Fate/Ideal World -Over the mith-   作:桜ナメコ

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一章 Swamp of Despair
0-1「運命を塗り変える夜(1)」


 

 

 

 

 

 ぞくりと背筋にはしった悪寒で、人払いの結界の中へと足を踏み入れたことを理解した。

 ああ、始まってしまったと、もう二度と、あの懐かしの日々に戻ることなど許されないのだと、一抹の後悔が脳裏をよぎる。

 

「でも、私はお師匠様だからね」

 

 可愛い愛弟子の為なら、なんだってできるのさ、と何度となく口にした魔法の言葉をボヤいてから、私は黒皮のコートのポケットへと手を突っ込んだ。

 カツリカツリと自分の靴音だけが建物の中に響いていく。

 数分、十数分、それとも数十分?

 時間感覚が狂っていることに気がついて、パチパチと二、三度瞬きを繰り返した。

 廊下を歩いている間に幻惑の術式に引っかかっていたらしい。

 

「中々、小癪な真似をしてくれるもんだね……いいよ、いいよ。真正面から叩き潰してやろうじゃないか」

 

 立ち止まる。

 愛弟子の小さな頃からのお気に入りらしい淡い水色の長髪をクルクルと右手の指で弄ってから、パチンッとその指を鳴らした。

 多分、今頃、乾いた音に呼応するように、私の大嫌いな碧眼は輝いていることだろう。

 まあ、幼いあの子が「きれー! すげー!」と喜んでくれただけでも、存在価値はあったのだと区切りはつけているのだが。

 

 次の瞬間、パリンッと自分の周りの空間にヒビが走ったかと思えば、澄んだ高い音が鳴り響き、世界がガラスのように割れた。

 脆いものである。

 シャボン玉とさほど変わらぬ強度だね、と強キャラムーブを続けてみるが、それはそれとして、世界で最初に赤子の手をひねるという語句を作ったやつは真性のサイコだと思う。

 え、今関係ないって? 私もそう思うから気にしない、気にしない。

 

 細かいことを気にしてると、ハゲるぜ?

 

「さあ、次は何を見せてくれるのかな……まさかまさか、これで終わりなんてことはないのだろう?」

 

 ゆったりと鼻歌交じりに、結界に覆われ隠されていた奇怪な館の中を行く。

 画廊、というほどではないけれど、赤やら紫やらで壁や床全体が彩られ、不規則な間隔で絵画が飾られているこの空間は、正直言って好みではない。寧ろ、嫌いだ。なんか、キモい。

 

「全く、悪趣味な絵画ばかりだな……我が愛弟子の図画工作の版画の方が良い出来だったぞ」

 

 同業人に、センスに触れただの、なんだのと芸術品(笑)みたいなものを集めて回る変人が居るのは別におかしなことではない。

 ないのだが、全くもって理解はできない。いや、したいとも思えないのだけどね。

 それにしても、あの版画の授業は大変だったと聞いたな。彫刻刀で左手を血だらけにしたあの子の姿には、心臓を止めかけた記憶がある。

 全く、あの子があんなに不器用だったと知っていたのなら、知り合いの『人形師』にカテキョでもやらせてやったというのに。

 ……ああ、いや、アイツへ売った恩は彼女の件で全て帳消しにしたんだった。

 なんなら、その後に膨大な借金したぐらいだからな、恨まれていてもおかしくなさそう。

 最後に別れの挨拶ぐらいはしてやるべきだったか? まあ、妙に有能なアイツだ。いつか勝手に知るだろう。

 私が死んだ後の世界なんて、私の知ったことではない。

 

 それで、何の話だったか……と思い返そうとして赤い絵画が視界に入る。

 数秒その絵の前で立ち止まり、溜息を吐いてから歩みを再開する。

 

「まあ、あの版画に母の日の造花、バレンタイデーのチョコの箱なんて物すら捨てられない私に、高尚な芸術を理解しろという方が無理な話だな」

 

 クククッと笑っている間に、広間へと辿り着いた。

 中々、金をかけていそうな館だなあ、なんてことを考えていたら、自分の周りに五つの魔法陣が浮かび上がってきていたみたいだ。

 少し油断をしすぎたかもしれない。

 反省、反省と脳内で呟き、こんな姿を見せたのなら、むすっという顔をするであろうあの子の姿を思い、緩む口元を押さえつつ、指を鳴らす。

 

「やあ、諸君。お目覚めしたばかりで悪いが、お休みの時間だ」

 

 周りに産み出されたのは五体のボーンゴーレム。ぱっと見、素材は飛竜の牙か何かだろう。

 大層な準備をしているようで、と半ば呆れにも似た感情を抱きながら、ササッとそれらを処理してしまう。

 ……というより、既に処理は終わっている、という方が正しいだろう。

 先程指を鳴らした際に、術式の解除は終えているのだから、ここに残るのはただの骨だ。

 強いて言えば、躓かないように歩くことが私の今するべきことである。

 

「全く、こんな何もない場所に貴重な素材を使ってゴーレム召喚とは、言外に来ないでくださいと言っているようなモノだろうに……まあ、この考えを逆手にとって私の精神を揺さぶっているというのなら、楽しみも増えるというものだが——」

 

 トントン、と踵を鳴らす。

 

 魔術が行使される。

 自分の周囲の様子を探るだけの簡単な魔術だ。まあ、我が愛弟子はこんなことすらできないのだけどね……それは、それ。向き不向きってあるだろう? あの子はあの子でただ一つの武器があるのだから、何も気にすることはない。

 

 把握完了。

 

「さてさて、()()だね」

 

 詠唱開始。

 座標固定。

 

「準備はいいかい、名も知らぬ魔術師君」

 

 偽装看破。

 接続完了。

 

 異界転送・開始。

 

 

 

「怖い怖い魔術師が、今から君を殺しに行くよ」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 ふわりと現実へと降り立ち、目の前で背を向けている小太りな男の肩へと右手をかけた。

 慌てたように振り向いた彼の頬に、右手の人差し指が突き刺さる。

 触るんじゃなかった。あの子のほっぺは、突き甲斐があるんだけど、コイツはダメだ。なんか、油ぎってるし……浄化しよ、浄化。

 

「な——っ」

「不用心、だね。まずは、距離を取らなくちゃ」

 

 ニコリと微笑むと彼は顔を青くして、弾かれたように私の手を振り払って、逃げ出した。

 うーん、随分と小物臭い。我が愛弟子の方がいい男だな。

 多分、囮だろうけど、一応警戒した方がいいか?

 

 男は、ある程度の距離を取ってから、私が距離を詰めないことを確認して立ち止まった。

 そして、こちらへと左手を突き出して、震える声音で問いかけてくる。

 

「き、貴様、どこから!?」

「さあ? どこからだろうねぇ……柔軟な思考で予想をつけてみたらどうだ? ああ、そうだ。君達、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 私は絵心とやらがわからないから何とも言えんが、ご自慢の高尚なセンスとやらでたっぷり考えるといい」

 

 カチャリ、という無機質な音。

 冷たい鉄の質感、火薬の匂いはそんな好きじゃないんだけど。

 ボソボソと呟きながら、暴発防止の二重ロックを外す。

 

「やめ、ろ……やめろ——私は!」

 

 嫌だ嫌だと首を左右にぶんぶんと振り回す。

 でんでん太鼓みたいだなぁとか考えていたら、目の前に魔力を凝縮させた弾丸が迫ってきていた。

 

 ふぅ、と優しく、誕生日ケーキの蝋燭を消すように、息を吹きかける。

 ただそれだけで、魔弾は霧散した。

 

「なん、で ——」

 

 タンッという破裂音と、煤けた匂い。

 軽い衝撃。

 腕をプラプラさせて、痺れの解消を図る。

 

「だって、匂いでバレるじゃないか。あの子、やけに勘がいいんだからさ…………あれ、そういう意味の“なんで”じゃなかった?」

 

 沈黙したソレへと言葉を返してから、ため息を吐く。

 まあ、今回は帰る予定がないから関係ないんだけど、気分的にね? 

 私のことを怖がるでもなく、気遣い過ぎるわけでもなく、淡々とお風呂の準備をしてくれたりする辺り、本当に愛おしい。

 

「今のはハズレ。でも、()()()()()()()()()()()()……じゃあ本命は——」

「こっちさ【永久(とこしえ)】」

「——ッ!?」

 

 スパンッと空を割る音。

 声をかけられる数瞬前に、咄嗟に身を捻ったことで、向けられた風の刃に対しての損害は、髪を数本持っていかれただけで抑えられた……うん、殺す。

 あの子の宝物に触れた罪は重いぞクソ野郎。

 

「ヒューッ、流石、伝説の魔術師。今ので傷一つ負わないのかよっ!? 完全に殺す気で撃ったのによ!」

 

 視線をやれば、ギャハハッと品の悪い笑い声をあげる細身の魔術師。

 うん、うちの弟子の方がいい男だな。

 口笛も下手だし、殺そう。

 

「全く、礼儀のなってない若造だな。大体、殺す気で魔術を撃った相手に挨拶をするバカが何処に居ると言うのさ……本気で相手をして貰いたいのなら、始めから全力を出しておくべきだよ、愚か者」

「あ? なんだよ、冷めてんな……つまんねー、伝説とかって聞いてたのに白けたわー」

()()()()()()、か。まったく雇うにしても、もう少しマトモな奴はいなかったのか」

 

 ため息がこぼれる。

 頭が痛くなってきた。

 

 まさか、声をかけてくるとは思わなくて、回避が鈍ってしまったじゃないか。

 奇襲中に話しかけるぐらいだから、大事な大事な要件なのかと期待した私が馬鹿みたいだろ。なんだよ『こっちさ(勘違いイケボ男風)』って、もう死ねよお前。いや、とっくに殺したけどさ。

 

「誰に話しかけ——ぁ、っ」

 

 ドサリと音を立て、地に伏し沈黙した男を一瞥してから、手元の拳銃を弄っていると周囲の魔力探知に反応があった。

 ようやくか、とそろそろ集中を高めることにする。

 これというのも、私が使っているのは探知範囲を広げる代わりに、ある一定以上の魔力を持つ相手のみを知覚するためのものだからだ。

 

「つまりは、君が『マスター候補』ということでいいのかな?」

 

 瞼を下ろす。

 ゆっくり開く。

 深呼吸を二回。

 拳銃のグリップを握り直した。

 

 カツンと一度、踵を鳴らした。

 

 再び、世界が破れる。

 周りの景色こそ変化はないものの、一瞬で周囲の魔力密度が増大する。

 

「これは、これは……流石【永久】と言うべきでしょうか。ようこそ、私の伏魔殿へ」

 

 パチパチと拍手を繰り返しながら姿を表したのは、いかにも魔術師然としたローブに身を包んだ金髪の男……うちの子の方が、いい男だな。

 

「伏魔殿ねぇ……十五点をくれてやる。たかだか、契約者全員の空間内転移を簡易化しただけの館だろ。あとは空間把握に対する認識阻害、時間感覚を歪める精神汚染、多分幻覚やら何やらとご丁寧にたっぷり用意してくれていたのだろうけど……ウザい、面白くない、邪魔なだけ」

「それは、中々手厳しい意見ですね……ですが、先程の貴方の発言からわかったことがあります。一つ、勘違いをしているようですね…………来なさい()()()()

 

 目の前で渦巻く魔力、紅の輝き。

 どうやら、少し遅かったみたいだ。

 ……聖杯戦争は既に始まってしまっていたらしい。

 

 輝きの先に、紫の長髪を持つ一人の女性が顕現したのを視認して、思わず舌打ちをする。

 

「さて、お手並み拝見といこうか。伝説の魔術師殿? やれ、ランサー!」

「……はい、マスター」

 

 パチパチッと空気が揺れ、プラズマの弾ける音が生まれる。

 あ、待って。これ、ちょっとやば——

 

「——ッ! 雷撃、とか。顔に似合わず、中々アグレッシブな性格してるじゃないか」

 

 瞬間転移。

 丁度、利用しやすそうな魔術が、館全体に仕掛けられていて助かった。

 

「ハハッ、そうか。この一瞬で館の魔術を……全くとんだ化け物じゃないか。どうやら、噂に尾鰭、なんてことはなさそうだね」

 

 金髪の目に侮りの色は見えない。

 それは、金髪の隣に立つランサーも同様であり、流石の私もそろそろ真面目にやらなくては、危険かもしれない。

 

 はぁ……と息を吐き、口を開く。

 

「女の子に手をあげるのは、正直趣味じゃないんだけどね……まあ、それはそれ。主義とか趣味とか、置いといて、邪魔なら殺す。ただ、それだけの話……だが、そうだね。挨拶ぐらいはしてやろうか」

 

 挨拶? と疑問を顔面に浮かべた目の前の二人に対して、恭しく礼をした。

 

「私はユメミヤ。巷で話題なピッチピチのウン百歳の美少女。生きる伝説、天才魔術師、最強の始末屋【永久】とは私のことさ…………さあ、私を敵に回すこと、その覚悟はできたかな?」

 

 頭の中でスイッチを切り替える。

 思考回路を全速力で回す。

 

「「…………ッ!」」

 

「沈黙は、肯定とみなすよ。それでは、始めようか」

 

 

 私の、最後の戦いを。

 

 

 胸の内で呟いて、そして私は口にした。

 

 

消失強化(ロストリンク)

 

 

 彼と共に過ごした日常。

 その、全てを注ぎ込んだ魔術。

 長い長いこの人生の、私なりの集大成。

 

 

「私の全ては、今日この日のために……なんてね」

 

 

 次の瞬間、世界が光に包まれた。

 

 

 

 

 

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