憧れの警察官になれたのに、転属先はクライムアクションの舞台でした。 作:福利更生
前にも書きましたが、とても嬉しいものですね。
魔法、霊感、超能力。その実在が証明されたのも今は昔。
掃いて捨てるほど湧いて出る悪人悪人、また悪人。犯罪都市は平常運転。
ケイオスシティはこともなし。
◇ ◇ ◇
空間が歪む。
視認することはできないが、肌で感じる。空気が押し出される感覚。
巻き込まれないように加速する。“彼女”と組む時は速度の加減が難しい。これ以上加速すると、周囲の被害が大きくなる。
いつもの様に顎を打ち、脳を揺らし、意識を飛ばす。そして不可視の力の奔流に巻き込まれない場所に放り投げる。いちいちこの行程が挟まるのも面倒だ。
問題の彼女は手加減を考えていないかのような、いや、実際考えていないだろう勢いで、その両の義足を振るっている。
最新のサイバネ義肢は、サイズこそ女性が装着しても、違和感なく細身のパンツスーツに収まるものにもかかわらず、その出力は重機のそれに届きうる。
蹴撃そのものでの負傷は諦める。気を配るべきは、勢いのまま頭からコンクリに叩きつけられるヤツと、地上二十三階の窓を破って外に放り出されるヤツだ。
幸いにして今回の相手はボディアーマー等で武装したり、強化手術を施しているものがほとんどなため多少の無理は利く。そもそも、脆そうなヤツらは最初に潰して脇に置いている。
気を付けることが少し増えただけだ。流れ作業に変わりはない。意識を刈り取り、安地に置きつつ、彼女の超常性から守ればいい。ただそれだけ。それだけだ。
…いつも思うが、何故こいつと組ませるんだ。
正直、少し前の自分を見ているようで、あまり気乗りはしないんだが。
◇ ◇ ◇
「こうして仕事が重なるのは久しぶりですね、リュウゾエ特別巡査部長」
周りはいつもの死屍累々。今日に限っては、ああ、とか、うう、とか小さく呻いているヤツが多いくらいか。何人か、あれは骨もいってるかもしれない。
俺の目の前で入念に緩んだネクタイを締めなおしているのは、この街には珍しい女
クリスティアナ・シモンズ。シモンズと呼ぶたびに「クリスです」と訂正を入れてくる。
濡羽色の髪を切りそろえ、パンツスーツを着こなしたアジア系の美女。
コツコツとピンヒール…のように見える義肢の踵を踏み鳴らしながら、ズズイと目前に迫ってくる。如何にもクールビューティーといった風貌だが、出会ったときから異様なまでに距離が近い。
やはり、彼女は苦手だ。
彼女は俺と似たような経緯でこの街にやって来たらしい。資料で読んだきりではあるが、要は上司に嫌われたのだ。
超常捜査官として切れすぎるその能力は、彼女の元上司にとっては目の上の瘤だったらしい。
もっと言えば、いまだこの島の外では超常性をもった人間というのは差別される傾向にある。すでに『暴露事件』から二十年以上経っているにもかかわらずそんな有様なのは、事件の影響もさることながら、そもそも超常性に触れる機会が未だに少ないからだろう。
生まれつきそういった力を宿しているものは、この街ですら未だ多いとは言えない。超常技術が日常で使う機器に応用されているとはいえ、外見上、そうあからさまなものではない。それでは実感というものも湧かないのだろう。
逆を言えば、この街以上に超常犯罪が起こっている街もそうない。持て余すなどと言われてしまえば、島流しの理由としては十二分に過ぎるだろう。
経緯が経緯だけに、初めは俺と同じようにこの街に馴染めてはいなかった。
賄賂を受け取ろうとはせず、しかし捕まえた悪人はすぐに牢から出て行ってしまう。そしてそいつがまた事件を起こし、捕まえ、釈放、捕まえ、釈放…同僚も上司も、笑顔を浮かべてそれを当然のように受け入れる。本来それらを取り締まるべき、栄えあるケイオス市警トップは、太陽のような笑みを浮かべて、でっぷり膨れた懐を愛犬のように撫でまわす。
俺が出会った当初は、そんな街の腐敗具合に相当参っていたようだった。
この掃きだめに来る前は真っ当な警察官だったのだ。持ち前の正義感から、この街の流儀に染まることもできず、なまじ実力はあるものだからイタチごっこを繰り返す。
俺が彼女と出会ったのはそんな時だった。
ちょっとしたアドバイスをした程度だが、心折れかけていたからだろうか。また変な風に懐かれてしまった。
まあ、たとえ捜査に駆り出されても、嫌な顔一つしない同僚だ。他の屑より万倍マシだ。
しかし頼むから、その距離感を何とかしてくれ。
◇ ◇ ◇
最初に抱いた感情は、この上ない歓喜だった。
持って生まれた超常性は、比較的見ることの多い
年を経る毎にその力は制御を離れていき、少し意識してしまうだけで、空間ごと対象を歪め、潰し、吹き飛ばす。
ようやく力を抑えられるようになるまでに、犠牲にしてしまったものはあまりに多くあり過ぎた。私の足もその
やがて施設に預けられ、隔離されるように過ごす毎日。車椅子を押す介護士たちの、恐怖を飲み込む息遣いを聞く度に、私の心は軋んでいった。
だから、こんな私でも人の役に立てるのだと言われた時には、どうしようもなく涙が溢れた。
超常捜査官。
『暴露事件』以前には、超能力捜査官とも呼ばれていた警察の特殊捜査班。
とはいえ、その頃は主に未解決事件を
超常現象に対して超常現象で立ち向かう。それが超常捜査官だ。
観測史上最高峰の超常性だと笑顔で伝えられた私は、今まで迷惑をかけた分、誰かを助けてあげるのだと、必死になって知識を詰め込み、体を作り、そして能力を拡張した。
失くしてしまった両足を、戦闘用のサイバネ義肢に換装し、抑えるばかりだった力を、訓練と手術によって、脳の思考領域の拡張という手段でもって制御した。手術の成功率は低かったが、それは『
正式配属されてからは、戦って戦って戦った。
『暴露事件』より二十余年、増加しつつある超常犯罪。それを解決する度に、私の心は救われていった。
幸せだった。本当に。これで誰かが喜んでくれる。
そんな折、唐突に突きつけられた転属届。
新たな配属先は、悪名高き
最初に抱いた感情は、この上ない歓喜だった。
噂に聞く犯罪都市。街に蔓延るマフィア、テロリスト、秘密組織。そこでは日夜、休むことなく超常犯罪が繰り広げられているという。
そんな街を守護する立場になれるとは、なんと栄誉なことだろう。
そんな街を守護する同胞は、どれだけ気高い人たちだろう。
心が躍った。きっと私は、今よりもっと誰かの笑顔を守れるのだと。
仲間も上司も“栄転”だと、笑顔で快く送り出してくれた。
さあ行こう。新たな誇れる仲間たちと、止めなきゃならない巨悪が私を待っている。
そんな期待は
なんだここは。なんなんだヤツらは。一体全体なんだ彼らは。
聞きしに勝る悪意の坩堝。どこもかしこも、屑、屑、屑!
現行犯だぞ、どうして見逃す。
マフィアの幹部だ、どうして逃がす。
私は職務を全うしたぞ。どうしてそんな目を向ける!
あんなに幸せだった心が、再び軋んだ音がした。
殴り飛ばす、手錠をはめる。
「やれやれ、やっと出られるぜ」
四肢に力が籠るのが分かる。
蹴り飛ばす、手錠をはめる。
「融通の利かない女ね。何を頑張ってるんだか」
奥歯が欠けそうなのが分かる。
見えない力で関節を砕く、手錠をはめる。
「
下唇から命の雫が垂れるのが分かる。
殴り飛ばす。蹴り飛ばす。吹き飛ばす。
殴り飛ばす。蹴り飛ばす。吹き飛ばす。
殴り飛ばす。蹴り飛ばす。吹き飛ばす。
殴り飛ばす蹴り飛ばす吹き飛ばす殴り飛ばす蹴り飛ばす吹き飛ばす殴り飛ばす蹴り飛ばす吹き飛ばす殴り飛ばす蹴り飛ばす吹き飛ばす殴り飛ばす蹴り飛ばす吹き飛ばす殴り飛ばす蹴り飛ばす吹き飛ばす殴り飛ばす蹴り飛ばす吹き飛ばす殴り飛ばす蹴り飛ばす吹き飛ばす殴り飛ばす蹴り飛ばす吹き飛ばす殴り飛ばす蹴り飛ばす吹き飛ばす殴り飛ばす蹴り飛ばす吹き飛ばす殴り飛ばす蹴り飛ばす吹き飛ばす殴り飛ばす蹴り飛ばす吹き飛ばす殴り飛ばす蹴り飛ばす吹き飛ばす殴り飛ばす蹴り飛ばす吹き飛ばす殴り飛ばす蹴り飛ばす吹き飛ばす殴り飛ばす蹴り飛ばす吹き飛ばす
「おい、何をぼーっとしてるんだ。さっさと“手錠をかけろ”。」
「は?別に何度でもシバき倒しゃいいんだよ。一日だろうが一週間だろうが、その間はこいつらに泣かされるヤツはいない」
「金で動く馬鹿なんだから、あいつらに出させりゃいいんだよ。金庫が空になりさえすれば、お上にとっちゃ用済みなんだ。稼がせてやった分、判子押す程度はしてくれる」
「徒労だなんだと、知ったことかよ。何度だってしょっ引いてやる」
最初に抱いた感情は、この上ない、歓喜だった。
この街は駄目だ。彼曰く、掃きだめ。言いえて妙だ。もうどうしようもないからこそ、こんな所まで流れ着く。
だが共に抗う、尊敬すべき同胞がいる。
金で肥え太る豚ならば、なるほどいくらでも与えればいい。私たちは、いつもの様に仕事をすればいいだけだった。上等な餌も甘い汁も、屑が勝手に用意してくれる。
右を見ても左を見ても、上も下も屑ばかりだが、彼は私に教えてくれた。
そうとも。
なんで私が、あんな屑どもに心を砕いてやらねばならないのか。
なんで私が、私の正義を曇らされなきゃならないのか。
もう迷わない。彼とともに歩む限り、私の正義は揺らがない。
さあ、今日の突入捜査は二か月と十三日振りに彼との合同捜査だ。血の通わない両足にすら、しっかりと熱が籠るのが分かる。
少しでも貴方に追いつけるように、今日も元気に“シバき倒そう”。
躁鬱と思い込みの激しい子です。