Fate/Ideal World -Over the mith-   作:桜ナメコ

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2-1「女子高生の憂鬱」

 

 

 

 

 

 

 

 

 私こと朱雀井眞白には、二つ年上の兄がいる。

 いや、アレを兄と呼んでいいのかは怪しいとこだが、少なくとも戸籍上では兄だ。

 血も繋がっていないし、ここ八年ぐらいは会話もしていない。最終的には、なぜかストーカーになられた始末であるわけだが、きっと多分ギリギリで兄だ。

 

 そして、最近その兄の様子がおかしい。

 何やら暴力事件だか、何だかの問題を起こしたらしく、気づいたときには高校を辞めていたのである。だが、それはまだいい。いや、本当はよくないが、もう慣れた。どうせ、何があったにせよ、しなくてはならない理由があったのだろう。

 問題は先程も述べたが、ストーカー化の方である。なんでサラッと人としての道を踏み外しているのだろうか。

 

 ……まあ、別に実害があるわけでもないので、いいとしておこう。向こうが勝手に捕まった場合は、もう知らん。妹としては、せめてポリスメンにバレないようにストーカーをしてくれることを祈るのみである。

 

 第一に、兄の奇行なんて今更だ。

 

 ずっと昔のことになるが、彼は同じ職場で働いていた両親の海外赴任に断固反対し、私を巻き込んでおばあちゃんの家——今、私が一人暮らしをしている家になるのだが——へと家出を決め込んだことがあるのだが、奇行の最もたるものがそれだろう。

 ……お陰様で私と兄だけが日本に残り、両親とお姉ちゃんだけが海外へと旅立つとかいう見事な家族崩壊を引き起こした張本人だったりする。

 

 正直、私は恨み言を言える立場ではない。

 あのアホ兄貴は学校の友達と離れるのが嫌で嫌で、駄々を捏ねたどっかの赤毛のバカ野郎の我儘を聞いてくれただけである。

 今となっては、ここまでしなくても、といった感情がもりもりと湧き出てくるのだが、かつてのわた——コホンッ、少女が兄へとかけた言葉はブラコン度マックスのお嫁さん宣げ……

 

「…………あの頃の私よ、死ねッ!!!」

 

 そして、肝心の兄だが、私をおばあちゃんに託したのちに、どっかへ消えた。

 うん、ほんと、何考えてんのかわかんない。

 馬鹿じゃないの? 

 せっかく、二人で一緒にいら……コホン、家事要員が居なくなられると困るんだけど、そういう配慮はないわけ?

 おばあちゃんはおばあちゃんで、脈絡もなく「武者修行に行ってくる」とか言って、私が中学生のときに、この家を託して旅立っていった。裏に道場持ってるでしょうが、満足しろ大人。あそこの掃除、すっごい大変なんだから。

 まったく、揃いも揃ってアホばっかである。

 というか、まず一般中学生舐めんな、米炊くのすら危うかったよ、ちくしょう。

 それまでの自分の不甲斐なさに対する反骨精神全開で、二年間努力した結果、料理は達人ランクまで極めるなんて羽目になった。

 朱雀井さんちの今日のご飯とか、多分出来ちゃうと思う。やらないけどね。

 

 どうでもいい考えを頭の中で垂れ流し続けるのは、兄の癖が感染したものである、多分。もしくは、血筋。そんな血筋、嫌なんだけど。

 小さい頃は、兄の真似ばかりしていたから、他にも変な癖があったりするかも……まあ、私の記憶は四歳ぐらいからしかない上に、今持っている記憶も、どんどん希薄になっているので、確信はないのだが。

 多分、私は過去に頓着しない性格なのだろう。自分で分析するのも変な話だけど。

 その割には、兄とのエピソードばっか覚えてるよね、とか言わないでほしい。()ブラコンだった上に重ねて、兄のキャラが濃すぎるのが悪い。私は悪くない。

 

 ぼうっと、脳内でそぞろごとをつぶやきながら、食事の準備をしていたのだが、ブブッという振動がポケットに突っ込んでいた携帯から伝わってきたことで、意識を取り戻す。

 

 メッセージアプリを利用して送られてきていたのは『ごめんね、連絡先を知らなかったから、友達に頼んで教えてもらったよ。これから、よろしく』という、何をよろしくされているかもわからない、知らない人からのメッセージだった。

 

「……えっと、ああ……あの、変な人か」

 

 今日、校門を出たところで声をかけてきた男の人……確か同じクラスなんだけど、なんて、名前だったかな。

 学校じゃ猫を被ることに忙しすぎて、興味のある人のことしか覚えないから、急に話しかけられても困るのだ。

 

「確か名前は…………あ、書いてあった。あ、あんしん、いん? こう、や? あ、いや、ゆきやかな? ……読めない」

 

 あんしんいん、という苗字に聞き覚えはない。もしかしたら、クラスメイトでもないのかもしれない。少なくとも、接点はないはずだ。

 

「……見なかった、ということで」

 

 プツリと電源を落として、携帯をポケットへとしまう。

 幸いと言うべきか、先程、その男と話をしていた際には、頸あたりがピリピリと微妙に嫌な感じがしたことを覚えていた。

 昔からの特技の一つだが、私はこちらを見ている人の本質をなんとなく感じ取ることができるのだ。

 そういうことなので、あんしんいんさんとやらは、どれだけこっちを凝視していようが、ほんわかとした感覚しか与えてこない、おばかさんを見習ってから、出直してきて頂きたい。じゃなきゃ、ストーカーなんて許すものか。

 

「だいたい、肝試し? に誘った癖に、都合が合わないのならお昼でもいいよ、なんて言う時点で愚かでしょうに……声かけられたら、ごめん寝てた、の一撃で諦めてくれるといいけど」

 

 まあ、向こうが強硬手段を取ろうものなら、物理的に叩きのめすのみであるのだが。

 こちとら、家に道場持ちだぞ?

 あのイカレおばあちゃんに護身術程度教え込まれている。

 

「変な真似されたとき、やられるフリでもしたら、あのバカ引き摺り出せるんじゃ……」

 

 ブツブツと緊張感もなく、そんな考えを浮かべつつ、私は夕食の準備を終えるのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 翌朝、郵便受けに入っていた一通の手紙を見て、頰が引き攣った。

 

『紫の館は危険。

 追伸:暫く夜更かしを控えろ』

 

 

「……盗聴されてた、ってことでいい?」

 

 あのバカ、言いたいことがあるなら、自分から言いに来い。

 私は手紙をくしゃくしゃに……するのは、流石に紙に悪い気がしたので、自室の机の上に皺にならないように置いておくことにした。

 はい、そこ。ブラコンとか言わない。私が気を遣った相手は紙だから。兄とかどうでもいい。

 

「……過保護だなぁ」

 

 ……まあ、心配されて悪い気がしないあたり、多分、私があの人を嫌える日なんて来ないのだろう。

 

 さてと、学校の準備といきましょうかね。

 どことなく軽い足取りで、私は一日のスタートを切ったのだった。

 

 

 

 ・

 

 ・

 

 ・

 

 

 

「なんて、ウキウキ、キャピキャピ、と柄にもなく浮かれてたのが悪かったのか? おい神、そんなに嫌いか、私のこと!」

 

 土砂降りの中の下校途中。

 ビショビショになった制服は、泥と血に塗れていて、どっかのバカがよく褒めてくれた髪だって同様の惨状である。

 風邪ひく。絶対、風邪ひいた。寒いというよりは、生温い感じの雨が気持ち悪い。

 せっかく傘を持ってきたのに、どうして雨に濡れなきゃいけないんだ。

 ザー、ザーと激しさを増す大雨。

 今日に限って、私を尾けて来ないあの男の間の悪さは異常。そろそろ、本当にぶん殴ってやりたい、

 

 まだ家の外にいるにも関わらず、お淑やかな美少女(兄判定)という私の外面が剥がれかけている。

 

 それも、これも、全て——

 

 

「な ん で ! こんな雨の中、血だらけの美人さんが公園に、倒れているのよ!」

    

 

 私の背中で意識を落とし続けている紫髪の異国風美人のせいだ。

 もっと言えば、その状況を見捨てられない私という人格とその状況と私を引き合わせる機会を作った神が悪い。くそぅ。

 

 なんとなく、本当になんとなくだが、()()()()()()()()()()()()気がしたことと、目立った外傷は見当たらなかったこともあり、とりあえず自宅まで運ぶことにしたのだ。

 いや、外傷がないにしては、血の量が滅茶苦茶多かったんだけどね……返り血? 多分違う。そこのところは、私の善性センサーを信じる。仮に彼女が連続殺人犯とかだったら、私が叩きのめす。

 

 あー、疲れたぁ! と半ばヤケクソ気味に、彼女を背負って歩くこと数分ほど。

 

 ある種の違和感を覚えた。

 

 

「…………? 誰か、いる」

 

 

 私の家の前。

 土砂降りで視界は悪い。

 

 その中でも、ギリギリわかるぐらいの不自然な霧に自身が包まれていることに気がついた瞬間、ゾクリという悪寒が背筋を走る。

 

 ドク、ドク、と心臓が早鐘を打つ。

 触覚で、風の揺らぎを感じとった。

 

 

「——ッ!?」

「ァァァァァアアアアアアアア!!!」

 

 バックステップ。

 直後、霧に包まれていた視界が一瞬で広がった。

 

「風……なに、これ」

 

 

 そこに居たのは男であった。

 

 ボロボロの外套。

 血に塗れた身体。

 ギラつく赤の瞳。

 元々、金髪だったのであろうその髪は、焼き焦げてしまっているように見える。

 

 最後に、どうしても目を引くのは、右手に存在する銀色のソレ。

 

「コンバットナイフ……だっけ?」

 

 そこに見えたのは——底なしの悪意だった。

 

 

 

 

 

『◼️◼️さえ◼️◼️ければ、◼️◼️◼️◼️◼️は◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️!』

 

 

 それを目にした瞬間、頭が割れるように痛み始めた。

 何か、何か、とても大切なことを忘れているような感覚。

 平衡感覚を失い、体の末端へと血が通わなくなるような感覚。

 

 視界にノイズが走る。

 頭痛のように、脳内へ“誰か”の声が響き渡る。

 やめろ、やめろ。

 思い出すな、思い出すな。

 

 私は——

 

 

「……つ、けたぞ、見つけたぞ、ランサァァアアアア」

 

 

 その声が、私の意識を現実に繋ぎ止めた。

 

 

「……る、さいな。人の家の前で……あんまり、騒ぐな!」

 

 

 目の前に立つ気味の悪いぐらいの悪意が、私に向けて……いや、私の背負う彼女に向けて、吠え立てる。

 

 ああ、ありがとう。

 お前のお陰で、私は私のままで居られる。

 

 胸の内で、そっとこぼして、前を向く。

 

 女性の身体を自分のすぐ後ろへと横たえた。

 武器は、傘一本あれば大丈夫か。

 

「近所迷惑に不法侵入未遂、その他諸々、日頃の鬱憤を、全部ひっくるめてぶん殴る。八つ当たり上等、知るかボケって言う心意気なら、それはよし。全力でかかってきなさい」

 

 おばあちゃん仕込みの棒術・剣術。

 こんなんでも、一応、道場の娘だ。

 

「……ランサー、を、寄越せえええ」

「ランサーって誰よ!?」

 

 あ、さっきの人のことか。

 まあ、いい。

 ぱっと見てヤバいやつ、じっくり見てもヤバいやつだけど、相手は人間。多分、ただの軍人ぐらいなら、おばあちゃんよりは弱いはず。

 

 なんて考え、傘を剣のように構えたところで、背筋に再び悪寒が走る。

 身体を全力で後ろへ反らす。

 ヒュンッという空気の塊が割れる音。

 感覚で、目に見えない“何か”が、刃となって私を襲っていることを理解した。

 

「ふっ、ざけ——ぶなッ!?」

 

 最初は横薙ぎの一撃。

 続く追撃は、縦方向の振り下ろし。

 

 咄嗟の判断で体を捻り、横へと転がり込む。

 直後、ずしゃりという音と衝撃が全身に伝った。流石に冷や汗が流れる。

 一応、目を向けると、先ほどまで自分のとっていた地点の地面が粉砕され、見るも無惨な有様に変貌している。

 

「やって、らんない。夢でも見てるんじゃないの……」

 

 スタリと起き上がり、後ろを確認。

 らんさー? さん、とやらは、相も変わらず、横になったままの状態。

 今の衝撃での外傷は見当たらないことに、一息ついてから、状況確認。

 

 何が何だかまったくわからない上に、正直言って現実味が皆無なんだけど……多分、私、今けっこうピンチなのかもしれない。

 多分じゃないよね……私じゃなかったら、さっきので死んでいるだろうし。

 

 うーん、困った。

 

 

 まあ、仕方ない。

 命の危機だ。

 

 

 

 

 

 

 ごめんね、おばあちゃん。

 

 

 

 ちょっとマズいから、約束、破るよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今からちょっと、本気出す」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボソリと零して、私は傘の柄を握り直した。

 

 

 

 

 ザーザーという大雨。

 

 

 

 音が消え——雫の群れが、止まる。

 

 

 

 ——銀光が閃いた。

 

 

 

 

 あとに残されたのは、ドサリと()()()()()()()()()()()音。

 

 

 

 

 

「うわぁ……ビショビショ。早くお風呂入んないと、風邪ひいちゃうよ」

 

 

 

 

 流石の私も風邪には勝てぬ。

 この女の人も、一緒にお風呂入れちゃってもいいよね? お召し物も変えちゃおう。

 それにしても、随分と美形な人ですこと。

 

 ……インディアーンなこの服、普通に洗って大丈夫だよね? ジャーン、とシンバル的な音とか聞こえちゃいそうな雰囲気だけど、問題ないよね?

 

 

「……警察に連絡ってだけで、済む話じゃなさそうだなぁ」

 

 

 ガチャリと音を立て、扉が閉まる。

 

 

 ザーザーと雨が降る。

 

 後にはただ、白目を剥いた金髪の男の姿だけが残されていた。

 

 

 

 

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