Fate/Ideal World -Over the mith- 作:桜ナメコ
ゆっくり、じっくり。
段々と場面を整えて行けるといいなぁ(願望)
「そう、警戒するな。何も取って食おうというわけではない」
「…………無害だって自称する不法侵入者を、警戒しないやつがいるのなら、その面を拝んでみたいところだな」
「ふむ、虚勢……と呼ぶにも些か足りんが——凡庸なりに、度胸はあるようで感心した。その減らず口、いつまでたてるのか見物だな」
「んぐ、ん、ッ————!」
視線に刺し殺されるような感覚が俺を襲った。
放たれた殺気に、アサシンが拘束から抜け出そうともがくのだが、セイバーの余裕げな表情は崩れない。
冷汗が流れる。
返答を間違えれば首が飛ぶ。
だが、同時に本能が察知する。
コレは
「…………敵対心がねえって言うなら、俺のサーヴァントを離してくれないか?」
「————まぁ、よい。此奴では、私には何があっても敵わないだろうし……敵対心がないというのも事実、ほれ」
ここでようやく、首元へと突きつけられていた刃をセイバーは納める。
同時に、無造作に、その場へと放り出されたアサシンは、涙目になりつつ、むせ込みながらも、呼吸を整え、俺とセイバーの間へと身体を入れる。
「あり、がとう、ございます、マスター」
「……っ、大丈夫か?」
「はぁ、ふぅ…………はい、問題ありません」
きっ、と目の前の相手を睨みつける彼女の姿に、一先ずは安堵して、意識を切り替える。
「……それで、何の用だ? 怒ると怖いメイドを待たせてんだ。手短に済ませてくれ」
「つれないのぅ……まぁ、よい。私から忠告、もといアドバイスを持ってきてやったのだ。そう邪険にするでない」
さて、どれから話そうか。
そんなことを言いたげに、ため息を一つ溢してから、セイバーはまず一つと人差し指を立てる。
「まずは、そうだな……此度の聖杯戦争に関するルールの説明から入るとしようか」
「……ルール? それなら、零華のやつから既に聞いたぞ?」
「此度の、と言っておるだろう。果ての世界、神霊召喚、運命の鎖、状況は既に私にも把握しきれぬものとなっている」
「……マスター、ここは一度彼女の話を全て聞きましょう。話をするのは、それからでも遅くありません」
何が何だかわからなくて、頭が痛くなってきた。
アサシンの助言に頷きを返し、セイバーに話の続きを促すと彼女は満足げに笑った。
「果ての世界……あの狭間への道が開かれるのは、三日に一度。その世界へ足を踏み入れる資格を有するのは、基本的には、マスターとそのサーヴァントのみ。此度の聖杯戦争、その舞台はこちらの世界ではなく、あの奇妙な世界の狭間というわけだ」
果ての世界……あの灰の世界のことか。
そういえば、零華に説明された聖杯戦争の一例では、現実世界の街中を舞台に戦いが繰り広げられていたことを話として聞いたが、彼女はあの謎世界に関してはわからないことだらけだとも言っていたな。
「…………つまり、現実で襲われる可能性はないと?」
「……先程まで、脅しにかけてきた相手とは思えない発言ですね」
アサシンのボヤきを聞かなかったことにしながら、セイバーは俺の確認に小さく首を振る。
「マスターとそのサーヴァントに現実での戦闘行為を禁じるように厳命しているのは確かな話だが、現実で戦闘が起こる可能性が絶対にないとも言い切れない。仮の話だが、後に罰を受けるのを知っている上で、この法を破る愚か者が現れたのならば、こちらの世界が戦いの舞台となることもあるだろう」
「……………………それは、また……随分と、
フェアじゃない。
セイバーからの話を聞いて、そんな感想を抱いた。なぜ、コイツはこんなにも具体的な情報を持っている?
そんな疑念は、警戒の強化へと繋がり、緊張の糸はその張りの強さを増す。
だが、セイバーはそんな俺の様子を眺めてから、どこか嬉しそうに目を細める。
「出来レース、か。言い得て妙じゃのう…………覚えておけ、アサシンとそのマスターよ。この戦争、主らだけが正常であるが故に、主らだけが異常じゃ。全てが整えられ、既に解の出された盤上に主らは立っている」
「……………………」
「何を黙るか、アサシンよ。お主は、お主の召喚主の願いを知っておろう?」
ピクリと、アサシンの華奢な肩が揺れたのがわかった。
隠し事、に関係する何かなのだろうか。
まあ、今は置いとこう。
ぶっちゃければ、セイバーの言っていることは余りに抽象的で理解に及ばなかった。
だが、それでも感じ取れる。
今、俺はきっと絶対に無視してはいけない大切なことを教えられているような気がしたのだ。
「……まあ、基本的に現実じゃ何もしねえから安心しろ、でいいのか?」
「……今は、それだけで良い。だが、いずれ理解するはずだ。お主ら自身の価値を。お主らがどれほどのものを背負っていのるか、そしてどれだけの奇跡的な運命の星の下、この場所に立っているのかを」
埒があかない。
いい加減、勿体ぶった言い方をやめてくれ、とそう口にしようとすると、セイバーは静かに首を横に振った。
「すまないが言えぬ。私ですら、ここまでしか出来ないのだ……流石の私も、二画も貰えば身体はちょいと重くてのう」
「…………令呪、ですか」
「ああ、そうだとも。我ながら、酷い体たらくだ。お主の前にこのような様は晒したくなかったんじゃがな……まあ、よい。ともかくだ。この小僧を頼んだぞ、アサシン——いや、我が永劫の仇敵よ」
「……勝手に、私に押し付けないでください」
自らのマスターからかけられた令呪による活動制限を押してまで、ここへやってきたのだと言うセイバーは、そろそろ潮時だな、と呟いて、俺たちへと背を向けた。
「最後に、我がマスターからの言伝を。今しがた、それを預かっていたことを思い出したのでな」
霊体化をしていく最中、声色を変えたセイバーが口にした。
ようこそ少年、全てが仕組まれた聖杯戦争へ。
敢えて、告げよう。
君の師を殺したのは、私だ。
◇◆◇
下へと降りて、零華の用意してくれた昼食をペロリと平らげて手を合わせる。
その隣では「何でこんなに美味しいんですか……」と妙に不満げな顔をしたアサシンも同じようにして手を合わせている。もしかしなくても、この子、根は真面目なのかもしれない。
「ご馳走様でしたっと」
「…………」
「お粗末様でした……今日は例の犯罪行為をやらなくてよかったのですか?」
「犯罪行為言うな。保護者兼下校見守り警備員みたいなもんだろ。むしろ、ボランティア的な一種と言っても過言ではないのでは?」
「犯罪者予備軍の間違いでしょう。くだらないことを言ってないで、お皿片付けなさい」
「はいはい」
まあ、そのね?
モノは言いようと言いますか……
「……だから、そんな目でこっちを見るな。法に触れるようなことはしてねえよ……多分」
「……多分?」
「やめろツッコむな、自分でも怪しくなるだろ」
ジト目のアサシンから、フイと顔を逸らす。
色々あるんだよ、色々。
本当なら、今日も眞白の様子を見に行きたいところだったのだが、流石に優先順位は聖杯戦争の方が上だ。
セイバーとの邂逅で、現実での襲撃に関してはあまり気をつけなくていいことはわかったが、それはそれとして、頭の中を整理させる時間が欲しい。
眞白の方に関していえば、今まで、何も問題がなかったのだから、今日一日で運命的な出会いがなんたら、とか隠されていた能力が覚醒! みたいな事件は起こらないと信じよう。
とうとう激しく降り始めた雨音を聴きながら、再び自室へと戻った俺は、目を閉じて思索に耽っていた。
アサシンは霊体化していて、零華は気を遣っているのか、こちらに話しかけてくる様子はない。
どこか、ぼんやりとした思考のまま、昨日から今の今に至るまでの出来事を思い返していく。
一つ。二つ。三つ。四つ。
時計の短針が、その数を増やしていく。
何度も何度も思考回路を巡らせて、そして、その度に結論は一つに収束する。
俺個人に、この戦争へと関わらなくてはならない理由はない。
「……ふぅ、落ち着け。あくまで、冷静に」
師匠を殺した誰かがいる。
……心が乱されないはずがない。
けれど、だからといって俺がこの戦争へと身を投じて何になる?
逆に考える。
彼女が命を落とすような戦いに俺が参加する? ふざけてるにも程があるだろ。
彼女は自分の身を持って、この戦争の危険性を教えてくれた。
不出来でもなんでも、一応は弟子の俺がそのことを認識せずに、前進するなんてことは、彼女への侮辱ほかならない。
「……いい、はずだ」
アサシンの顔が脳裏を過ぎる。
彼女の願いを叶えるために、戦いを選ぶ?
出会ってから間もない赤の他人のために?
そんなの善人を超えて、頭のネジがぶっ飛んだ狂人としか思えない。
思い出せ。
お前が最も大切にしているモノはなんだ。
その問いかけに、緋色の少女を想起する。
ああ、そうだ。
彼女を守る。
それだけが、俺の願いだ。
だから、そうだ。
「……これ以上、踏み込まなくていいはずなんだ」
その判断に、どうしてか待ったをかける声がある。
本能。
或いは、直感か。
ここまでの一連の流れに、どこか違和感を抱いている自分がいる。
雨が降る。
大雨が降る。
ざあざあ、と降り頻る雨。
「………………それで、いい……はずだろ」
神経が擦り減るような感覚。
どうしてか発現した不快感に蓋をする。
自分に言い聞かせるように、思考を繰り返し続けて、どれだけの時間が経っただろうか。
気がつけば、外は暗闇に満ちていて、音の消えた空の雲間からは月が覗いて見えた。
俺は何を思うわけでもなく、ふらりと外へと足を向けて師匠の屋敷を飛び出した。
「…………何、悩んでるんですか…………アホらしい」
◇◆◇
わからない。
こうも自分の心がわからなくなったことが今までにあっただろうか。
なんで、どうして、と。
疑問の声が、頭の中に残響する。
それら全てを意識から除外して、夏夜の雨上がりにしては、涼やかな空気を肌に感じながら走り続ける。
いったい、どこへ向かっているのだろう。
そう考えてから、数秒。
自分の足が、何百と繰り返し歩いた道筋を辿っていることに気がついた。
館のある森を飛び出し、坂を下りて市街地へ。
幾つもの十字路を迷うことなく、適切に曲がって、最短距離でその場所へ——朱雀井眞白の在るその場所へと向かっていく。
あえて自分の行動に理由を与えるとするのなら、俺は多分、確信が得たかったのだと思う。
顔を見るつもりはない。
言葉を交わすつもりもない。
ただ、これまで自分が大切にしてきたモノを、この目で確かめてみたかった。
この不確かで不明瞭で不定形な迷いを躊躇いなく殺すために、過去の自分を称賛し、今の自分を肯定したかった。
ああ、けれど。
その、道中。
「おや? おやおや? おやおやおや?」
「………………」
「結くんじゃぁ、ないですかぁ?」
みみざわりな こえが きこえた 。
本能が警鐘を鳴らす。
足を止め、声のした先に視線を送れば、そこに軽薄そうな雰囲気をまとった灰髪の男が立っていた。
「…………安心院、幸哉」
「はい、そうです。そうですとも。君の大嫌いな、安心院幸哉ですよぉ♪」
俺が紅蘭高校を退学する原因となった一連の事件を引き起こした元凶。
そして、先日のストー……見守りでは、眞白へと接触しようとしていた姿を確認したクソ野郎。
眞白へと話しかけていたときの爽やか優男勘違いイケメン男風の話し方ではなく、この男本来の粘着度の高い気色の悪い話し方が、これまた癪に触る。
「怖いなぁ。そんな目で見ないでくださいよぉ?」
「……はぁ…………失せろ。お前の相手をしてる暇はない」
突発的に湧き出た嫌悪感と不快感で、安心院へと拳を振るいたくなったのだが、現状を考え、それら全ての悪感情を呑み込み、苛立ちを抑えきった。
「えぇ、面白くないなぁ……ま、何でもいいですけど……」
「…………ッ!」
不快感を煽るような口調で、そういった安心院に目の前から立ち去る気配が見られないので、仕方なしに俺が移動することにした。
彼の隣を通り抜け、次の交差点を左へと曲がれば眞白の元に辿り着く。
今、こんな奴を相手にしていられない。
そう思って、安心院のことを頭の中から消そうとした直前のことだった。
「ああ、そういえば——」
「……………………」
「
「…………あ?」
一瞬間、生まれた思考の空白。
直後、何を言われたのかを理解して、ストンと心に落ち着きが生まれるような感覚。
冷静に思考できている、という実感の下、俺はやっぱりか、というどこか納得とも似ている一つの感覚を味わっていた。
「……………………たよ」
「……ん? 何か、言ったかな?」
目の前に立つ男。
コイツは、正真正銘、紛れもない敵だ。
「安心したよ、と言ったんだ」
あの誘いが、彼女への誘いが、例え俺に対しての釣り餌だったのだとしても。
この男は。
否。
この
「テメェが相手なら、何をやろうが一ミリたりとも罪悪感が湧いてこねぇからな」
「……ひゃは、はははッ! そう、その顔だよ! 君のその顔が見たかった!」
——俺の妹へと手を出そうとした。
豹変した安心院に恍惚とした熱のこもった視線を向けられて、背筋に悪寒が走った。
そうだ。コイツはこういう奴だった。
段々と、安心院幸哉という男のことを、その厄介さを思い出してきた。
「ああ、これは運命だよ、結くん。まさか、君が……いや、君達がこうして、再び僕の目の前へと現れてくれるなんて。素晴らしい、本当に素晴らしいサプライズだよ」
満を辞して、なんてつもりなのだろうか。
安心院は勿体ぶった仕草から、左手の甲をこちらへ見せる。
そして、そこに刻まれていた紅の紋章をこの目で認めた直後、口元が歪な弧を描く。
——ああ、よかった。
心の中に、安堵の感情があったことに気がついて、ようやく己のイカれ具合の深刻さを認知する。
どうやら俺は善人、偽善者を優に超えた狂人だったらしい。
ああ、これで——理由が出来た。
戦争なんかとは関係なしに、俺が立ち向かわなくてはならない悪意を見つけた。
そして、それと同時に。
建前が出来た。
戦う理由とその意味を以て、見て見ぬふりをしていた少女の願いを叶えるための言い訳を見つけた。
俺が内心でそんなことを考えているとは露知らず、安心院は相変わらずニヤニヤと粘着質の強い笑みを浮かべたまま、ああでもない、こうでもないと一人で妄想に耽っている。
例の事件の際にも思っていたが、安心院幸哉という男は異常なまでに俺への執着心が強い。
未だにそこだけは、全くと言っていいほど原因が理解できていないのだが、
「今すぐにでも、君と踊りたいところだけど……状況が悪いなぁ。流石の僕もまだ死にたくはないからさ」
「…………」
セイバーが伝えてくれたペナルティのことを言っているのだろうか。
安心院が避けるようなモノだとしたら、その抑止力には相当な効力があると見て良さそうだ。
不満そうな顔で、安心院幸哉は口にする。
「
「うるせぇ、黙って失せろ」
「釣れないなぁ。悲しいじゃないか」
最後に、ひゃはは、と気味の悪い笑い声を残して安心院幸哉は姿を消した。
途端に、夜の住宅街に静けさが戻る。
嵐のような、という表現をすると、嵐に対して失礼なような気がしてしまうのだが、あのクソみたいな騒がしさを表現するにはピッタリだろう。
それでも、一つだけ安心院との邂逅がもたらした有益な産物があった。
迷いに迷い、陰鬱としていた気分が少しだけ薄れ、次の行動指針が生まれた。
アイツがいるのなら、あんな奴が関わっているのなら、俺はこの戦いに参加しなければならない。
そんな、どこか建前じみた理由を得ることができた。
「……………………はぁ」
どこか自分が間違えているという自覚はあった。
けど、それを認めて、この運命を拒絶するべきだとは思えなかった。
「もう、いいか」
後、十数メートル。
ほんの数秒ほどの駆け足で、彼女の居る温かな世界に辿り着けそうなその場所で、俺は一人立ち止まる。
「…………なぁ、アサシン……居るか?」
「…………はい、ここに」
ふわりと軽やかにこの世界へと限界した彼女は、俺を何か得体の知れないものとして見ているかのような、そんな視線を向けていたのだが、次の言葉に目を丸くする。
「お前の願い……聞いてもいいかな?」
彼女は、こくりと一度喉を鳴らしてから真っ直ぐとこちらを向き、その問いに対して——