蒼の彼方のフォーリズムZwei if   作:

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4話 覆面選手の正体

集合場所の海岸に近づいていくと、二人分の人影が見えた。

片方は乾で、もう一人は……誰だ。あの綺麗な金色の髪はイリーナさんか?

 

徐々に高度を落として、俺は地上にいる二人に近づいていく。

イリーナさんは俺に気づくと、ゆっくり歩いて、俺に近づいて、

「こんにちは、日向さん。夏の大会ぶりですね」

 

「……ええ、どうも。お久しぶりです、イリーナさん」

 

和やかに挨拶を交わした。

夏の大会でああいう風に反発した手前、俺の方は若干の気まずさがあったが、向こうは特に気にしていない様子だ。それにしても、

 

俺は乾に視線を向け、なんでイリーナさんがここに?と視線で問いかける。

すると、乾が口を開く前に、察したのかイリーナさんは自分を指さして、

 

「私がここに来ること、不思議がってるようデスね。なら教えて差し上げマス」

 

「イリーナ……これからもずっとその話し方する気?」

 

「……それもそうですね」

 

片言の日本語を喋っていたイリーナさんが乾の言葉に一呼吸入れて、姿勢を正した。

 

「改めまして、私がここに来た理由ですが、私も練習に参加させていただきます。といっても私もコーチという役回りにはなりますが」

 

「……イリーナさん、普通に日本語話せたんですね」

 

「もちろん。このくらい私にとって朝飯前デース」

 

「イリーナ……片言でてる」

 

「おっと申し訳ありません。癖になってますね……」

 

乾の注意にいそいそと姿勢を正す。

 

なるほど。こっちが素のイリーナさんということか。若干佐藤院さんぽい口調だな。まあこっちは本物のお嬢様みたいだけど。

 

「……日本人はああいうのが好きとお聞きしていたので模倣していたのですが、違いました?」

 

「え? まあ、好きだって人は聞いたことがないですね……」

 

そりゃ、日本のどこかには居るだろうけど、多数派ではないと思う。

 

俺の言葉を聞いて、びっくり!という顔をして固まるイリーナさん。

……むしろ、イリーナさんはその情報をどこから手に入れたんだろうか?

 

イリーナさんは気を取り直したようにこほんと1つ咳払いをして、

 

「まあ、そういう訳で。私とも今後ともよろしくしてくださいね、日向さん」

 

ニコッという擬音が聞こえそうな表情。不気味なくらいににこやかだ。

 

「あの……俺はイリーナさんの役を奪う形となってしまったわけですが……」

 

当然ながら、俺がイリーナさんの代わりに大部分をコーチすることになる。乾のセコンドも俺がやる予定だ。その事にイリーナさんが何も思わないはずはないだろう。イリーナさんは乾とずっと2人で頑張ってきたわけだし。正直、少しギクシャクしそうだと思っている。

 

イリーナさんは少し笑みを浮かべて頷いて、

 

「その件については私も納得しています。沙希から日向さんにコーチをお願いしたという話とその経緯を聞いて、私も沙希の意見を尊重することを決めました」

 

「……それは、良かったです」

 

その割には、イリーナさんの目は全く納得などしてないように見えるのは気のせいなのだろうか。

 

「……でも、沙希から話を聞いた時には、まさか日向さんが沙希のコーチを了承して頂けるとは思っていませんでした」

 

「まあ、成り行きですけどね。けど、やるからにはベストを尽くしますよ」

 

「そうですか、心強いですね。期待しています」

 

イリーナさんはそう言うと、いつの間にか後ろに控えていた黒服の男に何やら指示を出した。

男は俺の前に大きな箱を持ってきて、箱を開くと俺に差し出してくる。

 

「え、なんですか?」

 

覗き込むと、MIZUNO 飛燕 という文字がうっすらと見える。

 

「確か……日向さんはオールラウンダーですよね? そして、愛用していたグラシュはMIZUNOの飛燕タイプ。今回は私たちの方で最新型を用意させていただきました。勿論、サイズも日向さんに合わせてあります」

 

「え、競技用のグラシュを用意していただけたんですか? でも、俺は選手をするつもりはありませんよ?」

 

「ええ、でも何かの時に必要になるかもしれないじゃないですか? 日向さんには万全の体制で沙希のコーチをして頂かなくてはなりませんし」

 

「それはそうかもしれませんが。いや、でも……」

 

「サイズはオーダーメイドですから今更返品なんて出来ませんので……それは使う使わないは別として日向さんが貰ってください」

 

このグラシュ……明日香が使ってるのと同じタイプだけど、最新型のしかも最上位グレードだ。プロも使っているもの。これ、確か外車が変えるぐらいの値段がするんだぞ……。

 

いや……それ以前に俺の靴のサイズなんていつの間に調べたんだ。

 

「分かりました……。有難く頂きます」

 

感謝して箱を受け取る。ずっしりと重い。

 

「ええ、それともう1つ。こっちは私共が開発し、沙希が使っているアグラヴェインのグラシュです。日向さんに合わせてオールラウンダータイプにしています」

 

「ええ……? これも貰っていいんですか……?」

 

乾が使っている聞いたことがないメーカーのグラシュか。まさか自主開発のものだったとは驚きだ。

 

「履き比べて、どちらでもお好きな方を選んでくださいね。この2つ以外でも欲しいものがあれば、私が用意しますので」

 

「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」

 

いたせり尽くせりだ。

と、いうか。海岸には乾とイリーナの2人しか居ないし、さっきの黒服の人はいつの間にか居なくなってるし。

もしかして、俺に乾の練習相手をしろと言外に言っているのだろうか。

 

と、思っていたら。

 

「やあ」

 

遠くから聞き覚えのある声が聞こえた。

蒼のコントレイルを引きながらやってくるその人物は。

 

「謎の覆面選手?!」

 

けど、夏の大会の時とは体格が全然大きくなっているし、声もやはり聞き覚えがある。

謎の覆面選手は俺たちのそばに着地すると、途端に項垂れて、

 

「いやあ、試しに着けてみたんだけど、これ夏場だと暑いね。ダメだ、お兄さん、これ着けたままFCなんかやったら死んじゃうよ……」

 

そう言って、かぽっと頭を外す覆面選手。中から出てきたのは。

 

「白瀬さんじゃないですか?!」

 

「こんにちは、日向くん。それにイリーナくんも乾くんも、こんにちは」

 

そうにこやかに挨拶する白瀬さんはキッチリとフライングスーツを着込み、競技用のグラシュを履いている。

この人のこんな姿、久しぶりに見たかもしれない。

 

「一体どうしてここに?」

 

「私が呼んだんですよ。沙希の練習相手をして頂きたいと思いまして」

 

イリーナさんが前に出て説明する。

 

「……白瀬さん、自分はスポーツ店の店主だからどこかの選手や学校には肩入れしないって言ってませんでしたっけ?」

 

「い、言ったかなあそんなこと? 気のせいじゃないかなあ……あはは」

 

怪しい。まさか、覆面をつけてきたのも、自分の姿を隠すためとかだったんじゃ。

 

「そ、そんな目を向けられても僕は知らないよ。 断じて、売上がちょっと不味くて店が存続の危機だから、大金に目がくらんで仕方なく……とかそんなんじゃないよ?」

 

いや、全部自分から言ってるし。というか、そんな火の車だったのかあの店。

確かに客なんて滅多に来ないとかボヤいてたけど。

 

「そんなわけで!乾くんの練習相手兼コーチの白瀬隼人です。改めてよろしく」

 

ぱちぱちと乾とイリーナさんのまばらな拍手が響いた。

 

白瀬さんは元プロのFC選手。現役を引退してから何年かは経つが、それでも元は世界でも最高峰のスカイウォーカーだ。

 

練習相手としては申し分ない。これなら俺の出る幕は無さそうだ。少しほっと一安心だった。

 

「それにしても、コーチが3人もいるんですが……」

 

俺が怪訝な視線を向けると、イリーナさんは胸を張って、

 

「人手は多ければ多いほど良いデース。幸い、お金なら使い切れないほどありますし」

 

「イリーナ……」

 

乾がイリーナさんを避難するような目で見ている。

度々指摘してるけど、そんなに嫌いなのだろうか、イリーナさんの片言日本語。

 

イリーナさんはこほんと咳払いをしてから、

 

「取り敢えず、時間は有限です。早速練習を始めましょう。日向さん、練習メニューは考えてきましたか?」

 

「ええ、大体は。でも白瀬さんが入るとなると、少し変更を加えた方がいいかもしれないですね」

 

「分かりました。では10分程度時間を取りますので、その後で練習を始めましょう。沙希はウォーミングアップでもしておきなさい」

 

「うん」

 

パンとイリーナさんが手を叩いて、各自解散という流れになる。

 

 

「にしても、どうしようかな……?」

 

紙に起こした練習メニューを見てじっくり悩む俺に、白瀬さんが近づいてきた。

 

「驚いたよ。まさか日向くんがこっちに付くなんてね」

 

「俺の方こそびっくりしました。白瀬さん、何やってるんですか……」

 

「いやあ、お店が苦しいというのは事実でね。FCを仕事にしたいと思って店を始めたけど、やっぱり現実は厳しいよ」

 

「あの覆面って、謎の覆面選手のものですよね? もしかして、お知り合いなんです?」

 

「い、いや僕は知らない。全然知らないよ、うん」

 

怪しい……。というか白瀬さんは反応がわかり易すぎじゃなかろうか。

 

「まあそれはそれとして、練習メニューの相談に乗って貰えませんか?」

 

「おっやる気だね、日向くん。いいの、明日香ちゃんのことは? 葵に任せたって聞いたけど」

 

「ええ、先生の方が明日香の指導は合ってると思います。俺のFCは堅実で、天才向きじゃありませんから」

 

「天才向きじゃない、ね。じゃ、乾くんには合ってるってこと?」

 

「いや、そういう訳じゃありませんが。乾は、俺のことを天才だって勘違いしてるみたいなので断りきれなくて」

 

「……天才の定義とやらが僕にはわからないけどね」

 

「俺にも分かりません。でも、俺は違いますよ」

 

「ふぅん……」

 

白瀬さんは何かを考えるような仕草で軽く流して、

 

「で、練習メニューの話だけどさ」

 

「はい。今のところ、乾には白瀬さんを上の位置から完璧に抑える練習から始めたいと思っています。それで……」

 

うんうんと聞いていく白瀬さんが途中で口を挟む、

 

「日向くんは参加しないの?」

 

「えっ? いや、俺はコーチですから……」

 

「グラシュ買ってもらったんでしょ? ちょっとぐらいやろうよ」

 

「いや、出来ませんよ俺には」

 

「日向くんはさ、このままでいいの?」

 

「このまま、とは?」

 

「乾くんやイリーナくんから大体の事情は聞いたけど、君たちは才能に打ち勝とうとしてるって聞いたよ。それは日向くんも他人事じゃないだろう?」

 

「それは、そうかもしれないですけど」

 

「お節介なようだけど、このまま君からFCを遠ざけたままにはしておきたくないんだ。日向くんが今こうしている原因は僕の責任でもあるからね」

 

「それは違いますよ。白瀬さんは関係ないです」

 

白瀬さんはいやいやと首を振る。

 

「正直、今回こうやって僕がイリーナくんの誘いを受けたのには、君の復帰を願ってって部分もあるんだ。だから、FCをまた選手として始めて見ないか? 僕も目いっぱいサポートするからさ」

 

「はい……検討しておきます」

 

「うん」

 

白瀬さんはひとつ頷くと、立ち上がり、去ろうとする。

 

「あ、あの。俺の練習メニューはどうでしたか?」

 

「……うーん。やっぱりそれは君が考えるべきだよ。乾くんの為に君が何を成すべきなのか、それは僕より君のほうがよくわかると思うんだ」

 

「……そうですか? 分かりました。ありがとうございます」

 

よく分からないけど、コーチといっても練習メニュー作成までは関わらないって事なのだろうか。

なら、俺なりのベストな練習メニューを考えてみよう。

 

 

 

数分後、ある程度の練習メニューが固まってきた俺は3人に説明する。

それを聞く乾はこくこくと無表情に頷いていた。

 

「あ、それと。お互いこれからは下の名前で呼びあおう」

 

「……ん、いいけど。なんで?」

 

「これは久奈浜の時にも言ったんだけど、コーチと選手で変な遠慮とか作りたくないからな。だから名前呼びにしてる」

 

「うん、わかった……晶也」

 

「あら、日向さん。私のこともイリーナって呼び捨てで良いですよ?」

 

「僕のことも、隼人って呼んでくれて良いんだよ?」

 

にこやかな顔で言ってくる2人、なぜか強い圧を感じる。

 

「い、いえ。遠慮しておきます……」

 

イリーナさんは、うちの沙希に馴れ馴れしくするなとか思ってそうだ。

白瀬さんは……わからない。けど、なんか思惑がありそうで怖いので呼びたくない。

 

「先程言った通り、まずは白瀬さんと沙希には、セコンド抜きで試合をしてもらいます」

 

「……それは、どうして?」

 

沙希が小さく首を傾げる。

 

「実際の試合ではセコンドの指示抜きで瞬発的に行動しなければならない場合も多いので、まずは沙希の無意識でやってる行動の傾向を知りたいと思いまして。その中でダメな部分は治して、伸ばせる部分を発見しようと思います」

 

「了解。僕は普通に試合すればいいの?」

 

「はい。白瀬さんには沙希と自由に戦ってもらって大丈夫です。それを見て沙希の弱点と思える箇所をリストアップしますので」

 

「あはは。僕もFCを選手としてやるのは久しぶりだから、あんまり期待しないでね」

 

「……楽しみ」

 

少し戦いている白瀬さんに珍しくワクワクとした表情の沙希がこくりと頷く。

 

「日向さん、私がプロの講師と纏めた沙希についての書類がこちらですので。参考にしてください」

 

「あ、ありがとうございますイリーナさん」

 

俺がイリーナに解説してもらいながら書類に目を通していく中、白瀬さんと沙希が空中に上がり、それぞれウォーミングアップを始めた。

 

全国大会優勝選手の沙希と、かつてプロのFC選手として最高峰の実力を誇っていた白瀬さん。

 

コーチとしてだけでなく、一人間としてもかなり興味がある。

 

俺も心無しか、少し楽しみに思い、自然と笑みが浮かんでいた。

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