憧れの警察官になれたのに、転属先はクライムアクションの舞台でした。 作:福利更生
魔法、霊感、超能力。その実在が証明されたのも今は昔。
技術的な躍進こそあったが、所詮はただの舞台装置だ。人の営みそのものはそうそう変わるものでもなく。
今日も元気に、悪人どもはせっせと罪を重ねている。
俺の駆けまわるこの街は、そんな悪党が一等集まる、掃きだめみたいな街だった。
◇ ◇ ◇
傍から見れば死屍累々。十人が十人そう答えるだろう。
しめて三十六名。呻き声の一つも上げないそれらは、決して死体じゃあない。
ここらで新たにヤクの販売を始めた、命知らずで頭足らずな馬鹿の集まり。芋づる式に辿って行って、見ない顔のヤツらしか掘り出せない。つまり他の組織が後ろ盾になっているわけでもなければ、許可を取っているわけでもない。
大方、裏でも表でも有名な悪の吹き溜まりに、一攫千金のし上がりを狙ってやって来たお上りさん共だろう。
“掃除”をされる前にしょっ引くことができて良かった。
遅れに遅れて突入してくる制圧班。相も変わらずやる気のないことで結構だ。
「おーおー、また派手にやったなぁ」
小銃を担いで話しかけてきた、制圧班の隊長のケニー。この街の警官に相応しい屑の一人だ。
「楽できるんだ、いいだろ」
「お前がこいつら見つけなきゃもっと楽できたんだがな」
この街はクソだ。麻薬の密売人を見つけても、基本的には金で解決する。公僕が、だ。俺の倫理観は未だにその現実を受け入れきれずにいる。だが、言ったところでどうにもならない。そこらの折り合いをつけるまでにどれだけ掛かったことか。
「掃除屋に任せときゃいいものを…そんな顔すんなよ。捕まえた以上は運ぶさ。おらさっさと“荷台”に突っ込め!」
ここは悪徳の街。現代の
俺は、そんな掃きだめの街の溝さらい。市民の味方、
◇ ◇ ◇
今日も今日とて、銃声轟く掃きだめを駆けまわる。
低く低く、暴徒の膝よりも下の空間を、四足の獣もかくやと言わんばかりの姿勢で。埃で汚れた汚いコンクリすれすれを動き回るのは不快この上ないが、慌てて銃を抜く連中が、その物騒な鉄のお口を下に向けることはない。
時には壁を、時には天井を、そして時には人間を足場に、縦横無尽に駆け巡る。
一人、二人、三人。
秒と掛からず顎を打ち、意識を刈り取り、ついでに手足の関節を外す。見るものが見れば銃弾に限りなく近い速度。もっとも、この街でもそこまでの感覚器官を持つ人間は滅多にいるものじゃあないが。
しかしまあ。
銃声銃声、また銃声。よくもまあ飽きがこないものだ。何が楽しいのやら。
見る。避ける。
一人、また一人と崩れ落ち、結局一分と掛からぬ内に、立っているのは俺だけになった。
大型火器の売買。型落ちの横流し品だが、そんなものでも欲しがる小悪党はこの街でなくともごまんといる。
今回の購入予定者は特に組織に属してないチンピラ。そしてバイヤーは中国系マフィア『黄龍会』、その末端も末端。幹部のかの字も見当たらない。ヤツらにとっては小遣い稼ぎ以下の仕事ということだ。
「柳沿だ。特別権限を発令する。五番街の倉庫、そう第三、チャイナタウンの近くの。急げ」
通信を切る。電話口のダル気な声は、俺の名前を聞いた途端に身が入った。もうとっくに日付は変わっているが、あの様子ならそう時間が掛かることはないだろう。
まったく、どういつもこいつも飽きもせず。おかげで毎日が月曜日だ。
どうしてこんなことになったのやら。俺が目指していたのは、地域の頼れるお巡りさんだというのに。
魔法、霊感、超能力。その実在が証明されたのも今は昔。
巷に溢れる手頃に狂気を呼び起こす魔導書、本物のお
いまやそう呼ばれるこのギガフロートは、元々は超常技術と人類の融和を目指した一大都市計画だった。
しかしそれらが生み出す莫大な利権を巡り、各国の秘密組織、非合法組織、そして元々超常技術を独占していた者たちの介入、そして超常技術そのものに恐怖する民衆運動の甲斐もあり、見事この街は悪意渦巻く混沌の街と化した。
街にはマフィアやそれに類する組織が我が物顔でのし歩き、裏では各国諜報員が日夜鎬を削っている。かと思えば黒魔術師が往来で研究成果の怪しい呪文を唱えだし、マッド共の改造人間がマフィアに喧嘩を売りに行く。どこもかしこも、札付きの屑の見本市だ。
そして、俺の所属する組織。公僕代表お巡りさん。警察も例外なく腐っていた。
平の警官は金で犯罪を見逃し、トップは金で犯罪者を釈放する。
この街に配属される警官など、汚職を恥とも思わない悪徳警官か、俺のように上司に嫌われた世渡り下手くらいのものだ。
そもそも、俺の目標は交番勤務の市民に寄り添う警官だった。それが勝手に家の意向で、かっちりスーツとネクタイを絞めたエリート街道になってしまった。それならそれで職務を全うしようと、働いて働いて働いて、そして身内の不祥事すらも暴いてしまい。
僻地に飛ばされるくらいなら万々歳だったが、たどり着いたのは悪の吹き溜まり。
くそったれ以外の言葉は出てこなかった。
だが、ウジウジしてても何も始まらない。
誰もかれもが金で動くなら、その流儀に従って『お巡りさん』の仕事をするだけだ。
◇ ◇ ◇
「またヤツか」
「ああ、ヤツだ」
ケイオスシティ商業区のとあるビル。街を見下ろす高層階の一室で、高級酒の注がれたグラス片手に、しかしてそれぞれ苦い顔で、人種も年齢も違う数名の男女がテーブルを囲んでいた。
彼らはそれぞれ名のある犯罪組織、そのケイオスシティ担当の長達だ。こうして定例会議を開いては、お互い牽制しあっている。だがある話題になると、大悪党には似つかない、場末の酒場の労働者の愚痴大会のようになってしまう。
その話題は、彼らにとっては目の上の瘤、最早定番と化したとある公僕のもの。
テーブルの上の写真には、黒髪黒目のアジア人…とある日本人が映っていた。
「カズマ・リュウゾエ…ヤツがこの街に来てから金がサツに流れっぱなしだ」
「ハッ!やり方が下手くそなんだろ」
「お前ぇんとこは下っぱ切ってばっかだろうがよ。今度は人手が足りないんじゃないか?」
彼らにとっては突如として現れた脅威、日本から島流しにされた警官『
彼がこの街にやって来てからというもの、それぞれの組織の検挙数が一気に増えた。
どの組織も大なり小なり悪さはやっている。闇取引しかり、非合法なサービス業しかり、兵器開発しかり。
今までなら、例え現行犯だろうと金で見なかったことにさせる程度容易だった。
だが一真は違った。
個人的な賄賂は一切受け取ろうとはしなかった。別にそれだけならまだいい。この街に『正義』なんてものが在ると勘違いした馬鹿は今までもいた。そういう馬鹿は、現実に打ちのめされてこの街の流儀に染まるか、あるいは幾許ない内にストリートの染みになるかのどちらかだ。
だが一真は違った。
現行犯で一人も逃がすことなく捕縛する。彼らにとっては驚くことに、どれほど武装しようとも一真は無傷で、敵味方問わず一切の死人も出さずに鎮圧しているのだ。それも報告によれば、徒手空拳によって。
情報そのものは簡単に集まった。
日本人。二十代。代々警察官を輩出している家系。当時勤務していた課の上司の収賄を暴いた結果、ケイオス市警へ転属。実家からも縁切りされている。
そして、驚くことに超常の力は持っていない。
たとえ銃弾を視認して回避し、装甲車や魔獣を素手で粉砕し、実体のないエネルギーの塊である魔法陣を殴り飛ばし、亜音速で動き回ろうとも、検査の結果、超常の力は宿していないとの判定だ。ついでに言えば、超常技術による人体改造の形跡も見当たらない。どこからが『常ならぬ事象』なのか問いただしたいところだ。
怪物。その一言に尽きる。
そんな怪物は、捕まえた構成員や幹部がいくら賄賂で釈放されようと、飽きもせず何度も何度も、何度でも牢屋にぶち込んでいる。
最近は警察署長も味を占めてきたのか、状況次第では賄賂の額を釣り上げることすらある。どこの署の統括も基本的には金にがめつい連中だ。
彼らケイオス市警上層部も最初は一真を疎ましく思っていたようだが、それが金の卵を運んでくるとなれば話は別だ。
今では収容のためにいつどこの署員も動かせる特別な裁量すら与えている始末だ。
一真はこの街の流儀に従っている。
郷に入っては郷に従い、その上で自分の職務を力押しで全うしている。
何度逃げようが何度でも捕まえる。
金で見逃されるなら、それが尽きるまで捕まえる。いつか「勘弁してくれ」と、素寒貧の悪党の方から泣きを入れてくるその日まで。
柳沿一真は『
ブラックラグーンが好きです。でも血界戦線も好きです。