Fate/Ideal World -Over the mith-   作:桜ナメコ

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1-11「夢の欠片」

 

 

 

 

 

 

 灯の消えたランタンと向かい合っていた。

 全身の魔術回路へ魔力を流して、脂汗を浮かべながら、一人ランタンと向き合い続けていた。

 

「…………」

 

 精神論。

 苦難に挫けない精神さえあれば、大概だいたい何とかなる。その言葉は、そんな楽観的かつ脳筋的思考論のことを示す。

 

 願う。

 祈る。

 拝む。

 

 ランタンという無機物に対し、恥も外聞も捨てて土下座までしてみたところで、俺は零華から与えられた課題を諦めた。

 

「うん、無理。俺はこの子と仲良くなれる気がしない」

 

 ランタンの頭頂部を撫でくりまわしても健気な反応などはなかったので、一度魔術回路の魔力循環を止めた。

 物言わぬ古びたランタンから視線を外して、工房の床へと寝転がる。

 

 新たな魔術とやらの習得を完全に諦めたわけではないが、ひとまず休憩を挟もう。

 少なくとも、今の自分がどうにかできるレベルの問題ではない。

 

 何か別のことでも考えよう。

 

 そういえば、零華に工房へと押し込まれてからどれほどの時間が経ったのだろうか。

 工房は外界と隔絶した場所、つまり地下に作られているため、外の様子を伺うことができない。

 時計ぐらいは置いておくべきだったか、なんて考えながら天井を眺める。

 

「…………やっぱ無茶振りにも程があるんだよな」

 

 ぼうっとしながらも、脳の片隅では零華からの課題について思考を続けていた。

 

 今まで自分なりに『強化』の魔術を練習していたときにも、同じような状態になったことがある。

 

 できるときはできる。

 できないときはトコトンできない。

 

 感覚でわかるのだ。

 あ、いま無理だ……なんてことは。

 

 回数だけを見るのなら、今までソレに成功したことは多々ある。

 けれど、なぜ成功したのかがわからない。

 その発動条件も、成功条件も、何もかもが不明瞭だ。

 

 零華はコレを願いによる力の発現と称した。

 

 願う……いったい誰に、何を願うというのだろうか。

 

 ……ダメだ。

 いい加減に、脳死で努力に似た何かをする時間はやめにしよう。

 面倒だが、曖昧で不確かなままにしていた『願う』の概念について、確認していくことを決めた。

 

 何を、は明確だ。

 魔術の目的。結果。

 何のために魔術を使うのかという原点に対する答えがそれに当たる。

 

 では問題の誰に、を考える。

 

 そもそもの話。

 願いごととは何か。

 こうなればいいと誰かが未来に欲望を向けたことで生まれる期待、とでも言えばいいか。

 望んだ未来を願うこと、それを願望と呼ぶ。

 どうでもいいが、熟語とはよく出来ているものだと感心してしまった。

 

 初詣なんかに行ってみれば、願いごととは自身の未来に対する宣誓である、なんて精神を持っている人も少なくはない。

 ならば、その対象は未来の自己にあるべきなのだろうか?

 いや、そうじゃない。

 それは()()()()()()()()()()()

 魔術的な意味合いを考えれば、その精神は当てはまることはない。

 

 神頼み。

 そんな言葉を耳にすることもままある。

 人智を超えた結果を望むのならば、それは確かに神頼みと言えるだろう。

 けれど、それはきっと魔法の領域に近い。

 

 詳しいことを聞いたことはないが、魔術と魔法の間には絶対的なまでの違いがあると聞く。

 

 不可能を可能にすること。

 それが魔法がある意味で、究極の神秘と呼ばれる所以なのだとか。

 

 ああ、少し話が逸れたか。

 

 なら、誰に望めばいい。

 何と向き合えばいい。

 

 考えて、思考して、思索して。

 

 

 そこに選択肢は、ほとんど残されていなかった。

 

 

 ・

 

 

 ・

 

 

 ・

 

 

 

「…………うん、やっぱソレしかないよな」

 

 上半身を起こす。

 再び、ランタンへ向き合おうとしたのだが、折角なら水分補給をしてから作業を続けることにする。

 多分、今休まないとこれから終局までノンストップで動き続けてしまいそうだった。

 

「…………にしても、今日は暑いな」

 

 思考に集中していたからだろうか。

 それまで気にならなかったが、改めて自分の状態を見てみると全身から球粒のような汗が勢いよく噴き出ていた。

 服も肌に貼り付いて、不快感が凄い。

 

 水分補給を選んで正解だった。

 ついでにシャワーも浴びてしまおうか。

 

 夏場は気をつけなければならないことがいっぱいである。

 魔術師である前に人間であることは変えようもない事実だ。

 地下の密室で熱中症による気絶、その後死亡。そんな有様で聖杯戦争から脱落してしまったら、笑い話にもならない。

 

 工房からリビングへ向かう。

 時間の確認も行わなければ、とそんなつもりで立ち寄ったのだが、そこには先客がいた。

 

「…………昨日ぶりですね、マスターさん」

「アサシンか、おはよう? 『こんにちは』の方があってる?」

「…………強いて言えば『こんにちは』でしょうか。まあ、正確に述べるのであれば『こんばんは』が的確な挨拶と思われますが」

 

 …………なんて?

 

 ガバッと勢いよく時計の方を見る。

 短針は7と8の間を指している。

 今更ながらに窓の外を見れば、世界は宵に包まれていた。

 

「食事は冷蔵庫の中にあるそうです……一度、呼びには行ったのですが、何度か声をかけても返答がなかったので邪魔をするのも悪いかと――それで、何か掴めましたか?」

「…………引っかかりを見つけたぐらいか? 進捗は全体の二割ぐらいかな……大雑把な体感でだけど」

 

 通りで喉が渇くわけだ。

 半日近く、思考に没頭していたことになる。

 時間の経過を視覚的に捉えた瞬間、それまで大人しくしていたはずの空腹感が首をもたげる。

 

「……こりゃ、完全に集中キレたな…………とりあえず飲んで、風呂。食って、最終調整ってとこか」

 

 …………間に合うはずがない。

 幾ら何でも、条件設定に無茶がある。

 けど、足掻くことをやめたら、後には何も残らないことだってわかっていた。

 

「…………零華は?」

「あの人なら、今夜のための準備があるそうですよ。自室に居ると言っていました」

「りょーかい……アサシンは大丈夫なのか?」

「大丈夫、とは?」

「……えっと、心構えとか? お菓子持ってく?」

「バナナはオヤツに含まれますか、じゃないんですよ。バカなこと言ってる暇があったら、さっさとやるべきことをやったらどうです?」

「……随分と痛いところを突いてきますね」

 

 アサシンとの会話の合間に用意したペットボトル水で喉を潤す。

 ぶっちゃけ、水道の水と何が違うのかはわからんが、何となく元気になれた気がするので良しとしておこう。

 

「風呂行ってくる。もし零華が来たら伝えといてくれ…………ああ、そうだ。これはただの雑談に過ぎないんだけどさ」

 

 一つ、聞きたいことがあったことを思い出す。

 

「――アサシンは、どうしても叶えたかった願いとか持ったことある?」

「………………………………さあ、どうでしたかね。よく覚えていません…………早く、お風呂行った方がいいですよ。汗、冷えますから」

「……んじゃ、ひとっ風呂浴びてくる」

 

 

 一人、リビングに残された少女は、青年の後ろ姿を見送ってから口にした。

 

 

 

「期待も、願いも、望みも……持ったことなんてありませんよ。誰も、それを望みませんでしたから」

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 あっという間に時間は流れていき、時刻は11時半の少し手前といったところ。

 

 最後に一度、装備を確認しておこうと思う。

 あのポンコツ師匠からの贈り物は幾つもあるが、その全てを自由自在に操れるほど俺は器用ではない。

 だから、選んだ。

 聖杯戦争という戦いにおける手札を。

 これは使い慣れていないものはいざというときに、事故を引き起こしかねないという判断からでもある。

 

 対人間用の隠密可能なフード付きコート。

 遠視の魔術が仕込まれている単眼鏡。

 魔力を流すだけで起動する師匠セレクトのお手製便利魔術セット。

 とりあえず、何が何でも手放さないようにと言われ続けたお守りを二つ。

 最後に零華も使用していた回復促進の効果が付与されているらしい包帯。

 

 魔術的な効果を持たない武装としては気休め程度にナイフを2本。一本はいつでも使える状態にしておいて、もう一本は隠し持つような形にした。

 戦い方など教わったことがないので、使う機会がないことを祈るばかりである……下手したら、素手の方が強いんじゃないのかな。

 

 なるべく軽装でそれでいて使用頻度が高そうなものを身につけた。

 零華の補助も考えれば、最低限の準備は整っているといえるだろう。

 

 余談であるが、師匠から送られた便利道具の数々は見る人が見れば、発狂しそうになるぐらいの代物らしい。

 まあ、普通に誇張表現だろうけど。

 

 

「おや、支度は済んでいましたか」

「それぐらいはね。そっちの用事は終わったのか?」

「完全にとは行きませんが、それなりには。魔術の方はどうでしょうか?」

「まだまだ、先は長そうだよ……多分、方向性はあってると思うんだけどな」

 

 ようやくリビングに顔を見せた零華の服装は、普段と何ら変わりのないメイド服である。

 違和感を感じさせないのが凄い。

 アレは多分「メイドの嗜みです」とか言っておけば、だいたい許されると思っている顔である。

 

「……まあ、仕方がないですね。では、私たちの目的の最終確認へと移りましょうか」

 

 空気がピリッと張り詰める感覚。

 零華の声音に確かな冷たさが混ざったのがわかった。

 

「最終的な目標は聖杯戦争の勝利、または無傷による聖杯戦争の終結です。セイバーの残した言葉から察するに、私たちはこの異常な聖杯戦争における部外者であると思われます。これから出会う全ての相手を敵と認識して構いません」

 

 異論はない。

 部屋の片隅で退屈そうな顔をしていたアサシンも、ここまでで特に述べることはないようだ。

 

「……では、これからの話に移ります。絶対条件としては全員の生還を。そして、可能であれば現状に関する情報を集めましょう。異例だらけの聖杯戦争……長期戦を仕掛けるつもりで動いていきます」

「わかってる。接敵した場合はどうする?」

「極力、撤退の方向で動きます。駄犬が使い物にならない以上、私たちの持つ戦力はアサシンのみと言っていいでしょう。私も諸事情により、今は万全な状態だとは言えませんから」

 

 こいつ、本調子じゃないままセイバーの相手をしていたのか……化け物かよ。

 

「あんなの、ただの遊びですよ。セイバーがその気になれば、私なんて数分も持ちません」

「……聞きたくなかった、そんな現実は」

 

 すると、俺たちの話を聞いていて思うことがあったのか、どこか申し訳なさそうな顔をしたアサシンが口を開いた。

 

「……あのセイバーに関してですが、彼女の真名が私の想像している通りであった場合、私と彼女の相性は考えられる限りのほぼ最悪に近いです。そもそも、アサシンクラスであることからお察しですが、私は直接戦闘に秀でているわけではありません」

 

 要するに、と間に挟んで。

 

「私を戦力として当てにしない方がいいですよ。というか、勝手に期待されても困ります」

「…………ねえ、それ詰んでない? 割と終わってるぞ、この陣営」

 

 まさかの全員戦力外ときた。

 アサシンの実力が未知数であったのは確かなのだが、ここまで断言されると困る。

 が、零華は俺たちの置かれた状況を正確に認識していたらしい。

 

「わかっていますよ、そんなことは。重々承知の上です…………だって、駄犬。それでも貴方は進むことを選ぶのでしょう?」

「…………まあ、そうだな」

 

 進退を考える時間はとうに過ぎ去った。

 なら、思考の全てはこれからに使わなくては意味がない。今更、後ろのことに注意を払うほど余裕はない。

 

「兎にも角にも、初日が勝負です。今日を凌ぎさえすれば時間ができる。戦力を整えていく猶予が生まれます」

 

 チラッと零華が壁にかけられた時計の方を見た。

 ソレが最後の合図だった。

 

「では、行きますよ。この屋敷の地下に儀式用の鏡がありますので、まずはそこで刻を待ちましょう」

 

 

 聖杯戦争が、始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 このとき、俺はまだ何も理解していなかった。

 何の覚悟も持ってはいなかった。

 そのことをこの日、思い知る。

 

 

 

 

 

 

 

「………………な、んで――」

 

「…………にい、さん?」

 

 

 

 

 

 撃鉄は落ちる。

 幕は上がった。

 

 あとはただ、全てが泡沫の夢の如く。

 

 もう二度と、狂った運命の奔流は止まらない。

 

 

 

 

 

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