Fate/Ideal World -Over the mith- 作:桜ナメコ
「ほいさ」
「ご苦労様です…………何かありましたか、駄犬?」
「……いや、なんもねえよ。今の声掛けで、元気になったわ」
「気色の悪いことを言ってないで、手を洗ってきなさい」
「はーい」
帰宅。
安心院のことを考えていたからか、眉間に皺が寄っていたらしい。
左手に吊り下げていたそこそこ重いエコバッグを澄ました顔で受け取ってから、冷蔵庫へと向かった零華は、こちらの顔も見ることもなくそう言った。
空気を読む、というか、俺に対する理解が深すぎるので、怖いを通り越して安心感が凄い。顔を見ただけで実家感覚になれる万能型毒舌メイドとか、一部以外スペック高すぎて笑えてくる。
「……では、コーヒーでも淹れましょうか、夕食にするにはまだ少し日が高いと思われますので」
手を洗ってから、戻ると、零華からそんな提案が出される。
なんだかんだで、良い人なのが、彼女の暴言から、あまりダメージを受けない最大の理由だったりした。
「あんがとさん、遠慮せず頂くわ」
「それは、一度でも人の厚意に遠慮したことのある人だけが言える台詞ですよ、駄犬」
「一回ぐらいあるだろ……多分きっと恐らく」
話しているうちに自信がなくなってきた、なんてことはない。ないったらない。
そういえば、押しかけるようにして、この屋敷に転がり込んできたよなぁ、とか思ってない。
「…………遠慮、要る?」
「今更されても気持ち悪いだけだと、思いますが」
「だよねぇ……」
ジト目の零華から、スイッと顔を逸らしつつ、何か別の話題はないかな、と思考内検索をかけてみる。
「あ、そうだ。今日の夜、少し出かける」
「……頭、腐ってるんですか、クソ駄犬。常日頃から思っていましたが、一回、二回ぐらい死んどきません?」
「かつてないほどの口の悪さじゃねえか、そこまで変なこと言ってねえだろ……」
なんで、地雷地帯から抜け出そうとして、あっさりと底なし沼に嵌まってんだよ。
え、本当に、どうしてキレたの、この子。というか、日頃からそんな物騒なこと思ってたのね。
「……はぁ……ともかく、今夜の外出は許しません。仮に外出が確認された場合……そうですね、とりあえず餓死寸前まで追い込んでから考えますか」
「とりあえず餓死寸前って単語を発したのは、地球上でお前が初だと思う。もういっそ誇れ」
しかも、目がガチだ。
先程、零華が俺のことをよく理解していると述べたが、逆もまた然りなのは当然のことだろう。
話している内容が、ガチか冗談かぐらいの判断は朝飯前……え、嘘でしょ、マジでガチなんだけど、このメイド。
「言っとくが、夜遊びなんてしないからな? 零華が居るし」
「…………ッ!?」
「同居人に情事のどうこうを察されることほど、気まずいものはねえだろ」
「やっぱ死ね、クソ犬」
「なんでだろう。『駄』が失くなって評価は上がったはずなのに、いつもより貶されている気がする」
……めっちゃ、怒ってんじゃん。
お前の赤面とか久しぶりに見たよ、俺。
「……わかったよ。用事は明日の昼にでも回しとく。別に緊急って訳でもないからな」
「…………なら、良いですけど」
さてさて、零華さん。
カリギュラ効果って知ってます?
◇◆◇
「あっっっぶな!? ガチじゃん、え、ガチじゃん!? そんなに俺の夜遊び防ぎたかったの、あのメイド」
なにそれ、ちょっとかわいい。
屋敷を飛び出し、全力疾走をする中で、俺は心の中で愚痴を零し続ける。
零華さんってば、正面玄関の前で正座睡眠——いや瞑想だな、あれ——をしたまま、この一晩を過ごす予定だったらしい。
気を張り詰め、物音全てを聞き逃さないようにと集中しているその姿からは、武人の極地を思わせる風格を醸し出されていた。
どこを目指しているの、貴女? という具合である。
しかも、その風格が見掛け倒しではないのだから恐ろしい。
師匠特製の隠密用のフードケープと靴を身につけて「これだけやっておけば、相手が私でもないのなら気づかれないさ」と彼女がセットした隠密魔術セットを発動させたのだが、その上でバレた。あのポンコツ、今度会ったらクレームつけてやる。
少し、話は変わるのだが、先のイヤリングやフードケープなどの、便利道具についてだ。
前提となるのは、俺は魔力回路を開くことだけなら、別に問題なく行えるということである。
俺の血を利用して、師匠が作った便利道具の数々は(俺以外が使えないというデメリットはあるものの)開いた回路から直接魔力を吸い取る、という作業を道具の中に仕込ませたことで、俺でも魔術を利用できるようになっている。
と、そんなフードケープを身につけていたわけなのだが、もう一度言おう。
バレた。
閉じられていた瞳がゆっくりと開かれて、ニコリと微笑まれたあの瞬間の恐怖を、俺は永遠に忘れられる気がしない。
まあ、それで食い下がれる気質だったのならば、俺は今、屋敷の外へと居ないわけでありまして……
懲りずに、もう一度自室から脱出した俺は、次に裏口へと向かった。
裏口に仕掛けられたブービートラップ擬きを本命に思わせてといての、特殊ナイロン線を利用した鳴子の罠。
それだけやっておいた上で、結局はドアを開けたことを条件に発動する警報用の魔術…………俺より全然、腕が良い魔術師なんだよな、あの人!
ピーッと甲高い音が鳴り響き、開いたはずのドアが一人でに閉じられ、ガチャリと鍵が閉じられたあの瞬間の絶望を、俺は永遠に忘れられる気がしない。
……今なら、幼女に防犯ブザーを鳴らされたロリコン犯罪者どもの気持ちがわかるかもしれないな。いや、そんな気持ちは知りたくなかったけど。
などなど、たっぷりその他諸々エトセトラの罠に悉く引っかかった俺だったが、
そして、またまた、
なんか余りにも、脱出してください! みたいなルートだったので、流石に警戒心は生まれたのだが……それと同時に
夜闇に一人、飛び出した影。
それを、視界に捉えてから、彼女は僅かに俯いた。
「運命は、巡る。私達に許されたのは流れの中での祈りのみ、ですか…………」
自らの主の言葉を口にして、そして自らに託された使命に思いを馳せる。
ギュッと結んだ口元、涙なんかは流さない。
とっくの昔から、覚悟は決めていたのだ。
仕掛けた結界に不備はなかった。
戸締まりのミスなんて生まれてこのかた一度たりともしたことがない。
それでも、
瞼を強く、ギュッと閉じて、気持ちを切り替える。
平常心を乱すな。
落ち着け。
絶対に、彼は
「……さて、それでは私も、身支度を始めましょうか」
運命は巡る。
世界は終焉へと、走り始めた。
◇◆◇
とっとこ●ム太郎ばりの勢いで、夜道を駆けること数十分。
身体強化のできる魔術師ならともかく(多分、皆出来る)ただの元高校生男子に、これ以上の高速移動の継続は不可能だと判断した俺は、近くのコンビニでチキンを片手に休息を取っていた。おにく、うまい。
ポケットに財布を入れたままにしていた過去の自分を褒めてやりたい。
バイクでもあったら、もっと楽に移動できたのだが……ないものねだりをしても、仕方がなかった。
因みに運転については問題ない。
強いて言えば、免許がないことぐらいだが、まあ、運転技術そのものに問題はない。
文句は「運転できると便利だぞ?」と技術を仕込んだ師匠に言ってほしい。
「……確か、安心院が言ってたアレは、ここら辺にあったよな」
流石の俺も何の進展もないまま、休めるほどにメンタルは太くない。
全力ダッシュの影響で、スタミナの底が尽きかけてはいるが、件の肝試し会場のすぐ近くまでやってきていたのだ。
話を軽く聞いただけでも、その会場の位置が特定できてしまったのには、一つの理由があった。
それは、その会場が紫の館と呼ばれる西洋館だったことである。
そして、紫の館と言えば、この地域一帯の七不思議と聞かれれば、誰もが思いつくような肝試しのテンプレ的存在でもある。
当然、俺もその場所は知っていて、小さな頃に一度だけ訪れたことがある。じゃなきゃ、今頃迷ってる。
「観察、するだけ…………誰かの生活した形跡があったら、直ぐに退くようにしないとな」
口の中が余りにもチキンだったので、精神安定剤としても定評のある(俺限定で)ボンタンアメを口直しに一つ食して、覚悟を決める。
「んじゃ、行くか……
そう、紫の館に関わる全ての噂は、俗に言う心霊現象、というやつであるのだ。
正直、言えば、幽霊とかは余り得意ではない。寧ろ、苦手な方。
実体がないやつへの対応とか、一般人に求めないでほしい。そういうのは魔術師とかの仕事だと思うんですよ、僕。
十中八九、ただの怪談話なんだろうけど……ただ、火のないところになんとやら、とも言うからなぁ。
……ぶっちゃけたところ、凄え行きたくない。
「まあ、大目玉覚悟で飛び出した手前、怖くて行くのやめましたなんて、死んでも言えんのだが」
渋々、歩き出す。
屋敷を飛び出したときの、妙な高揚感と誰かに背中を押されているような勢いは既になく、トボトボという足取りに、時折混ざるため息。
「……帰りてえ」
なんで、あんなにやる気に満ち溢れてだんだろうなぁ、さっきまでの俺。
妙な虚脱感に疑念を抱きながら、再び移動すること十数分で、噂の館の前へとやってきた。
俺の記憶力すげぇ! イヤッフゥゥウッ! なんて、無理矢理にも脳内テンションを上げてみたのだが…………はぁ、既に帰りたい。なにこれ?
「気味の悪い館だな……外観が、紫一色な時点で、美的センスに関しちゃお察しだが」
鉄柵によって囲まれた、いかにもな洋館。ただし、紫。すんごい紫。
侵入経路は……と辺りを観察していると、目の前にあった鉄の門の鍵が閉じていないことに気がついた。
「警備がザルと見るか、単純に誰も住んでねえからと見るか……」
門へと手をかけて、少し力を込めて引いてみと、ギィイイインッという鈍い金属音を響かせて門が開いた。
「……やべ、うるさ」
自分が思っていた以上の音量に、顔を顰めつつ、敷地へと足を踏み入れることを決める。
これだけの音を響かせておいて、何の音沙汰もないのだ。どうせ、誰もいないだろう。
そして、その一歩目で——
ガシャンッ!
「は?」
館の敷地へ閉じ込められたことに気がつき、全力で後悔するのであった。
◇◆◇
「……もしかしなくても、ヤバい状況か、これ?」
毎朝の奇襲で、鍛えられた(気がする)第六感的な何かが理性へと警報を鳴らしていた。
さらに言えば、その理性すらもが、現状が非常にマズいものであると訴えているのだから、結論は『ヤバい』一択である。
「門が閉まったときに、微かに魔力を感じた……丁度、俺が屋敷の脱出に失敗しかけたときと同じように」
つまりは、紫の館とは魔術師の拠点という可能性が割とそこそこ高い気がするわけでありまして……
「脱出、できるか?」
肝心なのはそこだ。
朝帰りとか、洒落にならない。軽く命を持ってかれるぞ、あのメイドに。
じゃなくて——
「……いや、別に魔術師が居るからなんだ。別に目と目が合ったら●ケモンバトルってわけでも、出会って5秒でなんたらなんかでもないし……謝り倒して仲良くなれば解決だな、うん。土下座の形選手権なら負ける気がしねえ」
魔術がどうのこうの、なんて非日常的すぎる話だから身構えてしまうが、言ってしまえば相手も人間である。
俺の知ってる魔術師が師匠と零華しかいないから、なんて理由もあるが、別に連続殺人鬼なんてことはないのだから、素直に謝りに行くか。
脳内で、やっぱ謝罪が全てだな、と結論づけてから館の方へと向かう。
ぱっと見、呼び鈴らしきものは見当たらなかったので、二、三度ノック。
誰かいませんかー! と声をかけて、返事がなかったので少し困った。
……まあ、結局、その扉にも鍵はかかっていなかったので、無断で侵入したんだけどね。
「不用心にも程があるだろうに……戸締まり、気をつけるように言ってあげた方がいいのか?」
そんなどうでもいいことを呟きながら、広い広い館の中を探索していく。
館の中は普通に明るかったので、探索する分の不都合は特になかった。灯りがなかったら、ということを思うと正直、ゾッとする。幸運にも救われた。
……それにしても、やっぱり美的センスが宇宙の人だな、この館の持ち主。
屋敷の中すら、紫一色だとは思ってなかった。段々、目が慣れてきたからか「あ、この紫色、さっきの紫色より綺麗」なんて発言が飛び出すようになってしまった。
これからは、紫色ソムリエを名乗ろう。ごめん嘘。
「……広過ぎなんだけど……絶対、住みにくいだろ、ここ」
そんな愚痴も叩きたくなるほどに、この館は広かった。
空間を弄る魔術でも使っているのかもしれない。外観も立派な館だったが、絶対にそれ以上の広さだぞ、内部。
一階、二階、そして最上階の三階。
一通りを見て回って、誰にも会うことが出来ずに途方にくれる。
内装は整っていて、生活の痕跡も残っている。所々に見られた魔術の研究所らしきものからも、紫の館が魔術師の拠点というのは間違いないだろう。
「…………となると、後は——地下、とか?」
記憶を遡り、我が家の主が「地下っていいじゃん? 何か、夢があると思わないかい?」とアホ面で話していたことを思い出して、隠し階段とかないかな? と探索を再開することにする。
まあ、こんな素人の考えで見つかるような場所に、本命の工房は作らないと思うけどね。
・
・
・
「あったんだけど、隠し階段」
高そうな紫の絨毯の下に、それは存在した。
師匠といい、ここの主といい、魔術師って結構、アレな人が多いのかもしれない。
「見つけてしまったからには、行かなきゃ無礼ってもんだよなぁ」
くつくつと笑いながら、俺はその階段を降りていく。
後になって思ったことになるのだが、このとき、少し考えれば、気づけたのだろうか。
その精神状態が、屋敷から脱出を決行したときと似通ったものであったことを。
◇◆◇
そこは、埃の積もった古臭い石畳と石壁に覆われた異質の空間だった。
あったのは、大きな魔法陣と巨大な鏡。
「——なんだ、ここ」
空気が冷たかった。
異様な存在感を放つその鏡へと、フラフラ近づいていく俺の身体には、上手く力が入らなくて。
嫌な予感がした。
同時に。
ずっと、探し求めていた『何か』を見つけたような感覚が、俺の中に生まれていた。
ドク、ドクッと脈打つ鼓動が煩い。
浅くなっていく呼吸が邪魔だ。
思考が遠く、意識が薄く、世界から自分が消えていくような感覚に囚われる。
触れた。
鏡に触れた。
鏡に触れたその右腕が。
ズブリと鏡面に沈み込んでいた。
直後、意識にノイズが走る。
暗転しゆくその視界いっぱいが、美しい銀色を映した。
その数秒後。
——目を覚ます。
「……どこだ、ここ?」
俺は気がつくと、全く知らない灰色の世界に立っていた。