戦いを終えてセントラル・ロビーに帰還した俺たちを待っていたのは、どことなくおどおどした様子のマフユだけじゃなかった。
その隣にはどういうわけか、俺がログイン初日にお世話になったお姐さんこと、マギーさんが笑顔で控えていた。
「コングラッチュレーション! 素晴らしい戦いだったわ、アナタたち」
「ありがとうございます! って、いつまでヘソ曲げてんだよ、チナツ」
「ふん……でも、ありがとうございます、マギーさん。至らないとこだらけでしたけど」
「そんなことないわぁ、あくまでも自分らしい勝ちにこだわるチナツちゃんのアグレッシブさは、立派な武器よ」
「マギーさん……」
よく頑張ったわね、とチナツをマギーさんが抱擁する。
よっぽど負けたことが悔しかったのか、チナツの眦には涙が滲んでいて、それが溶け落ちるようにぽろぽろと零れていく。
「全開を出して戦って、泣いて、笑って……青春ね。これが若さかしら」
「マギーさんも十分若く見えますけど……」
「あらそう? 嬉しいこと言ってくれるじゃない、ユウヤ君」
少なくとも俺やチナツ、マフユと同じぐらいの年頃だとは思わないけど、マギーさんの声から感じる印象はそこまで老け込んでいるとは思えないくらい生き生きとしたものだ。
もしかしたらマギーさんのアバターの向こう側がご老人な可能性もあり得るけれど、そうだとしても心が若くなければこんな声は出せないと、俺は思っている。
「ぐすっ……ってかユウヤ。アンタ、マギーさんとも知り合いなの?」
「ああ! ログイン初日にヤス、って変なのに絡まれてたとこを助けてもらったんだ」
「ああ、アイツ……アタシと同じね」
チナツの言葉から察するに、ヤスはマギーさんにお灸を据えられても懲りることなく初心者をカモにしようとしていたらしい。呆れたやつだ。
それにしても、マギーさんが積極的に初心者との交流を持とうとしてるというのもあるんだろうけど、偶然ってのもあるもんだ。
もしかして、マフユもヤスに騙されかけたクチだったんだろうか。
俺が向けた視線に、何故かマフユは顔を赤らめながら、ぶんぶんと両手を豊かな胸の前で振って、そうじゃない、とジェスチャーで主張する。
「あ、あの……ユウヤ君、私とマギーさんは、さっき知り合ったばっかりだから……」
「そ、フリーバトルのライブ映像を熱心に見てる子がいたから、さっき話しかけてみたの。そしたらマフユちゃんはユウヤ君のフレンドだったってワケ」
偶然って怖いものねぇ、とマギーさんは冗談めかして小さく笑った。
誰かと誰かが知り合いだったってのはわりとある話かもしれないけど、確かにこれだけ連鎖して繋がったってのも珍しい。
「それで、どうしてアナタたちは戦ってたの? すごく感情が乗ってたけど」
「それは……」
「その……」
マギーさんから投げかけられた純粋な問いかけに、俺とチナツは一様に口を噤んで黙り込む。
言えない訳じゃないけど、なんだかマギーさん相手に身内同士の喧嘩をやってました、と言うのも、恥を晒しているようで大分気まずい。
それはチナツも同じなのだろう。
「もちろん、言いたくなければ言わなくていいわ。アタシが突っ込みすぎただけだから」
「……いえ、正直に言います!」
「あら、本当?」
悪いわね、とマギーさんは言葉を続けたけど、どの道戦いが終わったらチナツにあれこれ説明するつもりだったんだ、それが、ここで聞く相手が一人増えただけのことだ。
自分にそう言い聞かせて呼吸を整えると、俺はマギーさんとチナツへ交互に視線をやって、戦いの理由を白状する。
「実は、こいつと喧嘩してたんです」
「あら……喧嘩? 穏やかじゃないわね」
「リアルだと埒が開かないからGBNで決着つけようって話をしてたんですよ」
「そうです、ユウヤの言う通りで……単純にアタシたち、喧嘩してただけなんです」
さしものチナツもマギーさんの前ではいつもの牙を剥き出しにした様子は鳴りを潜めて、優等生のような口調で追従してきた。
普段からこうだったら苦労しないんだけどな、とか言ったらまたキレ出しかねないから、その言葉は喉元に留めておく。
「バトルするのはいいけど喧嘩はよくないわね、仲直りできそう?」
「はい。っつーか……恥ずかしいですけど、そもそも俺の不手際なんで……」
「そうよ! ちゃんと説明しなさいよね!」
未だにおどおどしているマフユとマギーさんを交互に見遣って、チナツは俺の胸元に人差し指を突きつけてきた。
元から言うつもりだったからそれは構わないけど、果たして何から説明したものか。
しばらく首を傾げて考えた末、俺はまずマフユとフレンドになったいきさつから、チナツに説明することに決めた。
「あそこにいるマフユと俺はフレンドなんだよ」
「それなら聞いたわ」
「じゃあ話が早いな、マスダイバーに襲われてたとこを助けてからフレンドになって、一緒に遊ぼうって言ってくれたから、一緒に遊んでたんだよ」
別にオンラインゲームならフレンドと一緒にプレイするなんて珍しいことでもなんでもないはずだ。
これについて、チナツに最初から説明しなかった非は俺にあるかもしれないけど、マフユは全く悪くない。
俺の説明をジト目かつ、半信半疑といった風情に顔を顰めて聞いていたチナツは、マフユにその不機嫌そうな視線を向ける。
「……っ……!」
「あんまり怖がらせんなよ」
「怖がらせようとなんかしてないわよ! ったく……フレンドと遊んでるだけってのは理解したわ。でもなんでアタシが散々誘ってやった時はやらなかったのに、今になって始めてんのよ……アタシだって、その……」
前半は口角泡を飛ばす勢いで捲し立てていたチナツの口調は、後半に行くにつれて次第に萎んでいった。
竜頭蛇尾というんだろうか。最後の方はもにょもにょとして聞き取れなかったけど、何かしらチナツにも言いたいことはあったのだろう。
「そん時は乗り気じゃなかったっていうか……師匠がガンプラバトルは俺の想像を超えた戦いだっていうから、初めてみたんだ」
強くなりたい。ただそれだけのシンプルな動機だった。
今だって強くなりたいという思いは変わらないけど、始めたばっかの時とは少しだけ違っているような気がする。
「ほんっと、ユウヤって修行バカよね……」
「ありがとう、最高の褒め言葉だぜ、チナツ」
「別に褒めちゃいないわよ……あーあ、色々気にしてたアタシがバカみたいじゃない」
何を気にしていたのかは知らないけど、肩の荷が下りたような様子でチナツは大きく溜息をつくと、眉をきりっと逆立てて、再び俺の胸に人差し指を突き立ててくる。
「とにかく! GBNやるってんならアタシも誘いなさいよ! 一人ぼっちで置いてけぼり食らって……ああもう、とにかくアタシも混ぜなさいってこと!」
「なんだ、お前……ただ一緒に遊びたかっただけなのか。なら最初からそう言ってくれりゃよかったのに」
「うるさいわね、もう! とにかくマフユって子も一緒でいいから、アタシもアンタと一緒にGBNやるの! そのためにずっとソロ専……こほん! なんでもないけど!」
明らかに何でもなくはなさそうだったけど、その辺をつついても藪蛇なのは目に見えている。
耳たぶまで真っ赤に染め上げながら、チナツは俺を真っ向から見据えてそう言い放った。
キャリーがどうこうとか前に言ってたけど、一緒に遊ぼうってだけの話ならここまで拗れることもなかっただろうに……と、それについては説明しなかった俺も悪いからやめておこう。
とにかく、チナツの中にある怒りがちゃんと発散できたようで何よりだ。
一緒に遊ぼうってだけなら、さっきも言ったけど大歓迎だしな。
「……あ、あの……チナツさん……」
「こほんっ……! 何ですか、マフユさん?」
「……えっと……私にもユウヤ君と話してる時とおんなじでいいです、よ……?」
「そう? ならこれでいい?」
「はい……ありがとうございます、その、私も……というか、私がいてよければですけど、その……私とも一緒に、遊んでくれます、か……?」
マフユは肺の中身を全て吐き出すようにかすれた声で、それでも精一杯に胸の内をチナツに打ち明けたようだ。
チナツはじっ、とマフユの黒く大きな瞳を覗き込むと、小さく頷き、そっと手を差し伸べる。
「アタシも感情に振り回されて迷惑かけちゃってごめん。こんなアタシでよければ、その……よろしくね、マフユ」
「……えっと、はいっ……チナツ、さん……!」
そして、チナツは手元のウィンドウを操作すると、フレンド申請をマフユと俺に送りつけてきた。
そういや申請自体はしてないんだった。
依頼を承認して、これで改めて一件落着ってところだろうか。
「マフユと仲良くしてやってくれよ」
「言われるまでもないわよ。それと……なんかすみません、マギーさん。痴話喧嘩に巻き込んじゃったみたいで……」
さっきから静かに目を閉じて頷き続けていたマギーさんにチナツはぺこりと腰を折って頭を下げる。
確かにマギーさんをこの喧嘩に巻き込んでしまったのは反省するべきところだ。だから、俺もチナツに続いて頭を下げる。
「ううん、いいのよぉ。今アタシ、最高に青春を噛み締めてたから……!」
「青春?」
「そ、青春。ユウヤ君もチナツちゃんもマフユちゃんも、この出会いや、やり取りをいつか懐かしく思う時がくるわ。なんて、ちょっと年上からのアドバイス」
青春か。言われてみれば真っ盛りってとこだけど、マギーさんの中では喧嘩するのも青春だったりするんだろうか。
拳と拳がぶつかり合うことで友情が深くなるって師匠は、父さんはそう言ってたけど、まだまだそれは実感できそうにない。
「ところでアナタたち、フォースは結成しないの?」
「フォース?」
「だってユウヤ君、もうDランクなんでしょう? それなら、フォースを組んでた方が色々と便利よ。どこかに所属するつもりだったなら申し訳ないけど」
「そういや、そんな機能もありましたね……」
正直、今の今まで完全に忘れていた。
マギーさんに言われて初めて思い出したけど、Dランク以上のダイバーはフォースという名前のギルドとかクランとか、そういうのを結成できるんだったか。
特にメリットもなさそうだったから忘却の彼方に押し流されそうだったけど、確かに三人で遊ぶなら一々パーティー申請を送るよりは、フォースを組んでしまった方が手っ取り早いかもしれない。
「フォースか……俺は構わないけど、マフユとチナツはどうなんだ?」
「アタシも別に異存ないわよ、ソロ専だったし」
「……私も、どこかに所属してたわけじゃないから……」
「じゃあ組むか、フォース!」
バンド始めました、ぐらいのノリでいいのかどうかはともかくとして、俺たちはフォースの結成申請を送る。
リーダーは誰になるんだろうか。やっぱりランク的にはチナツが妥当か?
それに名前も決まってない……というか、つけなきゃいけないんだな、名前。
威勢よく申請した割にはそこで指が止まって、俺たちは何とも言えない気まずさの中で沈黙していた。
「……なあこれ、名前とかリーダーとか、どうすんだ?」
「リーダーに関してはアンタでいいと思うけど」
「チナツじゃなくてか?」
「元々渦中にいたのはアンタでしょ、だから責任持ってリーダーやりなさい」
「……まあ、そうか。じゃあリーダーは俺で……なあマフユ、名前、なんかいい案あったりしないか?」
三人寄ればなんとかかんとかってことわざもあることだし、マフユなら何か名案を持ってたりするんじゃないかと期待して話題を振ってみたものの、小首を傾げた姿勢で固まっていたのがその全てを物語っていた。
「ごめんなさい……ちょっと、思い浮かばなくて……」
「だよなあ……いい名前かぁ」
この前も見返してた「機動戦士ガンダムSEED DESTINY」から持ってきて「ミネルバ隊」……安直すぎる。
それとも少し捻って、「エターナル・ディバイン」……なんか語呂も悪いし微妙に恥ずかしい。
むむむ、と唸り声を上げても名案は浮かんでこないものだ。
視線を横に逸らしてみれば、それを決めるのがリーダーの役目だとばかりにチナツは考えることを放棄して、マフユとあれこれ言葉を交わしていた。
「すっごくよく作り込まれてるじゃない、えっと……」
「……あ、その……マフユ、でいいです、よ……?」
「じゃあマフユ! そのG-エクリプティカ、もしかしてエクリプスガンダムとΞガンダムを参考にしてたり?」
「……っ、うん……わかってくれますか……?」
「エアマスターの羽って後ろを跳ねあげようとすると干渉するのよね、それを削ってクリアランス整えてるし……いい発想だと思うわよ!」
「……ありがとう、ございます……っ!」
仲良くなれそうなのはいいことだけど、丸投げは感心しないな、丸投げは。
なんて言うのも、きっと野暮なんだろうな。
諦めて女子二人が親睦を深めているのを眺めながら、俺は思考回路をフル回転させてフォース名を考える。
「……トライダイバーズ」
ふと、天啓のような閃きが雫のように脳裏の湖面に落ちて、波紋を広げた。
「ん? 決まったの?」
「……ごめんなさい、話し込んじゃってて……」
「ああ、大丈夫。ところでフォース名だけど……『トライダイバーズ』ってのはどうだ?」
昔、師匠こと父さんと母さん、そしてチナツの親父さんが組んでいたチーム名を参考に、というかほとんどまんま持ってきたものだけど、三人だしちょうどいいんじゃないだろうか。
俺からの提案に、マフユとチナツは視線を合わせると、小さく苦笑しながら言葉を紡ぐ。
「何それ、パパたちが戦ってたチーム名?」
「……トライ、ファイターズ……聞いたことは、あるかも……」
「まんまだけど、丁度いいかと思ってさ」
「それもそうね。じゃあ今日からアタシたちはトライダイバーズってことで!」
「決まりだな!」
「……お、おーっ……!」
無事にフォース名も決まったところで、申請を決定する。
数秒も経たないうちに走った処理はNPDへと届いて、正式にフォースが結成された旨がウィンドウにポップしてきた。
「本当、青春ね……」
一歩引いたところで俺たちを見つめていたマギーさんはしみじみと呟く。
この人がいなかったら、フォースを結成するなんて話には多分ならなかっただろう。
『ありがとうございました!』
「ええ、こっちこそいい絆を見せてもらったわ。その縁を大事に、ね?」
だから、俺たちはひらひらと手を振るマギーさんに腰を折って頭を下げてから、ログアウトボタンに手をかけた。
縁を大事に、か。
マギーさんからのメッセージを、そして師匠からも言われたことを改めて心に刻みつけながら、俺は現実に戻るのだった。
雨降って地固まる