Fate/Ideal World -Over the mith-   作:桜ナメコ

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1ー6「思惑と決断(1)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………聖杯戦争?」

「正確に言えば、今回のそれは亜種聖杯戦争の枠に含まれることになると思いますが……まあ、今はいいとしておきましょう。聖杯戦争が儀式として成り立つまでの経緯やら、そこに絡まる幾人もの思惑やら、と全てを理解するのは、駄犬の頭脳スペックでは到底無理な話ですので——現状に関わる基本的かつ大切な要点を幾つか挙げさせて頂きます」

「サラッと暴言挟むな。悲しくなるだろ」

「否定はしないんですね……」

 

 零華の案内に従って、普段は使っていない屋敷の広間へとやってきた俺と、俺のことをマスターと呼ぶ少女は、現在、零華との情報共有を行っているところであった。

 因みに、未だ目を覚まさぬ少年はベッドに放置してきたのだそう。それでいいのだろうか?

 

 まず一つ、と呟いてから、零華がピンと人差し指を立てる。

 

「聖杯戦争の基本的なルールを説明します」

 

 その顔には素晴らしい微笑みが浮かべられていて、彼女が愉しそうにしているときは、碌なことがないことを知っている俺は、思わず、うへぇ……と呻く。

 

「一回で理解できますよね、駄犬?」

「拒否権をください」

「人権、必要あります?」

「せめて人でいさせてくれないかなぁ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……と、まあ、これぐらいは最低限覚えて欲しい知識になりますかね」

「……頭が、痛い」

 

 英霊って、なんですかね。

 いや、聖杯とかいう万能の願望機の存在も大分、頭が逝っちゃってる気はするんだけど。

 

 零華から、聖杯戦争に関係する諸々の説明を受けた後に、退屈そうにしている隣の少女へと目を向けると、ツイと視線を逸された。

 え、この子が歴史に名を刻んだ英雄やら偉人やらってことになんのか?

 唐突に斬りかかってきた和服姿の女性はともかく、隣の少女は特段強そうには見えない。

 

 だが、零華の話では、この少女は確かに英霊と呼ばれる存在の一人なのだろう。

 赤の模様——右手の甲に浮かんだ令呪とやらを持つ人間、つまり俺のことを、彼女はマスターと呼んでいるのが何よりの証拠だ。

 

「それで、何の気まぐれか駄犬なんかと契約を行ったそこのサーヴァントに聞きたいことがあるのですが——そろそろ、自己紹介をしてもらっても良いですか?」

 

 場の空気の質が変わったのがわかった。

 零華が少女に向けて圧を放ったからだ。

 何かあれば、敵対も辞さない。

 そんな意志が、零華の瞳に宿る鋭い光から感じ取れる。

 少女は、少しの間だけ、真っ向から零華の視線を受け止めてから、はぁ……と露骨なため息を吐いた。

 

「別に、私も好き好んでこんな素人マスターさんと契約したわけじゃないですよ。そんなに、ムキにならないでください。それとも、ただ単に()()()()()()()()()()、なんて考えてるんですか? それなら、可愛げがあっていいと思いますけど」

「……………………は?」

 

 怖ッ!? え、零華さん怖すぎッ!?

 何、今の「は?」って。

 あんな地獄の底へと引き摺り込むみたいな声音は、俺ですら聞いたことがないんだけど。

 すげぇ顔で、睨みつけられてる……俺が。

 まるで、勝手に勘違いすんなよ、とでも言いたげな顔である。

 言うべき相手を間違えてはいないかね?

 

 それにしても、この少女、もしかしたら結構性格が拗れてたりするのかもしれない。というか、絶対に拗らせてるよな。

 零華を煽るとか、自殺行為他ならないもの。

 

「はいはい、そんな怖い顔しないでくださいよ。自己紹介、やればいいんですよね……はぁ、面倒臭いなぁ」

 

 暗紅色の瞳を気持ち若干濁らせて、少女は投げやり気味に口を開いた。

 

「私は、アサシンのサーヴァント。真名を——カーマ……しがないただの、愛の神様です」

 

 神様。

 

 零華と二人して、思考が固まったところを見逃さずに、彼女は——アサシンは、薄く微笑んだ。

 

「正直なところ、別に貴方と契約する理由はなかったんですけどね……人間なんて大嫌いですし、聖杯にも興味はないですから…………私はただ、愛を与えるだけ。だから、変な期待はしないでくださいね。戦いとか、私の領分じゃないわけですし——」

「……愛を与えるとか、そんな子供っぽい見た目で言われてもなんだかなって、気はするけど」

「ちょ、そこツッコミ入れてきますか!? だいたい、その子供っぽい見た目に一目惚れしたのはどこの誰なん——」

 

「 だ け ん ? 」

 

「ひぃぃぃッ!? 違うんです誤解です一目惚れと言いましても顔とか見た目オンリーってわけじゃなくてですね、雰囲気というかオーラといいますか、佇まいがなんだか妙に目に留まって、横顔に見惚れたと言うか何というか、見目麗しい相手だったら誰にでも発情するわけじゃないんですよねってのは、既に零華様ご自身が証拠となられていますので理解していらっしゃると思うのですが、まあ、うん、あの————うん、だから違うんですって」

 

 土下座である。

 プライドもクソもないほどに情けなさ全開の謝罪をすると、アサシンさんが凄い目でこちらを見ていた。泣きたい。何かに目覚めちゃうから、その蔑みの目やめて。

 

「チッ…………まあ、駄犬の性癖が捻じ曲がっていることは放って置くとして」

「放って置かないで。迅速な認識の改めを所望します」

「放って置くとして。アサシンに問います」

 

 零華がアサシンに向き直り、緩みかけた場の空気へと再び緊張の糸を走らせる。

 

「聖杯に興味はない。そう言った貴方が、どうして現世への召喚に応じたのでしょうか?」

「細かいことを気にする人ですねぇ……言ったでしょう? 私は、愛を与えることが役割だと。それ以外に望みなんてありません——ああ、何だったら、貴方のことを愛してあげてもいいですよ?」

 

 零華の直ぐ目の前まで近づいた少女は、その姿を高校生ぐらいの年齢の容貌へと変化させると、零華の頬へとその手を触れさせる。

 透き通った碧眼と陰の落ちた紅眼の間に、しばらくの沈黙が満ちた。

 

「……はぁ、話す気はないと」

「何のことでしょうね……?」

 

 零華は一つため息を吐くと、頬に置かれた手をパシリと払い落とす。

 それから、では仕方ない、なんて物騒な前置きを入れてから、こちらへと視線を飛ばしてくる。

 

「駄犬、令呪を使いなさい」

「ちょ——ッ! 何を考えているんですか、貴方!」

「令呪、ってのは、確か……この赤色の模様のことだったな。契約しているサーヴァントへの絶対命令権、だったか?」

「ええ、いざというときの切り札ともなりますが、事前に危険を排除できるのであれば、使わない手はないでしょう。令呪一画を使用して、彼女が貴方からの質問に答えなくてはならないように命じなさい」

 

 零華の表情から察するに、冗談、またはハッタリというわけではなさそうだ。

 アサシンもそれを分かっているのだろう。

 これまで、一度も崩れることのなかった余裕による仮面が剥がれ、その顔には焦りの表情が浮かんでいる。

 

「待ちなさい。そんなのは——」

 

 彼女が何かを隠しているのは、出会ったばかりの俺でもわかった。

 わからないことだらけの現状で、何故か俺の味方をしてくれるという少女の隠し事。

 確かにそれを放っておいたら、後々、とんでもない爆弾となって、俺たち自身へを傷つける……そんな可能性だってあるだろう。

 

 でもさ。

 

「それ、俺が命令したら、アサシンは俺のことを嫌いになるんじゃない?」

「……ぇ?」

 

 なんか、嫌だなぁって思うのだ。

 

「よくわからんけどさ、アサシンは俺の味方をしてくれるって言ってんだろ? 出来ることなら、初めて一目惚れした相手に、俺は嫌われたくないかな」

「…………駄犬は、本当に駄犬です」

 

 零華は、何度目になるのかわからないぐらいのため息を吐いてから、好きにしてくださいと投げやり気味にぼやいた。

 

「ああ、ですが」

「……ん? どうした?」

「貴方が()()()一目惚れをした、というのは真っ赤な嘘ですよ」

 

 悪戯に目を細めた零華が笑う。

 

「証人は私だけ、なんて信用度の低い主張ですけどね」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「では、アサシンの問題については放置するとして……本題に移りましょうか」

「本題?」

「ええ、これまで説明したのは、ただの聖杯戦争について、の情報です。今回のものは、また別となります。そのための説明、主にいえば聖杯戦争を戦うについての方針です」

 

 零華に言われて、そういえばと気がついた。

 これまで説明を受けたことで、アサシンと和服の女、そして屋敷で眠り続ける少年の全員がサーヴァントであるということ、この近辺で聖杯戦争が行われていることを知った。

 だが、まだ触れられていないもの——そして無視するにはあまりにも大きすぎるものがある。

 

「あの世界は何だ?」

 

 灰の世界のことだ。

 例として聞いた聖杯戦争では、舞台となったのは普通の都市。

 現存する地上のどこかなのである。

 

「詳しいことはわかりません。間違いなく、今回の聖杯戦争限定のイレギュラー……今回の戦争は、余りにも異例で満ちている。現に、この戦いに巻き込まれたユメミヤ様は、命を落としています」

 

 本来ならば、そう簡単に死ぬような人ではないのだ、と言葉へと暗に込められたその意味合いは、零華の言いたいことを俺に伝えるには充分なものだった。

 

 彼女は、真っ直ぐと俺を見て、言うのだ。

 お前程度が関わったところで先は見えている、とそう前置いて口を開くのだ。

 

「——だから、ハッキリさせましょう。先程言った戦いの方針云々の前に、一番大切なことを聞きましょう。これが、本題です。そして、これが今まで悩み続けていた私の答えです」

 

 零華の答え、そう言われても何の話かわからないのだが、彼女にも彼女なりの悩み事があったのかもしれない。

 

()()()()この戦争に貴方が参加する意味はない。この戦争で貴方が命を落とす可能性は高い。それを踏まえて、決断を下しなさい」

 

 アサシンは口を開かない。

 その答えを俺の口から聞くまでは、何も言うつもりがないと、彼女の瞳が言っていた。

 

「聖杯戦争に、参加をするのかしないのか」

 

 続けて、言葉が紡がれる。

 

「理由は問いません。ただ、自分の意志による答えを示してください。期限は明日の夕刻まで、どちらを選ぼうとも、私は貴方の味方でありましょう」

 

「だから、駄犬」と、優しさの籠った一言を間に置いて、こちらへと近づいてきた零華は、俺を抱きしめた。

 

 

 

「貴方の道を、貴方の意志で示しなさい」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 ネタバラシをしてしまえば、私は最初からこの結末をわかっていたのだ。

 

 私という存在が生まれたその瞬間から、ただひたすらに、この結末を()()()()()()()()()

 

 

 

『いやぁ、まったく、苦労しちゃうよねー』

 

『…………』

 

『しょうがない。しょうがないのさ。見えてしまったものは仕方がない。変えようがない。受け入れるしかない。諦めろ——と、そう思うのが理性であって、導き出される結論だ』

 

『…………』

 

『だからさ、君が側に居るんだよ。私が居てはいけない。私ではダメなのさ……頼むよ、零華。君に託す願いはそれだけだ。どうか、君だけは、彼の味方で在り続けておくれ』

 

 彼女は告げた。

 淡い水色の髪を揺らして、どこかぼんやりと遠くを見て、ポツリポツリと言の葉を零した。

 

『全てこの眼が悪い。始まりの大罪人は私さ。だから、そこに救いがあるのなら、ほんの僅かでも希望が残っているのなら、私は喜んでこの身を捧げよう。ただ一つの願いなんだ。私はあの子に、幸せに生きてほしいだけなんだ……だから、何度でも言うよ』

 

 彼の話をするときは、いつだって彼女の顔は笑顔に満ちていた。

 

『——彼を頼んだ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、敬愛なる我が主よ。

 その願いに応えよう。

 

 たとえ、この先に待つのが絶望であろうと。

 

 

「……私は貴方の味方でありましょう」

 

 

 瞼を上げる。

 しんと静まる屋敷の中。

 視界の真ん中には、私の最古の記憶から随分と大きくなった貴方がいた。

 

 

 一日が経ち、そして気がつけば、日は落ちかけの夕暮れ時。

 目の前の少年は灰の瞳に強烈な意志の光を宿らせて、そこに立っていた。

 

 

「時間はまだ少しだけ残っていますが…………結論は出たようですね」

 

「……まーね。といっても、とても褒められたようなきっかけじゃねえけどな」

 

 

 飄々と、余裕ぶって、ヘラッと力の抜ける笑顔を携えて、彼は宣言する。

 

 

「やるよ、この戦争」

「………………はい、わかりました」

 

 

 止めることはしない。

 理由を問うこともない。

 

 彼と私がどれだけの刻を同じにしてきたと思っている。

 言葉なんて必要ない。

 その目を見れば、直ぐにわかる。

 

 

「それが、貴方の決断であるのなら——私は貴方と道を行きましょう」

 

 

 だから、駄犬。

 何があっても、止まらないでください。

 何があっても、諦めないでください。

 

 ひとり、私は希う(こいねがう)

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 () と ()() 

 

       が

 

 既に定められた死の運命を打ち破ることを。

 

 

 

 

 

 私は——そのために、誕生(うま)れてきたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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