「それで、フォース組んだのはいいけど何すりゃいいんだ?」
チナツとの喧嘩、その翌日。
俺は欠伸を噛み殺しながら通学路を歩いていた。
その隣にはどことなく機嫌が良さそうなチナツが、デカいツインテールを揺らして歩いている。
「別になんかする必要は特にないわよ」
「そうなのか? 攻略サイトにはとりあえず組んどけとか入っとけとか書かれてたけどさ」
「まあ確かにそれは事実よ」
「じゃあ何かやった方がいいんじゃないのか?」
「っていうか、GBNって基本規約に反することしなきゃ何やっても自由だからそれ決めんのがアンタの、リーダーの役目ってこと」
びしっと俺の胸板に人差し指を突き立てて、チナツはふん、と小さく鼻を鳴らす。
でも、リーダーっていったってその場の勢いで引き受けたようなもんだし、ランクこそ上がってるけどこっちはバトル漬けの日々だったもんだから、GBNで何ができるのかってのは残念ながら全くといいほどわかってない。
そんな感じの言葉を返すと、チナツは呆れたような表情を浮かべて、小さな溜息と共に、フォースについて滔々と語り出した。
「フォースが他のゲームでいうとこのクランってのはわかってるわよね?」
「その辺はな」
「だから、バトルしたいんだったらフォース戦のイベントにエントリーしたり別なフォースに戦いを持ちかけたりとかできるわけ。他にもフォースに入ってないと参加できないイベントとかもあるから、とりあえず入っとけって言われてんのよ」
俺としてはガンプラバトルができるんだったらなんでも構わないつもりだったけど、フォースに入ってないか組んでない状態だと、できることに制限がかかるってのはよく理解できた。
不便なもんだな、別にイベントの参加ぐらいフォース組んでなくてもできるようにしてやってもいいと思うんだけど。
その辺は今んとこどうでもいいとして、チナツが言っていたフォース戦って言葉はすごく気になる。
「フォース戦、って具体的にはどんなもんなんだ、チナツ?」
「読んで字の如くよ、フォース同士で戦うの。ただ、個人ランキングとも別にフォースポイントが設定されてて、フォース戦で勝つとフォースの順位が上がるのよ」
「フォースにも順位があるのか!」
「そりゃあるでしょ、クランみたいなもんなんだから」
なるほど、要するに個人で強くなる分にはフォースに入ってる必要はないけど、気の合う仲間だったり実力が近いやつら同士で組んだフォースで、皆で強くなる分にはフォースに入ってなきゃいけないってことなのか。
マフユとはシャフランダム・ロワイヤルで一緒に戦ってたけど、あれはフォース組んでた訳じゃないから個人同士って判定で、フォース全体でエントリーするとフォースメンバーってことでランキングが上下する。
なるほど、わかってきたようなわかってきてないような感じだけど、チナツが言わんとしてることは把握したつもりだ。
「一応訊いとくけどさ」
「なに?」
「フォースで一番強いとこってどこなんだ?」
GBNの頂点に立っている、個人ランキング1位の存在がクジョウ・キョウヤって人なのは前に教えてもらったけど、そういやフォースについては訊いたことがなかった。
まあ、その時は存在を知らなかったんだから仕方ないとはいえ、一度存在を知ってしまったらその頂点を気にするなって方が無理筋だ。
期待に胸を躍らせている俺を呆れた様子で見つめていたチナツは、こほん、と咳払いをすると、勿体ぶったように口を開く。
「知りたい?」
「そりゃもう」
「……別に知ってどうにかなるもんじゃないけど、フォースランキング1位は『AVALON』。クジョウ・キョウヤが率いるフォースよ」
「クジョウ・キョウヤって……」
「そう、チャンピオン。個人でもフォースでも二冠を達成してる、言ってみれば生きる伝説みたいなものね」
第一回GBNチャンピオンシップ以降、その座を譲ったことがないらしいゲームチャンプ、クジョウ・キョウヤ。
そんな男が束ねているフォースもまた、このゲームの、GBNの頂点だというんだから凄まじい。
要するに全国大会とかオリンピックで、個人の部でも金メダル、団体の部でも金メダルを取る選手みたいなもんなんだろう。多分。
「そのクジョウ・キョウヤって人、本当にすげーんだな」
「そうね、あの人が負けてるとこなんて誰も想像できないと思うわ」
──フォースランキング第2位、智将の二つ名を持つ「ロンメル」が率いる「第七機甲師団」もこの前のフォースバトルトーナメントで善戦してたけど、最終的に勝ったのは「AVALON」だったし。
チナツはそんな長台詞を一息で捲し立てると、チャンプという途方もない壁を想像してなのか、少し疲れたような表情を見せる。
しかし、フォースランキング第2位でも「AVALON」は、クジョウ・キョウヤは倒せないのか。
まあ、一回もチャンプの座を譲ったことがないってことはそういうことなんだろう。
その人の強さ、いつかはちゃんとこの目で見てみたいもんだ。
ぼやぼやした眠気を振り払って、闘志の炉にめらめらと火が燈る。
GBNは遊びかもしれないけど、遊びだってやるんだったら全力でやりたいし、全力で勝ちにいきたい。
だから俺も、いつかはクジョウ・キョウヤに挑めるだけの強さをこの手にしたいもんだな。
静かに拳を固めた俺を見て、チナツは呆れ気味に肩を竦める。
「アンタ本当、そういうとこよね」
「何がだ?」
「なんでもないわ、ちょっとアンタが羨ましく思っただけ」
何が羨ましいのかはわからんけど、チナツだって勝ちに行くためにGBNやってるんじゃないのか。
と、喉元まで質問が出かかったところで、俺は空気と共にその言葉を呑み下した。
理由なんて人それぞれだ。危うく決めつけるとこだったけど、チナツには「強くなりたい」以外にも何かしらの理由があって、それでGBNをやってるんだろう。
そんなことを考えながら歩いている間にも、学校の正門が視界に飛び込んでくる。
さっさと勉強終わらせて、修行もやって、それから何するか考えよう。
ようやく思い出したけど、フォースとして何するかについては結局決まんなかったからな。
◇◆◇
「そんなわけで、俺はフォース戦がしたいと思う」
「そんなこったろうと思ったわよ」
「……あはは」
授業を受けている間ずっと考えてたけど、俺がGBNで今やりたいこと、を突き詰めていくとそれはガンプラバトルに行き着くわけで、せっかくフォースを組んだんだから他のこともやってみればいいんじゃないかっていわれても、バトルが楽しいんだから仕方ない。
俺とマフユだけだったらいつも通りシャフランダム・ロワイヤルに乗り込んでたんだろうけど、それでもせっかくフォースを組んだんだから、ということで導き出した答えが、フォース戦だった。
うーん、自分のことながらシンプルすぎる。
「ちょうど今フォースバトルイベントやってるわね、それにエントリーしてみる?」
「……確かに、やってる……ね……」
フォースネストと呼ばれる、宇宙戦艦の一室みたいなデフォルトで支給された部屋の中。
チナツはどことなくメカニカルなテーブルと椅子に腰を下ろして、何事かを表示したウィンドウを俺に投げ渡してくる。
フォースバトルイベント。確かにそこにはそう書かれていて、報酬という欄には、幾ばくかの賞金と、アクセサリーが手に入ることも記載されていた。
「アタシはアクセサリーに興味ないけど、渡りに船ってやつじゃない? 一々掲示板でバトルの募集かけたり、野良でマッチング待ちするよりはそっちの方楽だし」
「へー、普通は募集しなきゃいけないもんなのか……まあフリーバトルみたいなもんか。俺はチナツの案でいいと思うけど、マフユはどう思う?」
アクセサリーは俺も正直いらない。
だからマフユが貰ってくれれば助かるし、嫌だっていうんだったら無理にエントリーする気もない。
あくまで全員の意見が一致した上でやらないと、後々に禍根を残すからな。
「あ……その、私も、チナツさんの案でいいかなって……」
「じゃあ決まりだな、アクセサリーは嫌じゃなければマフユが受け取ってくれるか?」
なんせ俺にもチナツにも必要ないものだし。
マフユも受け取りたくなければ、あとで売却してしまえばいい。
そんな風情で、俺はマフユに問いかけた。
「……え、えっと……私でいいの、ユウヤ君……?」
「俺にもチナツにも必要ない……って言い方すると余り物押し付けてるみたいで悪いんだけどさ、もしマフユが欲しいっていうならそれでいいんだ」
アクセサリーも無慈悲に売却されるよりは誰かの手に収まってた方が嬉しいだろうからな。
俺の言葉にしばらくマフユは目を白黒させると、ごくり、と固唾を飲んで、小さく首を縦に振った。
「……あ、ありがとう、ユウヤ君……」
「気にすんなって! それじゃフォース戦で決まりだな!」
やることが見つかったようで、とりあえずは一安心だ。
リーダー権限でイベントへの参加を申請すると、秒速でそれは受理されて、マッチング相手のフォースが表示される。
「GHC、第百八十八特務分隊……?」
その名前を読み上げるなり、ぼんやりと頬杖をついていたチナツと、もじもじとしていたマフユの顔が蒼白になっていく。
もしかして、なんかヤバい相手でも引いちまったんだろうか。
俺の方もぎこちなく二人に視線を向ければ、チナツとマフユは視線を交わして、小さく頷いてみせた。
「『GHC』ってアンタ……」
「……そ、その……『GHC』って、GBNの中でも一番アライアンスの数が多いフォースなの……」
アライアンス。またよくわからん単語が飛び出てきたけど、多分俺が感じていた嫌な予感というか、ヤバい相手と当たったかもしれない、という予想はどうやら当たっていたらしい。
それに、フォース戦イベントの概要もよく読んでみれば五対五の殲滅戦という趣旨が書かれている。
フォース戦がシャフランダム・ロワイヤルみたいに欠員を補充してくれない以上、俺たちはその「GHC」とかいうヤバそうなやつらと三対五で戦わなきゃいけないってことになる。
──でも。
俺は唇の端を持ち上げて、不敵に笑う。
誰が言ってたかは知らないけど、ピンチの時こそノーガードで笑うべきなんだ。
「まあ、ヤバい相手と当たったってんなら、勝っても負けてもいい経験になるはずだろ!」
「ユウヤ、アンタ本当バカじゃないの?」
「……ち、チナツさん……」
「……まあでも、相手がいかに『GHC』であったとしても、ただで負けてやるのも癪ね」
「だろ? へへっ……燃えてきたぜ!」
戦術とか戦略とかもちゃんとなっておかなきゃ勝てるような相手じゃないんだろうけどそれはそれ、これはこれ。
始まる前から諦めて縮こまってたんじゃ、勝てるものも勝てないからな。最初から負けてるようなもんだ。
実のところ、GHCという名前自体は俺も聞いたことがある。
グローリー・ホークス・カンパニー……リアルで色んな事業を展開してる総合商社のはずだった。
まあ、相手はそれを捩ってるだけなんだろうけど、偶然もあったものだな、本当に。
◇◆◇
「諸君、歓迎するよ。僕がアトミラールだ」
翌日、フォース戦イベントの舞台となった森林地帯に小高くそびえる丘の上。身長が高い筋肉質な男の人が、俺たちに握手を求めてくる。
「えっと……俺はユウヤです! こっちの黒髪が長い子がマフユで、こっちのデカいツインテールがチナツっす!」
「……よ、よろしくお願いしま、す……」
「よろしくお願いしますっ!」
「ははは……その若さはいいね。君たちの初々しさを見ていると、始めたての頃を思い出すよ」
いかにも船乗り、といった感じの服装に身を包んでいるアトミラールさんは、フランクに笑ってそう言った。
そこにはなんというか、歴戦の貫禄とでもいうべきものが滲み出ていた。
「ところでアトミラールさん、一つ訊きたいんですけど」
「何だね? 企業秘密以外なら何でも答えてあげよう」
「フォース名の『GHC』って、リアルの『GHC』となんか関係あるんっすか?」
俺の質問に、チナツが何訊いてんだバカ、とでも言わんばかりのキツい視線を投げかけてくるけど、言ってしまったものはもうしょうがない。
というかその辺訊かないとすっきりしなかったから、どの道訊いてただろうけどな。
「ふ……ははは!」
「アトミラールさん?」
「いやいや、その質問をされるのも久しぶりでね……結論からいえば『ある』よ。僕らは……『グローリー・ホークス・カンパニー』は、自社の宣伝も兼ねてGBNをやっているからね」
「自社……?」
「君の思う通りだよ、ユウヤ君。僕らはリアルの『GHC』で、僕は僭越ながらその社長をやっている……といったところさ」
うわあ。
何だか色んな意味でヤバいとこと当たったみたいだ。
リアルの「GHC」といや俺みたいな世相に疎い人間だって知ってる名前だ。スプーンからファッションから家電製品まで、手掛けてる製品は数知れずの大企業。
要するにそのぐらいデカい会社の社長が目の前にいるってことだ。
アトミラールさんは気さくに笑っているけど、俺もマフユもチナツも、それを聞いたことで一様に表情は引きつっていた。
「アトミラールさんが三桁ランカーなのとアライアンスが二万人いるのは知ってましたけど、まさかリアルの社長だったなんて……アタシ、えっと……御社の化粧水、愛用してます!」
「それは嬉しい話だ。ありがとう。GBNでの活動も追ってくれているようで何よりだよ。ただそんなにかしこまらなくたっていいさ、ここでは僕も一人のダイバーだからね……」
「……え、えっと……今回のバトル、アトミラールさんも参加される、んですか……?」
「いいや、僕はただの応援だよ。新しく『GHC』に加盟してくれたメンバーの訓練も兼ねてってところだね」
マフユの問いを受けてアトミラールさんは、背後に直立不動で立っていた男たち五人組を指し示す。
指定の制服っぽいものでダイバールックが統一されているその五人組は、まるで訓練された兵隊のように、アトミラールさんが喋っている間は一言も口を開かなかったし、その視線は真っ直ぐ向いたままブレていなかった。
マジで軍隊じみてやがる。
「それでは諸君、五対三という形にはなってしまったが、互いに全力でこのバトルを楽しんでくれたまえよ」
『サー! イエッサー!』
五人組に激励のメッセージを送ると、応援のために設営されたと思しきテントにアトミラールさんは引き返していく。
そこには巫女服を改造したような衣装に身を包んだ女性と、小柄な女の子が控えていた。
「『GHC』……一筋縄じゃいかないわよ。わかってるわね? ユウヤ、マフユ?」
「おう、作戦通りにやれば……!」
「……す、数的不利は覆せる……!」
「そういうことよ、それじゃリーダー、激励は任せたわ」
「ああ! それじゃあフォース、トライダイバーズ……!」
──ファイト、応!
タイミングを揃えて、「GHC第百八十八特務分隊」に、まずは気持ちで負けないように俺たちは声を張り上げる。
初めてのフォース戦が強敵との戦いってのも因果な話だが、それでもタダで負けてやるつもりはないからな。
Tips:
・『GHC』(「笑う男」様作「GHC活動記録」より)……GBNで最大の規模を誇るフォースアライアンスにして、GBNではマイナーな艦艇を多数保有していることが特徴のフォース。リアルに存在する大企業「グローリー・ホークス・カンパニー」が自社の宣伝と、「提督」こと社長であるアトミラールの趣味も兼ねて結成したフォースでもある。
・アトミラール(「笑う男」様作「GHC活動記録」より)……三桁ランカーという傑物にして、総戦力二万のフォースアライアンス「GHC」……グローリー・ホークス・カンパニーを率いる男。艦隊指揮とビルダー能力が極めて高く、同じく戦術による勝利を主体としている「ロンメル」率いる「第七機甲師団」とはお互いに意識し合う関係だとか。