の秘密組織は、俺が元の世界へ帰るための方法を模索する。
もう一つは、その間俺は秋川やよい理事長先生直属の部下として、秘密裏にウマ娘たちを多くの悪意から防衛する、というものだ。
この世界で唯一ウマ娘に変身して学園に潜入できる俺と、元の世界への帰還方法の模索とここでの戸籍諸々といった人間として生きるためのサポートを提供できる理事長先生との間に交わされた、非常に合理的な契約である。
いろいろ問題があるような気もするがそこは一旦無視する方向で、とりあえずこの世界で俺の達成するべき目標が明確化されたことはとても喜ばしいことだろう。
ちなみに。
よーしこれから頑張るぞ──そう気合いを入れた翌日の朝、正気に戻って恐怖に打ちのめされてしまい、布団の中で蹲ってしまったことは、様子を見にきた秋川理事長しか知らない。
大人の包容力を併せ持つロリっ娘にメンタルケアをされながら、俺はふとあることを考えてしまったのだ。
いや、怖くね?
危ない連中と殴り合いしろって言われてるぞ。
俺マジで命をかけてこれから大犯罪組織と戦わないといけないの? と。
そもそもなんでウマ娘の世界で武力行使のガチ戦闘すんの……?
ついこの前まで普通に大学生やってて、最近成人式を終えたばかりの一般人がやることじゃないような──なんて冷静に考えた頃には、もうこの世界での活動に充てるだけのモチベーションは皆無になってしまっていた。
多分、自分が考えているよりも遥かに、俺は強い人間ではなかったのだ。
ロリに頼られてもカッコつけられないほど、俺のメンタルはヒーローにふさわしくないものだった。
そんな俺を見かねたやよいさんに、散歩をしようと提案されて。
言われるがまま、連れられるがまま、宿にしていたホテルから出て行って。
彼女と手をつなぎながらこの世界を彷徨して。
その先で見つけたのは、一人のウマ娘だった。
『一人でお使いしてるなんてえらいっ! すっごくマーベラス☆』
道に迷って泣いていた子供をあやしているその少女に、俺は見覚えがあった。
確か、名前はマーベラスサンデーだったか。
あまりにも明るく、相手を肯定し励ますその姿を目の当たりにして、俺は目が覚めた。
なんて情けないことを考えていたんだ。
塞ぎ込んでいる場合ではなかった。
そして改めて、俺はこう思ったのだ。
うわ、おっぱいでっか──と。
……。
…………。
………………?
あっ、いや、違うそうじゃない。
俺が目撃したウマ娘はマーベラスサンデーだけではなかった。
決してレースを走るだけではなく、人々に笑顔と希望を届けてくれる彼女たちウマ娘を見て、俺は自分が守るべき少女たちがどれほど世界にとって必要とされている大きな存在なのかを、ホテルから連れ出してくれた秋川理事長先生のおかげでようやっと認識することができたのだ、という話だ。
そうだ。
この世界にはウマ娘が実在している。
そして俺は理事長に彼女らの守護を任命された。
レースで結果を残すような優れたウマ娘は、怪人化の薬と適合しやすく強力な怪人兵器として運用できることから、悪の組織から常に狙われている。
しかし、ヤツらはいつどこからウマ娘たちを狙っているのか分からない。
だから守らなければいけないのだ。
この世界の希望を。
大きな夢を胸にターフを駆け抜ける少女たちの青春を。
『あはははっ☆ よかった、元気出た?』
『うんっ! ありがとう、マーベラスおねえちゃん!』
そう、それは目と鼻の先にいる彼女とて例外ではない。
彼女の大きな夢を守る。
マーベラスサンデーの持つ大きな胸を守護するのだ。
『どういたしまして~! えへへっ、マーベラァ~スっ☆★』
うわすっげぇ揺れてる。デカ過ぎんだろ……。
あんなデカい夢を見せつけられたら、そりゃもう守らないわけにはいかない。
ウマ娘の胸は宇宙最大のお宝だ。それを守るのがヒーローってもんだろ!
俺の心の中のヒーロー、キャプテン・マーベラスだってそう言ってくれている。
派手にイクぜ!!
……。
…………。
………………?
落ち着け。そうじゃなくて。
夢と希望が詰め込まれたマーベラスなマーベラスのことは必ず守る。
もちろん他の、トレセン学園に所属しているウマ娘も漏れなくみんな俺の守護対象だ。
命を救ってくれたロリ事長に報いるため、そして何よりこの世界に生きるマーベラスな少女たちを悪の手から守護るため。
この身この命、できる限りは費やして、やれる範囲でやれる事をそれなりにそれとなく頑張っていこう。
そう心に誓ったその日から、俺は秘密裏にウマ娘たちを守る影の騎士として、この世界で生きていくことになったのであった。
◆
ビコーペガサスを庇い、街で暴れていた怪人を戦闘不能に追い込んでから少し経って。
時刻はオレンジ色の夕日がまもなく沈む頃。
俺は気絶した怪人少女を背負い、気配を殺しながらトレセン学園の敷地内まで戻ってきていた。
学園内には長いこと使われていない古びた器具庫が、校舎裏の端に存在しており、俺はここを一時的な休憩場所として使用している。
「ふぅ……よし、これで大丈夫だな」
気を失っている怪人の少女をマットの上に寝かせ、彼女の腕に特殊な腕時計を装着した。
これは薬によって怪人化させられたウマ娘を時間経過で元に戻す効果があり、いつも彼女たちを倒して回収してはここで治す、というルーティンが今の俺の日常となっている。
昼は男の姿で、学園の清掃作業員として校内を軽く監視し。
病弱で休みがちな生徒、という設定で時たまウマ娘に変身して出席し、男の状態では回れない場所などをパトロールしたりと、とにかく毎日大忙しだ。
「とりあえず変身は解いとくか」
ビコーペガサスから”
ウマ娘への変身時間は限られており、またバッテリーの消耗が激しいコレは定期的に充電しなければならないため、なるべく普段は元の男の状態でいることが好ましい。
今日のところは、怪人化が解けたウマ娘の少女を、学園の裏門に来る予定の政府の組織の構成員に引き渡せば、一旦仕事は終わる。
……それにしても、疲れた。
清掃員として働きつつ、たまにウマ娘に変身して授業を受け、必要とあらば暴れる怪人のもとへ駆けつけて彼女たちを制圧し鎮静化させる、と。
やることが……やることが多い……!
この後引き渡しをして帰ったら、風呂入って飯食って寝てまた明日から──うわああああ社会人みたい!! イヤだ! まだ大学生なのにぃ!!
ほんとはめっちゃ遊びたい。
別にヒーローとしての志とか無いし、明日だって昼の十二時まで寝たい気持ちでいっぱいだ。
でも俺がやらないと怪人化した少女たちを救えないし、そもそも契約を反故にしたらこの世界で生きていくためのサポートを受けられなくなってしまう。
だからやるしかない、というのは分かっているんだが。
如何せんストイックな性格ではないのでやる気の上がり下がりが激しい。
偉大なる夜空に輝くウマ娘界の星にして理事長大先生こと、やよいさんがたまに帰ってきてご飯作って家で待っててくれた夜の翌日とかは、もちろんモチベーション爆上がりなんだが、あの人滅多に帰ってこないし。
日ごろの楽しみといえば、学園で汗水垂らすウマ娘たちを眺めて、股間をスタンドアップ・ヴァンガードしないように気をつけつつ監視を続けることくらいだ。
ロリコン上等。
俺はあの日マーベラスなマーベラスに性癖をボコボコにマーベラスされた日からマーベラスなのだ。
は?
ウマ娘でえっちなこと考えるな!
しかし募る性欲は抑えきれず、今日は昼休み中ずっと芝生でお昼寝してるウマ娘のお腹や生足をじっくりと眺めてしまいました。コラ~! 殺すぞ~!
……疲れてんな。
まぁ、ウマ娘に良からぬ視線を向けているのは否定しがたい事実ではある。
突然別世界へ飛ばされ、家族や友人とも会えなくなり、普段から触っていたゲームやSNSすら触れない中で、危ないやつらと日夜殴り合いをして痛い思いをしなければならないとあれば、それぐらいしないとやってられん。
ストレスが凄い。
ので、ウマ娘を舐め回すように眺めるという、日々の楽しみは大事にしたいのだ。
最近はアドマイヤベガさんのふとい太ももを眺めるのにハマってます。実にマーベラス。
「──まったく。トレーナーさんってば、こんなところから練習器具を引っ張ってきてたなんて……」
腕時計による怪人化解除もできたことだし、そろそろこの子を送り届けるか、と考えて彼女を抱きかかえようとした、そのとき。
外から一人の少女の声が聞こえてきた。
「っ!?」
ここは長いこと使われていない、それこそ十年以上放置されている器具庫だ。
置いてあるトレーニング器具や道具なんて錆びたり壊れたりしていて使い物にならないし、なにより在籍しているトレーナーやウマ娘たちは、広くて綺麗で何でも揃っているグラウンド側の新しい器具庫しか使っていないはず。
だというのに、なぜウマ娘の声が。
生徒は寮か家に戻る時間帯だというのに。
「んっ……開かない。トレーナーさん、カギ開いてるって言ってたのに」
ガタン、と器具庫の扉が揺れた。
一応こういった場合の対策として内側からかけられるカギを取り付けてはいたのだ。
しかし。
「古いから錆びてるのかしら……よいっ、しょ!」
ウマ娘の超人的な筋力の前では、南京錠など有って無いようなものである。
「ふぅ──」
「あっ」
扉をぶち明けた少女の正体は、最近俺がキモい視線で舐め回すように観察していたウマ娘。
アドマイヤベガ。
器具庫の中にいた俺と目を合わせた瞬間、ビクッと肩を跳ねさせその場で停止した。
彼女が持っていたトレーニング器具は、その手から離れて床に落下する。
「……」
「……」
互いに、無言。
これは、まずい。
とても、ヤバい。
彼女が目の当たりにした光景は、年季の入った古い器具庫の中で、服がボロボロになってほぼ半裸状態になっているウマ娘を、今まさに抱きかかえようとしていた成人男性の姿だ。
「…………」
未だに固まったままのアヤベさん。
同様に、どうするべきか分からず思考停止している俺。
「…………──ッ!?」
一瞬先に正気を取り戻したのは、残念ながらアドマイヤベガのほうだった。
彼女は道端で小動物の死骸を見つけたときのような、緊迫感のある引き攣った表情に切り替わり、すぐさまジャージのポケットに手を伸ばす。
や、やばい!
マジでヤバい!!
「まっ、ま……ッ!!」
「警察ですか! がっ、学園内の器具庫に不審者が──」
「まっでぇ゛!!!!」
ライナァアアアアア!!!
助けてええええええええええ!!!!!
(基本的に戦闘シーンは)ないです