Fate/Ideal World -Over the mith-   作:桜ナメコ

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 難産 of 難産
 今回で序章が終了。
 気長にどうぞ。





1-9「幸福な選択」

 

 

 

 

 

 薄闇の住宅街。

 しんと静まりきっていた街中へと鳥の鳴き声が響き始める頃合いになると、家々の間から陽光は差し込み、空は眩さを取り戻していく。

 遠くの方で昨日の雨の素が陽の光を受けると同時に靄へと変わっていく様を、どこか晴れやかな心持ちで眺めていた。

 

「さてはて、いやぁ……もう完全に朝ってかんじだね。零華との約束の期限は今日の夕方までだったはずだけど、それまでどうしようか?」

「…………あの、どうしようか? と言われましても、何が言いたいのかサッパリなんですが」

 

 スンッと、白けた目でこちらを見るアサシンに若干の恐怖を覚えながらも、勇気を出して、話を進めていく。

 

「……願いは聞いた。覚悟も決めた。だからこそ、今日ぐらいは盛大に遊んでも許されるんじゃねえのかなぁ、と」

「勝手にすればいいじゃないですか」

「それじゃ意味ねえだろ。ちゃんと親睦深めとかねえと変に気遣いそうで怖いし」

「……は? え、まさか、その予定に私の同行含まれてるんですか? 頭、沸いてます?」

 

 そこまで言わなくても、なんてことも考えたが、アサシンの表情をよく見てみれば少し顔が赤くなっているのがわかった。

 

「……もしかして、仲良くなりたいって言われて照れてます?」

「貴方ごときを相手にして、私が照れるとか死んでもあり得ませんけど!?」

「はいはい、了解。照れてない、照れてない」

「……絶対信じてないじゃないですか」

 

 ムスッと頬を膨らませたアサシンを見て、なんだかほっこりと和みながら、とりあえず、足を駅前の方へと向けようとして。

 

「あ、俺今、財布すら持ってねえや」

「とことん、しまらない人ですね……」

 

 

◇◆◇

 

 

 

 そんなこんなで一度屋敷へと戻り、師匠お手製の完全装備を身に纏ってからやってきたのは最寄りの大規模商業施設。

 因みに隣のアサシンさんにはフードつきケープを身につけてもらった。

 夏場なので周りから浮きはするだろうが、異国風の装いのまま散策することに比べたらマシだろう。

 ちんまりとした体はすっぽりとケープに隠れて、シルエットだけを見ればてるてる坊主のような状態だ。

 うん、愛らしくてよきだな。

 

 さて、話は戻ってこの商業施設についてだが、最寄りと言ってもバスに電車にと小一時間ほど揺られて辿り着いた場所なので、俺も頻繁には訪れることはなかったりする。

 

 よって生じたのは。

 

「で、どこ行きたい?」

「それ、私に聞きます?」

 

 目的を持たずに買い物にやってきた少人数集団へと襲い掛かる『さて、どうしようかな』問題であった。

 

 パーリーなピーポーたちとは違い、俺の中に定番のデートプランなどは存在しないのだ。

 隣のダウナー系女神はチラチラとそこら中に存在する服屋に目を向けてはいるのだが、あくまで自分は仕方なく着いてきているというスタンスを崩すつもりはないらしい。

 

 まあ、アサシンの視線は非常にわかりやすいので、最初の内は彼女が興味を持った店をとことん回ってみることにしようか。

 

「とりあえず、あの服屋か?」

「……まぁ、別にいいんじゃないですか」

 

 この人、やっぱり可愛いよな?

 なんてことをつくづく思いしらされながら、彼女とのデートは始まったのである。

 

 

 

 ――とはいえ。

 

 

 生憎と洋服の流行やら何やらに関しての知識は浅い。なんなら皆無と言っても良い。

 アサシンは何着ても似合うなぁ、としか思えなかったのでひたすらに褒め続けていたら、「ちょっと気が散るので黙っていてください」と怒られてしまった。

 あんな顔真っ赤にして怒鳴らなくてもいいのに。地雷でも踏んだのだろうか?

 

 

 

 

「……見るだけでいいと、そう言ったはずですけど」

 

 レジから戻った俺をアサシンはそう言って出迎えた。

 白けた目に気圧されそうになるのをなんとか踏み止まって耐え、笑みを返す。

 

「私服は最低でも一着はないと、出かけるときに目立つだろ。ほれ、店員に聞いてみたら試着室使っていいみたいだから、買ったやつに着替えてこいよ」

「…………お礼は言いませんから」

「わかってるって」

 

 不満を隠さずに、けれど受取拒否をすることなく彼女は洋服を持って試着室へと向かった。

 

「…………さて、どうしたもんか」

 

 ふぅ、と一息。

 一人になったタイミングで肩に入っていた力を抜く。

 サーヴァントという未知に対する根源的な恐怖……というわけではない。

 

 率直に言って、()()していた。

 

 お忘れかもしれないが、アサシンは俺にとって初めて一目惚れをした女性である。

 見た目が少女そのものなので、ロリコンと言われても反論はできない気がするが、その誹りを受け入れてでも彼女に惚けたことは否定できないし、したくない。

 

 これまでは聖杯戦争やら、師匠のことやら、これからについての悩みやらと凄まじい忙しさだったので、頭の中にそのことを考える余裕がなかったのだが、あいにくと今この瞬間に限っていえば脳内には余裕しかなかった。

 

「待て待て、落ち着け……深呼吸だ」

 

 すーはー、すーはー……よし。

 

「まあ、大丈夫だ。見た目は幼いわけだから、そんな性的な目で見てるわけじゃないし……うん、そうだ。どっちかというと造形美とか、そういう観賞的な意味合いでの――」

「はい、仕方ないので着替えてきましたよ」

 

 声の聞こえた方向へと目を向ける。

 

 すん、と思考の鎮まる音が聞こえた気がした。

 

「……あさ、しん、さん?」

「なんですか、急にカタコトになって。どんな目です、それ?」

 

 なんか、いた。

 

 自分と同じか、一つ下か。

 そのぐらいの年齢と思われる白髪紅眼の女性がそこに立っていた。

 

 呼吸を忘れる。

 動悸が狂う。

 暴れ始めた心音は胸の奥の方へと痛みにも似た痺れとなって残響する。

 

「………………お前、さ」

「いや、本当に何です? そんなに似合ってませんか、この服?」

 

 

 ()()()()()。 

 

 それを明確に理解した。

 緊張とか畏怖とか、全部ひっくるめて許容範囲をぶっちぎった結果、一周回って落ち着いた。

 ため息。

 こめかみへと手を当てて、いっそのこと笑えてきたなと心の中で独り言ちる。

 

「……はは、マジで、なんなのお前。似合い過ぎてて怖いんだけど。これ以上俺を惚れさせて、何させる気? 財布いる?」

「要りませんけど!? 勝手に美人局みたいな扱いするのやめてくれません?」

 

 

 白のブラウスに藍のロングパンツ。

 氷を思わせる薄い青色のカーディガン。

 露出を抑え、清純路線を全面に押し出したその服装はまさに夏の令嬢といったところか。

 

 これならば、周囲から奇異の視線を向けられることはないだろう。

 野郎の視線は間違いなく増えてしまったが、彼らに罪はない。

 美しいものに目を囚われるのは、人間の性である。だから、お連れさんと思われる女性の方々は彼氏さんを許してやってくれ。

 

 

「……ん、うし。なんかすっきりしたわ。ゲーセンでも行こうぜ。とことん遊び尽くしてやろう」

「急に元気になってますし…………はぁ、別にいいですけど。あまりはしゃがないでください、恥ずかしいので」

「ノリが悪いなー。そんなこと言って、自分が夢中になったりしないよね?」

「ありえませんよ。誰がそんな醜態を晒すものですか」

 

 

 

 

 …………フラグかなぁ?

 

 

 

 ・

 

 

 ・

 

 

 ・

 

 

 フラグだった。

 即落ち二コマと表しても許されるほどのフラグ回収であった。

 

 ゲーセンへ到着後、まずは手頃なメダルゲームでも、と普通に使えば小一時間は遊べそうな量のメダルを渡してみたのだが……

 

 アサシンさんは、ものの見事にその全てを秒速で溶かしてみせた。

 挙げ句、その後はムキになってのめり込んでしまったのだから、言い訳のしようもない。

 

「…………」

「楽しかったですかい?」

「…………ちょっと黙っててください」

 

 モールの中に休憩所として配置されているベンチに腰掛け、自販機で買った飲み物で喉を潤す。

 アサシンさんはどことなく居た堪れなさを感じているようだったが、個人的な所感を述べるのであれば可愛らしかったのでいいと思います。

 

 触らぬ神に祟りなし、とも言うからな。文字通りすぎて笑えないけど。

 下手に弄ったりはせずに、次は何をするか考えよう。

 ふと、時計が視界に入った。

 短針は11を指していた。

 

「……なあ、アサシン。腹は減ってるか?」

「サーヴァントは食事の必要がないという答えは、お望みではないんでしょうね」

「当然。生憎とお金持ちってわけではないので庶民派な食事とはなりますが、一応要望を聞こうかなと。なんか食いたいものあるか?」

「…………そう、ですね」

 

 フードコートなんかで済ませてしまえるのであれば、それが一番手軽でいい。

 今から動けば混み合う前に席の確保ぐらいはできるだろう。

 

「では、貴方の好きなものを」

「…………なるほど?」

 

 ある程度の無茶振りには応えてみせよう。

 そんなふうに考えていたので、そんな彼女の要望を聞いて拍子抜けしてしまった。

 意外といえば意外だった。

 少しは向こうも距離を詰めようとしてくれていると捉えてもいいのだろうか。

 

「まあ、それなら悩まなくていいか」

「……あ、でも、できることなら生の果物とかはやめて貰いたいです。私個人に忌避感はないのですが、少々依代的な問題がありまして」

「……? よくわからんがオッケー。そんじゃ、昼ごはんとしますか。少し歩くけどいいな?」

「そのぐらいなら、一々聞く必要もないです」

 

 

 この辺りなら、たしか結構美味しかった蕎麦屋があったはず。

 

 俺は肉も魚も麺もパンも美味しければ、なんでも食える人間であるので、食事に関してはこれといった好き嫌いがない。

 強いて言えば、甘味全般が好物なのだが、食事と言っていいかは怪しい気がする。

 

 そんなわけで別に蕎麦に思い入れがあるわけではないのだが、最近訪れた食事処で印象に残っていたのが蕎麦屋だったので、そこにアサシンを連れていくことにした。

 

 蕎麦湯、美味しいよね。

 じわっと五臓六腑に染み渡る感じが好印象。

 アサシンが気に入ってくれるといいけど。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 と、まあ、そんな感じで。

 なんだかんだと言いながら、最後まで俺に付き合ってくれたアサシンとの初めてのデートはそれなりに円満に終了することができたと思う。

 特に、昼食で連れて行った蕎麦屋はアサシンのお気に召したようで、目をキラキラさせながら食事をしている姿は眼福であった。

 そもそも、清純路線の白髪美少女が和室で蕎麦を食べている、という状況だけでも目を見張るものがある。

 一生分の運を使い果たしたといっても過言ではないかもしれない。

 

 最後の方には俺が主導するのではなく、アサシンの方から腕を引っ張ってあちらこちらへと移動したりもしていたので、文句なしの大成功だろう。

 

 時は流れ、日は傾いて。

 空は夕に染まった。

 

「……そうだった。アサシン、少し暇を潰していてくれ」

 

 屋敷に到着したそのときに、まるで今思い出した些事があったとでもいうかのように、気軽な口調で嘯いた。

 

「…………? 別に構いませんけど」

 

 ――ああ、よかった。

 

 今日1日を通して、少しだけ柔らかくなったように感じられる彼女の表情に変化はない。

 

 アサシンと別れて、足を屋敷の離れへと向ける。

 約束をしたわけではない。

 でも、彼女はそこに居るのだと、奇妙な確信が俺の中にはあった。

 

 屋敷の離れ、といってもそう大層なものではない。

 どことなく教会のような神聖さを漂わせるそこそこ大きめな建物。

 普段は使われていないが、時折、師匠が入り浸っていたので何か用途があったのかもしれない。

 

 扉の前で、足を止めた。

 

 息を吸って。 吐く。

 瞼を下ろして、深呼吸を続ける。

 

 思考にノイズが走る。

 

 覚悟は決めた。

 今日一日、あり得たかもしれない幸福な日常を享受して、それでも揺るがなかった意志を見つけた。

 

 思っていたよりも、見切りをつけるのは早かった。

 思っていたよりも、日常を諦めることに拒否感はなかった。

 

「わかってんじゃねえか…………そうだ。最初から、いつかこんな日が来ることを、お前は知っていたんだろ」

 

 始まりは、遠く昔の物語。

 俺が◼️◼️れたその始まりから、覚悟はとうに出来ていた。

 

 厚い扉を両手で開ける。

 重さは殆ど感じなかった。

 

 

 そこに、彼女は立っていた。

 

 

 

 純白の髪。

 透き通る碧眼。

 

 静けさを纏うそのヒトは、酷く美しいものだった。

 

 

「…………よ、待ったか」

「――いえ、今来たところですよ」

 

 

 まるで、デートの待ち合わせのような挨拶をして、俺たちは笑い合う。

 

 

「時間はまだ残っていますが…………結論は出たようですね」

 

 誰かに似ていると思ったら、そうか。

 アサシンはこのヒトに似ている。

 性格ではなく姿の話だが、今日、初めて大きくなったアサシンを見たときに脳がバグったのは、そういう理由もあったのかもしれない。

 

 うん、まあ……そんな話をしにきたわけではないけれど。

 

 

「……まーね。といっても、とても褒められたようなきっかけじゃねえけどな」

 

 

 自分で言って苦笑する。

 

 目的は一つ。

 建前が二つ。

 

 合わせて三つの理由がこれからの俺の行動原理。

 

 余裕? あるわけないだろ。

 だけどさ、強がるのは昔から得意なんだ。

 

 笑えよ、凡人。

 お前が決めた道を進む。

 そんなの、幸せ以外の何物でもないだろうが。

 

「やるよ、この戦争」

「………………はい、わかりました」

 

 飄々と、平然と。

 弱いところは意地で隠して、震える脚は武者震いだと誤魔化して。

 

 本当に守りたいもののために、俺は一つの選択をする。

 

 

「それが、貴方の決断であるのなら——私は貴方と道を行きましょう」

 

 

 彼女は何も聞いてこない。

 心配することはなく、叱責することもなく。

 ただ当然のことのように、心中を誓った。

 

 

「それでは始めましょう。私達の聖杯戦争を」

 

 

 零華の声を聞いて

 

 

    もう後戻りはできない

 

 

         浮かんだその思考を握り潰した。

 

 

 

 

 

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