Fate/Ideal World -Over the mith- 作:桜ナメコ
行き詰まるまで一気に行きます。
……とか言って、次話であっさり止まる可能性も余裕であるのですが。
「痛ッ」
「喧しいです。この程度の痛みで喚かないでください、駄犬」
「いやいや、無理だって。擦り傷でも痛いんだよ? 注射すら痛いんだよ? 指の腹を切って血の採取とか普通に考えて、って痛いんですけど!?」
「あら、失礼。手を滑らせました」
「ッッッッ!?!? 鬼か、お前は!?」
すごく、いたい。
何をしているかと聞かれても、正直俺には答えかねる。なぜなら、俺も何しているのか理解していないから。
え、なんで俺今親指の腹を切られてるの?
さっきまで『決意十分! これから、頑張ろう!』みたいな雰囲気出してたのに。
「おい、零華さん? なんで、僕はこんな苦行を強いられているんでしょうか?」
「駄犬は何も言わずに黙って血を垂れ流してなさい。きゃんきゃんと煩いですよ」
「はい」
ウチのメイドがドS過ぎる。
なんだその下手な小説にありそうな文言は。
ちゃっかり躾け済みだし。この子、怖すぎ。
「……というか、ここまで痛みに耐性がないのは困り物ですね。訓練、しますか?」
「ぜっったいに、嫌なんだけど!?」
「まあ、そうでしょうね」
ただの拷問じゃねえか。
いや、確かにこれからのことを考えると痛みに対しての耐性はつけないといけないのだろうけどさ。
「はい、終わりました。もういいですよ」
「…………やっと、終わった」
零華は俺の血を一定量採取――あれ、どこに保管したんだ?――すると、絆創膏を貼り付けて掴んでいた俺の左腕を解放した。
「何に使うんだよ、俺の血なんて」
「まあ、それは追々ということで……とりあえず、夕ご飯にしましょうか。アサシンはどちらに?」
「アサシンなら、先に屋敷に戻ったはず。因みに今日は何?」
「時間があるので、揚げ物でもと」
「やったね。愛してるぜ、零華」
「はい。私も勢い余って撲殺しそうになるぐらいには愛してますよ、駄犬」
「どんなヤンデレかな? 最高の笑顔でそんな恐ろしいこと言わないで?」
声音に一切の嘘が感じられないのが怖かった。
◇◆◇
そして、素晴らしき夕食の後。
「……ぁぁ、食い過ぎた……ぅぷ」
「…………私、ここの子になってもいいですよ」
「二人とも、食べてすぐ寝ると牛になって処分されますよ」
「後半部分初耳なんだけど?」
ソファに倒れこんだ俺と少女姿でカーペット上に丸くなっているアサシンを見て、零華はため息を吐いた。
その姿は立派な二児の母である。
口を開けばバイオレンスサイコメイドなのが露呈するのだが。
「何か?」
「いえ何も?」
怖すぎて笑う。
エスパーかな?
絶対零度の視線を向けてくる零華を見ていると、彼女に言わなくてはいけないことがあったのを思い出した。
「…………そういえば、聖杯戦争について何個か新しく情報が手に入ったんだったな」
「――は?」
何でもないことのようにそう呟いた瞬間、アサシンが視界の隅で「このアホ、やりやがった!?」という驚愕の表情を浮かべたのがわかった。
何をそんな慌てることが……って、アレ? なんか、俺の身体浮いてない?
直後、ギュルリと視界が二回転ほど。
衝撃が、脇腹を襲った。
「ぐぇぁ…………!?」
ソファから高速回転をしながら落下して、蛙が潰れたときの断末魔のような声が口から漏れる。勿論、そんな場面に出会したことはないのだけど。
零華がソファから俺を引っ張り下ろしたからだった。
こちらが目を回している間に、腹部へと重圧がかけられる。
「うぷっ……ま、零華、出る出る、出るから腹はやめ――」
「煩い黙れ、口を閉じなさい」
「…………」
うわぁ、久しぶりにガチギレしてる。
いや、この前の無断外出で怒らせたばっかりだな。
ただ、足蹴にされるのは本当に久々な気がする……いや、なんで前例があるんだろ?
普段ほどの元気があれば「むしろご褒美です」なんて冗談を言ってみせるところだが、満腹まで唐揚げその他諸々を胃袋へと詰め込んだ状態でこれはマズイ。
「…………貴方は、報連相もマトモにできないのですか」
「いや、単純に機会がなかったというか、いま報告をしようとしたところです、と言いますかね……あの、割と理不尽に怒られているような気がするんですけど」
弁解。もとい、少々の反論。
それを否定したのは、零華ではなく呆れた目でこちらを見ていたアサシンだった。
「その人、怒ってるんじゃなくて心配しているんですよ、マスターさん。ああ、嫌だ。貴方、随分と愛されているようで何よりです」
「…………心配の表れ? この足蹴が?」
随分とアグレッシブな心配の仕方があったものだと一周回って感心したくなる。
というか何故、心配?
「…………何を……バカなことを言っていないで、早くその情報とやらを吐きなさい」
零華はふいと俺から顔を逸らすと、俺の寝転んでいたソファへとゆっくりと腰を下ろした……両足を俺の腹部の上に置いた状態で。
「あの、零華さん?」
「二度は言いませんが」
「手に入れた情報を有り難く話させていただきたいと思います!」
いつか覚えてろよ、お前。
・
・
・
「……………………なるほど。駄犬、怪我はありませんね?」
「さっきアザができそうな勢いで脇腹を打ちつけたぐらいかな」
「ふむ、特にないと」
スルースキルが高過ぎる。
そろそろ、腹から足をどかしてくれてもいいのよ?
「…………すみません、私の落ち度です。まさかサーヴァントの侵入を許していたとは」
「いや、それはお前が気にすることじゃないだろ。師匠の貼った結界が破られるなんてこと、想像つかないって」
「…………そう、ですね」
セイバーと安心院についての話を零華に伝えたところ、彼女は俺の想像していたより十倍ほどのショックと責任を感じてしまったらしい。
言葉尻が弱々しい零華なんて、誇張抜きに初めて見るかもしれない。
どことなく腹部の上の重圧も弱まっているような気さえするぐらいだ。
「マスターさん、いつまでその状態で居るつもりですか? もしかして、マゾっ気が凄い方だったりします?」
「いや、ぜんぜん? マゾとかそういう感性はないよ。今も『床、冷たくて気持ちいい』としか考えてない」
「……よくわからない感性してますね」
近づいてきたアサシンは、俺が何も出来ないことをいいことにツンツンと髪の毛やら頬やらを弄り始める。
零華といえば、心ここに在らずといった様子でぼうっと宙を見つめていた。
……コイツ、本当に大丈夫か?
「おい、零華? 何をそんなに気にしてんだよ。俺、いま五体満足でピンピンしてるんだけど」
「…………それは、今回の聖杯戦争が特殊だったからですよ」
零華は言外に、もしも特殊なルールがなかったら、というイフを伝えてきた。
ふむ、と少しの間思考する。
ひょいと零華の足をどかしてから、身体を起こした。
「お前は本当に優しいな」
「…………は?」
つまり、俺が死んでいた可能性に気がついてとことん落ち込んでいると。
これだから、彼女のことは憎めない。
「お前もそう思うだろ、アサシン? このメイドさん、俺の自慢の家族なんだよね」
本心から笑ってアサシンへ同意を求める。
アサシンはキョトンとした表情を浮かべた後に、ため息混じりに返答した。
「そうですね……狡い性格してると思います」
「その通り。カッコよくて、狡くて、滅茶苦茶に優しいんだ…………だから、零華? そんなに、らしくない顔をするなよ。そもそも、お前のせいじゃないし、俺は無事だし、感じなくていい責任まで感じてんじゃねえ」
デコピン。
ついでにポンと頭に手を載せ、わしゃわしゃとサラサラの白髪を掻き乱す。
弱ってる時ぐらいにしか触れないからな。
今のうちに堪能しておこう。
十数秒経った頃だろうか。
ガシッという擬音がよく似合う力強さで、頭を撫でていた右腕を掴まれた。
「…………私を撫でるとか100年は早いですよ、駄犬」
「おう、知ってる。100年後が楽しみだな」
「……生意気言ってないで、真面目な話に戻りますよ」
「はいよー」
どうやら、好き勝手したお叱りはないらしい。
さて、零華の調子も戻ったところで作戦会議と参りましょうかね。
「…………どうした、アサシン? そんな面白くなさそうな顔で」
「いえ、別に……貴方、私に惚れているんですよね?」
「何で急にそんな恥ずかしいこと言うの?」
僕、ちょっとついていけません。
あと、不機嫌になった理由も結局わからん。
「では、仮にセイバーの話が本当だとすると、次に戦いが起こるのは明日の夜となります。果ての世界とやらへの侵入方法は鏡を利用した転移魔術……本来であれば魔法に近い秘術とも言えますが…………いえ、この考察は後でいいでしょう。とにかく、私たちに残されている準備時間は丁度一日程度ということが重要です」
「はい、零華先生。質問です」
「許可します。何ですか、結君」
「いや、何ですかこのノリ……私はやりませんからね?」
またまた、ご冗談を。え、ほんとにやらないの?
零華に駄犬以外の呼ばれ方されると怖気がはしるんだけど、そろそろ末期かもしれない。
「一日で何ができるんですか?」
「…………困りましたね」
「おい、なんか一つぐらいはあるだろ。困るなよ、諦めないでくれます?」
「流石に冗談ですよ…………駄犬、今から貴方が普通の魔術を扱えない理由を伝えます。そして、その対応策を授けます。これから一日で貴方は新しい魔術を使いこなせるようになりなさい」
ちょっと、何を言っているのかわからなかった。
『一日で新しい魔術を使いこなす』
何それ日本語? と口にしなかった俺を褒めて欲しい。
バカなのか、さてはバカなんだなこのメイド。薄々、勘づいていたがやっぱりコイツ、オツムの方が残念に違いない。
「…………わかりましたから、その抗議の視線を少しは抑えなさい」
「凄まじい主張でしたね…………それにしても、マスターさんって魔術を使えないんですか?」
沈黙。
アサシンのまっすぐな視線と、零華のまだ言ってなかったんですか、という呆れた目。
いや、別に意図して隠していたつもりはない……こともないんだけど……その、ね?
「い、いい、嫌だなぁ、ま、まさかそんなはずはないだろ? 魔術ぐらい朝飯前に決まってるじゃねえか!」
「…………使えないんですね」
再び、沈黙。
「ごめんなさい。ダメなマスターですいません。お願いだから見捨てないでください!」
「ああ、もう! わかりましたから! 見捨てませんし、別に気にしてませんから! ちょ、縋りつかないでくださいよ!?」
しょうがないじゃん。
少しぐらい見栄張ってもいいでしょ?
アサシンに落胆されて捨てられるの嫌だったんです。そんなことしないと信じてたけどさ。
コホン、と零華の咳払い。
「……新しい魔術といっても、普段から貴方が使用している謎魔術について掘り下げていくだけですよ。アレも一応、ギリギリで魔術といえば魔術ですから」
「ねえ、人の努力の結晶をアレとか一応とか言うのよくないと思うよ」
「…………へえ、やっぱりタネはあるんですね。どうやって、マスターさんが私と契約したのか実は興味があったんですよ」
「聞いて? 少しは俺の抗議も聞いて?」
酷い言われようである。
いや、俺自身も原理不明の欠陥魔術しか使えない自覚はあるんだけどさ。
と、いうか――
「な、なあ、零華さんや?」
「…………どうしましたか?」
「お前その言い方だと、俺が魔術を使えない理由に心当たりでもあったりしちゃうわけ?」
「………………その、ですね……口止めをされていまして」
三度、沈黙は訪れる。
色々と言いたいことはあった。
正直、叫びたい気持ちでいっぱいである。
何のこっちゃ、と首を傾ぐアサシン(かわいい)と流石にきまりの悪そうな顔をしている零華(かわいい)を見てから、深い深いため息を吐いて気を落ち着ける。
魔術の練習を始めて、かれこれ七、八年。
「…………教えてくれても、良かったんじゃないでしょうか?」
「……申し訳ありません」
返答した零華は心の底から申し訳なさそうな顔をしていた。
メンタルに傷を負った俺を気遣ってか、一度休憩を挟んだ後。
「では、早速始めていきましょう……もう、時間もありませんから」
工房へと場所を移して、俺と零華は向かい合っていた。
アサシンといえば、少し気になることがあるなんて言って、今は別行動をとっている。
「貴方の魔術は行使される時点においてある特殊な影響を受ける性質があります。それは、貴方の過去に起因し、貴方自身の在り方に深い結びつきがある」
「……よくわからないんだが?」
「ええ、でしょうね」
もしかして、バカにされているのだろうか?
「……今のは、まだ先の話です。ユメミヤ様には一度伝えられているはずですが、一つのアドバイスを授けましょう」
師匠からのアドバイス?
確か師匠は俺に対して精神論しか説いてこなかったんだけど――
「願いなさい。他がために、己がために。貴方自身の望みを強く願うこと。それが貴方が魔術を使うために必要な最低条件です」
え、マジで精神論なの?
至極真面目な表情で、零華はハッキリとそう告げた。