Fate/Ideal World -Over the mith-   作:桜ナメコ

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1-1「ある夏の日」

 

 

 

 

 

 

 

 トントンと身体が揺れる感覚で、目を開く。

 

「……ぅん、あ?」

 

 そして、鉈が振り下ろされる光景を認識した瞬間、全力で身体を転がしてベッドから離脱した。

 

「あら、避けましたか? おはようございます。朝ですよ、駄犬」

「おいコラ『避けましたか?』ってなんだ。いきなり、どういう了見じゃ、ボケ。毎朝のように殺しに来やがって、そのうち死ぬぞ、俺」

「大丈夫ですよ、そのときはそのときです」

「全然大丈夫じゃねえんですけど!?」

 

 俺が目の前のサイコメイドへとツッコミを叩き込むと、涼しい顔のまま、彼女は窓の方を指差した。

 

「……何?」

「今日、火曜日です」

「……燃えるゴミですね、行ってきます」

「よろしい……あ、それと挨拶」

「あーね……うん、おはよ、零華」

 

 コイツ……いつか、絶対泣かす。

 何回誓ったかもわからないそんな宣誓を脳裏に浮かべながら、俺こと朱雀井(すざくい)(むすび)は、今日も今日とて毒舌メイドこと零華(れいか)の下僕としての務めを果たすのだった。

 

 

 ——十数分後。

 

 

「うまうま……」

「食べながら、喋らない」

 

 零華の用意してくれた朝ごはんをガツガツと食していると、いつもより格段に頬を緩ませた彼女から、一応の注意を受けた。

 とりあえず、美人なのはずるい。

 長い白髪に透き通った碧眼、普通にある胸部に加えてメイド属性とか、男子高校生を殺しに来ていると言っても過言ではない。

 まあ、俺はもう高校生じゃないので、問題なんてないんだけどね。

 

「そういや、師匠は?」

「…………ユメミヤ様は、所用で暫くの間、屋敷を空けるとのことです」

「なーに、それ……俺、聞いてないんだけど」

()()()()()()()()()()()()()()、との伝言を預かっております」

「親か?」

「あながち間違いではないかと」

 

 俺の師匠にして、保護者。

 現在、俺が居候している屋敷の家主でもあり、零華の主人である魔術師。

 おそらく、これらの情報がユメミヤという女性の立場を簡潔に説明するのに適しているだろう。

 本人曰く「結構凄いんだからね!? 私、実は超強いんだからな!? 本当に有名なんだぞ!?」とのことだったが、個人的な認識は、少しポンコツ風味の恩人、というものに落ち着いている。

 

「私もその伝言には賛成ですが……駄犬も折角の成長期なんですから、健康的な生活を送るのは重要なことですよ」

「そうは言っても、身長はそろそろ止まりそうなんだがな……まあ、昔はお前の腰ぐらいの背丈だったことを思えば、素晴らしい進歩じゃねえか? 今じゃ、若干お前より高いぞ」

「若干、で威張らないでください。個人的にはあと9センチ伸びてくれると好ましいのですが…………」

 

 なんで9センチ? 10で良くない?

 まあ、いいけど……172ぐらいだったはずだから、普通サイズぐらいまでは育ってると思うんだけどな。

 というか、零華の身長が高い。俺との差が5、6センチぐらいしかないのだ。

 ……背まで高いとか、なんだコイツ無敵か。

 

「……そういえば、確かにあの頃は、駄犬も子犬ぐらいには可愛らしかったですね」

「なんで、俺はいつまでたっても人間に昇格できないですかねぇ……」

 

 俺がユメミヤに出会ったのは十二年ほど前。

 色々あって、彼女の屋敷へと転がり込んだのは九年ほど前。その一年後ぐらいに屋敷へとやってきたのが零華であった。

 その当時から今に至るまで、美貌に一切の変化を許すことのない零華さんってば、ガチで美人を司る神に愛されているとしか思えない。

 

「……行き遅れ」

「……」

「謝るので、無言で喉元にお玉突きつけないでください」

 

 何でお玉? あ、味噌汁のおかわりやってくれるのね、ありがと。

 毎朝、君の味噌汁を食べたい所存です。超美味い。

 

「……私は既に求婚されたことぐらいありますから。望んで独り身を貫いているのです」

「え、初耳」

「駄犬は、本当に駄犬ですね……」

 

 はぁ……と、かなり本気の溜息を吐かれたので、話題を切り替えようと思う。

 そんなに呆れられるようなことしたか?

 

「ま、美人な事実は変わらんしな。婿なんて選び放題だろ…………むぐっ、ふぅ、ごちそうさん。しばらく工房に篭ってるから、なんかあったら言ってくれ」

「…………はい。お昼にまた呼びに行きますから、声をかけられたら直ぐに来ること」

「了解」

 

 零華の最も嫌いなことの一つは、用意した料理を放置されることである。

 マジで三日間飯抜きにされかねないので、そこだけは気をつけないとな。

 

 

 

 

「…………美人、ですか。まったく、口説き癖は昔から変わりませんね」

 

 ボヤいた言葉は誰にも届かず、微かに朱に染めた頬へ手を当て、彼女は穏やかに微笑んだ。

 

「どうか健やかに……ですよね、ユメミヤ様」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 師匠は俺に魔術を教えてくれなかった。

 いや、正確に言えば、俺は魔術の基礎であるらしい強化の魔術すら、()()()使()()ことができないのだから、教えようがなかったということになるのだろう。

 体内に魔術回路はあり、その開閉の感覚もしっかり掴んだ。多分、魔力を身体に巡らせることはできているはずなのだ。

 魔力を通すまでにイメージに対するラグがあるとはいえ、戦うわけでもないし、特に問題はない。

 

「……できる、はず、なんだけどなぁ」

 

 胡座をかいて、両手で包むように持っていたランプを床へと置き、そのまま後ろへ倒れ込んだ。

 ランプは、それまで、かなり眩しいぐらいまでに光っていたが、床へと置いて数秒で普通の明るさに戻る。

 

 正しく使うことはできない。

 逆に言えば、自分でもよくわからないが、かなりの疲労感と引き換えに、手をかざしたランプの光を強くすることはできるのだ。

 師匠にそれを見せたら、キョトンとしてから爆笑され、挙句「気持ちが大事だよ、気持ちが!」と精神論でアドバイスをされる始末である。

 あのとき、どうやら本格的に俺には才能がないと思われたらしい。

「これからは、一日一回、魔力回路を開け閉めするだけで、あとは鍛錬なんてしなくていいよー」とアッサリ言われて、三日間、不貞寝した記憶があった。

 

 

「……次だ、次。仮にも一応は弟子扱いされてんだ……幾つ恩があると思ってる……いい加減、強化ぐらい普通にやってみせねえと」

 

 ぐったりと倦怠感の残る身体を気合いで叩き起こす。

 ランプに触れた。

 

「……ッ!」

 

 瞼を落とす。

 息を吐いて、そして吸う。

 そして、吐く。

 回路開閉のイメージは、重力に抗い、厚い曇天を突き抜けて、蒼天へと飛び出すための加速感と重さ。  

 曇天を、壁を、突き抜ける。

 そのタイミングで、カチリとスイッチが切り替わる。

 

「……はぁ、はぁ……よし」

 

 魔力回路に魔力が巡り始める。

 

「次に、ランプに意識を向けて——」

「駄犬、お昼です」

「はいすぐ行きます零華様」

「よろしい」

 

 この続きは、またの機会ということで。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「では駄犬、いつものアレのついでに、食料品の買い出しをお願いします」

「了解、何が必要?」

「メモにまとめてあるので、こちらを失くさないように」

「子どもか?」

「子どもに失礼ですよ」

「お前は、俺に失礼だよ」

 

 

 平日の午後三時半過ぎ、ある日課のために、カバン一つを持って外へ出る。

 屋敷を出てすぐに、みんみんみーん、と、おんみょ〜んが混ざっていても気がつかないレベルのセミの大合唱に襲われた。

 暑さ倍増のスパイスって感じだな。

 人類はそろそろコイツらの殲滅作戦に乗り出してもいい気がする。

 

 ユメミヤの屋敷はそれはもうご立派なサイズであるのだが、人目に晒したくなかったのか、そこそこの森の中に建てられている。

 認識阻害の魔術で誰が来ようと問題ないさ! と自慢げにしていたので、多分いつか誰かにサラッと攻略されると思う。あの人、フラグ回収のプロフェッショナルだもの。

 

 森の中、という影響もあってか、というかそれがほぼ百パーの原因で、屋敷の周りにはセミが大量に湧いている。そのため、今の時期のやかましさは天元突破しているといえるだろう。

 街へ行こう、街へ。

 どうせ、微妙に田舎な地域であるため、どこに行こうがセミは鳴いているのだろうけど。

 

 そんなこんなで、街へと降りてきたわけなのだが、そろそろ日課の詳細について触れていきたいと思う。

 

 ぶっちゃければ

 

 

 女子高生のストーカー 

             である。

 

 

 事案だね。

 全く否定できないけど、しょうがない。

 色々と事情と理由があって、俺は彼女のストーカーをしなくてはならないのだ。

 

 時間にして、二十分弱。

 その女子高生の通う学校から彼女の家まで。

 

「……来た、かな」

 

 腕時計に目を向けて、学校付近の物陰に隠れる。因みに、ほんの四ヶ月前までは俺もこの高校に通っていたので地理的な面での知識は充分だったりする。

 恥ずかしながら、絶望的なレベルの方向音痴を患っている俺なのだが、記憶力は良い方だ。実を言えば、一度通ったことのある道ならば、あまり迷うことはないのである。つまり、知らない道にほっぽり出され、地図とか渡された、という状況だったら、自宅に帰れる自信はない。

 話が逸れたな。

 色々あって退学したんだけどね、なんて二年間以上通い続けていた学舎を懐かしく思っていると、ようやく彼女が校舎から出てきた。

 

 燃えるような緋色の髪は肩にかかるぐらいの長さであり、左側だけに編み込みを入れた結果露呈した左耳には、ガラス細工の水色のイヤリングが身につけられている。

 その外見は周囲の生徒と比べて、頭一つ飛び抜けて映えるようで、多くの生徒の視線を集めているのがよくわかる。

 

 まあ、美人は零華で間に合ってるので、そういう欲情的な意味合いで彼女を見たことは、生まれて此の方、一度たりともないのだが……この言い方だと、零華に対しては欲情してるみたいな感じになる? それもない。いくら彼女が信じられないぐらいの美人だったとしても、手を出しちゃいけない相手だということぐらいわかる。分は弁えているのだ。流石の俺も命は惜しい。

 

 そんな緋色の彼女は、校門を出て直ぐのところで、男子二人と女子二人の集団に捕まったところみたいだった。

 

 ……というか、少なくとも今話しかけている男子生徒は俺の知り合いだな。仲は悪いが。

 正直、彼女に近づけたいとは思えない類の下衆野郎だから、なんとかしたいところではある。

 だが、現状、俺に打てる手はない。

 歯痒さは残るが、しばらく様子を見守るしかなさそうだ。

 カバンの中から、橙色のガラス細工のイヤリングを取り出して、右耳につけた。

 トントンと指で二度揺らすと、師匠の手によって仕込まれた魔術が発動する。

 

「盗聴開始っと。バレたら殺されるだけじゃ、すまねえけど……まあ、バレなきゃセーフってことで、許してもらおう」

 

 数秒間、ノイズが聞こえたのちに、音声認識システムが安定し始める。

 

『…………という……だ。どう……、……なしを聞いて興味はないかな?』

『そう、ですね……興味がないわけではありませんが、夜遅くに家を留守にはできないので、肝試しの件はお断りさせて頂きます』

『…………そっか、じゃあ夜じゃなきゃいいんだよね? 次の休みとか、どう? もちろん、僕だけじゃなくて皆で!』

『えっと、そう、ですね……はい。予定は、空いていないわけではありませんが』

 

 状況を察するに、あの子はクソ野郎から肝試しの誘いを受けている、ってことでいいのか? さっさと断れ。

 

 それにしてもあの野郎「皆、居るから……!」とか言って誘った癖に、ちゃっかりカラオケで隣の席を確保する系男子筆頭みたいな発言しやがって……やり口が汚ねぇ上に、器が小さい。あのとき、本当にぶん殴っとけばよかったな。

 緋色の彼女に話しかけているそんな軽薄そうな灰髪の男の名前は、安心院(あじむ)幸哉(ゆきや)。俺が高校を中退するきっかけの事件を引き起こした張本人だったりする。

 

「……ただのナンパ、リア充イベントってやつならいいけど、安心院が関わってんなら裏があるとしか思えねえ」

 

 

 

 

 蘇るのは、苦々しい記憶。

 

 

 

 

『…………あーあ、タイムアップか。惜しかったね、結君……僕も、ここまで追い詰められたのは初めてで、ゾクゾクしちゃったよ』

 

 ヘラヘラとした下卑た笑み。

 鼓膜に粘つく耳障りな声。

 ざわざわと喧騒に包まれた周囲。

 大きな足音を立てて、駆けつけてきた生徒指導担当の教職員。

 

『おい、お前! 何をしているッ!』

 

 そんな大声と共に、右頬へと叩き込まれた強烈な右ストレート。

 

 

 

 

 

 意識を現実へと引き摺り出す。

 

 

「……肝試しの会場、探っといた方がいいか」

 

 

 念には念を、と付け足すように呟いた。

 

 

◇◆◇

 

 

 てくてく歩いて十数分。

 彼女の家の目の前までやってきたところで、緋色の少女は俺の隠れる物陰の方を向いた。

 

 

「…………ねえ、いつも聞くけど、いつまで尾けてくる気?」

「……………………」

 

 ばれてーら……知ってたけど。

 

「……今日も返事はなし、か。別にどうでもいいけど、捕まっても知らないから」

「……………………」

「……はぁ、じゃあね」

 

 バタンという扉の閉じた音を聞いてから、数秒ほど様子を伺い、完全に彼女が家へと入ったのを確認してから、深いため息を吐いた。

 

「……見逃された、か。優しく育ってくれたようで何よりだよ、眞白(ましろ)

 

 ああ、そうだ。

 買い物に行かなくては、ならないのだった。

 うちのメイドさんは怒らせると怖えから、注意しないとな。

 一度、そんな何でもないように平和な思考へと逃げてから、振り向いた。

 

 彼女の家の表札を一瞥。

 

「——兄ちゃんは、嬉しいぞ」

  

 そこに書かれた『朱雀井』の文字から、目を離し、俺は今度こそスーパーへと足を向けた。

 

 

 

 

 

 それは、ある夏の日のこと。

 

 運命の夜は、すぐそこまで迫っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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