「くぁ……あ……」
眠い。マジで眠い。
いつもの通り早起きしてランニングしてからシャワー浴びて朝飯食って、みたいな生活を続けてるだけで心当たりは何もないんだけど、とにかく眠い。
このままじゃマフユのとこにハンバーガーを届けた時点で睡魔に負けてダウンしかねない、と必死に眠気と欠伸を噛み殺しながら自転車を高級住宅地に向けて飛ばしていくけど、それでも目蓋がどことなく重い。
「おかしいな、何も変わったことはしてねーはずなんだけどな……」
強いていうなら、いつもの生活にGBNが組み込まれて結構な時間が経ったってぐらいか。
何はともあれ、今日が休日なのは不幸中の幸いだった。
これで稽古の時とかにぼんやりしてたら父さんに、師匠に身が入ってないってどやされてただろうからな。
いつ来ても相変わらずデカい、「ミホシ」という表札が貼られているオートロックの門。そこにくっついてるインターフォンを押して、家の主であるマフユに呼びかける。
「すいません、ヴェスバーイーツですけど!」
ダチの家とはいえ、仕事中は仕事中だ。
必ずマフユの家を最後に訪問するように予定は組んであるけど、飯を無事届けるまではあくまで配達人と客の関係だ。
公私混同はよくないからな。
『は、はい……今、門を開けますね……』
インターフォン越しにマフユの声が聞こえてくると同時に、鉄の門がゆっくりと左右にスライドして開いていく。
自転車を降りて、相変わらず立派な庭園の真ん中を歩いている時にも、睡魔の野郎は絶賛活動中だった。
寝てないってはずはないんだけど、マジで何なんだろうなこの眠さは。
大体、睡眠時間を無理に削ってたら母さんからダイバーギア没収の刑を受けかねないんだから、最低でも六時間は寝るようにしている。
まさか、それでも足りないってことはないんだろうか。
なんてことを薄らぼんやりと考えている間に、玄関前までたどり着いていたようだ。
かちゃり、と鍵が開く音が聞こえた少しあと、ゆっくりとマフユは玄関口からその顔を覗かせた。
「いつもありがとう、ユウヤ君……」
「ああうん、指名されたら張り切って届けるのが仕事だからな」
このヴェスバーイーツ、一応というかなんというか、一度届けてくれた配達人を指名する形でもう一度同じ人に届けてもらうことができるようになっている。
理由は色々あるんだろうけど俺の知ったところじゃないからいいとして、休日、マフユの家に来れているのはこの制度のおかげといってもいい。
背中のザックからいつものハンバーガーとポテト、そして飲み物がセットになったものが詰め込まれている袋を取り出してマフユに手渡すと、俺はザックを置いて、零れてきた欠伸を漏らす。
「……くぁ……」
「……えっと、ユウヤ君。もしかして、眠いの?」
「あー……正直な話情けねえんだけど、うん。マジで眠い」
大したことはしてないはずなんだけどな、と、家に上がり込みながら、つい口をついて出てしまった言葉に、マフユは小首を傾げて考え込むような仕草を見せた。
「うーん……えっと、ユウヤ君って、修行もして、学校にも行って、アルバイトもしてGBNもやってるんだよ、ね……?」
「そんな感じだけど……それがどうかしたのか?」
「……えっと、これ、私の勝手な想像なんだけど……ユウヤ君、ちょっとGBNで疲れてるのかな、って……」
「GBN疲れ?」
「うん……特に最近は、バトルばっかりしてたから……」
それが悪いってわけじゃないんだけど、とマフユは言葉を続ける。
GBN疲れ。自分では全く意識してなかったけど、そう言われればそんな気もしてきたような。
「確かに最近バトル漬けだったからな……」
そのためにGBNを始めたんだから、それに疲れるってのもなんだか変な話ではあるんだけど、武道だってスポーツだって、いくら好きでやっていても疲れるのは普通のことだ。
そんな当たり前を俺は見落としていたのかもしれない。
「……えっと、どうするの、ユウヤ君……? 今日はお家に帰って、寝る……?」
「うーん……それだとマフユに悪いだろ?」
「……私は、大丈夫だ、よ……?」
遠慮がちにそう言ってるけど、表情からなんとなく寂しいのは伝わってくる。
マフユの方こそ無理しなくていいのにな、と思ったけど、厚意を向けてくれていることには感謝しなくちゃいけない。
「ありがとな、マフユ。でも大丈夫だからさ」
「……そっか、なら……よかった……」
「だから今日もガンダムとガンプラのこと、教えてくれよな!」
「……うん、私、頑張る、ね……!」
張り切ってぱたぱたと階段を上って、Blu-rayやら何やらが置いてあるのであろう自室にマフユは向かっていく。
その間床に置かれていたハンバーガーの袋を片手に、俺は一足先にリビングで待つ。
すっかり週末の日常になった風景に、そこはかとなく安心感を覚えながら俺は、柔らかいソファに背中を預けて。
──睡魔の野郎にトドメを刺されたのだった。
◇◆◇
「……ってなわけで、しばらくバトルは自重しようかなって思うんだけどさ」
「バトルバカのアンタにしちゃ珍しいわね」
フォースネストの一角でそんな恥ずかしいいきさつをチナツにも共有した上で、本格的にヤバいと判断した俺は、その方針を打ち立てることに決めていた。
思えば確かに気持ちが張り詰めるような戦いばっかりだったのが、この前の「GHC第百八十八特務分隊」との戦いで限界に達してしまったのだろう。
「改めてごめんな、マフユ」
「ううん。疲れてるんだから、しょうがないよ……」
「……ガンダムのことなら、アタシだって教えてあげられるのに」
マフユに頭を下げるのとタイミングを同じくして、チナツが何事かを呟いたものの、疲れてるのもあってそれを聞き取ることはできなかった。
ただ、経験則としてチナツが小声で何かを呟いている時に訊き返すと、高確率でどやされるからここは知らぬが仏ってやつだろう。なんか違う気もするけど。
「でも実際問題どうすんのよ? この前『GHC第百八十八特務分隊』に勝ってからこっち、フォース戦の依頼が殺到してんのよ?」
「そんなにか? 通知とか開いてないからわかんなかったぜ」
「アンタ仮にもリーダーでしょうが……通知ぐらい開きなさいよね」
「悪りい」
こういうゲームの通知とかって、大体後回しにしちゃうんだよなあ。
昔やってた人外魔境のバグだらけなVR格闘ゲームでも、フレンド依頼とか一週間ぐらい放置してたこともあるし。
そんな具合に思い出に浸りながら、手元のウィンドウからフォースに関する通知を開くと、確かにチナツの言う通り、そこにはフォース戦申し込みの依頼が殺到していた。
「うわ、とんでもねーことになってやがる……」
「……わ、私にも見せてもらって、いい……?」
「おうよ、こんな感じ」
ウィンドウを覗き込んできたマフユに手元の画面を向けてやると、その表情は瞬く間に、驚きの色に染め上がる。
依頼の件名には「三対五で『GHC』の分隊にパーフェクトゲームをした新進気鋭のフォースへ」とかそんなけったいなことが書かれているけど、それって凄いことなのか?
夢中でやってたから正直よくわかんねえ。
「分隊で入りたてとはいえ、『GHC』ってこのGBNじゃかなりの大御所フォースで、フォースランキング2位の『第七機甲師団』とも張り合ってんだから、そりゃそうもなるでしょ」
二人して宇宙を背景にして驚く猫のような表情になっていたところに、チナツがどこか呆れたように溜息を零しながら補足する。
超大規模フォースアライアンスで、総戦力が二万人もいるとはこの前知ったけど、あの戦いで俺たちがそこまで注目されるとは思っていなかった。
「想像力が足りてなかったってやつか」
「かもね。それはそれとして、フォースの方針決めるのはリーダーのアンタなんだから、アタシはそれに従うだけよ」
「こんだけ俺たちと戦いたいってやつらがいるのはありがたいんだろうけどなあ……」
流石にリアルに支障が出てきたとなると、母さんにどやされかねないことだし、父さんが、師匠が言ってたように、時にはあえて戦いから離れることで戦いを見つめ直すのもありなのかもしれない。
「私も、ユウヤ君が決めたことに従う、よ……?」
「そっか、そんじゃとりあえずしばらくはちょっとだけ休憩、小休止ってとこだな」
俺の都合に二人を付き合わせてしまうのも悪いんだけど、戦いに疲れてリアルに影響が出てるのは健全な状態とは言い難い。
だから、疲れが取れるまでバトルはお預けだ。
その間何すんのかは全くわかんねーけど。
「で、戦わないでGBN楽しむってどうすりゃいいんだ?」
「それも色々よ。フェスとか参加してみるのもいいんじゃない?」
「……フェス、ですか?」
「あくまでも一例だけどね。ウィンドウショッピングしたり、G-Tuberの配信見たりすることもできるし、バトル以外でも色々よ?」
おお、知らない単語がどんどん出てきた。
フェスってのがまずなんなのかわからんし、G-Tuberが何かってのも全くわからん。
でも、チナツが言いたいこと自体はなんとなくわかる。要は楽しみ方も千差万別ってことなんだろう。
「へえ……G-Tuberって、GBNの中で動画作ったり配信したりしてるのか」
わからないことはまず調べろの精神で、手元のウィンドウからGBN攻略wikiを表示させて、「G-Tuber」で検索してみると、そんな感じのことが書かれている概要が飛び出てきた。
このゲーム、やろうと思えば割となんでもできるんだな。だから、いつもあんなにセントラル・ロビーには人がいるんだろうけど。
「そうよ、あの『AVALON』が高難度ミッションの攻略配信してたり、ガンプラの製作配信してたりもするわ」
「クジョウ・キョウヤってそんなこともしてんのか……」
「うん……あの人、割とフットワーク軽い、から……」
GBNで前代未聞の二冠を達成しているのにもかかわらず、後身の育成にもなるようなこともしてるってのは珍しい。
こういうゲームって大体上位層は自分たちにしかわからない情報みたいなのは秘匿しておくのが常だと思ってたけど、GBNは大分違うっぽいな。
「ちなみにアタシのオススメは『エターナル・ダークネス』ってフォースがやってる製作配信ね。フォースリーダーも四桁ランカーなだけあって相当作り込みはガチよ」
なんかこの前頭に浮かべてたフォース名候補と似たような名前のフォースだな。
でも四桁ってことは確か二千万人のアクティブの中で四桁ってことなんだろうから、その「エターナル・ダークネス」ってフォースも相当なやり手なんだろうな。
「へー、ガンプラ製作配信か……どんなことやってんだろうな」
まさかGBNの中で実際にガンプラを作る、ってことはできないはずだろう。
仮にできたとしても、ゲームの中で作ったものを現実に持ち込むことなんて絶対不可能なはずだから、ちょっとだけ気になるといえば気になる。
「えっとね……基本的に製作配信は、リアルで作ってる時の手元を映して、それに後からGBNでのダイバールックで解説をつける、ってやり方が一般的だよ……」
「なるほどな、現実で撮った映像をゲームの中で後付け編集するってことか」
マフユの話を俺なりの理解に落とし込むと、一昔前に流行った、合成音声を使ったゲーム実況やら解説と似たようなものらしい。
ただそれがゲームの中でできるってのは随分革新的というかなんというか。
「一応GBNの中でもガンプラは組めるし、現実にデータを持ち帰ることもできるけど、製作配信はリアルの手元、ってのが主流ね」
「そんなことできんのかよ!?」
「アンタ本当説明書読まないタイプよね……GBNの中にはデータキットっていう、こういうフォースネストに飾っておくためのガンプラデータだったり、ガンダムベースに持ってけば実際に射出成型してくれるパーツデータってのがあるのよ」
ぐうの音も出ねえ。
それはさておくとしても、そんな便利機能というか、ガンダムベースってとこと連携してゲームの中で手に入れたパーツを現実のガンプラとして形にできるのは、相当凄い話だ。ありきたりだけど、未来、って感じだ。
「……その、パーツデータはミッションの報酬だったり、イベントの賞品として配られることがある、よ……?」
「なるほど! じゃあ早速ミッション受けて──」
「小休止挟むって言ったのはどこの誰よ。別に常設ミッションなら焦ることもないし、イベントも今はゆるいのしかやってないわよ」
なるほどな。ミッションの存在って、てっきりダイバーポイント稼ぎの救済措置みたいなもんだと思ってたけど、そういう目的もあるのか。
逸る心を宥めつつ、俺はとりあえず手元の端末からG-Tubeを開くと、チナツが言っていた「エターナル・ダークネス」で検索する。
ものの数秒もかけずにヒットしたそのフォースは、今生配信をやってる最中だという情報が、画面の上側に表示される。
「おっ、今配信やってるっぽいぜ、チナツ、マフユ!」
「本当に?」
「やってるみたい、です、ね……」
赤い枠に縁取られているその生放送をタップして再生してみると、手元だけが映し出された画面が表示される。
その机と思しき場所にはデザインナイフと大量のプラ板が積まれていて、何をしているのかと思えば、縁日で型抜きをするように、ガイドが写されているプラ板をデザインナイフでなぞって切り出していく情景がそこにはあった。
「……何してんだ、これ?」
「スクラッチよ。まだキット化されてなかったり、パーツデータが実装されてないものを作る時に、プラ板を切り出してそれを組み合わせて作るの」
「なんつーか、よく飽きねーな……」
俺なら多分プラ板を一枚切り出したぐらいで寝落ちしてるんだろうけど、その「エターナル・ダークネス」とやらの配信者は正確無比にガイドから外れることなくデザインナイフを走らせて、似たような形状のパーツを瞬く間に削り出していた。
凄い根気と集中力だ。俺はとても真似できそうにない。
「でしょ? だからクオンさんは凄いのよ」
「……これ、作ってるの……多分、ディビニダドの翼……?」
「ディビニダド? なんだそれ、マフユ?」
なんか凄いものを作ってるんだろうことはわかったけど、ディビニダドとかいうのがなんなのかはわからない。俺が見落としてただけで、なんかのアニメに出てきたんだろうか?
「……えっと、詳しくはネタバレになっちゃうから言えないんだけど、『機動戦士クロスボーンガンダム』って漫画に出てきたモビルアーマーなの」
「漫画かー、ガンダムって色々やってんだな……」
「うん……だから、奥が深い、よ……?」
こういうのを沼っていうんだっけか。
一度足を取られれば深淵まで引き摺り込まれていくようなコンテンツ。SEEDとDESTINYだけ追ってた頃でさえそうだったのに、漫画まであるとなれば底無しじゃ済まなそうだ。
感心する俺を余所に、クオンというらしい配信者は切り出したパーツに今度はピンバイスで穴を空けて、真鍮線を通していく。
「これは?」
「塗装する時に後からバラせるように真鍮線で接続軸を作ってんのよ」
「へー……すげーな、マジで……」
てきぱきと手際よく一連の作業を繰り返している「クオン」さんの作業を、俺たちはディビニダドの翼が完成するまでの間、駄弁りながら見続けていた。
確かにたまには、こういう時間を過ごすのも悪くないかもしれないな。
Tips:
【クオン(「青いカンテラ」様作「サイド・ダイバーズメモリー」より)】……フォース「エターナル・ダークネス」のリーダーにして、終末の竜の端末を自称する終末系G-Tuber。それだけではなく個人ランキングも四桁台と極めて高い方に位置しており、ガンプラの製作技術も確か。今はディビニダドの翼をスクラッチしていたようだが、その目的は……?