Fate/Ideal World -Over the mith- 作:桜ナメコ
「貴方の道を、貴方の意志で示しなさい」
告げられたそんな言の葉を、ころころと頭の中で転がしながら、ぼうっと呆けて曇天の下を歩いていた。
我が愛しきスーパービューティーな妹のために、忠告の手紙を郵便受けへと放り込んだ帰り道。
何をどうやったのかはわからないが、灰の世界から師匠の屋敷へと帰還した際に時間のラグは、ほとんどなかったらしい。
目を覚ましたのが、五時半過ぎ。
情報共有もとい、先の言葉を伝えられたのは、それから一時間と経たない頃合い。
爆速で走って、手紙を放り込んでみたのだが、どうやら眞白が起きてくる前に間に合ったようなので、一安心だ。
はあ……とため息を吐いてから、進行方向を屋敷から変更する。
現在、零華の顔を真っ直ぐに見ることができそうにない、というのが理由である。
そんなわけで、適当にやってきたのは近所にある小さな公園。
遊具なんてなく、あるのは幾つかのベンチだけという、もはや公園を名乗るのも烏滸がましいような広場だった。
人気はなく、ひっそりと静まりかえったその広場にて、休息を取ることを決めた。
空気中に含まれる多量の水蒸気によって、湿り気を帯びた木製のベンチに触れ、一度動きを止める。
これ、寝っ転がっても大丈夫かな? なんて思考をすれば、理性は即断で「却下」と告げてきた。
「ま、別にいいか」
「——服、汚れますよ?」
さて、寝るか。
そんなふうに意気込んだところに水を差したのは、白銀の髪と陰の落とした紅眼を持つ少女の声だった。
「…………まあ、別にいいよね」
「だから、服汚れますって……ガン無視ですか?」
とりあえず、寝てから考えよう。
そんな現実逃避をさせることなく、少女ことアサシンは、俺の腕を引っ張り、ベンチから距離を取らせる。
「あの、何してんすかね……?」
「それはこちらのセリフです。何をするつもりだったんですか、貴方は」
この子、質問を質問で返してきたんだけど。
困惑しながらも、特にやましいことはないので「昼寝」と返答してみれば、心底呆れたといったため息が返ってきた。
「……貴方、バカなんですか?」
「おう? いきなり、失礼なやつだな……」
「おバカさんにおバカさんの言って何か問題でも? 貴方が聖杯戦争に対して、どのように行動するのか悩むことに関しては、別にいいでしょう。ですが、まさか、貴方以外のマスター全員が同じようにウジウジと考えている、なんてこと、考えてはいませんよね?」
多量の呆れを内蔵した視線が真っ直ぐに俺の瞳を貫いた。
いったい、コイツは何を言いたいんだ? そんなことを考えたのは、彼女の言葉を聞いてたったの数秒間のみ。
あまりにも単純な
「……………………ああ、俺がバカだったわ」
「全くです……はぁ、帰りますよ、マスターさん」
何を考えていたんだ。
俺がどう思おうが、何をしようが、他のマスターからしたら、俺は殺すべき対象……敵でしかないことを忘れてどうする。
令呪を隠すことすらなく、隠密用のコートを着るわけでもなく、無防備に屋敷の外へと飛び出した。
ああ、バカも間抜けもいいところだな。
お前はもう、
身体に、心に、魂に、そう刻み込む。
自分の思考の浅慮さに、頭が痛くなる。
思わずこめかみを抑えてしまったところで、フラリと身体がぐらついた。
「——ッ!」
貧血にも似たような感覚。
意識がぼんやりと遠くなるような感覚。
そんな身体の異常を紛らわせるように一度頭を横に振ってから、その場でパチパチと瞬きを繰り返した。
数秒間、視線を落としていると俺の様子を見ていたアサシンから、声がかけられる。
「……………………寝不足ですか?」
「え? ああ、うん。一晩中、動きっぱなしだったからな…………仮眠はしたつもりだけど、それだけで眠気は飛ばなかったみたい」
むしろ、今、普通に動けているのが奇跡とも言えるぐらいである。
一度、折れたはずの腕に問題がないのは、流石、零華と言うべきだろうか……まあ、術式自体を組んだのは師匠なのかもしれないが。
「ふむ…………この様子では、戻るのは逆効果でしょうか…………では、一度、眠りましょうか」
「は?」
ボソリと呟き、アサシンは俺へとそんな提案をする。
彼女は、一転して先程まで俺が触れていたベンチの元へと戻ると、無造作に腕を振った。
直後、
見えたのは青の輝き。
美しき燐光。
そして、熱。
「まあ、こんなものでしょう」
パタパタと
ちょこんと、そのベンチの端へと腰掛けた彼女は、自分の隣に存在する広々としたスペースを指差して、口を開いた。
「しょうがないので、見張りをやってあげます。寝るなら、さっさと寝てください」
「…………膝枕?」
「貴方が私の愛を求めるのであれば、別に構いませんけど?」
「調子乗りましたごめんなさい」
「いえ、そこまで勢いよく断られますと、こちらとしては、なんだかなぁ……って気がするんですが…………もしかして、私、魅力ありません?」
「いや、全然? うっかり惚れるぐらいにはあるけど?」
「ほ、ほれ、っ、!? いえ、そ、そうですか……そうですよね、ええ……」
何、この子、すごい可愛い(直球)
「…………なんでもいいので、さっさと寝てください」
「おう、さんきゅ。任せるわ」
妙に力のこもった圧をかけられたので、大人しく横になり、目を閉じることにする。
会話はなく、音はなく、そこに信頼はない。
間にあるのは無機質な契約という言葉のみ。
まだ、わからない。
この先のことなんて、今は何も考えられない。
だからこそ。
情報を整理する前に、一先ずの安眠を。
働き詰めだった凡庸な脳へと休息を。
ただ一つ、わかることと言えば——
「……………………」
「……………………」
この静けさは、どうにも悪くない。
そんな、一つの事実ぐらいだった。
◇◆◇
一つの誓いがあった。
一つの理想があった。
一つの絶望があった。
最後に、一つの希望があった。
屋敷と檻。
炎と水色。
◼️った思い出。
◼️◼️の記憶。
在るはずのない誰かの記憶。
ただ一人を願った闘いの記録。
————いつからか、そんな一つの夢を見ていた。
◇◆◇
「……ん、…………ぅ、ぁ?」
「おや、起きましたか、マスターさん。丁度いいタイミングですね」
目を覚ますと、アサシンの顔があった。
本当に、隣に座り続けてくれていたらしい彼女は、俺の意識が覚醒したことを確認すると「よっ、と」なんて可愛い声かけのもと、ベンチから立ち上がる。
ふと、思いついたことがあった。
「なあ、一つ聞いてもいいか?」
「…………なんですか?」
「お前、俺に対して何かしてる? 例えば、
愛の神、カーマ。
射られたものは情欲を呼び起こされるというサトウキビの弓を持つインドの神。
一眼見た時から、そうだった。
どうしようもないほどに、心が揺れ動いた。
それは、初めて——だと、俺は思っているが、零華にはバッサリと否定された——の感覚だった。
だからこそ、これが彼女の仕業だと言うのなら、納得がいく。
もし、そうだとしたのなら——
「いえ、してませんけど……」
「は? え、してないの??」
「はい、してません……私、極力、この弓は使わないようにしてるので」
————こんなにも、心が掻き乱されてしまう言い訳が立つ。
そんなことを考えたのだが、これまたバッサリと否定されてしまった。
「……え、となると、ガチでただの一目惚れ?」
「そ、そう、なりますかね……? いや、なんで、よりによって、私がそんな小っ恥ずかしいことに答えなきゃならないんですか…………というか、貴方、もう思春期終わってますよね!? その年で、初恋っておかしくないですか!?」
「……急に恥ずくなってきたんだけど」
「こっちのセリフですよ!? …………今更、プラトニックな付き合いとか、身体がむずむずしてなんかダメなので、一々、そんな純粋な目で好意を伝えないでくれますかね…………」
「え、嫌だった? ごめん」
「いや、別に嫌なわけでは——いえ、嫌です。嫌ってことにしときます。ですので、これからは、そういうことを言わないようにしてください!」
ほら、さっさと帰りますよ。
そう言ってスタコラと歩き出してしまうアサシンの後ろ姿を眺めてから、その隣に向かって歩き出す。
「そういや、起きたのが丁度いいってのは?」
「もうそろそろ、雨が降りそうでしたので」
「なるほど、理解。濡れ鼠にはなりたくないかなぁ」
「同感です。いえ、なりたい人の方が珍しいとは思いますが」
なんでもないような雑談を続ける。
仲良くなっておくことに越したことはない。
私情も含めて、そう思った。
歩いているうちに、空の異変に気がついた。
気がつけば、曇天は凄まじい勢いで陰りを増していて、妙に空気が重たく感じた。
「……こりゃ、降られるかな?」
「……走りますか? 私は霊体化しますけど」
「そうします……何それずるい」
スーッと消えていったアサシンへと恨みがましさを込めた視線を飛ばしてから、ジョギング程度の速さで走り始める。
あれだけ動いたというのに筋肉痛の一つも感じられないことに対して、何度目になるかもわからない感謝を零華に捧げつつ、街中を駆けて行く。
何かが起こる。
ひしひしと肌に伝わる嫌な空気感を、努めて無視し、移動を続ける。
嫌な天気だ、とそう思った。
さて、そろそろ屋敷だ。
大丈夫。何も起きない。
零華が昼ご飯の準備をして待っている。
そういえば、朝ご飯を食わずに外で昼寝をしてんだよなぁ……と今更ながらに気がついた。
怒られても仕方なし。
昼ご飯を抜かれないことを祈るだけ。
「ただいまー」
「……遅かったですね、駄犬」
「ごめんなさい」
「まあ、昨日の今日ですし、大目に見ます。さっさと手洗いして来てください……ああ、それとアサシンに食事を用意したので、その伝達もお願いしますね」
「はいよ。寛大な御心に感謝致します」
「うむ、苦しゅうない……ですかね?」
何そのちょっと恥ずかしそうな顔。
めちゃくちゃレアなんだけど、禿げそう。
……うん、何も起きない。
少し、メンタルが負の方向に傾いているのかもしれないな……と、思考を切り替えようと息を吐いた。
手洗い、うがい。
ついでに顔を洗ってから、零華の元へと向かう前に一度、二階にある自室へと戻る。
——と、同時に。
自身の勘の良さを嗤った。
「…………ッ!? マスター、逃げてくだ——」
「待て待て、あまり騒ぐでない。下の者に気づかれては、少々、厄介なのでな」
首へと当てられた抜き身の刃。
咄嗟に霊体化を解除して飛び込んできたアサシンは、片腕一本で無力化され、その細い首を掴まれて、苦悶の表情を浮かべる。
「邪魔してるぞ、小僧」
「おま、えは——」
黒の長髪。
和装の麗人。
「私は此度の聖杯戦争に召喚されたサーヴァントの一人、クラスはセイバー。お主を見極めにやってきた」
唐突に現れた侵入者こと、セイバーは、身動きの取れない俺とアサシンへと、余裕たっぷりに笑って、そう言った。